この高度育成高等学校という進学校は、卒業さえすれば希望する進路へ必ず進むことができると言われている。
だからどんな厳しい学校なんだろうかと、昨日の時点ではみんな緊張感に溢れる真剣な面持ちだった。
だが入学直後に行われた茶柱の説明に対して、ほとんどの生徒が特に何もせず毎月10万もらって過ごせると曲解したため、その緊張感はもはや見る影もなくなってしまった。
そして入学二日目の今日。
今日から本格的に授業が開始されたわけだが、緩み切った空気の中で早くも授業を放棄する者が現れた。
なにかと問題行動の多い須藤はさっそく居眠りをしているし、スマホを弄る生徒や授業中にも関わらず雑談する生徒すらいる。
そしてそれを見ても教師は注意すらしない。
だから生徒はより自由に行動し、初日にも関わらず授業が授業ですらなくなっていた。
ただの自由時間だ。
さすがにオレでも分かる。
これが進学校の授業風景であるわけがない。
そして須藤に絡んでいた二年生がDクラスを不良品と蔑んでいた理由も、なんとなくだが分かる気がした。
◆ ◇ ◆
午前の授業が終わり、昼休みになった。
今後どうするか分からないが、とりあえず今日は食堂へ行くつもりだ。
食堂で確認したいことがあったし、そこで春麗と話し合う約束もしていた。
「行くわよ、綾小路君」
早速声がかかったので席を立ち上がり食堂へと向かう。
食堂は思っていたよりも人が多くて戸惑ったが、何とか席を確保することに成功。
そして確認したかったメニューも発見し、二人ともそれを注文して食べ始めた。
「へえ、無料の割には悪くないじゃない」
「そうか? だいぶ質素な気がするが」
そう、オレ達が頼んだのはお目当ての無料メニュー。
山菜をふんだんに使用した山菜定食だ。定食なのでもちろんご飯と味噌汁付き。
山菜定食かどうかはともかく、無料メニューが存在する可能性は高いと睨んでいた。
実は昨日、茶柱のもとに急ごうとする春麗を引き留め、先に買い物を済まさないかとオレは提案した。
それはコンビニ以外にも無料商品が存在するのかを確かめたかったからだ。
結果それは存在した。
すべての店ではないが、少なくともドラッグストア・スーパー・コンビニといった食料品・日用品を取り扱う店には無料商品があった。
だから食堂にもあって当然、と思った通りの結果だ。
そしてこの食堂で確かめたいことは他にもあった。
「ごちそうさまでした」
満足そうな表情で山菜定食を食べ終えた春麗が席を立つ。
オレはそれを目で追いかける。
春麗が向かった先は、オレたち以外に山菜定食を食べている生徒のもと。
標的は山菜定食を食べてさえいれば誰でもいい。
何気ない挨拶から相手のクラスと
それを数回繰り返し、春麗はすぐに戻ってきた。
「どうだった」
「ばっちり。予想通りほとんどDクラスね」
そして最良の答えも持ち帰ってきてくれた。
入学式の翌日、この日の食堂でわざわざ山菜定食なんて質素なものを食べるのは上級生だけだ。
一年生は金もあるし、なにより浮かれている。
そしてその上級生の中で、山菜定食を利用するのはほとんどDクラスの人間であると判明した。
茶柱に確認を取ったものも含めれば、これで裏付けは充分だろう。
昨日、茶柱にまず確認したのは「毎月10万もらえるかどうか」
それに対する茶柱の答えは「それは答えられない」
もらえる以外の答えは否定と同義なので、これで毎月10万はもらえないことが確定した。
それ以外にも春麗が質問していたが、すべて「それは答えられない」の一点張り。
茶柱はいやらしい笑顔を浮かべるだけで何も教えてはくれなかったが……まあ、それはいい。
無料商品と呼ばれる支給品のようなものが存在し、それを利用するのが上級生のDクラス中心。
そしてそのDクラスの生徒は不良品と呼ばれている。
ここから導き出される答えは、毎年Dクラスの生徒は能力が低いためにもらえるポイントが少なくなるということだ。
それもポイントが支給されたばかりの今日、無料メニューに頼らなければならないほどに。
「須藤君には悪いけど、あの騒動があって良かったわね」
「確かにな」
須藤に喧嘩を売っていた上級生がいなければ、オレ達はDクラスが能力の劣ったクラスであると気づくことはなかっただろう。
現状で他のクラスの事なんて考える余裕はないからな。
そして不良品という蔑称は個人ではなく、クラスに向けられていた。
ポイント所持の低い上級生は軒並みDクラスであることもふまえると、毎月もらえるポイントは個人毎ではなくクラス毎に異なるということになる。
