教室では人が増えるにつれて、騒がしさがどんどん増していっていた。
皆がみな新しい出会いに心を躍らせているのだろう。
当然オレ達もその中にいる。
そう、オレ達もだ。
バスで出会った
オレのつたない話術にも興味深そうに耳を傾ける姿は、女王様気質だけではない性格を表していた。コイツはそもそも中国人らしいから、日本の情報自体が新鮮に感じたのかもしれない。
オレが話せることは少なかったが、いずれにしろあの時間は互いを知る有意義な時間となったのは間違いないだろう。
学校に到着した後はクラスだけ確認して別れるつもりだったが、どうやら2人とも同じDクラスということで、結局教室までずっと一緒だった。
クラスはA、B、C、Dの4クラス。1/4の低確率を見事に引き当ててしまったわけだ。
だからクラス分けを見たときは思わず顔を見合わせてしまったが、そんなことはこの現状を見ればほんの些細なことでしかない。
なにしろ教室へと足を踏み入れたオレ達は今――窓際の1番後ろの席、しかも隣同士に座っているのだから。
「よろしくね、綾小路君。自己紹介の理由は確か『これから学校で顔を合わせることがあるかもしれないからな。お互い名前くらい知っていても損はないんじゃないか?』でよかったかしら?」
「……やめてくれ、恥ずかしい」
席に着くなり早々に、春麗はしたり顔でオレの事を弄ってきた。
確かに我ながら強引な自己紹介だったなとも思ったが、まさかこんなことになるとは思わなかったから本当に勘弁してほしい。
それにしてもコイツはいい性格をしてるな。
さっきからニヤニヤしてたのは、絶対に今の弄りをするためだったに違いない。基本的にサディスティックなのはこれまでの言動からわかっていたが、事なかれ主義のオレとはもしかしたら相性が悪いのかもしれない。
おかげで完全に主導権を握られてその後もされるがままだったが――春麗へと向けられた明るいしゃべり声に、なんとかオレは救われた。
「あなた、お婆さんに席を譲ってくれた人だよね? 私も同じバスに乗ってたから見てたよ!」
「ええと……なんのことかしら?」
春麗に明るい声でしゃべりかけてきたのは、活発そうなショートヘアーの女子生徒だ。
これでもかというほど愛想を振りまいていて、いかにも男子受けしそうな見た目をしている。言葉足らずで言っていることが事実と違っているから春麗は戸惑っているが、言いたいことはだいたい伝わった。
ちなみにだが、実際お婆さんに席を譲った金髪の男子生徒――高円寺六助も同じクラスだ。
オレ達が教室に入った時にはすでにアイツは席に座っていて、春麗を見つけるなりウィンクを飛ばしていた。全くへこたれていないどころか、むしろバスでの出来事を経て春麗の事を気に入ってしまったらしい。
「麗しのレディ、今度一緒にお茶でもどうだい?」などと口説いていたが、さすがの唯我独尊だ。
ついでになぜかオレまで気に入られたようで、「綾小路ボーイ」という残念なあだ名をつけられてしまった。
どうやらオレ達は変な奴に目をつけられてしまったようだが、まあこれも出会いというものなのだろう。実際に高円寺は見どころの多い男だ。きっとコイツもオレを楽しませてくれる存在に違いない。
そしてそんなオレ達3人がいたバスに、ショートヘアーの女子生徒がいたこともオレは把握している。
「本当は私がお婆さんに席を譲ってあげられたら良かったんだけど、私も立ってたからどうしようかなってずっと悩んでたんだよね」
「あら、そうだったの?」
だから、おそらくこれも本当だ。
春麗が動いた後、異様な空気に包まれる中でコイツは1人だけずっとソワソワしていた。その理由まではあの時点でわからなかったが、きっと本人が言うようにあの状況をどうにかしようとしてたんだろう。
「うん! でもあなたがなんとかしてくれたからすごく助かっちゃった! ええっと……春麗さんでいいんだよね?」
「そうよ。あなたの名前は?」
「私は櫛田桔梗だよ! よろしくね春麗さん!」
「ええ、よろしくね櫛田さん」
「君は綾小路君だね。よろしくね綾小路君!」
「ああ、よろしくな」
この櫛田もかなり面白い生徒だ。
まさか隣にいるだけのオレにまで自己紹介してくるとは思わなかったが、その後のアイツの動きを観察していればそれも納得だった。
ホームルームが始まるまでの自由時間で、アイツはクラスの全員に同じように接し、瞬く間に交友関係を広めていった。容姿とコミュニケーション能力に秀でた、アイドルのような存在。
なるほど、世の中にはこういう人間もいるのか。
勉強にはなるが、オレにはとても真似できそうにない。
そう考えながら櫛田を観察しているオレに、今度は春麗が声をかけてきた。
「櫛田さんがそんなに気になるの?」
「いや、すごい奴だなと感心しながら見てるだけだ」
