ようこそ格闘女王のいる教室へ   作:デュラ様

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第29話

 

 

 

 

 

 季節は過ごしやすい秋を終えて冬を迎えていた。

 

 この学校は人工島の上に建てられた施設なので、冬は冷たい風が吹き荒れる厳しい環境でもある。

 

 コートがなければとても外を出歩けない寒さだ。

 

 海風が容赦なく肌を刺し、吐く息は白く凍りつく。

 

 オレは軽井沢に選んでもらったコートを着て、いつも他の女とイチャイチャしている。

 

 それは春麗だったり一之瀬だったり葛城だったりと様々だが、他の女とイチャイチャすることで軽井沢を嫉妬させることに愉悦を覚えてしまった今日この頃。

 

 相も変わらず充実した学園生活を満喫していた。

 

 あの後ペーパーシャッフルをどう進めるかクラスの代表を集めて話し合ったんだが。

 

 

 

「俺はパスだ。こんなつまんねえ試験にいちいち付き合ってらんねえな」

 

「おや、龍園君にしては珍しいですね。てっきり誰かを攻撃するものと思っていましたが」

 

「あぁ? そりゃこっちのセリフだ坂柳。お前も参加できる試験のはずだが、ずいぶん大人しいじゃねえか」

 

「ふふふ、本当はクラス茶柱を攻撃するつもりでしたが、少し事情が変わってしまいました。ですので今回は私もパスとさせていただきます。帆波さんはどうされますか?」

 

「うーん、どうしよっかなー。でもみんながパスするなら私もそうしよっかな。春麗ちゃんもそうなんだよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

 

 こんな具合に坂柳と春麗と一之瀬と龍園の意見が珍しく一致した結果。

 

 

 

「「「「問題作れませんでした」」」」

 

 

 

 これだけで試験は無意味なものになった。

 

 全クラスが学校に問題作成を任せ、結局退場者も出なかったのでペーパーシャッフル自体で語るべきことはなにもない。

 

 だがCPはそこそこ動いたので報告しておく。

 

 

 ―ペーパーシャッフル終了時点CP―

 

 葛城クラス:1260(+100)

 

 クラス茶柱:1000(-100)

 

一之瀬クラス: 830(-100)

 

 龍園クラス: 710(+100)

 

 

 順位に変動はない。

 

 というかCP自体がもはやお小遣い程度の認識でしかないのだが、そのお小遣いを龍園クラスと葛城クラスに振り分ける形になった。

 

 ちなみにこれは意図的な操作だ。

 

 ペーパーシャッフルは学年内のCPを移動させる試験に過ぎなかったので、それを利用して適度に調整している。

 

 龍園クラスは今まで低すぎたから上方修正。

 

 葛城クラスは全生徒Aクラス卒業計画でクラス移動する際の移動先になってもらった。

 

 その理由は簡単で、基本的にAクラスの生徒が真面目で優秀だからだ。

 

 全生徒Aクラス卒業計画に挑戦はするが成功は約束できない。

 

 であれば優先順位をつけなければいけないわけだが、もちろん勤勉である葛城クラスを最優先で押し上げる。

 

 そのうえで希望者から順番にクラスの移動権利をプレゼントしていくつもりだ。

 

 正直オレはAクラスでの卒業を必要としていない。

 

 それは春麗も同様で、この学校に経験や学歴だけを求めてやってきた生徒も少なくはない。

 

 いじめから逃れるためにやってきた軽井沢なんて例もあるくらいだしな。

 

 そういった生徒たちは後回しにし、とにかく将来に明確なビジョンがあって是が非でもAクラスで卒業したいという気持ちのある生徒が優先されるわけだ。

 

 以前はただ楽しむために進めていただけだが、今になって思えばなかなかいい計画だと思う。

 

 というかこういうのを最初から学校にやって欲しいんだが、生徒会に権限を全集中させるおバカな学校なので諦めるしかない。

 

 そんなおバカな学校の図書室に最近は入り浸っている。

 

 時間帯はいつも昼休み。

 

 放課後は色々と忙しいので、好きな読書は昼休みにすることにした。

 

 昼休みの方がここは空いてて快適だしな。

 

 古い本の匂いと、静謐な空気。

 

 窓から差し込む冬の柔らかな日差しが、書架を温かく照らしている。

 

 

 

「今日はエミリー・ブロンテの『嵐が丘』なんですね。さすが綾小路君、お目が高いです」

 

 

 

 そして今オレに話しかけてきてるのは龍園クラスの椎名ひより。

 

 コイツもオレと同様に読書が好きで、少し前に偶然ここで出会ってからオレ達は読書仲間だ。

 

 長い銀髪の、どこか儚げな雰囲気の少女。

 

 

 

「お前はレイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』か、ようやく借りられたんだな」

 

「はい。ずっと2年生の間で大人気だったのでかなり待ちましたけど、今回は運が良かったですね」

 

 

 

 そう語る椎名は嬉しそうに笑っている。

 

 ミステリー小説がよっぽど好きなんだろうな。

 

 暴力が横行する龍園クラスにとってコイツはかなり異端な存在で、マイペースでおっとりした性格だ。

 