つまり生徒の能力を測るようなものがあったとして、それが毎月のポイント支給に反映されるものだったとして、それらはすべてクラス全員の連帯責任になるということ。
クラス替えが存在しないという不可解なシステムもそのためのものなんだろう。
この事実が分かっただけでも御の字だが、なんとも頭の痛い話だ。
なにしろオレ達自身がその不良品なんだからな。
「これは大変な状況になりそうだ。オレ達も近いうちに山菜定食しか食べられなくなるかもしれないな」
「そんなことさせないわよ」
「そうは言っても気持ちの問題じゃないだろ。あの緩み切った連中に何かできるとも思えないが」
「心配いらないわ。私に任せて頂戴」
どこからそんな自信が湧いてくるのか知らないが、コイツには何か策があるらしい。
だが、これまでのコイツを見ていれば本当に何とかしてしまいそうな気もした。
◆ ◇ ◆
終業のチャイムが鳴り響き、ようやく初日の授業がすべて終了した。
Dクラスは当然、午後の授業も相変わらずのやりたい放題。
これでは不良品と呼ばれるのも仕方ない。
昨日に引き続き陽キャ組はこれから遊びに行くようだ。それ以外の生徒も黙々と帰り支度を始めている。
そしてオレの隣人はなぜか教室の出入り口を閉めて鍵をかけていた。
どうやら早くも動くつもりらしい。
「みんな。帰る前に聞いて欲しいことがあるから少しだけ時間を頂戴!」
春麗から発せられた突然の声かけにみんな驚いている。
それも当然でアイツはこのクラスで目立った存在ではないからだ。
特別リーダーシップがあるわけでもなく、陽キャ連中と仲がいいわけでもなく、授業中も静かに授業を受けているだけの優等生。
だからだろう。
驚きはあったが、それはすぐに文句へと変わった。
「なによ春麗ちゃん。オレ達早く帰りたいんだけど」
「そうだそうだ。せっかくだるい授業が終わったんだからさぁ、そういうのは明日にしてくれよな?」
文句を飛ばしてきたのは池と山内。
須藤を含めた三人でやりたい放題やっているため、早くも三馬鹿なんていう不名誉な称号を獲得している。
奴ら三馬鹿は平田の言う事にすら反抗する問題児のため扱いづらい存在だが、今この瞬間においてはそうならなかった。
「おい、馬鹿やめろって! お前らアイツには逆らうな!」
「え?」
「は?」
なぜならその三馬鹿のリーダー的な存在は須藤だからだ。
須藤は春麗のヤバさを目の当たりにしている。怒らせてはいけない存在だと。
だから本気で焦ったように池と山内を止めていた。
そしてその須藤の姿を見て、池と山内は唖然としている。何ならほかの生徒も唖然としている。
須藤は平田提案の自己紹介にすらブチギレて帰った男だからな。クラスのみんなにヤバい奴認定されている。
そんなヤバい奴が優等生だと思っていた女子生徒に怯えているんだから意味が分からないだろう。
おかげでクラス内は一時騒然となってしまった。
ひたすら焦る須藤、唖然としている生徒たち、それを見て笑う高円寺。
そんなカオスが出来上がっていたが、こういう時にこそ動けるのが平田というクラスのリーダーだ。
アイツも困惑しているようだが、何とかこの状況を鎮めようと声を上げた。
「み、みんないったん落ち着いて! とにかくいったん彼女の話を聞いてみようよ」
流石の対応だな。
平田が声を上げればほぼすべての生徒はやつに従う。
おかげでみんなの目線がようやく春麗に向くようになった。
「ありがとう平田君。助かったわ」
「どういたしまして。それより話ってなにかな? それは今じゃなきゃダメな話なのかい?」
平田の気遣いも分かる。
いくらまともに授業を受けてなかったとはいえ久々の学校だ。
疲れもするし、遊びにも行きたいだろう。わざわざ放課後でなくても、朝でも昼休みでも話はできるからその時じゃダメなのかと。
まあ、ダメだから今動いたんだろうけどな。
「ええ、そうよ。クラス全員の今後を左右する重大な話なの。そして今から私がする話をこの後持ち帰って、みんなには自分だけで真剣に考えてもらいたいわ」
「……はは……なんか思ったよりすごそうだね」
「ええ。でも話すのに時間はかからないから是非とも全員に聞いてもらいたいの」
「……そっか。分かったよ。みんなもいいかな?」
平田の問いに反対する人間は一人もいなかった。
平田からの問いであることと、春麗の話すことが想像以上に重大な内容であることが分かった結果だろう。
