12月25日。
クリスマスという名の聖なる夜。
ツリーにデコレーションされたライトが、煌びやかで幻想的な雰囲気を演出している。
赤と緑の装飾が所々に散りばめられ、どこからともなくジングルベルの旋律が流れてくる。
今日は世間で冬の一大イベントとして注目されるほどの大切な日らしい。
そんな特別な日もオレにとってはカレンダー上の単なる1日でしかないけどな。
だが一之瀬率いるCクラス発案の企画により、クラスの垣根を超えた合同のクリスマスパーティが開催されることになった。
場所は体育館を装飾した大ホール。
普段は茶色一色に染められた殺風景なこの場所も、今は鮮やかなイルミネーションに彩られている。
天井から吊り下げられた星形のオーナメントが、照明を反射してキラキラと輝いている。
この学校には似合わない風景だ。
それはまるでつくり物のような世界でもあり、夢のような世界でもある。
そんな世界の中心に、1年生の楽しそうな笑い声が木霊していた。
「綾小路くん、楽しんでる?」
明るい笑顔でオレに声をかけてきたのは一之瀬帆波。
どこまでも笑顔が眩しいカリスマ的存在。
相変わらずのアイドルぶりだな。
コイツの周りには常に暖かな光が灯っているようだ。
「ああ、お前のおかげでな。準備は大変だったんじゃないか?」
「にゃはは、みんなが協力してくれたから実はそうでもないんだ。でも、一番の目玉はこれからなんだよねー」
パーティはみんなで夕食を楽しむような内容になっていたが、どうやらそれだけではないらしい。
一之瀬が指差した先には、彼女のクラスメイトたちが準備を終えた小ステージがあった。
やがて会場の照明が落とされ、スポットライトがステージを照らす。
アナウンス役の柴田が、少し笑いを含んだ声で叫んだ。
「さあ、皆さんお待たせしました! 今年のクリスマス、特別ゲストの登場です! 全生徒に平等な幸せを届ける正義の使者!」
静まり返った会場の期待感が高まる。
そんな緊張感の中でステージ袖から現れた人物を見て、オレは思わず目を細めた。
一之瀬主催だからてっきりCクラスの誰かが出てくるのかと思っていたが、登場したのはまさかの人物だったからだ。
「……葛城か」
颯爽と登場したのは、真っ赤なサンタの衣装を身にまとった葛城康平。
白いヒゲと赤い帽子。大きな袋を肩に担いでいる。
体格の良さと普段の真面目な雰囲気がミスマッチすぎて、会場のあちこちから笑いが漏れている。
葛城本人は少し恥ずかしそうにしながらも、役割を全うしようと決意を固めた表情をしていた。
思いもよらぬサプライズだな。
その姿は試験中に真面目にポイントを取りにいくアイツのように見えて、実に微笑ましい光景でもある。
「ごほん。みんな……メリー・クリスマス!」
葛城のぎこちない挨拶の後、今回の目玉企画でもあるらしいプレゼントの抽選会が始まった。
オレの近くの席に座っていた神崎は、葛城の姿を見て小さく息を吐いた。
「この企画も一之瀬が発案したものだ。葛城には『公平にプレゼントを分け与える象徴として、葛城君はサンタ役に適任だよー』と説得したらしい。まあ、悪くはないだろう」
よく分からないが悪くないらしい。
真面目な神崎の口調は、どこか楽しげでもある。
コイツの笑顔を拝めることなんてそうそうないから貴重だ。
少し離れたテーブルでは、椎名が興味深げに葛城サンタを見つめていた。
「葛城くんのサンタ姿……まるで物語に登場する寡黙な騎士のようです。誰にも媚びずにただひたすらに使命を果たす姿……深いですね」
よく分からないが深いらしい。
相変わらず独特の感性を持つ椎名は、小説の世界と現実のミスマッチを純粋に楽しんでいるようだ。
「ふふふ、葛城くんも大変ですね」
そんな中で唐突に背後から声をかけられた。
振り返ると、銀色の杖をつき、優雅に微笑む坂柳有栖が立っていた。
コイツもまた、このクリスマスパーティに参加しているようだ。
「まさかお前までいるとはな」
「ええ。せっかくの催しですから暇つぶしにお邪魔させていただきました。それに葛城くんが朝からソワソワしてましたからつい気になって……ですが、これはとんだサプライズですね」
いつものように笑いながら、坂柳の目は怪しげに輝いていた。
