船上特別試験の説明会終了後、早速オレと春麗は動き出していた。
もちろん試験を終わらせるためにな。
まだ試験は始まってすらいないが、こんな茶番はさっさと終わらせるに限る。
そのためにはいち早く動く必要があったわけだ。
この試験では、グループによる話し合い以外での他クラスとの話し合いを一定時間以上行うと退学という厳しい罰則が存在する。
だからそれが適用される前に終わらせなきゃいけない。試験開始日前の今日中に学年全体の意思をまとめる必要があったからな。
そこで櫛田や一之瀬などの顔が広い生徒に手伝ってもらい、船内の大規模ホールに全生徒を集めて集会を催していた。
現在時刻は22時00分。
タイムリミットは24時00分までの残り2時間。
司会は一之瀬と春麗という2人の女王。
豪華客船のホールに設けられた特設ステージ。
華やかな照明が煌めく中、その女王をステージに迎えたショーの幕開けだ。
「みんな夜遅くに集まってくれてありがとー! 今日は私と春麗ちゃんから試験に関して大事なお話があるんだ♪」
「時間はそんなに取らないから、最後までお付き合いよろしくね♪」
2人の挨拶に沸き立つホール。
一之瀬は言うまでもないが、春麗も実はかなりモテるし人気者だ。
しかも2人とも男子からも女子からも好かれるカリスマ性の持ち主。
見目麗しい春麗とアイドル顔負けの一之瀬によるオンステージに1年生全体が大盛り上がり。
歓声と拍手が波のように広がっていく。
そんな沸き立つ会場だが、時間に余裕があるわけじゃないので一之瀬がすぐさま本題を切り出していく。
「みんな! 早速なんだけど今回の試験は一時休戦にするのはどうかな?」
一之瀬の思わぬ発言に、沸き立っていた会場が一瞬どよめいた。
さっきまでの歓声が嘘のように静まり返る。
争いだらけの野蛮な学校で、まさか休戦なんて言葉が飛び出てくるとは思わなかったんだろうな。
すかさずステージ近くに座っていた葛城から声がかかる。
「休戦だと? 一体どういうつもりだ」
「今回に限ってはクラス同士で争うのをやめましょうって言ってるんだよ。試験の内容は理解しているよね?」
「もちろんだ。つまり全グループ結果1で終わらせようと言うのだな」
「うんうん! そういう事! 全グループ結果1で終わらせることが出来れば、各クラス最低でも2000万もボーナスがもらえるんだよ? こんな夢のようなチャンスを逃す手はないんじゃない?」
葛城の発言で一瞬静まった会場だが、一之瀬の2000万という数字を聞いて再び沸き立つ。
改めて2000万と聞くとインパクトがすごいな。
会場のあちこちから「マジで?」「2000万!?」という驚きの声が上がる。
つかみとしては完璧だ。
「だって1人につき50万もらえるんだよ? 50万なんて高校生の私たちにとっては大金なんだから、そんなの絶対欲しいに決まってるよね!」
さらに沸き立つ会場。
つかみは完璧。
流れも完璧。
そして思ってた通り。やっぱりみんなお金が欲しいんだな。それが普通の人間の反応なんだろう。
現状でポイントがすっからかんな龍園クラスの石崎なんて、羞恥心すら忘れて大興奮だ。
「50万! 50万!」と拳を突き上げている。
だがそんな大盛り上がりな会場にも冷静な生徒はいるもので、今度は葛城クラスの橋本という男子生徒から声が上がる。
「別に異を唱えるつもりはないんだが、優待者はどうするんだ? 追加の50万PPは本人がそのまま受け取るのか?」
流れは止められてしまったが、これは当然の質問だ。
もちろんこの質問に対する答えもちゃんと用意してる。
優待者は明日の8時にメールで判明するのでまだ不明だが、学年に12人しかいないのは確定事項。
そいつらだけに特別おいしい思いをさせるのかどうかについてだが、これについてはオレ達に明確な考えがあった。
だから今度は一之瀬に代わって春麗が質問に答えていく。
「優待者がもらえる追加ポイントについては、全て龍園君のクラスにプレゼントする予定よ」
