無人島特別試験6日目。
4日目と5日目はみんなで遊ぶだけだったが、今日は久々に働こうと思う。
というか実際は軽井沢の視線がうるさいから、ベースキャンプから逃げてきただけなんだけどな。
昨日の夜はクラス茶柱で肝試しをやったわけだが、どうやらオレは行動を共にする相手を間違えたらしい。
なぜなら行動を共にした春麗がまったく怖がらなかったからだ。
「ここ本当に心霊スポットなの? ただそれっぽい雰囲気があるだけじゃない」
「そうかもな。でもみんな結構怖がってるみたいだぞ」
「私にはよく分からないわね。つまらないから抜け出して鍛錬してくるわ」
どうやらアイツは無敵のようだ。
まったく酷い話だが、オレは春麗に置いてかれて1人ぼっちで暗い森を徘徊していた。
そこでたまたま見つけたのが恐怖に怯えている軽井沢だったわけなんだが、何故かいい感じになってしまった。
確かに肝試しから恋が生まれることもあるとは聞いていたが、思っていたのと違う。
オレとしては「キャー!」とか言いながら可愛く怖がる女子の手を握って、お互いにトゥンクするものだと思っていたが、それは恐らく漫画やアニメの世界の話なんだろう。ただの幻想だ。
実際には全く怯えない女子に置いていかれ、たまたま出くわしたガチビビりする女子の相手してたらなんか始まりそうになってたという現実。
オレはこれを恋とはカウントしない。
だっていい感じになったとはいえ、その相手が軽井沢だからな……
アイツ感じ悪いしな……
まあどうでもいいか。
仮にも今は試験中なんだから、少しは試験らしいことをしなければならない。
どうせ暇だし、ベースキャンプには戻れないからちょうどいい。
散歩ついでに葛城クラスの拠点である洞窟に行くとしよう。
というかもう着いた。
何しに来たかというと、もちろん葛城クラスを1位にするためのポイント確認だ。
契約には1位にしなければ卒業まで毎月1人2万PPもらえないなんて条件は盛り込んでいないが、下手にコイツらを騙す必要もない。
葛城に一定の成果を出してもらって、坂柳との派閥争いが長引いてくれた方が嬉しいからな。
早速オレ達を出迎えた葛城と現状の確認を行っていく。
「どうやら順調のようだな。これで我々の1位は確定したも同然だ。お前たちの働きに感謝する」
葛城は自分たちのリーダーが当てられる事になるとも知らずに、圧倒的大差で勝っている現状に満足しているようだ。
すでにポイントは500近くまで達している。
特にスポット占有に力を入れてるみたいだが、そんなの意味ないんだけどな。
リーダーを当てられた瞬間、スポット占有のポイントは全て無効になる。
葛城はその事実の重大さを理解していない。
とはいえ葛城クラスのリーダーを当てると言っても、コイツらのリーダーが戸塚で確定しているわけじゃない。
オレが最初に見た光景から恐らく戸塚だろうと推察しただけだ。
だからリーダー当てを確実なものとするため、帰り際にアイツに目配せをしてから洞窟を去った。
◆ ◇ ◆
洞窟からの帰り道。
人気のない密林の中。
木漏れ日が差し込む小道で、オレはとある人物を待っていた。
その相手はもちろん葛城クラスのスパイ神室だ。
「お待たせ」
木の陰から姿を現した神室。
いつも通りの仏頂面だが、この顔も見慣れたもんだ。
コイツには定期的に葛城クラスの情報を流してもらっているが、その役割をコイツ自身も気に入ってるらしい。
オレ達に必要とされることで自分の承認欲求を満たしてるんだろう。
そんな神室に聞きたいことは、もちろんコイツらのリーダー情報。
「お前に確認したいことがあるんだがいいか?」
「なに?」
「Aクラスのリーダーは戸塚という生徒で間違いないか?」
「……なんでアンタが知ってるわけ?」
どうやら間違いないらしいな。
コイツは表情は乏しいが意外とわかりやすくて助かる。
