ようこそ格闘女王のいる教室へ   作:デュラ様

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第24話

 

 

 

 

 

 体育祭2週間前の放課後。

 

 私と綾小路君は高円寺君の寮部屋を訪れていた。

 

 彼の部屋に足を踏み入れるのは私たちも初めてのことだし、どうやら今まで誰一人として招いたことがないらしい。まさに未開の地なのだけれど、所詮は寮の一室。ジャングルが広がっているわけでもない。

 

 それでも高円寺君の部屋は、彼らしい豪華な家具に囲まれていた。

 

 シャンデリアの光が調度品に反射して、まるで宝石箱の中にいるかのよう。一般的な寮部屋とは思えない煌びやかさだった。

 

 アンティーク調の本棚、金の装飾が施されたテーブル、そして壁には何やら高価そうな絵画。

 

 さすがは高円寺コンツェルンの御曹司、といったところかしら。

 

 

 

「さあ、こちらにどうぞレディ」

 

「ありがとう高円寺君」

 

 

 

 部屋に入るなり、高円寺君は紳士的な笑みを浮かべながら私をふかふかのソファへと導いてくれた。革張りの座面に腰を下ろすと、思わず感嘆の息が漏れる。

 

 体が沈み込むような柔らかさ。こんな高級家具は見たことがないわ。

 

 

 

「綾小路ボーイは適当に床にでも座りたまえ」

 

 

 

 一方で綾小路君に対する扱いはご覧の通り。

 

 私は苦笑いを浮かべながら、床に座ろうとする綾小路君を見やった。彼は特に気にした様子もなく、淡々と腰を下ろしている。

 

 相変わらずの無表情ね。

 

 高円寺君が私に好意を抱いているのは入学当初から薄々気づいていた。

 

 彼の視線の向け方、声のトーン、そして今のような露骨な差別待遇。インターポールを目指す者として、人の感情を読み取る訓練は欠かせない。だからこそ、彼の心理は手に取るようにわかる。

 

 とはいえ、悪い気はしないというのが正直なところ。高円寺君は自分勝手なところはあるけれど、根は悪い人じゃないもの。

 

 悪人からの好意だったら徹底的に拒ませてもらうけど、そうじゃないならもちろん嬉しい。

 

 何故だか私はこの学校で人気があるみたい。

 

 こんなゴツい女のどこがいいのか分からないけれど、一年生はもちろん、上級生からも声がかかることがあるし、男女問わず話しかけられることも多い。

 

 一之瀬さんや櫛田さんのような愛嬌があるわけでもないのに、「クールビューティな優等生」として一定の評価を得ているみたいね。

 

 高円寺君はその中でも、いわば最古参のファンとでもいうべき存在。

 

 御曹司のファンがいるなんて本当に恐れ多い話ではあるのだけれど、だから彼が綾小路君をぞんざいに扱うのは、ある意味で当然のことなのかもしれない。

 

 

 

「飲み物はなにかいるかい? レディ」

 

「どうしようかしら。紅茶はある?」

 

「もちろんあるとも」

 

「じゃあ紅茶でお願い。綾小路君もそれでいい?」

 

「ああ、問題ない」

 

「高円寺君、彼の分もお願いね」

 

「オーケー。ちょっと待っててくれたまえ」

 

 

 

 綾小路君の分も頼むと、高円寺君は少しだけ眉を寄せたけれど、すぐに優雅な笑みに戻ってキッチンへと向かった。

 

 私は彼の背中を見送りながら、今日ここに来た目的を改めて思い返す。

 

 

 

 事の発端は体育祭だった。

 

 二週間後に行われる予定のあのイベント。

 

 詳細が発表されたとき、私と綾小路君は揃って頭を抱えた。

 

 もらえる報酬は少ないどころか、むしろマイナスになる可能性が高い。運動が苦手な生徒には謎のペナルティが課されるし、期間も一カ月と異常に長い。

 

 船上試験で意気揚々と「極秘計画始動」を宣言したばかりだというのに、この仕打ちはあんまりじゃないかしら。

 

 

 

「……もしかして極秘計画、余裕で無理なんじゃないか?」

 

「確かにまずいわね。このままじゃ龍園君に馬鹿にされちゃうわ。無人島試験のお返しで盛大に煽られそうなんだけど……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 私たちはプルプルと震えながら、情けない表情を浮かべていた。

 

 計画の失敗は許されない。どんな困難な状況でも、必ず活路を見出す。それが未来の捜査官としてのあるべき姿だから。

 

 けれど、この体育祭という壁は予想以上に厚かった。

 

 そんな私たちに手を差し伸べてくれたのが、目の前でティーカップを運んでくる高円寺君だった。

 

 

 

「お待たせしたねレディ」

 

「ありがとう」

 

 

 

 湯気の立つ紅茶を受け取りながら、私は改めて彼に感謝の気持ちを抱く。

 

 アールグレイの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。さすがは御曹司、茶葉も一級品ね。

 

