第23話
なんだって!?
春麗の脚に水筒がすっぽりハマって抜けなくなったていうのは本当か!?
そ、そんな事あり得るはずがない!
だってあの極太の脚だぞ!?
もしあの脚にハマるとしたらそれは水筒じゃなくて、大容量のポットだろ!
スマン、なんでもない。
本当になんでもないから気にしないで欲しい。
ただの気の迷いだ。長い人生でおかしくなる時なんて誰にでもあるだろ。
ただ春麗にだけは黙っておいてくれないか?オレはまだ生きていきたいからな。
2週間にわたる豪華客船での旅を終えたオレ達は、残りの夏休みも高校生らしく過ごしていた。
それは青春の1ページを彩るのに相応しい時間だ。
伊吹とエレベーターの中でイチャイチャして。
葛城の相談に乗りながらイチャイチャして。
ついでに須藤ともイチャイチャして。
プールで一之瀬とイチャイチャして。
春麗と占いデートしながらイチャイチャして……
そんなイチャイチャするだけの夏休み。
面倒な試験も淡々とこなすだけの無機質なカリキュラムも存在しない至福のひと時だった。
だがそんな最高の夏休みも、楽しい時間は一瞬で過ぎ去っていく法則に則ってあっという間に終わってしまった。
悲しいな。
あの悲しみに塗れた法則がなくならない限り、人類に永遠の幸せはやってこないのかもしれない。
おかげでもう新学期だ。
窓の外では蝉がまだ鳴いているが、教室の中は既に2学期の空気に包まれている。
「今日から改めて授業が始まったわけだが、これからの1カ月は体育祭に向けて体育の授業が増えることになる」
そしていつも通りのHRを迎えている。
知っていたことだが2学期最初のイベントは体育祭だ。
だがオレ達はやる気がない。
だって誰とも競い合う気がないからな。
クラス茶柱の使命は学校から出来るだけ多くのPPをカツアゲする事だけだ。
そしてカツアゲしたPPをみんなのクラス移動のために使用するだけ。
シンプルに運動能力を試されるイベントなんて春麗と高円寺が無双するだけだし、余計にやる気が起きない。
ただでさえやる気ゼロなオレ達だったが、それに追い打ちをかけるような体育祭のルールが茶柱の口から発表された。
全学年を赤組と白組の2組に分けて行われる対戦方式の体育祭。
内訳は赤組がAクラスとDクラス、白組がBクラスとCクラスで構成される。
つまりオレ達クラス茶柱は一之瀬クラスと同じ白組だ。
点数配分は競技によって異なり、全員参加競技では1位15点から、推薦参加競技では1位50点から与えられる。
団体戦は勝利した組に500点。
最終競技のリレーは通常の3倍の点数が与えられるらしい。
ただしこれはあくまで勝敗を左右する点数というだけで、勝敗が決まった後に発生する報酬とペナルティ――つまり増減するCPとPPはまた別の話だ。
そして問題の報酬とペナルティ。
全学年の総合点で負けた組は全学年等しくCPが100引かれる。
学年別順位では、1位のクラスにCPがプラス50、2位は変動なし、3位はマイナス50、4位はマイナス100。
「簡単な話、手を抜くのは推奨されないということだ。負けた組が受けるペナルティは決して軽いものではない」
「・・・」
だそうだが……この試験酷くないか?
1か月準備して得られるポイントが最高でも50CPのみ。
しかもそれも確定ではなく、実際はほとんどのクラスがマイナスにしかならない。
あれだけ楽で報酬も豪華だった船上試験との落差が激しすぎて、耳がキーンとなりそうだ。
この時点でオレ達の心は折られていた。
早くも極秘計画が破綻しそうな急降下だからな……
おかげで耳鳴りも鳴りやまない。
だが、どうやらそれだけでもないらしい。
「これだけだとマイナスの面が強いように見えるかもしれない。だがこの体育祭ではCPの変動の他に、活躍した生徒には個人報酬が与えられる手筈となっている」
オレ達の暗い雰囲気を見兼ねたわけではないだろうが、茶柱は餌をチラつかせるようにそう続ける。
配られたプリントを読み進めると、個人報酬の内容が書かれていた。
各個人競技で1位を取った生徒には5000PP、2位には3000PP、3位には1000PP。
もしくは筆記試験での点数に相当する点数を与えられるらしい。
逆に最下位を取った生徒にはマイナス1000PPのペナルティ。
所持するPPが1000未満の場合は筆記試験でマイナス1点となる。
さらに全競技で最も高得点を得た生徒――MVPには10万PP、学年別最優秀生徒3名には各1万PP。
そして最後に、全競技終了後に学年内で点数の集計をし、下位10名にペナルティを科すとのこと。
「お前たち1年に科せられる下位10名へのペナルティは次回筆記試験におけるテストの減点だ。総合成績下位10名の生徒は10点の減点を受けることになる」
「・・・」
だそうだが……あんまり変わってなくないか?
というかむしろ酷さが増してる気がするな。
相変わらず報酬がしょっぱいのはもう分かったから別にいい。
体育祭の結果が次の筆記試験に影響を与えるのもよく分からないが、そういうルールなんだから仕方ないだろうと納得も出来る。
だが、最後の学年総合成績下位10名に与えられるペナルティ。
これは一体なんだ。
運動が出来ない生徒に勉強でも罰を与えるのか?