目が僅かに見開かれ、声のトーンが変わった。
「たまたまスポット占有した直後らしき場面に出くわしてな」
「ふーん、要件はそれだけ?」
「いや、まだある。戸塚を試験終了直前まで見張っててほしい」
「なんでそんな面倒くさい事しなきゃいけないのよ」
こっちも分かりやすい反応だ。
あからさまに嫌がってる。
でも、まあそうなるよな。
誰だって1日中他人の監視なんかやりたくないだろう。
とはいえ無理やりリタイアされたりしたら困るから、ここはしっかりしときたいんだよな。
「報酬は弾むから頼む」
「10万PPならやってあげる」
「高いな。2万でどうだ?」
「無理。5万」
「3万にしないか?」
「じゃあ4万」
「……まあそのくらいならいいか。もしリーダー変更があったら教えてくれ」
「分かった」
野良猫を飼いならすのもなかなか大変だな。
こんなことなら春麗を連れてくればよかった。
アイツなら強引に従わせられたのに。
仕方ない。
また賭博でコツコツ稼ぐとしよう……
ああ、そうだった。
コイツにもう一つ聞いておきたいことがあるんだった。
「そうだ神室」
「まだなにかあるの?」
「いや、個人的な質問だ。お前は吊り橋効果を信じるか?」
「―――は?」
やっぱりコイツは分りやすい。
おかげで貴重な表情を拝むことが出来たな。
目を丸くして、口を半開きにした神室。
普段の仏頂面からは想像もつかない顔だ。
呆けた顔を晒す神室に満足しながら、オレは拠点へと戻っていった。
◆ ◇ ◆
その日の夜。
クラス茶柱の拠点であるビーチに、クラス茶柱と一之瀬クラスの総勢80人が集結していた。
それは無人島での最後の思い出を飾るため。
明日の正午には試験は終わり、オレ達は豪華客船へと戻る。
だから無人島生活という貴重な経験をより輝かせるため、みんなで花火でもしようと集結した。
夏なので昼の生活は過酷だが、夜は意外とそうでもない。
潮風がジャージの襟元を撫で、砂の冷たさが足の裏に心地よく伝わる。
目の前には漆黒の海。
波の音だけが静かに響き、星空が水面に反射してきらきらと輝いている。
それはただの夜の海ではなく、可能性を映し出す広大なキャンバスのように思えた。
「うわー、波の音、最高だね。都会の騒がしさが嘘みたい」
みんなの思いを誰かが代弁している。
人が多すぎて誰が言ったのかまでは特定できない。
そんな中で一斉に袋から花火を取り出す。
もちろんポイントで購入した。
アルミホイルに包まれた細長い束、線香花火を大量にな。
「さあ、始めよっか夏の風物詩! 青春のクライマックスを飾る、儚い花火大会!」
開始の音頭は一之瀬がとった。
こんな大勢の中でもアイツのカリスマ性はずぬけてるな。
さすがは天然物のアイドル。
一之瀬は大袈裟なジェスチャーで皆の視線を集め、それを合図に皆は円を描くように砂浜に座る。
風除けのためだ。
最初に火をつけたのは、一之瀬クラスの柴田だった。
慣れない手つきのままライターで着火し、揺らめく小さな炎が線香花火の先端に触れる。
チリチリ……という極小の音と共に茶色の玉が赤く染まり、すぐに一本の細い炎の筋が生まれた。
柴田は火花を落とさないよう、息を止めて線香花火を見つめている。
それを皮切りにして、思い思いに楽しむ夏の夜が幕を開けていく。
80人分の小さな光が、夜の浜辺を幻想的に照らし出した。
「綾小路君は夏を充分に楽しめた?」
しばらくすると、唐突に声をかけられた。
クラスメイトの長谷部だ。
だが、コイツが声をかけてくるのは珍しいな。
なんなら初めてな気がする。
オレは戸惑いながらも線香花火を海に向かって掲げ、揺れる火花を見つめたまま答えた。
「それなりにな」
火花はオレの戸惑いを打ち消すように小さな音を立てながら、次の段階『牡丹』へと姿を変えていく。
少しだけ大きく、そして少しだけ華やかに散る火花。
「私もそんな感じ」と言いながら、長谷部はオレの隣に腰を下ろす。