「確かにすごいわね。どこからあんな元気が湧いてくるのかしら?」
「さあな。オレには見当もつかないが、櫛田には頑張ってでも交友関係を広めたい理由があるんじゃないか? 今日は登校日初日だしな」
「適当すぎよ」
春麗が呆れたように言う。
「観察するなら、ちゃんと分析もしなさい」
そして、なぜか怒られてしまった。
割と真面目に答えたつもりなんだけどな。ついでにオレがよく人の観察や分析をしているのは、コイツにバレてるようだ。
まだ知り合って間もないはずだが、意外と洞察力もあるらしい。
それを裏付けるように、春麗は割と真面目な顔つきでオレに別の問いかけをしてきた。
「綾小路君は
そう言いながら春麗の視線は、教室の天井に向けられていた。
どうやら天井に設置されているアレの事を言ってるんだろうが、念のため確認はしておくか。
「監視カメラの事か?」
「そうよ。なんで設置されてるんだと思う?」
もちろん監視カメラの存在には気づいていた。
正門からここまで来る途中にもかなりの数があったから違和感は感じていたが、何故と言われても正直答えるのは難しい。オレは普通の学校を知らないから、学校に監視カメラが設置されているのが普通なのかどうかも分からないからな。
「質問を質問で返すようで悪いんだが、学校に監視カメラが設置されてるのはおかしい事なのか?」
「ええ。私は留学するにあたって日本語を学ぶついでに教育機関の事も色々と調べてきたけど、普通の高校には監視カメラなんてないはずよ」
だからまずは前提条件を確認してみたが、普通の高校に監視カメラはついてないらしい。
なるほど……じゃあこの学校は特殊なんだろう。
だが、それでもなんとも言えないのが正直なところだ。この学校が特殊なのは元から知ってるからな。
高度育成高等学校。
この学校は人工島の上に建てられた、隔離施設のような全寮制の国立高校。しかも学費が無料で、卒業さえすれば希望する進路へ必ず進むことができると言われている。
だがそれ以外の情報はすべて秘匿されていて、入学前に外部から知れることも限られていた。
そんな謎に包まれた高校に監視カメラが設置されてる理由なんて、オレに分かるわけがない。だからオレは現状考えうる中で最も無難な回答を選び、逆に春麗の反応を伺うことにした。
「単純に考えれば校内でのイジメや犯罪を防ぐためだろう。まだどこにどれだけの数設置されているか分らないし、この監視カメラが本当に機能しているかも分からないけどな」
「なるほどね。ダミーの可能性もあると」
「たとえダミーでも人の犯罪心理には抑止効果を与えるらしいからな。それよりお前はどう思うんだ?」
「私は少なくとも、いじめや犯罪抑止のためのものではないと思っているわ」
どうやら春麗はオレと真逆の意見のようだ。
これは興味深いな。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって必ず死角は存在するもの。カメラがどこに何台あろうとダミーであろうとなかろうと、必ずカメラの目の届かない死角は存在するし、犯罪まがいの行為を犯すような連中はそこを狙うものよ」
なるほど。確かに的を得ている。
洞察力もさることながら、まるで犯罪者の手口を知っているかのような物言い。恐らくそれはコイツの経歴からくるものだろうと容易に想像できる。
バスの中で教えてもらったからな。将来自分は警察になるのだと。それもただの警察ではなく、国際刑事警察機構――通称インターポールに。
日本での高校3年間は、インターポールに入るために必要な学歴と国外活動経験の一部を埋めるためのものらしい。
春麗はさっき櫛田のバイタリティに呆れていたが、お前の方が全然すごいんじゃないか? すでに目標を見定めて、その目標のために単身海外留学する15歳なんてそうそういないだろう。
鋼のように鍛え上げられた肉体も、その志も、ただの女子高生ではありえない。
どうやらオレは想像以上の怪物と出会ってしまったらしい。
隣で監視カメラについて真剣に考察している春麗を眺めながら、オレは呑気にそんなことを考えていた。
◆ ◇ ◆
しばらくするとホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り、1人の女性がこの教室に入ってきた。
ポニーテールに髪をまとめ、スーツに身を包んだ美女。
彼女は全員が前を向いたタイミングを見計らって自らを茶柱佐枝と名乗り、3年間ずっとオレ達の担任であると伝えてきた。
3年間担任が変わらない――つまりこの学校にはクラス替えというものが存在しないらしい。
これは正直意外だった。
クラス替えのような生徒の入れ替えは、学校の醍醐味ではないかとオレは考えていたからだ。なんなら楽しみにしてたんだけどな……
