俺にとっては面倒でしかない学年末試験も終わって数日が経ち、ついに3月に突入した。
あと1か月で1年が終わると思うと、時間が経つのは本当に早いもんだな。
自分のクラスでそんな事を考えていたが、最近はどうにもイラついて仕方ねえ。
元々そういう性格だが、こんなにイラついてるのは無人島での特別試験以来か?
あの時は春麗のせいで俺の計画がパーになっちまったが、あのクソ女は良いぜ。
俺を楽しませてくれる女が現れたおかげでイラつきも一瞬で収まった。
クソ女のイカれた計画は最高だ。以降の生活も刺激的で文句はねえしな。
だが今は違う。
3学期初めに行われた混合合宿。
あの特別試験が終わってから南雲の名前を聞くだけで舌打ちが止まらねえ。
間違いなくこのイラつきの原因はアイツだ。
だから今は最高に気分が悪い。
「ハッ、現生徒会長の南雲雅と元生徒会長の堀北学の直接対決だと? まだじゃれ合ってんのかあのマヌケ共は」
Dクラスの教室の窓際、肘をついて外を眺めながら俺は低く呟いた。
窓の外では桜のつぼみが膨らみ始めているが、俺の気分は晴れねえ。
どうやら学年末の最終特別試験でまたやり合うつもりらしい。
坂上から聞かされた次の特別試験は選抜種目試験という名前のもの。
ルールは7種類の自由な対戦競技がランダムで選ばれて、その競技をクラス同士で対戦して勝ち越したクラスの勝利。
勝利したクラスには100CPが付与され、各競技の勝敗でも負けたクラスが勝ったクラスに30CPを支払わなければならない。
最大で310CPが手に入るかもしれねえ旨い試験だ。
その他にも細かいルールはあるが、とりあえずざっくりとこんな感じらしい。
そして対戦相手は全学年の中から自由に選択できるんだと。
だから当然、南雲率いる2年Aクラスは堀北率いる3年Aクラスを対戦相手に指名した。
「どうでもいいな」
確かにアイツらの戦いは傍目には興味を惹かれるものなのかもしれねえな。
だが俺にとってはどうでもいいどころか不愉快でしかねえ。
おかげでイラ立ちは募る一方だ。
俺自身のやり方で望む階級へとのし上がることこそが俺の目的。
だから同じやり方を選んだ春麗には協力もしてやる。
最終的にはアイツも食ってやるつもりだが、今はまだその時じゃねえ。
まずは目の前の邪魔ものを排除するのが先だ。
馬鹿どもの私的な争いなんか見たくもねえ。
くだらねえ勝負は潰してやる。
ちょうど暇を持て余してたし、俺たちが遊んでやるよ。
「準備しろお前ら。2年Aクラスに乗り込むぞ」
教室に響く笑い声や春になって緩むクラスの空気とは裏腹に、俺の胸の内に湧き上がるのは濁った粘着質な怒りの感情だった。
「南雲雅。あのクソ生意気な猿真似生徒会長を一度本気で殴りつけてやりてえな」
だが、暴力行為はポイント没収のリスクがある。
最悪退学になるかもしれねえから、春麗とやり合う前の段階でそれは避けたい。
俺はただ暴力を振るうだけの馬鹿じゃねえ。
頭も使っていかないとこの学校では生き残れねえからな。
だからちゃんと頭を使ってお前を蹴落としてやるよ。
俺が望むのは、南雲雅、お前が自ら崩れ落ちる様だ。
「よし、お前ら。やるぞ」
俺は南雲が絶対的な権力と威厳を築き上げた2年Aクラスへの嫌がらせを決意した。
標的は南雲の築いた絶対王政そのもの。
俺の選んだ手段は、挑発。
1学期に一之瀬クラスにやってやったのと大体同じだが、相手は2年だからより激しくやってやる。
南雲が無視できないレベルの、執拗なまでの心理的な揺さぶりだ。
暴力で支配した子分どもを引き連れて、その日から俺たちの嫌がらせは始まった。
例えば昼休み。2年Aクラスの教室前をわざと大声で話しながら通り過ぎる。
「おい、南雲の野郎は居るのか? てゆーかお前らいつまで馬鹿な勝負続けてんだよ、誰も南雲に意見できねえ腰抜け共の集まりなのか?」
例えば移動中。南雲の側近たちとすれ違う際、俺たちはアイツらのリーダー格の肩にわざとぶつかり、低い声で囁く。
