船上特別試験1日目。
ようやく試験がスタートした。
それと同時に試験はすでに終了もしていた。
やるべきことは昨日ほとんど終わらせたからな。
優待者を知らせるメールは今朝送られてきて確認もしたが、オレは優待者じゃなかった。
卯グループの優待者が軽井沢であることも分かったが、そんな事すらどうでもいい。
大事なのは試験終了後の指名解答時に軽率なミスをしないことだけだ。
だからさっき行われた1回目の話し合いで自己紹介こそしたが、それ以降は各々暇をつぶして終了。
だがそこで少し気になることがあった。
話し合いは行われなかったが、龍園クラスの真鍋という女子生徒が軽井沢の事をずっと睨んでいることに気づいたからだ。
敵意というより、個人的な恨みのようなものが滲み出ている。
そして所定の時間が過ぎて退出すると、真鍋を含めた龍園クラスの女子たちが軽井沢に絡んでいくところをちょうど見かけた。
「ちょっと確認したいんだけど、夏休み前にカフェでリカを突き飛ばしたのってアンタ?」
どうやら真鍋が軽井沢に何か問い詰めてるようだ。
リカという生徒と軽井沢の間でなにかトラブルがあったものと思われる。
だが当の軽井沢は通路際のソファに座りながらスマホをいじって全く見向きもしない。
完全無視を決め込むつもりらしい。
無視する意味全然分かんないけどな。普通に相手してやればいいのに。
無視する意味は分からないが、確実に分かる事が1つだけある。
アレはかなり頑張って無視してるなと。
アイツいつも強気なギャルを気取ってるけど、実際はただの小心者だからな。
だから内心ビクビクしてるはずだ。
スマホを持つ手が微かに震えているのが、ここからでも見える。
それを想像すると逆に可愛いまである。
というかずっと無視してるから勝手に真鍋に写真撮られてるし。
ようやく反応して「リカなんて子知らない!」って言ってるが、多分アイツ知ってるな。
どう見ても目が泳いでる。
嘘つくの下手くそすぎるだろ。
あ~あ、撮られた写真削除させようとして真鍋のスマホはたき落としちゃった。
このドジっ子め。そういうとこだぞ。
そのせいで3人に詰め寄られていじめられちゃってるし。
しかし酷い怯えようだな。
さっきまでの威勢の良さがまるで嘘のように消え去ってる。
顔面蒼白で、体が小刻みに震えている。
「いや……やめてよ」
……なるほど。
完全に理解した。
お前はそういう人間か。
「助けて……綾小路君」
どうやらご指名がかかったらしい。
か細い声だったが、確かにオレの名前を呼んでいた。
仕方ない。それなりに仲良くなったよしみとして助けてやろう。
「スマン、ちょっといいか」
「なによ、綾小路君には関係ないでしょ! 同じクラスだからってこの女をかばうつもり!」
「いや……まあその通りなんだけどな。リカって子にはちゃんと謝らせるから、それくらいで勘弁してやってくれないか?」
「それ本当? でもコイツ知らないって言ってるじゃん」
「そんなの嘘に決まってるだろ。お前たちもそのくらい分かってるんじゃないか?」
「ま、まあ確かに」
「え? 何言ってるの綾小路君。私嘘なんかついてないし……」
「この女! さっきから適当な事ばっかり言いやがって!」
せっかく助けてやろうとしてるんだから邪魔しないでくれ。
そんな見え透いた嘘に騙される奴なんかどこにもいないぞ。
「とにかく後で謝らせに行くから。ここは退いてくれ」
「チッ……分かった。でも絶対来てよね! 次嘘ついたらただじゃ済まさないから!」
「ああ、約束する」
ふう……
この場を収めることにはなんとか成功したな。
こんな経験は初めてだが、我ながらうまくやった気がする。
だが、この後どうするかな。
ここに放置するわけにもいかないしな。
軽井沢は未だにソファに座ったまま、顔を俯かせている。
とりあえず軽井沢を回収して適当な個室にでも移動するか。
◆◇ 軽井沢回収中 ◆◇
とりあえずカラオケにやってきた。
コイツはカラオケが好きみたいだし、個室だから人目を気にしないで済む。
薄暗い照明と、モニターから流れる待機画面の音楽。
ちなみに軽井沢は泣いてるけどな。
「うう……グス……」
「・・・」
一体なにやってるんだろうなオレは。
別に見捨てても良かったけど、「助けて」って言われた瞬間に体が勝手に動いてた。
なんか最近そういうの多い気がする。
まあどうでもいい話だが。
「少しは落ち着いたか?」
「うるさい! ほっといてよ!」
ええ……
オレが罵倒されるのかよ。
お前が助けてっていうから助けたのにひどい話だ。居た堪れない。
仕方ないな。落ち着かせるためにドリンクバーでココアでも取ってくるか。
シロップ増し増しの激甘ココアにしてやろう。
ついでに自分用のソフトクリームも欲しいな。
◆◇ ソフトクリーム作成中 ◆◇
軽井沢にココアを飲ませてようやく落ち着かせることが出来た。
糖分を摂取したおかげで少しずつ冷静さも取り戻してきたらしい。
両手でカップを包み込むように持ち、湯気を見つめている。
「さっきはごめん……あと、ありがと」