 高円寺六助。

 

 日本有数の資産家である高円寺コンツェルンの跡取り息子にして、生粋のお坊ちゃま。

 

 そして――現金をプライベートポイントに変換する方法を知っている、クラス茶柱の秘密兵器。

 

 本来ならこの切り札は最終手段として温存しておきたかった。

 

 けれど高円寺君の方から協力を申し出てくれたのだ。それも、恥ずかしさに震えている私を見かねて。

 

 正直に言えば、その優しさが少し意外だった。

 

 普段は自分のことしか考えていないように見える彼にも、こういう一面があるのね。

 

 

 

「これが株式取引の画面だよ。こういうのは初めてかな?」

 

「もちろん初めてよ」

 

「オレも初めてだな。FXのデモトレードというやつならやった事はあるが」

 

 

 

 高円寺君がノートパソコンの画面を見せてくれた。

 

 そこには億単位の数字が並んでいて、それが彼の保有資産であることは一目瞭然だった。

 

 私は思わず息を呑む。

 

 桁が違う。文字通り、私たち庶民の扱えるお金とは次元が違う。

 

 高校生でこれだけの資産を運用しているなんて、普通では考えられない。たとえ元手が親から与えられたものだとしても、これを維持・増加させているのは紛れもなく彼自身の実力だ。

 

 

 

「高円寺君はすごいのね。見直しちゃったわ」

 

「こんなものどうってことないさレディ。私の手にかかればなんでも朝飯前というわけだよ」

 

 

 

 褒められた高円寺君は、いつも以上に自信に満ちた表情を浮かべている。

 

 金髪をかき上げる仕草さえ、どこか輝いて見えた。

 

 彼が唯我独尊的な態度を取る理由が、少しだけ理解できた気がした。これだけの実力があれば、自信を持つのも当然かもしれない。

 

 

 

「私の知る限りでは今年の卒業生だけでも最低3億ポイントは見込める。これなら君たちの計画にも多少は貢献できるんじゃないかな」

 

「多少どころじゃないわ。すごくありがたい話だけど……本当にいいの? あなたの資産が減っちゃうじゃない」

 

 

 

 私は少し申し訳ない気持ちになりながら尋ねた。

 

 いくら協力すると言ってくれたとはいえ、これだけの金額を投じてもらうのは心苦しい。

 

 

 

「ノンノンノン。先ほども言っただろレディ。資産を増やすのなんて私の手にかかれば朝飯前だと。減ったとしてもまた増やせばいいし、これすらも私の資産の一部でしかないのだよ。それに君たちが考えた計画は一種の先行投資にもなる」

 

「どういうこと?」

 

「基本的に卒業生はポイントを持て余している。卒業が近づくにつれてポイントの使い道がなくなるからねぇ。だが卒業後に自分の財布へと持ち越すことは不可能だから、それをドブに捨ててしまうのはもったいない話だろう?」

 

「確かにそうね」

 

「そこで私たちの出番というわけなのだよ。私が現在の卒業生のポイントを買い取って、それを未来の卒業生に還元することが出来れば多くの生徒が幸せになれるだろう」

 

 

 

 なるほど、と私は心の中で頷いた。

 

 つまりWIN×WINの関係が成り立つというわけね。

 

 私たちは計画を進めるためにポイントが欲しい。一年生はもちろんAクラスで卒業したい。卒業生はせっかく獲得したポイントを無駄にしたくない。

 

 高円寺君がポイントを買い取ることを早めに伝えておけば、卒業生は大量のポイントを残しておいて今後の生活に活用できる。そして卒業生が残したポイントを使って、私たちの学年の才能をきちんと世に送り出す。

 

 これは未来を担う人材への先行投資にもなる。

 

 完璧な循環システムだわ。

 

 

 

「だから君はなにも気にする必要はないさ。むしろ存分に私を活用したまえ。それよりもデートの約束を忘れないでおくれよ」

 

「ええ、もちろんよ。でも本当にそれだけでいいの?」

 

「ノープロブレム! 君みたいに稀有な存在は私の周りにもいないんだ。ただ会えるだけでも光栄だよ」

 

 

 

 高円寺君が私たちに求めた報酬は、私との定期的なデートとクラス内での自由行動。

 

 正直、彼が提供してくれるものと全然釣り合っていない。

 

 でも本人がそれでいいと言うのなら、その好意をありがたく受け取るべきよね。

 

 私はティーカップを傾けながら、隣で静かに紅茶を啜る綾小路君を見やった。

 

 彼もまた、高円寺君の器の大きさに感心しているようだった。

 

 床に座ったまま紅茶を飲む姿は、なんだかシュールね。

 

 

 

「悪いな高円寺」

 

「なに、いいってことさ。私もそれなりに学校生活を楽しませてもらってるからねぇ」

 

 

 

 2人の会話を聞きながら、私は窓の外に目を向けた。

 

 夕焼けに染まる空が、どこか希望に満ちているように見える。

 