入学早々まさかの事実が判明してざわつく生徒達を茶柱は制し、そのままこの学校の仕組みの説明を始めた。それはSシステムと呼ばれるもので、どうやらこの学校独自のものらしい。
ポイントと呼ばれるものが生徒に与えられ、そのポイントを基盤にしたシステムで運営されているんだと。
茶柱の説明によって、謎に包まれた学校の内側が徐々に明かされていく。
説明は多岐にわたったが、大きく強調された点は次の2つ。
①入学時に10万ポイントが支給される事
②この学校は実力で生徒を測る事
そしてポイントに関しての補足が次の3つ。
①ポイントはこの敷地内で通貨として使用可能。レートは1ポイント=1円
②ポイントで買えないものはない
③ポイントは毎月一日に必ず支給される
だそうだ。
すべての説明を終えた茶柱は、質問がないことを確認してさっさと教室から出て行ってしまった。説明すべきことは説明したのだから問題ないが、なんとも淡泊な教師だったな。
というか胸は露出するのに愛想は振りまかないのか。教師なら逆の方がいいと思うんだが……アイツの分析はまた今度にしよう。
今はさきほど与えられた情報について考察しなければならない。
さすがにオレでもわかる。この学校の仕組みは普通じゃないな。
監視カメラが敷地内のいたるところに設置されていること。3年間同じクラスであること。ポイント制度であること。実力で生徒を測ること。
どうあがいても普通じゃないこれらの情報を並べてみて思ったが、なんだか嫌な感じだな。それはオレが今までいたホワイトルームという教育機関に通じるものを、この学校にも感じたからだ。
あそこは実力がない子供は生き残れない場所だったが、もしかしたらここも同じような場所なのかもしれない。でなければ学費が無料で、しかも卒業すれば生徒の望む進路に必ず進めるなんて旨すぎる特典が全校生徒に与えられるわけないだろう。
つまりホワイトルームと同様に生き残れるのはごく一部、もしくはその特典を享受できる生徒がごく一部になる可能性が高いな。
とりあえずポイントというのが、この学校にとっての価値基準であることは分かった。実力というのが何の能力を示すのかは不明だが、何かしらの能力を競い合ってポイントに反映し、そのポイントが一番多い生徒が特典を掴みとれる勝者になるといった所か。
これはオレの所感でしかなく実際にどんなカリキュラムが待っているのか知らないが、ハッキリ言って憂鬱だ。
オレは競争がしたくてここに来たわけじゃない。青春を謳歌したくて、刺激的な出会いに期待して飛び出してきたのだから――これは萎えるな。
もう考察はやめよう。
考えれば考えるほどに嫌な予感しかしない。
なのにクラスメイト達は、茶柱が出ていったそばからお祭り騒ぎだ。彼ら・彼女らには、オレと違って良い予感がしてるらしい。
「毎月10万もらえるなんて最高じゃん!」
「さっそく今日カラオケいって遊ぼうぜ」
「いいねぇ! てゆーかこの学校すごくゆるくない? なんか思ってたのと違うんだけど」
こんな感じだからな。
アイツらは茶柱の話を聞いてなかったんだろうか。ゆるいどころか生徒に警告を促すような言葉も結構あった気がするんだが、すべて10万という大金にかき消されてしまったんだろう。
それも毎月もらえるなんて言ってなかった気もするが……
さすがにあの中に混ざって「毎月10万もらえるなんて誰も言ってないぞ」とも言えないし、そんなことをして嫌われたくもない。まだ友達にすらなってないのに嫌われたら悲しすぎる。
それ以前にそもそも近づくことすらオレには無理そうだ。コミュニケーション能力と積極性があれば、あんな中にも遠慮なく入っていけるんだろうけどな。
そんなことを考えながら、教室の浮ついた空気の中で手を挙げた1人の男子生徒を眺めていた。
「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな」
そいつはイケメンだった。
「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。入学式まで時間があるし、一日でも早く友達になるために自己紹介をするのはどうかな?」
ついでに圧倒的なコミュニケーション能力と積極性まで併せ持っているらしい。
名前は平田洋介。
そして、そんなイケメン平田の提案に最初に乗っかったのは軽井沢恵という女子生徒。ギャルで美少女だった。
そんな2人の美男美女に誘導されるように賛成者は増えていき、あっという間に自己紹介タイムが始まってしまった。
(マジか……)
さっきからうすうす感づいてはいたが、このクラスの陽キャ率は高い。これが普通なんだろうか? 顔面偏差値はもっと高い。なにしろ担任すら美女だからな。
それよりどうしたものか。
急に自己紹介とか聞いてないが?
