ようこそ格闘女王のいる教室へ   作:デュラ様

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第36話

 

 

 

 

 

 冬の気配を帯びた空気が、林間学校の合宿所を包んでいた。

 

 学校から遠く離れた山奥での混合合宿。

 

 これは実力至上主義の教室、高度育成高等学校における3学期最初の特別試験であり、全校生徒がグループで混ざり合う異例のシチュエーションでもある。

 

 到着してすぐに案内された体育館のような建屋。

 

 古い木の匂いと、どこか厳かな空気が漂っている。

 

 まずはここで学年内の小グループを決めなければいけないみたい。

 

 すでに男女は分けられて男子たちの様子を知ることは出来ないけれど、綾小路君がいれば問題ないでしょうね。

 

 自己主張が弱いことくらいしか欠点はないから、あっちは彼に任せて自分の事に集中しましょうと考えながら周囲を見渡す。

 

 周囲を見渡しながら、女子だけが集まる空間に少しだけ頭を悩ませる。

 

 1クラスだけならまだしも、やはり学年全体をまとめるのは大変そう。

 

 

 

「みんな落ち着いてー。だいだいグループ決めのメドは立ってるから名前を呼んでくよー」

 

 

 

 学年で最もリーダーシップがある一之瀬さんが呼びかけるも、自由な少女たちは自分の意見を通すことをやめない。

 

 やれアイツと一緒は嫌だの、やれ同じクラスで固まりたいだの言いたい放題。

 

 私もそうだけど、女の子はわがままだからしょうがないのかしら。

 

 

 

「どうしよう春麗ちゃん。全然まとまんないよー」

 

「いいわ。私に任せて頂戴」

 

 

 

 どうやら一之瀬さんでもお手上げみたい。

 

 しょうがないわね。

 

 このままでは埒があかなそうなので、櫛田さんや軽井沢さんも巻き込んで6つの小グループをまとめあげていく。

 

 もちろんこの特別試験用に能力と人数を割り振った編成よ。

 

 この試験では退学者を出さないことが一番大事なんだから、残念だけどみんなのわがままに付き合ってる余裕はない。

 

 多少強引に決めちゃったけど、とりあえずこれで一安心といったところかしら。

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 夜になって今度は大グループを決める時間がやってきた。

 

 男子と唯一接触できる夕食時に綾小路君に確認したけど、男子はすでに大グループを決めてしまったみたい。

 

 なんでも南雲先輩が提案して他の学年もそれに従ったんだって。

 

 ついでに南雲先輩と綾小路君が同じ大グループであること、南雲先輩が堀北先輩に夢中であることも伝えられて私たちは笑っていた。

 

 だってこんなに都合のいい状況はないでしょうから。

 

 上級生と直接触れあうには最高の環境。

 

 おまけに南雲先輩は堀北先輩に夢中で、男子と女子も分かれている。 

 

 半分は私たちが仕組んだことでもあるのだけれど、とりあえず彼女と接触するための絶好のチャンスね。

 

 だから大グループを決める状況下で、私の瞳は2年Aクラスの朝比奈なずな先輩を捉えていた。

 

 彼女が南雲先輩の側近で、尚且つ彼に心酔してない貴重な存在であることは調べがついてる。

 

 なんなら彼女は生徒会を利用してやりたい放題やろうとしている南雲先輩のやり方に不満すら抱いているらしい。

 

 それなら接触しない手はない。

 

 南雲先輩が牛耳る生徒会を利用することは、私たちの計画を進めるために必要な事なんだから。

 

 そうと決まれば行動あるのみよ。

 

 大グループを決める話し合いで、私は躊躇なく朝比奈先輩に「同じ大グループになりませんか」と打診する。

 

 

 

「よろしくお願いします、朝比奈先輩」

 

「もちろんいいよ。よろしくね、春麗ちゃん。君は2年の間でも有名だから、実はちょっと気にもなってたんだよね」

 

「そうだったんですね。ありがとうございます」

 

 

 

 裏切りダニ野郎君からの情報だと私は南雲先輩に警戒されてるらしいけど、朝比奈先輩は私の提案にあっさり乗ってくれた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 もしかしたら南雲先輩から私を監視するように指示を受けているのかもしれないけど、どちらにしろ接触できれば問題ない。