「なんだって!?」
まさかの回答に驚く橋本。同じように会場にもざわめきが走る。
みんなの嫌われ者である龍園にポイントをくれてやるなんて正気か? とでも思ったんだろう。
「なんで龍園に?」「あいつらに?」という困惑の声があちこちから聞こえてくる。
そしてそれは龍園自身もそう感じたようで、いつもの獰猛な笑みを浮かべながら春麗に突っかかっていく。
「オイオイ、一体どういうつもりだ? 楽しそうな話でなによりだが、ちゃんと理由はあるんだろうな」
「もちろんよ。だってあなただけは結果1の案に反対すると思ってたから、それを防ぐための特別報酬よ」
そう、これは全て学年全体での意思統一を図るため。
結果1を得ようとするならば裏切り者は1人たりとも許してはならない。
満場一致の賛成がなければ成しえないプランだからだ。だからこんな大規模ホールに全生徒を集めて集会なんてものをやっている。
そして大金がもらえるだけの結果1に反対する奴がいるとするならば、それは龍園クラスだけ。
葛城クラス:1260CP
クラス茶柱:1150CP
一之瀬クラス:1080CP
龍園クラス: 610CP
現状で葛城・茶柱・一之瀬の3クラスはCPが拮抗しているので、下手なリスクを負うより素直に報酬を受け取った方がいい。
だが他クラスに大きく離されてしまってる龍園クラスは例外だ。
コイツらがAクラスでの卒業を諦めていない限りは、CP差は少しでも縮めておく必要があるのも事実。
だからコイツらにも話に乗るメリットがあるように報酬を上乗せしようってわけだ。
「ククク、そういう事かよ。確かに優待者は各クラス3人になるだろうなぁ。だから俺たちに優待者がもらえる全ポイント600万をよこしたとしても、お前ら各クラスの負担は150万ずつしかねえってことか」
そして頭の回る龍園はオレ達3クラスのデメリットも解説してくれた。
公平性を期すために優待者は各クラス3人ずつであることが予想され、そうであれば龍園に優待者の全ポイントを譲ったとしてもオレ達の負担は分散される。
やはりコイツはただの暴力馬鹿じゃないな。
一瞬で計算を終えて、全体の構図を把握してみせた。
「面白れぇ。やっぱ最高だなお前」
「褒めてくれてありがとう、龍園君。それでどう? あなたもこの話に乗ってくれる?」
「あぁ、いいぜ。俺もちょうど大量のPPが欲しいと思ってたところだ。今回だけはみんなで楽しくパーティといこうじゃねえか」
多少はごねるかと思ったが、龍園は意外にも乗り気だ。
だがなるほど、大量のPPか。もしかしたらコイツはもう方針転換を図ってるのかもしれないな。
無人島試験の散々な結果を受けて、実力で這い上がるのを半分捨ててるのかもしれない。
龍園の言葉を鵜呑みにすることは出来ないが、その可能性は大いにありうる。
この感じからして2000万ポイントで好きなクラスに移動できるという事を龍園は知ってるな。
今後どう動くつもりなのか知らないが、そうであればオレ達の極秘計画ともシナジーが高い。
コイツは使えそうだ。
いずれにしろ一番厄介そうなヤツから賛同を得ることは出来た。
おかげで会場全体も賛成一色になった。
「葛城君と橋本君はどう? この状態でも反対意見があるようなら聞くけど」
「はは……こりゃ手厳しいな。どうする葛城。俺たちだけでも反対してみるか?」
「いや、いい。我々にも損はないのだからここは素直に賛成しておこう」
葛城は当然賛成だろう。
コイツらは卒業までオレ達にPPを搾取され続けるわけだから、大きなリスクを負うことが出来ない。
これで葛城クラスも味方にできたし、一之瀬からはあらかじめ同意を得ている。
いい感じだな。
「じゃあみんなに今一度確認するわね。結果1で終えても構わないという人は声援を頂戴!」
「みんなは50万円欲しいかな?」
女王2人の上手い誘導により会場は割れんばかりの「欲しい!」コールが鳴り響く。
最終的には「50万! 50万!」と繰り返すだけの現金な集団になってしまったが、これで目的は果たされた。