途中でなぜか自己紹介に反対してブチギレながら教室を出ていく須藤という生徒についていこうかとも思ったが、判断が遅かったようだ。あっという間にオレに順番が回ってきてしまった。
仕方ない……ここはみんなと仲良くなるための大事な場面だし、少し気張っていこう。オレも友達欲しいからな。
「えー……えっと、綾小路清隆です。趣味は読書ですが……えー、得意なことは特にありません。えー、皆と仲良くなれるように頑張りたいです」
だからオレが出来る最大限の自己アピールをしてみたが――
教室は何故か、静まり返ってしまった。
もしかしなくても失敗したらしい。
やっぱりコミュニケーション能力って大事なんだな。
残念ながら失敗に終わった自己紹介を終えて席に座ると、隣の春麗がニヤニヤした顔をオレに向けていた。
くっ、殺せ!
◆ ◇ ◆
地獄の自己紹介の後に迎えた入学式も無事に終わり、本日は昼前に解散となった。
Dクラスの面々は半数近くを占める陽キャ組がカラオケに向かい、それ以外の面々はみんな自由に動いているようだ。
もちろんオレも自由だ。悲しいかな友達なんてまだできていない。
特に行く当てもなくぶらりと立ち寄ったコンビニでは、春麗とばったり遭遇してしまう。本当にコイツとは縁があるが、友達と呼べるような関係かは不明だ。
興味深い存在であるが故に、オレの中でいまだに観察対象という域を出ない。
手にかけた買い物かごに目を向けると、この後食べるのであろう菓子パンなどが放り込まれていた。
「昼飯か?」
「ええ、今からいろんなお店を回って日用品をそろえようと思っているんだけど、その前に腹ごしらえしとこうと思ってね。綾小路君も同じ?」
「まあ、似たような感じだ」
口下手なオレだが、不思議なことにコイツとの会話には苦労しない。
オレが気になったことを質問するだけで、適切な答えを並べてから同じ質問を返す。何気ないことだが、答えるだけで終わらない事で会話を続けやすくしているのだろうか?