 

 それに朝比奈先輩が演技してるような素振りもない。

 

 私に興味があるというのも本当だと思うわ。

 

 だから私は彼女の好意に対して丁寧なお辞儀で応える。

 

 もちろん笑顔も忘れずにね。

 

 

 

「ふふ、可愛い後輩だね。よし、私のグループにおいで。この合宿を一緒に楽しもっか」

 

 

 

 こうして私は南雲雅に近い存在である、朝比奈なずなと同じ大グループに入り込むことに成功した。

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 合宿5日目の午後。

 

 座禅の時間が終わった後、私は次のグループワークに向かうため1人で廊下を歩いていた。

 

 木の床が足音を静かに響かせる。

 

 その先には同じように1人で歩いている朝比奈先輩の姿が見える。

 

 同じ大グループになったとはいえ、大グループの人数は30人以上いるので1対1で話す機会はそうそうない。

 

 だから私は迷わず先輩に近づいて声をかける。

 

 

 

「あれ、1人でいるなんて珍しいね春麗ちゃん」

 

「そうですか? みんな座禅で足が痺れて動けないみたいなんで、気分転換もかねて個人行動してるだけですよ」

 

「あはは、そうなんだね。実は私もなんだ。なんかずっと集団行動してると息が詰まっちゃいそうだったから」

 

 

 

 そう言った彼女は少し困ったような、しかし愛らしい笑みを浮かべていた。

 

 でもそんな反応になるのも分かる気がする。

 

 この混合合宿は寺での修行のような過酷な内容になっていて、しかも朝から晩までずっと集団行動だから気を抜ける時間がない。

 

 もしかしたら精神的に参ってるのかもしれないわね。

 

 本当は話を聞きたかったけど、今は1人にしてあげた方がいいのかも。

 

 そう考えて離れようとした時。

 

 朝比奈先輩が手首から下げていた小さな巾着のようなものが床に落ちた。

 

 それは可愛らしい和柄の布でできた、少し使い込まれた様子のお守り。

 

 だけど先輩はそれに気づく様子もなく前を歩いていく。

 

 

 

「先輩。お守りを落としましたよ」

 

 

 

 私はすぐに駆け寄り、それを拾い上げて声をかける。

 

 

 

「え……っ!」

 

 

 

 彼女は慌てて自分の手首を確認し、落ちていたお守りを見て安堵の息を漏らしていた。

 

 その反応からこのお守りがとても大事なものだという事が伺える。

 

 それと同時に彼女の人間らしい部分も垣間見れて、自分が想像してた通りの人物像に笑みがこぼれる。

 

 

 

「ありがとう、春麗ちゃん。ちょっと焦っちゃった」

 

「いえ、とんでもありません。これは先輩にとって大切なものなんですね」

 

「うん。これは私の精神的支柱みたいな感じなんだよね。だから身に着けてると安心するし、逆にないと不安になるんだ」

 

「その気持ちわかります。私も胸元に身に着けてますから」

 

「そうなの? 君は精神的に強そうに見えるから意外だね」

 

「みんなにもよく言われますが、別に強くはありませんよ。それより気づけてよかったです」

 

 

 

 私はなんの打算もなく思ったことを彼女に伝えた。

 

 出来れば常にそういう自分でありたいと願いながら。

 

 

 

「ありがとう。春麗ちゃんの優しさが沁みるよ。お礼にこの後少しだけお話しない?」

 

「別にいいですけど、気分転換したかったんじゃないんですか?」

 

「いいのいいの。もう気分転換は済んだし、今は君としゃべりたい気分だからさ」

 

 

 

 だから偶然にも目的が達せられて喜ぶ自分にうんざりする。

 

 私って本当に嫌な女だと。

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 次のグループワークが始まるまでの間、外で朝比奈先輩と2人でおしゃべりをしていた。

 

 山の空気はとても心地よく、そよ風に触れるだけで心が癒されていく。

 

 遠くに見える山々は雪をかぶっていて、空は澄み渡るような青色をしている。

 