葛城の真面目さを知っているからこそ、その滑稽さがコイツには面白いに違いない。
本当に性格が悪いやつだ。
性根がとことん腐ってる。
なにしろコイツは我らが愉悦部の部長でもあるからな。
人を弄ぶために生きてるといっても過言じゃない。
ちなみになんだが非常に残念なお知らせがある。
これまで愉悦部のオモチャにされ続けていた軽井沢なんだが、数多の虐待を受けてアイツは精神的に強くなってしまった。
どうやら虐めすぎてしまったらしい。
むしろオレがどこの誰とイチャついていても、笑顔を絶やさないパーフェクトガールに育ててしまったまである。
やってしまった。
とても悲しい。
でもアイツも内心悲しんでいただろうから、イブの夜は2人でイチャイチャしながら過ごした。
1年に1回くらいご褒美をあげないとやってられないだろうからな。
オレも鬼じゃない。
今まで散々いじめ倒して悪かった。
愛してはやれないかもしれないけど、これからは大切にすると誓おう。
でも愉悦部としての楽しみがなくなってしまったから、もしよさげなカモがいるようなら誰か教えて欲しい。
オレ達愉悦部はいつでも仲間を募集しているからな。
そんな事を考えているうちにも、クリスマスプレゼントの抽選が滞りなく進んでいく。
プレゼントの受け渡しのために葛城サンタが通路を歩いてきている。
そしてアイツはオレの目の前で立ち止まった。
どうやらオレが抽選に当たったようだ。
「綾小路、メリー・クリスマス……」
「ああ、メリー・クリスマス……」
どうやらクリスマスの挨拶はこれが定番らしい。
葛城に言われて思わず返しちゃったが、周りから見たら異様な光景に映ってるかもしれないな。
まさかこんな言葉を言う日が来るとは思ってなかった。
それに葛城からこんな言葉が聞けるとも思ってなかった。
でも不思議と気分は悪くない。
むしろ気分が良い。
楽しいな、葛城。
なるほど。
クリスマスというのはこうやって互いに祝い合って気分を高めるイベントのようだ。
完全に理解した。
これでまた1つ常識を学ぶことが出来たな。
それにしてもサンタからの贈り物か。
「おめでとうございます綾小路くん」
「おめでとう綾小路」
椎名と神崎にも謎に祝われて少し気恥しい。
坂柳は愉快そうに笑ってるし、本当にとんだサプライズだ。
「お前も大変だな葛城」
「いや、そんな事はない。夏休みにもお前と須藤に協力してもらって妹のプレゼントを贈っただろう?」
「そういえばそんな事もあったな」
「ああ、俺は誰かのために贈り物をするという行為を気に入っている。そういう性分なのだろう」
「そうか」
だがそんなカオスな状況の中でも葛城は自分の役割を全うしてるな。
サンタの格好に包まれながらも、いつもの真面目な口調を崩さない。
その真剣さが、また妙に可笑しかった。
本当にいい奴なんだなお前は。
そんな事を考えながら周囲に目を向けると、椎名と楽しそうに会話をしている伊吹と目が合った。
だが伊吹は一瞬驚いた後にすぐに視線を逸らしてしまう。
なんでなんだろうな。
もしかしたら嫌われてるのかもしれない。
だがアイツもまたこのイベントをどこか楽しんでいるように見える。
葛城が立ち去った後、オレは手に持った包みを眺めた。
見た目はごく普通のラッピングだが中身はまだわからない。
深緑のリボンが丁寧に結ばれている。
重さからして何か実用的なものなんだろうか。
「綾小路くん、中身は何が入っていたんですか?」
椎名が目をキラキラさせながら尋ねてきた。
横では神崎が静かに頷いていて、坂柳は相変わらず優雅な笑みを浮かべている。
「まだ開けてない。だが、一之瀬が選んだものなら変なものじゃないだろう」
「それは私も保証しますよ。帆波さんは素敵な女性ですからね。きっと誰もが公平に喜べるものを選んだに違いありません」
坂柳が楽しげに笑っている。
その口調は一之瀬を弄んでるようにも感じるし、単純に評価しているようにも感じる。
コイツらは仲がいいのか悪いのかオレにはよく分からないな。
プレゼントの包みを解いて中から現れたのは、質実剛健なデザインの手帳だった。
黒い表紙で使い込むほどに味が出そうな革製だ。
手に馴染む重さと、上質な革の香りが漂ってくる。
「手帳か。ずいぶんと実用的だな」
神崎が冷静に評価する。