 よくあのクラスでやっていけるなと思うが、本人はクラスの喧騒にもまったく関心がないらしい。

 

 友達もほとんどいないようだが、読書だけで学園生活を楽しめてるのはすごいと思う。

 

 椎名にとって読書仲間は貴重らしいので、最近は特に楽しそうにしている。

 

 

 

「そうか。お前がそれを借りてたから、オレは『嵐が丘』に手が伸びたわけだ」

 

「ええ。本の巡り合わせというのは面白いものですね」

 

 

 

 オレは栞を挟み、文庫本の表紙を軽く叩いた。

 

 椎名も手元のハードカバーを閉じた。

 

 椎名はオレとは違って綺麗なカバーがついた状態の小説を読んでいる。

 

 クラスメイトたちと騒ぐことなく、こうして静かに文学の世界に浸っている時の椎名は清々しいほどに孤高だ。

 

 

 

「偶然って素敵です。綾小路君と出会ったのも、この図書室の書架の前でしたから」

 

「それはそうだが、偶然というよりはたまたまお互いが読書好きで、昼休みにここに来る習性があったってだけの話だろう」

 

 

 

 椎名の透き通るような声は、静かな図書室の空気によく馴染む。

 

 これも人がいない昼休みだからこそ出来る気がねない会話だ。

 

 オレの言葉に椎名はふふっと微笑んだ。

 

 

 

「そういう殺風景な言い方は綾小路君の悪い癖ですね。でも私はこの偶然に感謝しています。クラスでは誰も本の話題に乗ってくれないので、こうして話せるのは貴重ですから」

 

 

 

 椎名は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐにまた嬉しそうな顔に戻る。

 

 瞳の奥が、本への愛情で輝いている。

 

 

 

「『さらば愛しき女よ』はとても楽しみです。ハードボイルド小説は登場人物の生き様が痛快で、読んでいると自分も強くなれたような気がするんです」

 

 

 

 そう語るコイツの目は、本に書かれたタフな世界に憧れを抱いているように輝いている。

 

「お前には全然似合わないな」と、つい正直な感想を口にすると椎名は頬を膨らませた。

 

 

 

「失礼ですよ綾小路君。私も伊達に龍園クラスにいるわけではありません。心の中は案外ワイルドかもしれませんよ?」

 

「全然そうは見えないけどな」

 

 

 

 オレはもう一度、手元の『嵐が丘』に目を落とす。

 

 ヒースクリフの激情とそれを取り巻く人々の愛憎劇。

 

 椎名の言う通り、オレがこの本を選んだのはコイツが別の本を借りていたせいだが、その選択が導く結末に少し期待を抱いている自分もいた。

 

 

 

「綾小路君は『嵐が丘』を読み終わったら、次はどんな本を読む予定ですか?」

 

 

 

 椎名は相変わらずマイペースに尋ねてくる。

 

 

 

「まだ決めてない。お前の『さらば愛しき女よ』を借りるかもな。ミステリーも嫌いじゃない」

 

 

 

 その言葉に、椎名はパッと顔を明るくした。

 

 

 

「ぜひ! 読み終わったら又貸ししましょう!……綾小路君が私と同じ本を読んでくれたら、読書時間がより楽しくなるかもしれません」

 

 

 

 椎名が読書を通して、オレとの関わりにささやかな喜びを見出しているのが伝わってくる。

 

 特異な学園生活の中で、利害関係なしに本の話ができる関係はオレにとっても心地よいものだった。

 

 この昼休みという穏やかな時間を利用して、オレと椎名は静かに語り合っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 だがそんな時間も長くは続かない。 

 

 昼休み終了を告げるチャイムがオレ達の癒しを妨げる。

 

 

 

「もう終わりか」

 

「はい。また明日続きを話しましょうね、綾小路君」

 

 

 

 オレ達はお互いのクラスに戻るため、静かに図書室の出口へと向かう。

 

 オレの頭の中にはこれから始まる午後の授業のことと、キャサリンとヒースクリフの激しい愛の続きと、そして次に読むべきミステリー小説のことが入り混じっている。

 

 図書室のドアが開くと同時に、昼休み終わりかけ特有の騒がしい空気が流れ込んできた。

 

 

 

「あ、清隆ー!」

 

 

 

 高い声が響き、オレの腕がぐいっと掴まれる。

 

 オレの名前を呼び捨てするやつなんか1人しかいないから、振り向く必要もないな。

 

 軽井沢だ。

 

 コイツはいつもの派手なファッションに身を包み、この静謐な図書室で場違いな存在感を放っている。

 

 ブランド物のアクセサリーが照明に反射してキラキラと光っている。

 

 

 

「昼休みどこで油売ってたのよ。メールもチャットも既読スルーだから探しちゃったじゃん!」

 

 

 

 軽井沢は少し不満げにオレを見上げているが、オレは気にせず掴まれた腕を自然に引き剥がしながら適当に答える。

 

 

 

「油を売っていたわけじゃない。見ての通り図書室にいた」

 

 

 

 そんなオレの手元を見て軽井沢は露骨に顔を顰めた。

 