 それだけで故郷を思い出し、消息不明の父の姿が脳裏をよぎる。

 

 この学校に来た目的はインターポールに入るための経験を積むために過ぎないけれど、その先に見据えるのは父の姿だけ。

 

 もういなくなってから7、8年は経っている。

 

 今まで散々1人で捜査してきたけど、父親に関する手がかりは一切見つかっていない。

 

 最悪の事態も考えられるけど、死亡報告すらあがってないのに諦めるわけにはいかないわ。

 

 でも個人の力では限界があると考えた私は、世界を飛び回って捜査が出来る組織に所属する未来を選んだ。

 

 だからこそ道中にあるこの学校に潜む問題くらい解決できなければ、私は父親を探し出すことなんてできないでしょう。

 

 この学校の闇は深いけれどやるしかない。

 

 それに綾小路君を彼のお父さんから守ってあげないとね。

 

 せっかくできたお友達1人守れないなんて私のプライドが許さないもの。

 

 だから彼と一緒に学校の闘を払って卒業すると私は決めた。

 

 もちろんその先でやることも決まってる。 

 

 必ず見つけ出すからね、お父さん。と胸に刻みながら、視線を隣の彼女へ移す。

 

 

 

「改めてお守りのこと本当にありがとね。春麗ちゃんって気が利くし頭も切れるから、後輩ながら頼りになるなって思っちゃった」

 

「買いかぶりすぎですよ。お守りを拾ったのはたまたまですし、今回の試験でも私は特に何もしていません」

 

「またまたー。過度な謙遜は逆に嫌味だよ? 体育祭のリレーで堀北先輩と雅をぶち抜いたの結構衝撃的だったんだから。私今でも鮮明に覚えてるもん」

 

 

 

 そういえばそんな事もあったなと今になって思い出す。

 

 別に目立つつもりはなかったけど、確かにあれはやり過ぎだったかもしれないわね。

 

 興奮気味に話している先輩の目はキラキラと輝いていた。

 

 

 

「春麗ちゃん確かに普段は目立たないけど、真剣勝負となったらいつもあんな風に活躍するんでしょ?」

 

「アレもたまたまです。私がいなくてもうちのクラスは優秀ですから」

 

「もう謙遜しなくていいって。君の実力が本物なのは誰の目にも明らかだしね。……ねえ、春麗ちゃんは今の学校の状況をどう思う?」

 

 

 

 和やかに会話を続けているつもりだったが、朝比奈先輩は突然、真剣な表情になった。

 

 空気が変わったわね。

 

 さすがに南雲先輩の側近なだけあって、後輩と無意味な会話をするわけはないか。

 

 きっと私に探りでもいれてるんでしょう。

 

 

 

「そうですね……実力至上主義という建前とは裏腹に、上に立つ人の実力が必ずしも学校全体のために使われているとは限らない、と感じています」

 

 

 

 だから私はあくまでも客観的で冷静な意見として、南雲先輩の独裁的なやり方を批判する言葉を選んだ。

 

 それに対して朝比奈先輩は静かに頷いている。

 

 

 

「まあ1年生からしてみればそう見えるよね」

 

「あくまで私はですけどね。ですがこの試験では特にその傾向が露骨に見て取れます。男子は分かりませんが、女子グループでは特定の3年生グループによって足の引っ張り合いが行われてるようですから」

 

「へえ、気づいてたんだ」

 

「はい。しかも堀北先輩の身内が徹底的に狙われてるようなので、南雲先輩が女子グループの足の引っ張り合いに関与してるんじゃないかと私は疑っています。先輩はどう思いますか?」

 

「……やっぱり春麗ちゃんはすごいね。でも私からはノーコメントで」

 

「分かりました。では今の会話はなかったことにしときますね」

 

「あはは、ありがと。まあ冗談はここまでにしておいて本音を話すと、実は私も雅のやり方にはちょっと不満があるんだ。アイツの生徒会長として学校を牽引する力は認めるけど、さすがに独りよがりが過ぎるかなぁって。特に最近は堀北先輩のことに夢中になりすぎて、学校運営がおざなりになっているようにすら見えるから」

 

 

 