打って変わって随分と素直になってしまったが、これが軽井沢恵という人間の本質だ。
コイツは常日頃から何かを怖がって周囲を威嚇しながら生きているが、それは過去のトラウマからきていると推察できる。
さっき真鍋達に囲まれたときに見せた怯えようが、いじめられっ子のまさにそれだった。
まさかコイツがそういう人間だとは夢にも思わなかったな。
人は見た目では分からないもんだ。
「気にするな。それよりなんか歌うか?」
「ううん。今はそういう気分じゃないからいい」
だからと言ってコイツの過去に深入りするつもりはなかったが、センチメンタルな軽井沢は自分の過去についてポツポツと語り始めた。
今はそういう気分らしい。
クラスでカーストトップに君臨するギャルのメッキが徐々にはがされていく。
今目の前にいるのは、弱っただけの1人の少女。
その声はとても弱々しく、少女本来の姿がにじみ出ている。
小・中の過去9年間にわたって壮絶ないじめの被害にあっていた。
そんな人生に嫌気がさして、世間から隔離された空間であるこの学校に進学してきた。
だが自分自身を変えることは出来ずに、平田に彼女役として寄生することで自分を守り続けてきた。
それでも結局いじめられやすい体質は変えられず、さっきみたいな事が起こってしまったと少女は語っている。
嗚咽と共に涙を流しながら。
オレは黙ってそれを聞いていた。
別に聞き役に徹していたわけじゃない。
はっきり言ってコイツの過去に興味もない。
ただ単にかけられる言葉がなかっただけだ。
自分が体験してもいないことを言葉で表現するのは難しい。ただでさえ口下手なオレには到底不可能な話。当たり前だが同じ痛みも知らないしな。
オレがどれだけ頭を使って適切な言葉を並べても、きっとコイツの心には何も響かないだろう。
強引に洗脳することなら出来るが、そんな意味のないことはもちろんしない。
だから黙ってるしかないと思った。
少女は未だに涙を流している。
それをひたすら黙って観察することくらいしか、オレにできることは何もなかった。
カラオケルームの薄暗い照明が、涙に濡れた軽井沢の頬を照らしている。
モニターからはずっと同じ待機画面の音楽が流れ続けていた。
◆ ◇ ◆
「聞いてくれてありがと。なんかちょっとスッキリしたかも」
だが、その判断が功を奏したらしい。
話が終わる頃には軽井沢から笑顔がこぼれていた。
今まで見たことのない柔らかな微笑み。
強がりのギャルでもなく、怯える少女でもない。
これが本当の軽井沢恵なのかもしれない。
そんないい武器があるなら、きっと色んな男に守ってもらえるのにな。
不器用な奴だ。
オレが人に言えたことでもないんだが……
「もっとスッキリしたくないか?」
「え?」
勘違いしないでくれ。
別に下ネタじゃない。
ただやるべき事はやっておかないと、いじめられやすい体質はいつまで経っても変えられないだろうからな。
「リカって生徒の事、本当は知ってるんだろ?」
「う、うん。そりゃまあ……」
「ちゃんと謝っておかないと厄介なことになるぞ」
「……うん。分かってる」
軽井沢もようやく自分の過ちを認めたらしい。
そもそも今回の件は完全にコイツが悪いからな。
「オレも一緒に行く。真鍋に約束もしちゃったしな」
「分かった。ありがと」
これで真鍋たちとの諍いはなんとかなりそうだ。
軽井沢は自分は変われなかったと言っているが、決してそんなことはない。
感情では分からないが、コイツの行動がすべてを物語っている。
9年間のいじめという地獄のような幼少期を耐え抜いて、自らの意思でちゃんと逃げ出そうとしてこの学校にたどり着いた。
それだけでも充分すごい事だと思うけどな。
少なくとも誰にでも出来るような事じゃない。
もし本当に変われない人間だったなら、コイツはとっくにこの世にいないはずだ。
逆に言えば、それはコイツが既に変われていることを証明してる。
あとは普段の傲慢な態度さえ直せれば、余計なトラブルを背負わずに生きていけるだろう。
やっぱり出会いとは面白いもんだな。
この学校には何かしらの才能を有してる生徒が多くて、こと出会いに関して困ることはない。
だがそれとは別の問題で、この学校は才能を有した生徒達を無駄に対立させようとしている。それも紛れもない事実だ。
オレ達の見えないところでも確実に揉め事は起きていて、それが新たないじめに発展していく可能性も否定できない。
というか多分あるだろうな。
だからたとえ軽井沢に非がなかったとしても、いじめられる体質が改善されたとしても、この学校の体質を変えることは出来ない。
ここは本来なら輝けるはずの才能をどこまでも潰してしまう恐れのある学校だ。
実力がどうとかそういう話じゃない。それ以前の問題。
龍園のクラスがそのいい例で、アイツのクラスはアイツ以外ほとんど息をしていない。
上級生にも似たようなクラスがあると聞いている。
せっかく楽しくなってきたところなのに、それでは面白みに欠けるな。
「なあ、軽井沢」
「なによ」
「お前に相談があるんだが」
「だからなによ」
「お前さえよければなんだが、オレ達とちょっと悪巧みしてみないか?」