笑いながら花火を楽しんでいるが、コイツの花火は湿気っていたせいで最初の炎が大きくなりすぎている。
ブワッ! と大きな音を立てて消えてしまった。
「あらら~、失敗しちゃったみたい」
それでもコイツは笑っている。
どうやら機嫌がいいらしい。
だから素直に気になることを聞いてみた。
「なんでオレに話しかけたんだ? お前は1人を好むタイプだと思ってたんだけどな」
「ん~? ただの気まぐれ。私だって誰かと話したい時くらいあるしね」
「そうか」
「もしかして嫌だった? 嫌ならどっかに行くけど」
「別に嫌なわけじゃない。ただ単に気になっただけだ」
「なら良かった。しばらくここで遊んでいくね」
長谷部はここが気に入ったらしい。
確かにオレの周りに騒がしい連中はいないから、落ち着いて楽しむにはベストなのかもな。
陽キャたちは一之瀬クラスと共に大はしゃぎ。
歓声と笑い声が夜空に響いている。
そうでない連中も小さなグループを作って固まり始めていた。
オレもどちらかと言えば静かな環境の方が好きだ。
それは色のない世界で育ってきた弊害なのかもしれないが、別にそれでも構わない。
他愛ない会話を進めるうちにオレの火花は安定していき、今は静かに深みのあるオレンジ色の光を放っている。
『牡丹』から、繊細で美しい『松葉』の段階へと移り変わる。
細く長く伸びる火花が、まるで松の葉のように広がっていく。
「私さぁ、このクラスちょっと好きかも」
長谷部がポツリと漏らした。
それはクラスに関心がないとすら思っていた人間からの意外な言葉。
コイツは着火に失敗し、線香花火は未だに萎れたまま。
それでも長谷部は笑っていた。
海風に髪を揺らしながら、穏やかな表情で。
しばらく話すと、長谷部は「バイバ~イ」と言いながら立ち去って行った。
変なやつだな。
どうやらまた気が変わったらしい。
その時にはオレの火花はすでに終わりに近い『柳』の段階。
最後の力を振り絞って、細く、長く、線のような火花を流している。
重力に引かれるように、しだれ柳のように垂れ下がる儚い光。
他のみんなが新しいものにどんどん変えていく中、オレは1本目の花火を最後まで楽しんでいた。
今は周りに誰もいない。
ただ消えゆく火花を眺めながら、ひたすら物思いにふける。
(このクラスちょっと好きかも。か……)
物思いにふけりながらも周囲を見渡す。
総勢80人の高校生はみんな笑顔を浮かべながら楽しんでいる。
無人島最後の思い出作りに相応しい光景だな。
そんなことを考えてるうちに、とうとう火花が力尽きてしまった。
ポトリ、と小さな音を立てて火の玉が砂浜に落ちる。
残ったのは焦げた線香の匂いと、微かに残る白煙だけ。
なんだか少し切ない気分だ。
オレも新しい花火を取りに行くか。
そう思いながら立ち上がろうとして、誰かに手を掴まれる。
「なに1人で黄昏てるの。綾小路君もこっちに来なさい」
オレの手を取ったのは春麗だった。
気配無くオレに近づけるのはコイツぐらいなもんだから、誰か分からないからこそ誰なのかすぐに分かる。
意味不明だな。
そして春麗が向かう先には、いつの間にか新たな輪を作っているクラス茶柱の姿があった。
「綾小路! お前も一緒に楽しもうぜ!」
須藤がいつもの調子で声を張り上げる。
それに続いてクラスメイトがオレを歓迎するように声をかけ、手を取り、強引に連行されてしまった。
オレの意思はコイツらには関係ない。
自己主張しなければされるがままだ。
連行された先には佐倉のように普段大人しくしてる奴らもいて、1人も欠けることなく輪を形成している。
それを見た瞬間、長谷部の言っていたことが少しわかったような気がした。
焚き火の明かりと、線香花火の光と、満天の星空。
そして笑顔のクラスメイトたち。
なるほど……
(確かにこれはいいクラスかもしれないな)