ようこそ格闘女王のいる教室へ   作:デュラ様

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第14話

 

 

 

 

 

 朝日が水平線から昇り、白い砂浜を黄金色に染め上げていく。

 

 潮風が頬を撫で、髪を優しく揺らした。

 

 私は深く息を吸い込む。磯の香りと、どこからか漂ってくる炭火の匂い。悪くない朝だ。

 

 ここは昨日まで龍園君のクラスが拠点としていたビーチ。今は彼らの姿はない。

 

 当然ね。

 

 私が仕組んだのだから。

 

 

 

「春麗さーん! お肉焼けたよー!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 小野寺さんの明るい声が響く。振り返れば、クラスメイトたちがバーベキューセットを囲んで楽しそうにしている光景が目に入った。

 

 無人島特別試験2日目にして、私たちは完全な勝利を手にしていた。

 

 いいえ、まだ途中経過に過ぎないわね。でも、早い段階で暴力への対抗措置を示すことが出来たのは大きい。

 

 龍園翔。

 

 彼の危険性は充分に理解していた。暴力でクラスを支配し、他クラスへの嫌がらせも平気で行う卑怯な男。目的のためなら手段を選ばない彼だからこそ、動き出す前に潰す必要があった。

 

 昨日の出来事を思い出す。

 

 石崎君が私に殴りかかってきた瞬間、正直なところ少し呆れてしまったわ。あまりにも単純で、あまりにも予想通りで。

 

 もちろん、彼の拳は私の顔面に当たった。

 

 当たらなければ暴力行為として認定されないから。

 

 でも、あの程度の攻撃を捌けないほど、私は甘くない。

 

 格闘技を学んだ者にとって、素人の拳など読みやすいことこの上ない。私はわざと受け、上手く力を逃がしながら大げさに吹き飛んでみせた。

 

 演技としては上出来だったと思う。

 

 その瞬間を2人の教師がしっかりと目撃していたから、龍園君がいくら「嵌められた」と騒いでも覆ることはなかった。

 

 結果、龍園君のクラスは即座に試験失格。

 

 暴力行為を働いた石崎君は、プライベートポイントを全て剥奪。

 

 そして私たちは、彼らが残した大量の物資を手に入れた。

 

 

 

「春麗、ちょっといいか」

 

 

 

 綾小路君が近づいてきた。相変わらず感情の読めない顔をしている。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「客だ。Aクラスの葛城が来てる」

 

 

 

 私は眉をひそめた。葛城康平。Aクラスの実質的なリーダーの1人。

 

 保守的で堅実な戦略を好む男だと神室さんから聞いているけど、一体何の用かしら。

 

 彼がわざわざここまで来るということは、何かしらの理由があるはず。

 

 

 

「分かったわ。対応するから少し待ってて頂戴」

 

 

 

 バーベキューの輪から離れた場所に、葛城君は立っていた。

 

 スキンヘッドの頭に浮かぶ汗、眉間に刻まれた深い皺。一目で分かる。彼は困っている。

 

 

 

「初めまして葛城君。私は春麗よ。よろしくね」

 

 

 

 私は穏やかな笑みを浮かべながら挨拶した。

 

 

 

「ああ、俺は葛城康平だ。よろしく頼む……」

 

 

 

 彼の視線が私たちの拠点に向けられる。大量の物資、食料の山、そしてバーベキューを楽しむクラスメイトたち。

 

 

 

「……どうやら龍園のクラスが失格になったというのは本当だったようだな」

 

「ええ。昨日私たちとの間でトラブルがあってね。Dクラスの石崎君の暴力行為で彼らは即失格となったわ」

 

 

 

 私は事実だけを述べた。嘘は言っていない。ただ、そこに至るまでの経緯を省略しているだけ。

 

 

 

「なるほど……だからお前たちがここにいるのか」

 

「その通りよ」

 

 

 

 葛城君の態度がどこか落ち着かない。言葉を選んでいるのが分かる。視線が泳ぎ、何かを言い出せずにいる。

 

 

 

「なにかあったの?」

 

「いや、その事で俺たちも少々問題を抱えていてな……これは出来れば内密にしてほしいのだが――」

 

 

 

 彼は言葉を濁した。

 

 相談事があるようだけれど、ここでは話しにくいみたいね。私は綾小路君に目配せし、3人で場所を移すことを提案した。

 

 拠点から少し離れた木陰へ。

 

 波の音だけが静かに響く場所で、葛城君は一枚の紙を取り出した。

 

 

 

「すまないが、まずはこれを見てくれ」

 

 

 

 それは契約書。龍園君と葛城君の間で結ばれた契約を記したものみたい。

 

 私はその契約書に目を通した。

 

 

 ①龍園クラスは葛城クラスに200ポイント相当の物資を提供する

 

 ②龍園クラスは葛城クラスにクラス茶柱または一之瀬クラスのリーダー情報を提供する

 

 ③代価として葛城クラスは龍園クラスに卒業まで毎月1人2万ppを支払う

 

 ※①、②の条件が満たされない場合、この取引は成立しないものとする 

 

 

 読み進めるうちに、思わず眉が上がる。

 

 その内容は――控えめに言っても、酷いものだったから。

 

 物資の提供、リーダー情報の売却、そしてその代価として卒業まで毎月1人2万ポイント。

 

 一瞬、私は自分の目を疑った。

 

 これは契約ではない。一方的な搾取だ。

 

 龍園君のクラスは確定報酬を得られる。対して葛城君のクラスは不確定な利益のために、長期的な負債を背負うことになる。

 