 先輩の表情は、友人を心配するような、あるいは嫌悪感を示すような、複雑な感情を帯びている。

 

 風が吹いて、先輩の髪を揺らした。

 

 

 

「このままじゃ学校全体が雅の私物になっちゃいそうだし、それに巻き込まれる後輩も可哀そうだよね。私は別にそれでもいいんだけどさ。結局は自分がAクラスで卒業できればそれでいいから」

 

「たぶん誰がなにをしても今の状況は変わらないんだろうけど。でもなんかスッキリしないんだよね」

 

 

 

 彼女は複雑な自分の心境を吐き出すと、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

「ねえ、春麗ちゃん。どうせなら君が雅を倒しちゃう?」

 

「私は君になら力を貸してあげてもいいよ」

 

 

 

 その目は冗談と本気が入り交ざった彼女の心を如実に表していて、とても怪しく輝いている。

 

 これが南雲先輩による罠である可能性も考えられるが、別にそんな事はどうでもいい。

 

 下準備は着々と進んでいて、私たちは今更情報戦をする必要もない。

 

 それなら答えは簡単だわ。

 

 

 

「是非お願いします」

 

「驚いた。即答なんだね」

 

「私は朝比奈先輩を信頼してますから」

 

「嫌な言い方するね。そんなこと言われたら簡単に裏切れないじゃん」

 

「自分から切り出したのに裏切るつもりなんですか?」

 

「そりゃそうだよ。私は雅とそれなりに深い仲だし、アイツの事も簡単には裏切れないからさ」

 

 

 

 それもそうね。

 

 でも、だからこそ先輩に接触したんだけどね。

 

 

 

「それじゃあ先輩、私と契約しませんか?」

 

「契約?」

 

「ええ、この先どんな展開が待ち受けようとも、先輩がAクラスで卒業する事だけは約束します」

 

「ふーん……ちなみに聞くけど、それで私は何をしたらいいの?」

 

「私のために南雲先輩を裏切ってください」

 

「冗談やめてよ。それは出来ないって言ってるじゃん」

 

「大丈夫です。裏切るといっても簡単な裏工作をするだけですから」

 

「うっわ、サラッと凄いこと言うね。まるで雅と話してるみたいなんだけど」

 

「ふふ、そうでしょうね。多分私たちは同じ穴のムジナでしょうから」

 

 

 

 南雲先輩のやり口は知っている。

 

 私たちと同じようなやり方で学年を支配して、今はそれを学校全体にまで広げようとしている段階であることも。

 

 でも私たちとは決定的に違うところがある。

 

 

 

「私は誰かを壊すつもりはありません。もちろん南雲先輩には痛い目を見てもらいますが、そうした方がみんなの為にもなると考えています」

 

「それはそうだろうね。1年と2年の空気が全然違うのは私でもわかるよ」

 

「はい。私と朝比奈先輩が手を組んだところで、2年生の盤石な体制が崩れることはないでしょう。契約するのは念のためというやつです」

 

「へぇ、やっぱり君は面白いね。私が頷きやすいようにちゃんとレールを敷いたうえで交渉してる」

 

「どうです? 少しは興味がわきましたか?」

 

「ほんのちょっとね。でもその裏工作の内容次第かなぁ。私も雅と敵対したいわけじゃないから目立ちたくないし」

 

「じゃあ大丈夫ですね。内容はとっても簡単ですし目立つこともありません。先輩はいつも通り南雲先輩と行動を共にして―――をするだけですから」

 

 

 

 私の話を聞いた先輩は少しの間だけ空を見上げていた。

 

 雲がゆっくりと流れていく。

 

 たぶん頭の中で簡単なシュミレーションをしているんでしょう。

 

 私と手を組むことでどんなメリットとデメリットがあるのかを計算して、それを天秤にかけて答えが出るのを待っている。

 

 でも考えるほど難しい話でもないから、すぐに思考は終わったようね。

 

 

 

「……なるほどね。いいよ、そのくらいなら全然協力してあげる」

 

 

 

 そう言って、先輩は私に向かって手を差し出した。

 

 私はその手を握り返す。

 

 冷たい山の空気の中で、その手はとても温かかった。

 

 

 

 

 

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