無人島試験を無事に通過してから時は経ち、豪華客船の中は賑わいを取り戻していた。
試験直後は疲労や様々な感情に支配されていた船内も今となっては懐かしい過去。
この豪華客船内はどんな贅沢も無料で楽しめるという天国。高校生がこんな最高の場所で騒がないわけがない。
当然オレもそのうちの1人だが、みんな思い思いにこの天国を満喫している。
ここのマッサージは本当にいい。
熟練の施術師の手が、凝り固まった筋肉を丁寧にほぐしてくれる。
昼間にクラスメイトと遊んだ後は、ここで癒されるのがオレの日課となっていた。
試験中は敵同士でも、この空間にいる奴はみんな仲間だ。
「確かにこれは気持ちいいな。癖になりそうだ。誘ってくれたお前には感謝せねばなるまい」
「気にするな。お前も相当ストレスが溜まってるだろ?」
「む、よく分かったな。特に最近は頭を抱えることが多くて悩んでいたところだ」
「そうだろうな。Aクラスをまとめるのは大変そうだ」
たとえそれが葛城であったとしてもな。
船内で偶然出くわしたときはさすがに気まずかったが、とりあえずマッサージに誘ってみたらこの通り。
無人島試験ではAクラスのリーダーを当てて陥れる形になったわけだが、リーダーを当てたのがクラス茶柱なのか一之瀬クラスなのかコイツは分かってない。
その証拠に疑うような眼差しこそあったが、オレ達に大きなヘイトが向いている様子もなかった。
龍園との取引よりはかなりマシな契約だったし、とりあえず1位通過という最低限の成績も残したから良しとしたのだろう。
Aクラスの内部崩壊を狙ってるなんて口に出すことはもちろんないが、どっちにしろ今この場では関係ない。
ここではただただ癒されているだけだからな。
本当に気持ちいい……極楽だ。
隣のベッドでは葛城も同じように目を閉じて、至福の表情を浮かべている。
スキンヘッドの額が、リラックスによってかすかに緩んでいた。
◆ ◇ ◆
穏やかな船旅は続いていったが、オレ達はそろそろ新たな特別試験が来るんじゃないかと警戒していた。
無人島試験の後は、今度は船上で特別試験が行われるということも知っている。
もちろんルールまでは分っていないが、上級生から聞いた限りでは頭脳戦が濃厚らしい。
そしてその瞬間は唐突に訪れた。
いつものようにレストランで食事中だったクラス茶柱全員のスマホに着信が鳴り響く。
一斉に鳴り響く電子音に、レストラン内がざわつく。
試験開始の口火を切ったのは学校側から送られてきた1通のメールだった。
その直後には豪華客船の船内にアナウンスが響き渡る。
『生徒の皆さんにご連絡致します。先程、全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信致しました。また、メールが届いていない場合には、お手数ですがお近くの教員、及び、スタッフにまで申し出て下さい。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れのないようお願い致します。もう一度繰り返します──』
アナウンスを聞き終えてから先ほど送られてきたメールに目を通す。
そこには集合場所と時間が書かれていた。
本日18時までに、2階、204号室に集合。
所要時間は20分ほどで、携帯をマナーモードか電源をオフにして来るようにとのこと。
10分以上遅刻した生徒にはペナルティを課す場合があるらしい。
「始まったわね」
隣にいた春麗が呟く。
それを合図にクラスメイトは顔を見合わせる。
メールはクラス全員にしっかり届いているようだが、内容は全く同じではないらしい。
集合場所と集合時間がみんなバラバラだ。
だが全員バラバラというわけでもなく、集合場所と集合時間の組み合わせが12グループに分けられている。
メールは全ての生徒宛に送ったと言っていたので、同様の内容のものが他のクラスにも送られているんだろう。
という事は1クラスから3人もしくは4人が1つのグループに振り分けられ、学年全体で合計13人前後×12のグループが形成されることになりそうだ。
それは確定ではないが、いずれにしろグループを利用した試験であることがその時点で分かった。
「今までにないパターンだな」
「そうね。今度はどんな試験が待っているのかしら」
春麗はそう言いながら笑っていた。
その目には、新たな挑戦への期待が光っている。
相変わらず楽しそうだな。
だがそれはオレも同じだ。
どんな試験が待っているのか知らないが、コイツと協力しながら攻略していくのはそれなりに楽しい。
それはホワイトルームでは絶対に得ることが出来ない感情でもあった。
◆ ◇ ◆
指定された18時、その5分前にオレは204号室へとやって来た。
2階は客室で占められている階層だが、204号室の入口周辺にはあちこちに生徒が立っている。
廊下の照明が柔らかく彼らを照らし、緊張した面持ちが浮かび上がっている。
もしかしなくてもみんな同じグループなんだろうな。
誰も部屋に入る様子がないからオレも待っていたが、後からやってきた軽井沢に引っ張られて強制入室となってしまう。
「ちょっと、なにボケッと立ってんの。早く入るわよ」
強引なやつだ。
中に入るといつも通りスーツ姿の真嶋が椅子に腰掛けていた。
真嶋はテーブルの上に置かれている資料に目を落としていたが、オレ達の存在を確認して軽く会釈をしてきた。
生徒相手に律儀なもんだな。コイツは教師陣の中ではかなりまともだ。
というか他3人が色々とおかしい気もするが、とりあえず4クラスの教師の中では真嶋が一番信頼できる。
ちなみに茶柱が一番信頼できない。アレはダメな大人だ。
ミスは多いし、ミスしても全く謝らないし本当に酷いんだぞ?