もしそうだとしたら、お前はいい奴だな。
コイツとなら友達になれるのかもしれない。むしろなって欲しい。
そんな期待の思いを込めて隣にいた春麗を見てみると、コイツの視線はオレとは全然違うところに向かっていた。
どうやら友達はまだ早かったようだ。
「……無料?」
春麗の目に留まったのは、どうやら無料商品が並べられた棚らしい。
結構な品数が揃っていてかなり目立っている。どうやら春麗はそれに釣られただけで、オレを無視したわけじゃなさそうで安心した。
もし無視されてたら泣くところだったぞ。危なかったな。
だが、そんなことより無料商品とはどういうことなんだろうか? 商品が無料なんてことがあるのか? 商売になってない気がするんだが……と思ったが、すぐにこの学校の不可解な仕組みを思い出した。
「やっぱり毎月10万もらえるわけじゃないのかもな」
「どういう事?」
「茶柱は入学時のボーナスとして今月は10万ポイント振り込まれているとは言ったが、毎月10万振り込まれるとは一言も言わなかった」
「そうだったかしら? よくそんな細かいことを覚えているわね」
「まあ記憶力に自信はあるからな」
この学校は全寮制だが寮費も無料だ。さらに携帯・電気・水道・高熱なども無料で毎月の維持費が必要ない。
つまり毎月10万もらえるなら10万をまるまる自由に使えるわけだが、それで生活が苦しくなることはあり得ないだろう。
なのにこんな支給品みたいなものが無料商品としてコンビニに並んでるということは、ポイントがなくなる可能性があることを示唆している。そう考えると毎月10万もらえない可能性は高いうえに、もらえるポイントは思ったよりも少ないのかもしれないな。
「おそらく、この無料商品はポイントを得られなかった生徒への救済措置みたいなものなんだろう」
「なるほどね。だから生徒を実力で測るってことを強調していたのかしら」
するどいな。
だが、その通りだろう。
茶柱があえてこの学校は実力至上主義であることを強調したのには必ず意味があるはずだ。でなければポイント制度の説明だけで事足りる。にもかかわらずしたということは、実力で評価されない生徒はポイントがもらえないということなのだろう。
だから茶柱は毎月もらえるポイントを明言しなかったのか。
なるほど、この学校の仕組みが少しわかった気がするな。だが、なんでそれを説明しなかったんだ? 普通に説明すればいいと思うんだが……
もしかしたらこんな感じにヒントを散りばめて学校の仕組みを考えさせることで、生徒の実力を測ってるのかもしれない。実力至上主義か……思想はホワイトルームと同じだが、どうやら実力の測り方は違うらしいな。
これからどんな高校生活が待っているのか知らないが、少なくとも退屈なカリキュラムしかなかったあそこよりは楽しめそうだ。
「なんだか面白くなってきたわね」
春麗が笑う。
「私の実力を見せてあげるわ」
表情が顔に出ないオレとは違って、コイツは見るからに楽しそうだ。
「まあ、なんの証拠もないんだけどな。オレ達の妄想で終わるかもしれないぞ」
「何言ってるの? 証拠ならあるじゃない」
そう言って春麗は無料商品を指さして、また笑った。
今度は悪い笑顔をニヤリと浮かべて。
「こんなのどう考えても不自然なんだから、あとは茶柱先生を問い詰めればいいのよ」
「オレはいやだぞ。目立ちたくない」
「なに男らしくないこと言ってるの。いいから行くわよ!」
コイツの行動力には本当に驚かされる。
まだこの学校を知る些細なヒントを得ただけだってのにこの調子だ。だからオレの手を引っ張って無理やり連れて行こうとするコイツに抵抗した。
学校の仕組みを調査したい気持ちはわかるが、入学早々教師なんかに目をつけられたくない。事なかれ主義のオレとしては下手に注目を浴びたくないからな。
だから必死に抵抗した。
そうしてしばらく引っ張り合いが続いたそんな時だった――店先でなにやら荒事の気配と声が聞こえて来たのは。
「何すんだ、この野郎!」
何やら喧嘩が行われているようで、怒鳴り声が響いていた。
3人の男子生徒が1人の男子生徒に絡んでいるようだ。1人の方はクラスメイトの須藤だ。派手な赤毛が印象的で見ただけですぐに分かった。
そんな須藤の足元には、カップラーメンの麺と汁が散乱していて酷い有様だ。
「二年の俺たちに随分な口の利きようだなぁオイ。今年は生意気な一年が入ったもんだぜ」
「あ? いい度胸じゃねえか!」
3人の方は二年生で、どうやらやつらが須藤を煽っているという構図のようだ。
「おー怖い怖い。お前クラスはなんだ? あー悪い……当ててやるよDクラスだよな?」
「だったら何だよ、クソが!」
「聞いたかお前ら? Dクラスだってよ!」
ゲラゲラと笑いながら須藤を挑発し続ける二年生。
店員や他の利用客もこの騒動に気づいたようだが、困惑したような表情を浮かべているだけで誰かが割って入る気配もない。
この感じは朝のバスと似てるな。他人の騒動に割り込めるような度胸のある人間はそうそういない。
この場にいる例外を除いてだが。
「まったく……仕方のない男達ね」
その吐き捨てるようなセリフは朝も聞いた。
だから驚きはない。
予想通りというかなんというか、その例外の動きは速かった。気づくや否や引っ張っていたオレの手を放し、あっという間に騒動の渦中に踏み込んでいる。
「あなたたち、なにをやっているの!」
「あ? なんだお前?」
本当にどういう度胸してるんだよ……
相手は男4人だぞ? 4人ともだいぶガラ悪いぞ?
