ようこそ格闘女王のいる教室へ   作:デュラ様

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第39話

 

 

 

 

 

 南雲生徒会長と堀北先輩のじゃれ合いがあった混合合宿を終えて、しばらく経った今日この頃。

 

 高度育成高等学校は今までと違う新たな空気に包まれていました。

 

 特に私たち1年Aクラスの教室内はいつになく重苦しい。

 

 窓から差し込む冬の陽光さえも、どこか冷たく感じられます。

 

 普段から緊張感の高いAクラスにのしかかる沈黙の原因は、生徒会長が変わってから立て続けに発生している他学年間のいざこざ。

 

 それも現生徒会長の南雲雅と元生徒会長の堀北学という、この学園の二大巨頭の衝突によって生じた流れ弾。

 

 彼らの諍いは混合合宿以降さらにヒートアップし、その勢いは最早とどまることを知らない。

 

 南雲会長の仕掛ける巧妙で露骨な策謀。

 

 それに対する堀北先輩の心もとない対抗措置は、上級生の領域をはるかに超えて波紋を広げ、ついには1年生の特別試験にも影響を及ぼし始めていました。

 

 特に私たちのクラスが被った些細な、しかし看過できない被害は、私の計算に狂いを生じさせるには充分なものでもあります。

 

 綾小路君に利用されてる立場とはいえ、それとは関係のないところで自分が損害を受けるのは許容できない。

 

 だって私のプライドが許しませんからね。

 

 もちろん彼からのお願いでもありますけど、このまま黙っているわけにもいきません。

 

 ですから私は裏切り糞クソダニ野郎を隣に侍らせながら、3年生の最奥にあるAクラスの教室を目指していた。

 

 杖を握る右手にわずかな熱を帯びた苛立ちが宿る。

 

 廊下を歩くたびに、杖が床を叩く音が静かに響いていく。

 

 教室の扉をノックし、返答を待たずに開ける。

 

 教室内の生徒たちの視線が一斉に私に集まってしまいましたが、そんなものは私にとってどうでもいいこと。

 

 突然の来訪者に緊迫した空気を一刀両断するように、私は迷いなく中央の席に座る堀北学先輩のもとへと向かっていく。

 

 

 

「お久しぶりです、堀北先輩」

 

 

 

 彼は分厚い参考書から顔を上げ、私を値踏みするように鋭い視線を向けた。

 

 ふふふ、いつ見てもそのお顔ですね。

 

 本当にあなたは愛想がない。

 

 綾小路君ですらもっとちゃんと対応してくれるというのに。

 

 堅物が極まった堀北先輩の表情には、私の来訪に対する疑問とわずかな警戒が滲んでいる。

 

 

 

「坂柳か。俺に何の用だ」

 

「用件は一つです。先輩と南雲会長の度重なる衝突によって、1年生のクラス、特に私のAクラスは少なからぬ被害を受けています」

 

 

 

 私は淡々と状況を説明していく。

 

 具体的には混合合宿による女子グループの足の引っ張り合いに巻き込まれて、私が責任者を務めた小グループが最下位になってしまった事。

 

 その後に行われた中間試験で生徒会によりおかしなルールが急遽追加され、学力が持ち味のクラスに不利に働いた事。

 

 これらは全て南雲会長が堀北先輩と戯れるためだけに行った所業であり、別に嘘でも何でもありません。

 

 

 

「先輩方の争いによる間接的な損害です。これを、私は先輩による迷惑行為と見なしています」

 

 

 

 私の端的な言葉に対して堀北先輩は眉一つ動かさなかった。

 

 彼の鋼鉄のような規律正しさが、私の訴えを受け付けない壁になっているように見受けられますね。

 

 ですがそれでも全然構いません。

 

 あなたは私の要求を断る事なんて出来ないんですから。

 

 だから私は眉一つ動かさない相手に対して、口角を吊り上げながら揺さぶりをかける。

 

 

 

「したがって、私は先輩に賠償を求めます」

 

 

 