坂上も論外だ。
暴力したい放題の龍園を野放しにしてる時点で終わってる。
そんな中でも信頼できる部類の真嶋が会釈するんだから、これが大人の常識ってやつなんだろう。
だからオレと軽井沢も会釈を返す。
これで1つ常識を学べたな。
外の感じからしてオレ達が一番乗りかと思ったが、全然そんなことはなかったらしい。
「拙者たちの仲間は軽井沢殿と綾小路殿でござったか! 宜しくでござる!」
「よう。朝振りだな」
既に中にいて声をかけてきたのは、外村と幸村の村コンビ。
左の外村はいわゆるオタクというやつで、みんなからは博士と呼ばれている。
右の幸村はかなり真面目な男で、学力だけなら学年でも最上位の部類に入る優等生。
オレと軽井沢が立ちっぱなしで会話を続けていると、真嶋から「席に着け」と注意されてしまった。
やはりまともな大人だ。
これが星之宮だったら逆に絡まれてただろうな。
アイツは正直キツい。ついでに酒臭い。
神崎からの情報によると毎晩男漁りに精を出してるらしい。
どうでもいいな。
そんな事より今は大人しく座るか。
指示通りに座って適当に会話しながら時間を待つ。
肝試しの一件から軽井沢と話すことも多くなっていたので、コイツとの会話もそんなに苦痛じゃない。
普段は強気なギャルを気取っているが、肝試しの時のように臆病で繊細な面もある。
コミュニケーションを重ねるうちに、コイツの本質が後者であることも分かってきた。
だからかは分からないが、なんとなく求めてる言葉や動きが理解できて会話もそこそこ弾む。
これが人の心を知るという事なのかもしれないな。
そうこうしているうちに、時刻は18時を迎えた。
それと同時に真嶋が口を開く。
「1年Bクラス綾小路、軽井沢、外村、幸村だな。改めて、俺はAクラスの担任真嶋だ」
「知ってまーす」
軽井沢が茶化すように真嶋に返したが、内心オレも頷いていた。
その挨拶必要か?
「なに、通過儀礼だ。それでは今から第二回特別試験の説明を行う。質問は許可するまで受け付けないのでそのつもりで。逆にこちらが質問したら、答えられる範囲で答えるように」
どうやら必要だったらしいが、それ以降は余計な会話もなく真嶋の言葉に従いながら特別試験の説明を受けていく。
試験の内容はこうだった。
まず大前提として、この試験に参加する生徒は全て十二支の干支にちなんだグループに振り分けられる。
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12グループだ。
その12グループそれぞれに『優待者』と呼ばれる生徒が配置され、その『優待者』を利用した頭脳戦となっている。
ちなみにオレ達は『卯』グループだ。
そして肝心の『優待者』をどう利用するかについての説明。
本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を指名解答する課題となる。
定められた方法で学校に指名解答することで、次の4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。
結果1は、グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合。グループ全員に50万PPを支給し、さらに優待者にはその功績を称えて50万PPが追加で支給される。
結果2は、優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えに1人でも未回答や不正解があった場合。優待者には50万PPを支給する。
結果3は、優待者以外の者が試験終了を待たず答えを学校に告げて正解した場合。答えた生徒の所属クラスは50CPを得て、正解者に50万PPを支給する。また、優待者を見抜かれたクラスは逆に50CPのマイナス。この時点でグループの試験は終了となる。
結果4は、優待者以外の者が試験終了を待たず答えを学校に告げて不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスは50CPを失うペナルティ。優待者は50万PPを得ると同時に、優待者の所属クラスは50CPを獲得するものとする。
基本的なルールとしては、試験開始当日午前8時に一斉に『優待者』を知らせるメールが送られる。