「なにって……この馬鹿そうな一年を煽って遊んでんだよ。見てわかんねえのか?」
「てめぇ……いいかげんにしろよこの野郎!」
外野からの参戦者相手にもニヤついた表情を崩さない二年と、それに激高する須藤。
「いい加減にしなさい! 男のくせにみっともない」
「なんだとてめぇ……てゆーかお前も見ない顔だな。一年か?」
「あなたに教える義理はないわ。勝手に想像してなさい」
「ハッ、そうかよ。だがその間抜けっぷりじゃどうせお前もDクラスなんだろうな」
「なんなのさっきからDクラスDクラスって馬鹿の一つ覚えみたいに。Dクラスに恨みでもあるの?」
「恨みなんかねえよ。ただ何も知らなそうな不良品に、先輩としてこの学校の厳しさを教えてやってるだけだ」
話を聞く限り、どうやら上級生の中でDクラスは不良品扱いらしい。
かなり傲慢な態度で須藤と春麗の事を見下している。これはめんどくさそうな相手だが、どうするつもりだ?
まあアイツの事だから力でゴリ押すんだろうが――と思っていたら、やはりそうなったな。
ただし、朝よりもよっぽど暴力的だった。
「余計なお世話よ。邪魔だから消えなさい」
「あ? 不良品の分際で調子にのん――っ!?」
二年生がすべてを言い終える前に――
ガンッ!
鈍い衝撃音が、店先に響き渡った。
春麗の蹴りが炸裂したのは、近くに置いてあった鉄製のゴミ箱。
瞬間、重量感のある鉄の塊が――浮いた。
いや、浮いたというより、吹き飛んだ。
物理法則を無視したような速度で空中を駆け、放物線を描きながら10メートルほど先へ。そして――
ガシャンッ!
地面に落下した瞬間、二度目の衝撃音。
鉄製のゴミ箱はクの字に折れ曲がり、原形をとどめない見るも無残な姿でその場に転がっていた。
……えぇ。
時が止まったような静寂。
店内にいた全員が、その光景を凝視している。
「二度は言わないわ、いいから消えなさい」
「・・・」
春麗が冷たく言い放つ。
二年は絶句していた。
あれだけ饒舌だった奴らが、口をあんぐり開けて放心状態。ただこのままじゃヤバいと直感したのか、最後に捨て台詞も吐けずに――逃げて行った。
須藤はまだ放心状態だな。
まあそんな顔にもなるだろう。
たが、春麗に声をかけられて我を取り戻したようだ。
「須藤君、大丈夫?」
「お、おう……」
オレはその光景を見てこう思った。
高円寺の逃げに徹した判断は、間違っていなかったと。
そしてオレも決してアイツに逆らってはいけないと。
だって蹴りで鉄を折り曲げたんだぞ? しかも10メートル吹き飛ばした。あの脚なら、人間の首なんて軽く――
考えるのはやめよう。
さすがのオレでも、冷や汗が止まらなかった。
ホワイトルームで培った身体能力には自信があったが、アレは次元が違う。格闘技の領域を超えている。まるで人間兵器だ。
春麗が本気を出したら、オレでも――いや、オレ「こそ」が真っ先に標的になりそうだ。アイツはオレの正体を見抜いている気がする。
「じゃあ茶柱先生のもとへ行くわよ、綾小路君」
どうやらオレはこの運命から逃れられないらしい。
それでもオレは――
「分かったが、店の人に報告だけしてくる」
ただ見ていただけの罪滅ぼしとして、ゴミ箱の
そしてこの瞬間、オレは確信した。
この高校生活は、想像以上に刺激的になりそうだと。
春麗という予測不能な怪物が隣にいる限り、退屈することだけはなさそうだ。
それが良いことなのか悪いことなのかは――まだ分からないが。
高度育成高等学校学生データベース
氏名:春麗
クラス:1年Dクラス
誕生日:3月1日
評価
学力:B+
知性:A
判断力:A+
身体能力:A+
協調性:B+
面接官からのコメント
全体的にバランスが良く、非常に高いポテンシャルを持っている。
特に身体能力は高校生の域を超えた特質すべき点で、中国拳法の達人でもある。
試験の結果から見てもAクラスに匹敵する能力を持っていることは明らかだが、学歴が一切ないためDクラス配属とする。