 私が要求を口にすると、教室に集まっていた3年生たちからざわめきが漏れた。

 

 1年生があの堀北学に賠償請求。

 

 どれだけ命知らずなんだとでも思っているのでしょう。

 

 まるで滑稽な芝居を見ているかのような空気ですね。

 

 おかげで堀北先輩は参考書を閉じてくれました。

 

 

 

「俺が南雲と対立しているのは、この学校の秩序と全ての生徒が正当な評価を受けるシステムを守るためだ。それに伴う一時的な波風は学校全体にとって必要な犠牲であり、その中でクラス運営が立ち行かなくなるようではお前のAクラスも所詮その程度ということだ」

 

「それはごもっともな意見ですが詭弁に過ぎませんね。先輩の行動が正義であろうとも、私のクラスが被害を被った事実は変わりません。公的な秩序と私的な利益は別物です」

 

 

 

 私は努めて冷静に、しかし断固とした口調で言葉を続ける。

 

 

 

「私の求める賠償とはポイントではなく、先輩の助力です。このまま南雲会長が好き勝手に振る舞い続ければ、先輩の考える秩序もいずれは崩壊します。なんなら既に崩壊しかけていますね。先輩が在席している今だからこそ外部からの介入が必要なのでは? あなたが卒業してしまえば抑止力を失ったこの学校は本当に崩壊してしまいますよ」

 

 

 

 いつものように詭弁を並べて相手を釣り出す。

 

 おかげで今まで無関心を貫いていた堀北先輩の目が、ようやく真剣な色を帯びてきました。

 

 本当に分かりやすい方ですね。

 

 駆け引きをしたことがないのかと思うほどに単純で、そして浅はかな思考回路。

 

 今までどうやって南雲会長と渡り合ってきたのか疑問ですが、今は置いておきましょう。

 

 

 

「お前の言いたいことは分かった。だが、南雲の独裁を止めたいなら俺と協力せずとも自力で動けばいいだろう。それが1年Aクラス、そして坂柳有栖の実力ではないのか?」

 

「確かに個人で動くのも有りですがそれは最終手段です。正面から南雲会長と衝突すれば私のクラスもさらに消耗しますからね。ですが先輩の勢力に加わるという形であれば、最も効率的かつ最小の被害で目的を達成できます」

 

 

 

 甘い言葉を吐くと同時に、私は身体を少し前傾させた。

 

 顔には既に賠償請求という建前を捨て去り、本題である取引の意図をありのままに映し出す。

 

 

 

「先輩の持っている戦力に私という強力な助っ人を加えてみませんか? 私の知性と戦略は必ずや膠着した戦況を一気に動かす起爆剤となります。そしてその協力の見返りとして、私のクラスの絶対的な安全を保障していただく。これが私の提案する協力体制です」

 

 

 

 ただし取引としては私にとってまるで意味のない内容。

 

 春麗さんと綾小路君の計画により、私たちAクラスはこのままAクラスで卒業することがほぼ確定しています。

 

 それでもクラス間競争という無意味なシステムも取引の道具ぐらいには使えますからね。

 

 使えるものは全て使って学園生活をおおいに楽しむ。

 

 それが私の流儀であり、綾小路君の流儀でもあるのです。

 

 ふふふふふ、これが相思相愛というやつなのでしょうか。

 

 思わず体が熱くなってしまいそうです。

 

 そんな私を見据えながら、堀北先輩は深く息を吐き、腕を組んでいる。

 

 教室の他の生徒たちは、もはや会話の内容に驚きを通り越して息を潜めていますね。

 

 

 

「協力……か。お前が持つ実力の片鱗は入学当初から知っている。そして、その実力が厄介なものであることも理解している」

 

 

 

 彼は私から目を離さず、まるで未来を読み取ろうとするかのように、私の瞳の奥を覗き込んでいる。

 

 

 

「お前の目的は俺の勝利ではなく、あくまで南雲を排除すること。あるいはお前のクラスの安定だろう。利用される可能性を考慮すれば安易に手を組むわけにはいかない」

 