「そうだな。意外なプレゼントだが、来年からのスケジュール管理に使えそうだ」
「ふふふ。綾小路くんにとってはまさに最適な贈り物でしょう。あなたにとって計画を立てることは生命線ですからね」
坂柳がオレの思考を看破するように言った。
コイツはオレのストーカーだから、考えてることすらも理解できているのかもしれない。
……怖いな。
「いいえ、坂柳さん。綾小路くんにとって、その手帳は日常を書き留める大切な一冊になるはずです。寡黙な騎士が自分の歩んできた道や心の機微を綴るように……」
椎名が目を閉じて、詩的な言葉を紡ぐ。
お前は別の方向で怖いな。
急に詩人にならないで欲しいんだが。
だが坂柳よりは全然いい。
お前はオレの味方だからな。
「そうだな。お前の言う通り、大切に使わせてもらうとしよう」
だからオレは椎名の手を優しく握った。
誰かさんに見せつけるようにわざとらしくな。
そんなオレと椎名を歯噛みしながら睨みつける坂柳。
「なにをしているのですか綾小路君。はやくその手を放しなさい」
見たかこのストーカーめ。
部長だからと言ってお前が愉悦の対象にならないとは限らないんだぞ。
いい嫉妬具合だ。反応も悪くない。
表情筋が稼働して上がり始めるオレの口角。
ふっ、勝ったな。
◆ ◇ ◆
やがて抽選会も終わり、柴田が名残惜しそうな声で閉めの挨拶を始めた。
「綾小路くん!」
パーティーの熱気の中、汗を拭いながら一之瀬が駆け寄ってきた。
「お疲れ。大成功だったんじゃないか?」
「にゃははー、ありがとう。みんなが楽しそうで私もすっごく嬉しかったよ。特に葛城くんのサンタ姿は予想以上の大盛況だったね!」
一之瀬は屈託のない笑顔を見せる。
頬が少し紅潮しているのは、走り回った疲れだけではないだろう。
イベントの成功を心から喜んでいるのが伝わってくる。
「確かに見物だったな。まさかあんな企画が用意されてるとは思わなかったし、葛城がそれに便乗するとも思っていなかったが」
「そうだね。でも平等に幸せを届けたいっていう私の理念に葛城くんは共感してくれたみたいなんだー。彼は公平さを重んじるからね。それに……」
一之瀬は声を潜め、俺の耳元で囁いた。
「実は綾小路くんが抽選で当たったプレゼントも、彼が用意してくれたものなんだよ。これまで共に頑張ってきた仲間にささやかな応援の気持ちを伝えたいって」
なるほど、そうだったのか。
確かに一之瀬っぽくないプレゼントだとは思っていたが、葛城が選んだのか……
オレは受け取った手帳をもう一度見つめた。
そう言われてみると、葛城の真面目な人柄が伝わってくるような、素朴で温かい贈り物のように感じる。
最初はなんの変哲もないビジネス用品にしか感じなかったから不思議だ。
「そうか。本当にアイツらしいな」
オレはそう言いつつも、心の中にじんわりと広がる温かさを感じていた。
単なるカレンダー上の1日でしかなかったクリスマスが、一之瀬たちの善意と葛城の不器用な心遣いによって少しだけ特別なものに変わった瞬間だった。
一之瀬は笑顔を向けたまま、静かに俺の手を握っている。
「綾小路くん。メリー・クリスマス。この学校で君が少しでも楽しいと思える瞬間が増えたら私は嬉しいな」
その手は暖かく、力強かった。
この手こそが特別な夜を創り上げた原動力なんだろう。
そして手のぬくもりを感じながら、上がりかけていた口角はさらに鋭さを増していく。
手を握っているオレと一之瀬を坂柳が悔しそうな表情で睨みつけてるからな。
「もう許しません。綾小路君も椎名さんも帆波さんもまとめて潰して差し上げます」
「そうか、じゃあ潰される前に警察に被害届を出さなきゃな」
「それは卑怯ですよ綾小路君」
「なになにー? 有栖ちゃんなにか悪い事でもしちゃったの?」
「帆波さんには関係ありません。それよりいいんですか? もし綾小路君が私の弱みを握るなら、私は帆波さんの秘密をばら撒いて差し上げますが」
「えっ!? 私の秘密ってもしかして……」
「心配するな一之瀬。オレはお前の味方だ。坂柳の好きにはさせない」
「……ありがとう、綾小路君」
「ぐぬぬぬぬ……」
悪くない反応だ。
クリスマスの夜はそこで一生ぐぬぬぬしてろストーカー。
これから愉悦部のターゲットは部長のお前で決まりだな。