しかも順位は公表されるらしいから公開処刑にもなるし色々とやばいな。
だから春麗はキレた。
「こんな試験は認められないわ! 運動が出来ないだけの生徒に三重苦を課すなんて、こんなのただのいじめよ!」
「そんな事を私に言われても困るな。お前たちに意見する権利はないし、ルールは絶対だ」
「黙りなさい変態教師」
「なんだと? 私のどこが変態だと言うのだ」
「いちいち言わなきゃわからないの? それならまずは露出された胸をしまいなさい。ボタンを閉めるだけなんだから簡単でしょ」
「ぐっ……」
あ~あ、始まっちゃったな。
前にも見たと思うが、この光景は珍しくもなんともない。
1学期中間テストのテスト範囲変更に始まり、バカンスという大嘘のもとで開催された無人島試験。そして体育祭でのこの仕打ち。
はっきり分かるだけでも3回目だが、細かいものも含めれば実際はもっと多い。
事あるごとに理不尽を課そうとする学校に対して、春麗はいつも自分の主張を正々堂々とぶつける。
そしてその矛先はいつも茶柱だ。
「お前はどうしていつもいつも突っかかってくる。いい加減にしないと退学にするぞ」
「別にしたければすればいいじゃない。生徒を脅すことしかできない変態になりたければの話だけどね」
「貴様っ! それが教師に向ける態度か!」
そしていつも春麗が言い勝つ。
茶柱は核心を突かれるとすぐに冷静さを失ってムキになるからな。
この光景を今まで何度見たことか。
退学なんて脅しがコイツに通用するはずないんだから、子供の戯言だと思って適当に受け流せばいいのにな。
アレじゃ茶柱は蹴りこまれるだけの悲しきサンドバッグだ。
ただでさえ最低な試験内容なのに、無意味な喧嘩まで始まってみんな白目を剥いている。
そんなクラスメイトを眺めながら、オレも遠い目をしていた。
窓から差し込む夏の日差しだけが、やけに眩しかった。
◆ ◇ ◆
春麗と茶柱の喧嘩を見届けたオレ達は体育館へと集合していた。
今から上級生も含めた全校生徒による顔合わせがあるらしい。
この場には1年生から3年生の全学年の生徒総勢400名以上がびっしり並んでいる。
流石に数が多いな。
体育館の床がきしむほどの人数が、赤と白に分かれて整列している。
全校生徒が揃うのは入学式以来じゃないか?
オレ達は春麗に言い負かされて顔が真っ赤になってる茶柱の指示を受けて床に座る。
すると先輩らしき生徒が前に出てきた。
「今回、白組の総指揮を執ることになった3年Bクラスの石倉だ」
見覚えのある生徒だ。
須藤によると、どうやらコイツはバスケ部のキャプテンらしい。
たぶん部活説明会で見かけたから覚えてたんだろう。
がっしりとした体格に、日に焼けた肌。
いかにも運動部という雰囲気を纏っている。
その石倉は求めてもないのに勝手にアドバイスをしてきた。
「1年生には先にひとつだけアドバイスをしておくな。体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。この経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの試験の中には一見遊びのようなものも多数あるだろうが、そのどれもが学校での生き残りを懸けた重要な戦いになる」
「・・・」
だそうだ。
そんなたいした試験じゃない気がするけどな。
「今はまだ実感もなければモチベーションも上がらないかもしれないが、やる以上は勝ちに行く。その気持ちを強く持つこと。それだけは全員認識を一致させておけ」
「・・・」
「全学年が関わってる種目は最後のリレーのみ。それ以外は学年別種目ばかりだ。よって各学年で集まり、方針について自由に話し合ってくれ」
「・・・」
だそうだ。
石倉は運動部のキャプテンなだけあってかなり熱血系だな。
とりあえず上級生がやる気満々なのは伝わった。
せいぜい頑張ってくれ。
オレ達ももちろん協力はするが、方針は決まってるから特に話し合う事もない。
一之瀬クラスと適当にお喋りしてさっさと帰ろう。
オレにとって一番大切な事は努力でも友情でも勝利でもないからな。
貴重な3年間を楽しめればそれでいい。
それ以外に求めることなんてなにもない。
というかよくよく考えたら葛城と龍園のクラスがペアなんだな。
坂柳は今回の試験も不参加だろうし、アイツ今頃白目剥いてぶっ倒れてるんじゃないか?
と思って葛城を確認したら、倒れてはいなかったが案の定龍園に絡まれてた。
ついでに顔合わせには参加してる坂柳にも絡まれてるな。
アイツもとことん不憫な男だ。
可哀そうだがオレ達にどうこうできる問題じゃないから、せいぜい頑張ってくれ。陰ながら応援してる。
ただし、橋本。お前はダメだ。
お前は春麗が一番嫌うタイプの人間だからな。
「春麗、なにか作戦はあるか?」
「なにもないわよ。私は練習の指導役に回って、まとめ役は平田君と櫛田さんに任せるわ」
「そうか。一之瀬はどうだ?」
「私たちも特にはないかなー。龍園君からの嫌がらせを気にするくらいかも」
まあそれくらいしかやる事ないよな。
本当になんの面白みもない試験だ。
PPは個人で頑張って入賞したとしても気持ち程度しかもらえないし、CPもほぼマイナス……
体育館の天井を見上げながら、オレは思った。
さて、どうやって楽しい計画を推し進めていくかな。