「その心配は不要ですよ。混合合宿で橘先輩の退学を取り消すために3年Aクラスが痛手を負ったことは周知の事実。ですから確実にAクラスで卒業するために、もちろん私の事も利用していただいて構いません。ですが私も利用させていただきます。利害の一致こそが最も強固な協力関係を生み出しますから」

 

 

 

 綾小路君の事を想って興奮する体を抑えながら、私は優雅に微笑んだ。

 

 堀北先輩は私の微笑みの真意を探りながら、なにやら考えているご様子。

 

 長い沈黙が続く。

 

 窓の外の光が教室の隅々まで均等に照らしている。

 

 やがて堀北先輩は静かに頷いた。

 

 その決断は、彼の潔癖な性格からすればかなりの苦渋を伴ったものなのでしょう。

 

 以前の彼ならこんな取引を持ち掛けたところで、耳を傾けてすらくれなかったはず。

 

 さすがは綾小路君です。

 

 南雲会長と堀北先輩を上手にぶつけて、彼が追い込まれるように仕組んだ甲斐がありましたね。

 

 

 

「いいだろう。お前の提案を受諾しよう。だが条件がある。俺は南雲がこの学校を私物化するような振る舞いを許容できない。お前には俺と協力するにあたり、南雲を二度と好き勝手にさせないことを第一の目標としてもらう」

 

「ええ、勿論です。私たちの目的は同じ。南雲会長の実力至上主義という名の独裁を打ち破りましょう。ただしその後のこの学校の秩序は、私のクラスがAクラスとして相応しいものになるように構築させていただけるのですね?」

 

「ああ。それがお前の実力の結果であるなら俺が口を出す筋合いではない」

 

「ふふふ、ありがとうございます。では契約書は用意してありますので、確認次第サインをお願いしますね」

 

「随分と用意周到な事だな。すべてお前の狙い通りだったというわけか」

 

「とんでもございません。話がまとまった時のために準備していただけですよ。ここまでスムーズに進んだのは堀北先輩の聡明さがあってこそ」

 

 

 

 もちろん嘘ですけどね。

 

 私にかかればこんな交渉は容易いのです。

 

 それでも堀北先輩のメンツもありますから、ここは彼を立てておきましょう。

 

 私は控えていた裏切り糞糞糞クソダニ野郎に契約書を出させ、堀北先輩と共にサインをした後にさっさと帰還。

 

 目的さえ果たせればこんな場所に用はありませんから。

 

 こうして1年Aクラスと見せかけた、1年全体と堀北元生徒会長による強固な、しかし極めて冷徹な利害関係に基づいた協力関係が密かに樹立された。

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 堀北先輩と協力関係を結んだ数日後。

 

 私は、生徒会室へと向かっていた。

 

 廊下を歩く私の足取りは軽い。

 

 杖を突く音が、まるで勝利の行進曲のように響いている。

 

 生徒会長用の豪華な座席に腰掛けた南雲会長は、私を見て面白そうに笑っている。

 

 彼の自信に満ちた、そして人を小馬鹿にしたような笑みはいつも私の興味をそそります。

 

 

 

「生徒会室も随分と派手になりましたね。以前とは見違えました」

 

「よく来たな坂柳。まさか堀北先輩に生徒会入りを進められたか?」

 

 

 

 そして堀北先輩と接触したことは彼にはもうバレているようです。

 

 流石ですね。

 

 ですが生徒会とは無縁そうな私の訪問に戸惑ってもいるご様子。

 

 

 

「残念ながらあの方のお眼鏡には適わなかったようで、お誘いはありませんでしたよ」

 

「それは見る目がないな」

 

「ええ、まったく。ですがその言い方ですと、あなたは違うということですか? 新生徒会長様」

 

 

 

 私の問いかけに南雲会長は薄っすらと笑っています。

 

 それもそのはずです。

 

 彼と私は似た者同士ですから。

 

 

 

「もちろん俺なら歓迎する。ただし、あくまでも俺の私物扱いでだけどな」

 

 

 