 しかも、私たちのリーダー情報まで売られようとしていた。

 

 綾小路君と目が合う。彼も同じことを考えているのでしょう。

 

 私は苦笑いを堪えきれなかった。

 

 優秀なAクラスのリーダーともあろう者が、こんな契約を結ぶなんてね。

 

 龍園君から完全に足元を見られている。数字だけを見て、その裏にある罠に気づけなかったのでしょう。

 

 

 

「龍園が失格になったおかげで、この契約は破棄されてしまった」

 

「ええ、そうね」

 

「だがクラスメイトに物資は購入しないと約束してしまってな。それを今更なかったことにするわけにもいかん」

 

 

 

 なるほど。

 

 私たちに契約書を見せて何をしたいのか分からなかったけど、彼にはリーダーとしてのメンツがあるみたい。

 

 

 

「確かにリーダーがコロコロ意見を変えるのはあまりよろしくないわね」

 

「その通りだ。リーダーとしての示しがつかなくなるからな」

 

 

 

 葛城君の表情に、わずかな焦りが見える。

 

 それだけで、彼が次に何を言うのかだいたい分かる。

 

 

 

「ちなみにだが、お前たちの拠点にある物資はお前たちが購入したものか?」

 

 

 

 来た。

 

 予想通りの質問。

 

 

 

「半分はそうよ」

 

 

 

 私は平然と嘘をついた。

 

 

 

「まだ龍園君たちが購入した物資も残ってるけど、学校側が順次回収していくわ」

 

 

 

 もちろん、回収などされない。あの物資は全て、今は誰のものでもない。私たちが使っているだけで、所有権はない。

 

 でも、それを正直に言う必要はない。

 

 綾小路君が私を見ている。きっと、私の嘘を聞いて何かを考えているのでしょう。

 

 

 

「そうか。それは困ったな」

 

 

 

 葛城君の声に、落胆の色が滲む。

 

 さあ、ここからが本番ね。

 

 せっかく足を運んでくれたのだから、手ぶらで帰すのは可哀そうだもの。

 

 

 

「それなら私たちと取引するのはどうかしら?」

 

「取引だと?」

 

 

 

 葛城君の目が見開かれる。

 

 

 

「ええ。龍園君と契約したような内容のものを私たちと結べばいいわ」

 

「確かにそれで問題は解決するが……しかしな……」

 

 

 

 彼は迷っている。

 

 当然ね。龍園君との契約が良いものではなかったことを、彼自身も薄々感じているはず。そして、目下のライバルである私たちと手を組むことへの警戒心もあるでしょう。

 

 でも、私には切り札がある。情報という名の切り札が。

 

 

 

「私たちなら龍園君よりもっとマシな条件を提示できるわよ?」

 

「なんだと? それは本当か?」

 

 

 

 食いついたわね。

 

 これも予想通り。保守的な人間は、リスクを避けてより良い条件に飛びつく傾向がある。

 

 

 

「それは願ってもない提案だ。感謝する」

 

「別に気にしなくていいわ。それよりなにか要望はある? あまりにもあなたたちに有利な条件は困るけど、多少なら融通を利かせられるわよ」

 

 

 

 私は穏やかな口調で言った。まるで友人と世間話をしているかのように。

 

 でも、内心では全く違うことを考えていた。

 

 葛城君は、自分から罠に飛び込もうとしている。

 

 

 

「そうだな。俺としてはなんの成果も得られずこの試験を終えることだけは避けたい……というより分かりやすい成果が欲しい」

 

「具体的には何が欲しいの?」

 

「わかりやすく言うなら、我々Aクラスはこの無人島試験を1位で終えることを望んでいる。龍園との取引はそのためのものでもあったからな」

 

 

 

 私は綾小路君と目を合わせた。

 

 彼の表情は相変わらず読めないけれど、きっと同じことを思っているはず。

 

 葛城康平。

 

 Aクラスのリーダー。

 

 この学校で最も優秀な生徒が集まるクラスを率いる男。

 

 葛城君が今、自分から私たちに弱みを晒している。

 

 彼は気づいていないのでしょう。

 

 龍園君に騙されかけた直後に、今度は私たちに騙されようとしていることを。

 

 私は微笑んだ。

 

 優しく、穏やかに。

 

 でも、その笑みの下では別の感情が渦巻いている。

 

 私は自分の目標のために人を見る目を鍛えてきた。犯罪者の嘘を見抜き、証拠を集め、正義を執行する。それが私の目標。

 

 でも今、私がやろうとしていることは正義とは程遠い。

 

 葛城君を利用しようとしている。彼の愚かさにつけ込んで、私たちに有利な取引を結ぼうとしている。

 

 それでも、私は躊躇わない。

 

 これは勝負なんだから。勝者と敗者が明確に分かれる、残酷な試験でもあるのだけれど。

 

 そして私は、誰が相手だろうと勝負に負けるつもりはない。

 

 

 

「1位になりたい、ね」

 

 

 

 私は言葉を選びながら答えた。

 

 

 

「それは野心的な目標ね。でも、不可能ではないわ」

 

 

 

 葛城君の目に、希望の光が灯る。

 

 愚かな男ね。

 

 自分が今、どんな相手と交渉しているのか分かっていない。

 

 龍園君という野獣の牙から逃れたと思ったら、今度は別の獣の前に立っている。

 

 私は笑みを深くした。

 

 

 

「じゃあ、具体的な条件を詰めましょうか」

 

 

 

 波の音が、私たちの会話を静かに包み込んでいた。

 

 

 

 

 

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