 茜色の光がシャンデリアに反射して、部屋全体が温かな色に包まれていた。

 

 体育祭という難関が待ち受けているけれど、高円寺君という心強い味方を得た今、きっと乗り越えられる。

 

 全生徒Aクラス卒業という大きな目標に向けて、私たちの計画は着実に進んでいるのだから。

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 高円寺君との話し合いを終えて迎えた翌日のホームルーム。

 

 今日は体育祭の参加表を提出する期限日だった。

 

 正直なところ、体育祭自体にはあまり意味がない。

 

 特別試験としての報酬が期待できない以上、私たちの計画にとって優先度は低いイベントだから。

 

 とはいえ、高円寺君を自由に動かすために多少の調整は必要だった。

 

 

 

「じゃあ高円寺君の代役は全て綾小路君に任せるけど大丈夫だよね?」

 

「ああ、それで問題ない」

 

 

 

 平田君の質問に綾小路君が答え、参加種目が確定していく。

 

 高円寺君主導の投資プロジェクトについては、クラスメイトには詳しく伝えていない。さすがに高校生に株式投資の話をするのは適切じゃないと私が判断して、「極秘計画のために高円寺君には別行動してもらう」とだけ説明してある。

 

 本当に必要なときにだけ協力を仰ぐという形に落ち着いた。

 

 参加表の作成にあたっては、事前に体力測定を行っていた。

 

 そのとき綾小路君は全ての項目で平均的な数値を出すように調整していたけれど、結局は無駄になっちゃったみたい。

 

 未だに実力を隠そうと頑張る彼の姿がなんだか可笑しい。

 

 結局は全ての推薦競技に参加することになり、目玉種目である3学年合同1200mリレーの5番手にも抜擢されて落ち込んでるわね。

 

 もちろん最終走者は――私。

 

 

 

「高円寺君のためにもがんばりましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 

 たとえ意味のない試験だったとしても、手を抜くつもりはない。

 

 参加する以上は徹底的に勝ちに行く。それが私の信条だから。

 

 とはいえ、あまり目立ちすぎるのも考えものかしら。

 

 体育祭で無双してしまったら、上級生から警戒されてしまう。今後の事を考えると、ある程度は実力を隠しておいた方が得策かもしれない。

 

 ……いえ、やっぱり勝負は勝負よね。

 

 全力を出さずに負けるなんて、私のプライドが許さない。

 

 対戦相手には申し訳ないけれど、容赦なくいかせてもらうわ。

 

 

 

 ホームルームが終わり、体育の授業に向けてクラス茶柱の生徒たちは各自の準備を始めていた。

 

 平田君がまとめ役として忙しそうに動き回り、みーちゃんがその補佐に回っている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 櫛田さんもまとめ役を務めているけれど、彼女は頼られすぎて色々と大変な事になってるわね。代わりに軽井沢さんが女子をまとめている様子が見えた。

 

 池君、山内君、須藤君のいつもの三人組は相変わらず騒がしい。そこに外村君も加わって、賑やかなグループになっている。

 

 練習メニューの管理は私が担当することになった。

 

 各自の参加種目に合わせた効率的なトレーニングプランを組み、クラスメイトたちに指導していく。

 

 修行で培った体力トレーニングの知識が、こんなところで役立つとは思わなかったわ。

 

 高円寺君の姿が見当たらないと思ったけれど、そうだった、彼はもう自由の身だったわね。きっとどこかで優雅に過ごしているのでしょう。

 

 松下さんもそれなりにやる気を見せている。もう実力を隠す気はないようね。

 

 私は視線をグラウンドの端に向けた。

 

 そこでは綾小路君が、長谷部さん、幸村君、三宅君、佐倉さんという最近できたグループに囲まれていた。

 

 

 

「きよぽん行くよ~」

 

「早くしないと置いてくぞ清隆」

 

「愛里、お前もモタモタするなよ」

 

「き、清隆君。一緒に行こ」

 

 

 

 綾小路君が彼らに絡まれている光景を見て、私は思わず笑みがこぼれた。

 

 入学当初は誰とも仲良く出来ていなかった彼が、今ではこうして友人に囲まれている。

 

 それは私にとっても嬉しいことだった。

 

 綾小路君という人間は、一見すると何の取り柄もない平凡な生徒に見える。

 

 けれど私は知っている。

 

 彼の中に眠る、底知れない可能性を。

 

 常人離れした判断力と行動力。そして時折見せる、どこか達観したような瞳の奥に宿る光。

 

 私の直感が告げている。綾小路君は、ただの高校生じゃない。

 

 彼と出会えたことは、この学校に来て最大の収穫かもしれない。

 

 そんなことを考えながら、私は体育の授業に向けて準備を始めた。

 

 秋の風が心地よくグラウンドを吹き抜けていく。

 

 体育祭まであと二週間。

 

 全生徒Aクラス卒業という大きな目標に向けて、私たちの挑戦は続いていく。

 

 

 

 

 

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