華やかな照明の下、160人の高校生が一つになった瞬間だった。
あとは正式な契約を交わすのみだ。
◆ ◇ ◆
2人の女王によるショーが終了した後、ホールには各クラスの中心人物だけが残っていた。
葛城クラスから葛城と橋本。
クラス茶柱から春麗とオレ。
一之瀬クラスから一之瀬と神崎。
龍園クラスから龍園と椎名。
今日初めて顔を合わせるのは橋本と椎名だ。
橋本は金髪の優男。軽薄そうな笑みを浮かべているが、その目は油断ならない光を宿している。
コイツが坂柳の手下であることをオレ達は知っている。
ちなみに坂柳はこの豪華客船の旅に参加してすらいない。
先天性の疾患持ちで無理をさせられないため、ドクターストップがかかったらしい。
椎名は銀髪の少女。静かな佇まいで、周囲の喧騒から一歩引いたような雰囲気がある。
コイツの情報はほとんどないが、図書館で何回か見たことがある。恐らく読書好きなんだろう。
そんなオレ達が残ったのはもちろん契約書にサインするためだ。
学年全体で総意は得たので、裏切りが発生しないようにしっかりと契約書に残す。
ちなみに今日は立会人として教師を呼んでない。
今日は4クラスでの契約になるため、すべてのクラスが第3者としての立ち位置も兼ねた契約となる。
あとはこの学校の性質的に全グループ結果1で終えることを阻止してくることも考えられるため、今回の契約は秘密裏に行うことにした。
契約内容を要約するとこうだ。
①船上特別試験において、全クラス全グループの生徒が結果1での指名を実行する
②優待者がもらえる追加ポイントは全て龍園クラスに譲渡する
③裏切り行為で結果3、4が出た場合、損害を与えたクラスは損害を受けたクラスに損害賠償として相応のPPを補填する
④操作ミスで結果2が出た場合は処罰を不問とし、対象グループに属する生徒への損害賠償はクラスごとに一任される
これで裏切りが発生する可能性はほぼなくなったが、操作ミスにより結果2が出てしまった場合は仕方がない。
意図的に結果2を狙う馬鹿はさすがにいないだろうから、この契約で不備はないはずだ。
全クラスの代表者がサインをし、オレ達の船上特別試験でのスタンスは確定した。
「この学校も馬鹿だな。よっぽど金が有り余ってるに違いない。お前もそう思わねえか、ひより」
「そうですね」
吐き捨てるように学校を罵倒する龍園と興味なさそうに返事をする椎名。
この椎名という女子は龍園から信頼されているみたいだが、あまり従順に従ってる様子はないな。
マイペースというか、我が道を行くタイプのようだ。
「試験はトータル4日あったよな? こんなの参加しても意味ないんじゃねえか?」
「無駄口は慎め橋本。参加はルール的に義務だ。それに他のクラスの生徒を知るいい機会にもなる」
「そんなことは分ってるよ葛城。お前さんはいつまでたってもお堅いねぇ」
どこまでも真面目な葛城を茶化す橋本。
逆に橋本は柔軟そうな男だな。
敵に回したら葛城よりもよっぽど手ごわそうだ。
「相変わらず春麗ちゃんはすごい作戦を立てるね」
「そうかしら? まあそういう事にしておいた方が都合がよさそうね」
「なになに? なんか気になる言い方だけど深い意味でもあるのかなー?」
「ふふ、ご想像にお任せするわ」
そして一之瀬からのお世辞を適当に誤魔化す春麗。
だが、それでいい。
お前が並外れた実力者であることは間違いないし、むしろその方が都合がいい。
オレは表に出て目立つのは好きじゃないからな。
たとえ立案したのがオレだったとしても、すべてお前の意のままに使え。利用できるものはなんでも利用しろ。
クラス間競争も敵も味方も関係ない。
オレ達は高度育成高等学校という子供を舐め切った教育機関に混乱をもたらす。
ただそれだけで充分に楽しむ事が出来るんだからな。
現在時刻は23時00分。
まだ試験が始まってもいない時間に、生徒達の高笑いがホールに響き渡る。
華やかな照明が、勝利を確信した若者たちを照らしていた。