 

 

「うわ、なにこの難しそうな本。ていうか何で本なんか読んでんのよ」

 

 

 

 そしてオレの隣にいる椎名に気づき、軽井沢の表情は一変する。

 

 ああ、これはやばいな。

 

 主にオレがだけど。

 

 

 

「って、え? 何? 龍園クラスの椎名さんじゃん。なんで清隆と一緒にいるわけ?」

 

 

 

 椎名は突然の乱入者にも動じることなく、静かに軽井沢に一礼した。

 

 

 

「こんにちは、軽井沢さん。綾小路君とはここで読書の話をしていただけです」

 

 

 

 「読書の話? ふーん……」 と、軽井沢は品定めするように椎名を上から下まで見つめている。

 

 当たり前だが、コイツにとってオレと他の女子生徒が親しくしていることは面白くないらしい。

 

 そんな軽井沢を眺めながら、オレの口角は徐々に上がり始める。

 

 

 

「清隆。昼休みはせっかくの休憩時間なんだから、もっと楽しいことしたらいいのに」

 

 

 

 軽井沢はあからさまに嫌そうな顔だ。

 

 コイツの悪いところが出ちゃってるが、コレは自分を守る本能みたいなものだろう。

 

 言い方を変えれば独占欲ともいえる。

 

 完全に嫉妬してるな。

 

 ちなみにだが、オレと軽井沢は付き合ってるわけじゃない。

 

 軽井沢が一方的に好意を抱いて、勝手に独占欲にまみれて嫉妬しているだけだ。

 

 嫉妬の相手はもちろん椎名で、椎名の持つ『さらば愛しき女よ』にも視線を向けている。

 

 そんなコイツに「楽しいかどうかはオレが決める。それにお前には関係ない」と簡潔に言い放つ。

 

 

 

「え……」

 

 

 

 軽井沢はオレの冷たい態度に少し怯んだが、すぐに強気に戻った。

 

 

 

「か、関係なくないし! 清隆は私の……その、色々と親密な仲なんだから、変な子に懐かれて変な影響受けたら困るわけ」

 

 

 

 あ~あ、やっちゃったな。

 

 分かりやすく嫉妬してるからってそれは言い過ぎだ。

 

 

 

「変な子とは失礼ですよ、軽井沢さん」

 

 

 

 軽井沢の失言に対して、さすがの椎名も反論した。

 

 口調は穏やかだが、その瞳にははっきりとした不快感が宿っている。

 

 

 

「私は読書という誰にも迷惑をかけない趣味を楽しんでいるだけです。あなたのようにわざわざ人の邪魔をして騒ぐ方がよほど変だと私は思います」

 

 

 

 いつもマイペースで穏やかな椎名が、これほど明確に敵意を向けるのは珍しいな。

 

 文学の世界に生きるコイツにとっては、本を貶されて静寂を破られるのは許しがたい侮辱なんだろう。

 

 対する軽井沢は椎名の反論にムッとしている。

 

 

 

「椎名の言う通りだな。真鍋の時みたいな思いをしたいなら止めはしないが、ここは謝っておいた方がいいんじゃないか?」

 

「うっ……それは、いや。ごめん……ごめんなさい椎名さん」

 

「顔を上げてください。そこまで気にしてないから大丈夫ですよ」

 

「そ、そう?」

 

「良かったな。それよりお前はなんの用事があったんだ?」

 

 

 

 オレが口を挟むと、軽井沢は矛先をオレに戻した。

 

 

 

「午後のHRが始まる前にちょっと話したいことがあったの……だから早く行くわよ!」

 

 

 

 軽井沢はオレの袖を強引に引っ張ろうとしている。

 

 これはまずいな。

 

 上がりかけていた口角はさらに鋭さを増していく。

 

 このままここにいたら、オレは自分を抑えきれないかもしれない。

 

 

 

「悪かったな椎名。じゃあ、また明日ここで」

 

 

 

 ムクムクと湧き上がる愉悦心を抑えるために椎名にそう告げ、返事を待たずに軽井沢に引かれるまま出口へと向かう。

 

 椎名はオレの背中に向かって小さく会釈をした後、静かに教室へと戻っていった。

 

 

 

「まったく、何で私がこんな思いしなきゃいけないのよ」

 

 

 

 図書室を出た途端、軽井沢はブツブツと文句を言い始める。

 

 どうやらまだ気は済んでないらしい。

 

 別に狙ったわけじゃないのに、自分から巻き込まれに来るとは流石だな。

 

 コイツはオレに弄ばれる運命にあるようだ。

 

 

 

「趣味が合うから話す。それ以上でもそれ以下でもない。お前には理解できないだろうけどな」

 

 

 

 だからオレの心の中はすでに湧き上がる愉悦心でいっぱいだ。

 

 軽井沢の詮索や不満など正直どうでもよかった。

 

 上がったままの口角はしばらく戻せそうにない。

 

 そんなオレを見て涙目になる軽井沢。

 

 いじめられやすい体質は改善されつつあるが、まだまだだな。

 

 

 

「この……バカ清隆」

 

 

 

 

 

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