試験の日程は明日から4日後の午後9時まで。1日に2度、グループだけで所定の時間及び部屋に集まって1時間の話し合いを行う。
『優待者』の指名解答は最終日の午後9時30分から午後10時までの30分に行う。
禁止事項として、他人の携帯を盗む、脅迫行為によって『優待者』の情報を入手する、などの行為を行ったものには退学の処分を科す。
「え~、なんかこの試験難しくない? 私全然意味わかんないんだけど」
軽井沢は膨大な情報量に頭がパンクしてしまったらしい。
確かに情報が多いな。軽井沢だけじゃなく外村も頭を抱えている。
だが、やることは至ってシンプルだ。要は優待者をいち早く探り当てればいい。
優待者さえ分かれば、あとは好きな結果を選んで好きなようにポイントを獲得できるからな。
真嶋の話では優待者は完全ランダムではないようなので、探り当てるヒントがどこかに隠されているはず。
選ばれた優待者自身が一番多くのポイントを獲得できる試験でもあるので、公平性の観点から各クラス3人ずつが選ばれてるであろうことは容易に想像できる。
それをグループ内の話し合いで探るか、クラスで優待者情報を共有して法則のようなものを見つけ出すのか。
どんな方法を使ってもいいから早く優待者を探り出して、試験を優位に進めることが重要になりそうだ。
とまあ当たり前のことを考えてみたが、馬鹿馬鹿しい話だな。
「お前だったらどの結果が一番いいと思う?」
いまだに頭を抱えている軽井沢に簡単な問いを投げかけてみる。
「え? それは結果1なんじゃないの? だってみんな50万もらえるんだし」
「よく分かったな」
「そんくらいは分かるっての。アンタ私の事馬鹿にしてんの?」
別に馬鹿にしてはない。素直に感心しただけだ。
そしてコイツの言う通り。この試験の最良な結果は全グループが結果1で終えること。
優待者を指名解答して得られる結果には次の4つがあるわけだが。
結果1は、グループ全体で優待者が誰なのかを共有して全員が勝利するパターン。
結果2は、誰かが解答を間違えて優待者だけが勝利するパターン。
結果3は、裏切り者が優待者を見付け出し、裏切り者とその者が属するクラスが勝利するパターン。
結果4は、裏切り者が判断を誤り、優待者とその者が属するクラスが勝利するパターン。
いずれもクラス間競争においてメリットデメリットが存在する結果となっている。
だが、もらえる報酬量は桁が違う。
学年全体で見たときに、結果1だけもらえる報酬が飛びぬけて高い。
それ以外の結果はただのクラス間競争にしかならない足の引っ張り合いだ。
結果1なら学年全体として8600万PP。
それ以外の結果2、3、4はいずれも学年全体として600万PP。
もちろん全グループが同じ結果になるわけじゃないのであくまで参考程度だが、こんなの結果1以外を選択する理由がない。
仮に龍園クラスがCP差を埋めるために自分たちの優待者以外の9グループで結果3にしたとして、龍園クラスがもらえるのは450CPで龍園クラス以外はマイナス150CP。
それで一気に4クラスを横並び状態にできるが、それでも報酬量としては結果1には圧倒的に劣る。
1人50万PPを450CPで回収するのには約1年かかるからな。
「これで特別試験の説明を完了する。きみたちの健闘を祈る」
どうやらこれで真嶋の説明は終わりのようだ。
この学校はクラス間競争を激化させるためにこんなルールを用意して足の引っ張り合いをさせようとしているが……本当に馬鹿だな。
お前たちは大きな勘違いをしている。
普通の高校生が欲しいのは競争なんかじゃないし、ましてや足の引っ張り合いでもない。
目の前に転がっている楽しみや金だ。
報酬の総額が600万と8600万だったら誰でも8600万を選ぶだろう。
龍園みたいにクラス間競争に積極的な奴なんて少数派で、ほとんどの生徒は普通の感性をしていて学園生活を楽しむ心を持ってるんだからな。
だからこれは試験にすらなっていない。
ただ生徒に金をばら撒くチャンスをくれてるだけ。
さすがに8000万の報酬差を見過ごすわけにはいかないな。
それにこんなおいしい試験がこの先も待ってるなら、
だったらオレのやるべきことはただ1つだ。
せっかく学校が金をばら撒くチャンスをくれるのなら、それをおおいに利用させてもらうとしよう。
なにも難しいことはない。
普通の高校生が欲しがるものを、ただ目の前にぶらさげてやればいいだけの話なんだから。