今までのクラス内のどの瞬間よりも緊張感があってみんな集中している。
それを確認した春麗は、静かに口を開いた。
「まず第一に――毎月10万ポイントはもらえないわ。もらえるのは今月だけよ」
そしてアイツの口から発せられた内容はド直球なものだった。
おかげでせっかく静まっていたクラスがまた騒がしくなってしまった。
「みんな落ち着いて! どうしてそう思うのかな? 先生はそんなこと一言も言ってないよね?」
「ええ、言っていないわ。言わないことが重要なことだったから」
「どういう意味だい?」
「それを話す前に大前提としてみんなに伝えたいのは、この学校が生徒を実力で測るという事よ」
「うん。それは先生が強調していたね」
「つまり、いついかなる瞬間でも生徒の実力が試されるって事よ。この意味が分かる?」
「う~ん……ごめん。分からないから教えてくれないかな?」
「なにも難しいことはないわ。入学式の日、私たちがこの教室に足を踏み入れた瞬間から卒業するまで、常に生徒の実力が試されるというだけの話。だから茶柱先生が学校の仕組みについて説明してるときから私たちは試されていたの」
この発言にさらに教室がざわめいた。
勘のいい奴ならもう気づくだろうな。
なにもせずに毎月10万がもらえ、それを3年間過ごしたら希望する進路に進むことができるなんて言うバカみたいな話がないことに。
「あの時茶柱先生は毎月10万ポイントもらえるなんて言ってなかったの。それをさももらえるかのように私たちに錯覚させていた」
「それが僕たちを試してたってことなのかい?」
「そうよ。昨日彼女に毎月10万ポイントもらえるのかどうか確認しに行ったら『それは答えられない』と言われたわ」
「……そうか。ちゃんとした根拠があるんだね。念のために僕も先生に聞いてみるよ」
そう言った平田は悲しそうな表情をしていた。
アイツは本当にいい奴なんだろうな。
茶柱に騙された気分にでもなったのかもしれない。内心では嘘であって欲しいと願っているのかもしれない。
だがそんな傷心気味の平田をよそに、春麗の追い打ちはさらに加速していく。
「そして日々の授業態度が毎月もらえるポイントに反映されるわ」
「はあ!? まじかよ!」
今度反応したのは須藤だ。
あいつは最初から春麗の言葉を疑っていないだろう。そして授業態度に言及されたからつい反応してしまった。
「あっ、ワリィ! そのまま続けてくれ」
「いいわ。でもこれであなたも他人事ではいられないでしょ?」
「まあ、そりゃそうだが……それもセンコーが言ってたのか?」
「いいえ、茶柱先生は何も教えてくれなかったわ。きっと学校の規則として何も言えないんでしょう。その代わりに先輩が教えてくれたけどね」
「マジかよ……」
今度は須藤の元気がなくなってしまった。
知らない生徒にとっては嫌な情報ばかりだから無理もない。
ちなみに食堂で上級生に聞いていた
生徒の能力がクラスに支給されるポイントに反映されるまで分かったのはいいが、何の能力が反映されるのかまでは分らなかった。
オレにはどうでもいいことだが春麗はそれを知りたがっていた。
もしかしたらこの時のためだったのかもしれない。
要点をはっきりさせて、クラスの連中にどうすべきかを伝えようとしているんだろう。
「ちなみに教師が授業態度を指摘しないのは、する必要がないからみたいよ」
春麗がそう言って指さした先には、教室の天井に設置された監視カメラ。
「ええ!? 監視カメラじゃん!」
軽井沢の驚いた声が響く。
あからさまに設置された監視カメラだったが、いまだに気づかない奴もいたらしい。
だがこれで授業態度は監視されているという共通認識となり、余計な言葉は必要なくなった。
最後にとどめの一撃を全員に浴びせ、春麗の話は終わりのようだ。
「そして毎月与えられるポイントはクラス全体に反映される。つまり一人授業をサボっただけでもクラス全員のもらえるポイントが減っちゃうから――」
一拍、間を置いて。
春麗は満面の笑みを浮かべた。
「みんなそのへんよろしくね♪」
その笑顔は、まるで死刑宣告を告げる天使のようだった。
春麗は機嫌よく笑っていた。
そしてオレ達は全員ノックアウトされていた。
須藤は青ざめ
池と山内は泡を吹き
高円寺はほくそ笑み
軽井沢は平田にしがみつき
櫛田はなぜか悔しそうな表情を浮かべ
そしてオレはこの場の誰よりも笑っていた。
今、この時――
1年Ⅾクラスに女王が誕生した瞬間だったからだ。