 そう答え、彼は手近に置いてあったウサギのぬいぐるみの頭を撫でた。

 

 彼の趣味か、あるいは彼の周囲に張り付く女の趣味か分かりませんが、ちょっと可愛いですね。

 

 そして私物扱いですか。

 

 つまり能力を買うわけではないということなのでしょう。

 

 外見だけでの評価。

 

 本当に酷いお方です。

 

 やっぱり私とあなたは似ていますね。

 

 だから私は優雅に、しかし圧倒的な迫力を持って切り出した。

 

 

 

「会長。あなたと堀北先輩の争いは、この学校のエネルギーを無駄に消耗させています。無益な衝突は真の実力者の行動ではありません」

 

 

 

 南雲会長はさらに笑みを深めている。

 

 

 

「おいおい、冗談はよせよ。お前も俺と似たタイプだと思ってたんだがな。それとも俺の楽しみを奪う気か?」

 

「とんでもない。会長の邪魔をするつもりなんて全くありません。ですがその力をより効率的に、より私にとって都合の良い形で発揮していただきたいと思っております」

 

 

 

 私はまっすぐ南雲会長の目を見つめた。

 

 私の瞳には、彼の思惑を全て見抜いているという絶対の自信が宿っている。

 

 もちろん綾小路君の手のひらの上での話ではあるのですけれど。

 

 

 

「私は、生徒会入りを希望します」

 

 

 

 南雲会長の笑みが、初めてわずかに凍りついた。

 

 彼の眼光が鋭くなり、全身から圧力が放出される。

 

 

 

「……俺の生徒会に堀北先輩の息のかかったお前が入るだと? 面白い冗談だな」

 

「堀北先輩は関係ありません。私はただ、この学校のシステムを内側から見てみたいだけです。そして会長の謳う実力至上主義を、私という1年生の実力で揺さぶってみたい。どうです、会長。リスクを冒して私という毒を飲み込んでみる、というスリルを味わいたくはありませんか?」

 

 

 

 私は僅かに身体を揺らし、挑発的な微笑を浮かべた。

 

 

 

「私の存在は会長にとって堀北先輩以上の刺激になるでしょう。それに私を外側に置いておくよりも、内側に入れて監視する方が遥かに安全ですよ」

 

 

 

 南雲会長は顎に手を当て、私をじっと見つめている。

 

 その表情は私の提案の裏にある真の目的を読み取ろうと必死になっていることでしょう。

 

 ですが私の瞳の奥にある真実を、彼は容易に掴むことはできない。

 

 私はただの操り人形ですからね。

 

 やがて南雲会長は、全てを理解したかのようにニヤリと笑った。

 

 それはこの学校の王が、新たなおもちゃを見つけた時の笑みだった。

 

 

 

「いいだろう坂柳。お前の度胸と実力をこの生徒会で思う存分発揮してみろ。だが忘れるなよ。俺の生徒会は俺の支配下にある。お前が少しでも妙な動きをすれば容赦なく潰すぞ」

 

「ええ。楽しみにしています、会長」

 

 

 

 私の微笑みは勝利を確信した者の余裕に満ちていた。

 

 これで私は学校の表と裏、双方の権力者との接点を持つことになった。

 

 表でやりたい放題やろうとしている南雲会長の支配、それを裏から操ろうとしている春麗さんと綾小路君。

 

 この2つの力を利用し、私は静かに、しかし確実に、この高度育成高等学校のシステムそのものを私が1番楽しめるものに組み替えていく。

 

 手に持った杖を床に突きながら生徒会室から出る私の背後に、南雲会長の低く楽しそうな声が聞こえた。

 

 

 

「これは、ますます面白くなってきたな」

 

 

 

 それを聞いて私も口元を緩めた。

 

 ええ、全くその通りですね。

 

 ですが、あなたは自身が想像しているよりももっと面白いことをこれから体験できると思いますよ。

 

 それまでもう少しの辛抱です。

 

 楽しみに待っててくださいね、会長。

 

 

 

 

 




???「ふふ……ふふふふふ」

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