「お前らの王様はもうすぐ終わるぞ。もっと面白い奴に鞍替えしとけ」
例えば生徒会が主催するイベント説明会。南雲が壇上で話している最中、俺は最前列でニヤリと笑い、わざとらしく大きく欠伸をする。
逆にアイツらに突っかかられても無視を貫く。
これらは全て、処罰の対象にならないギリギリのラインを攻めた行為だった。
俺の目的は南雲の平穏を壊すこと。
そしてアイツのクラスメイトの士気を削ぐことだ。
特に南雲の威厳を傷つけるような言動は、2年Aクラスの奴らの顔を歪ませた。
アイツらは皆、南雲の力によってAクラスに居続けられると妄信的に信じてる馬鹿の集まりだからな。
その南雲が1年のチンピラに手を出せない、あるいは無視を強いられている状況は奴らにとってはさぞ屈辱だっただろうよ。
だから俺たちはアイツらがなにかアクションを起こすまで、念入りに、そして徹底的に挑発を続けていった。
◆ ◇ ◆
執拗なまでの俺たちの挑発に、奴らのイラ立ちはついに頂点に達したらしい。
生徒会長として振る舞う笑顔の下で、南雲の野郎はイラ立ちを隠そうともしなくなった。
堀北学との大一番を前に、1年に足元を乱されるなんてあっちゃならねえことだろうからな。
「龍園、お前いい加減にしとけよ。俺はお前らの相手してるほど暇じゃねえんだ」
南雲は監視カメラがなく誰もいない放課後の特別棟で、俺たちの前に立ちはだかった。
薄暗い廊下に、南雲の声が低く響く。
その周りには2年Aクラスの生徒たちが、鬼のような形相で取り囲んでいる。
俺は待ってましたとばかりに、愉快そうに口角を上げた。
「クク、どうした生徒会長様。ようやく俺の挑発に気づいたのか? 随分と鈍い奴だな」
「ふざけてんじゃねえぞ。お前が俺たちAクラスの威厳をどれだけ傷つけたか分かってんのか?」
「威厳だと? そんなものはテメェの自意識の産物に過ぎねぇ。それを今ここで証明してやろうか? ――ほら、殴ってみろよ、南雲」
俺はそう言い放ち、挑発的な笑みを浮かべた。
だが腐っても生徒会長様だからな。
そう簡単に挑発に乗ってくれるとは思ってねえよ。
だから俺はその挑発的な笑みを別のやつに向けた。
2年Aクラスで南雲に意見するほどの力を持っている、殿河という男に。
「テメェ!」
南雲に意見できるほどの殿河は、当たり前だが気の強い男だ。
そんな男がたかだか1年の挑発に黙ってられるわけもねえ。
周りの制止の声も聞かず、俺の顔面に渾身の力を込めた拳を叩き込んできた。
鈍い音が廊下に響き渡る。
俺は避けることなくその拳を顔面でもろに受け、派手な音と共に廊下の床に叩きつけられていた。
「おい、殿河! やめろ!」
取り囲んでいた2年Aクラスの馬鹿どもは、クラスメイトが下級生に暴力を振るうという予想外の展開に動揺している。
だが、動揺なんかしても意味ねえんだよバ〜カ。
そんな暇があるなら事態を揉み消すことを考えろ。
俺たちは今の瞬間をちゃんとスマホで撮影してるぞ。
「ハハ……ざまぁみろ……計画通りだ、生徒会長さんよぉ」
「あのなぁ、龍園。俺の事馬鹿にしすぎてないか? お前の言う通りこう見えても生徒会長なんだよ。だからこんな事件揉み消すくらいわけはねえのさ」
「そうかよ。だが証拠はちゃんと残したぜ?」
「ハッ、そんなもん今から取り上げてやるよ」
それでも南雲は強気な姿勢を崩さない。
まあ、そうだろうな。
お前らが今まで通り1枚岩の盤石な体制だったらの話だが。
2年は暴走する殿河を止めようとする連中。
俺たちからスマホを没収しようとする連中に分かれてカオスと化している。
そんな中で俺の視線は1人の女の姿を捉えていた。
カオスに紛れてこっそりとスマホをしまう朝比奈なずなの姿を。
その様子を確認した俺は、南雲の目の前で石崎たちに証拠の画像を取り消させた。
もちろん示談にするためにPPを100万ほど奪い取った後でな。
おかげで南雲はすんなり引き返していった。
最高だな、お前。
これで終わりなわけねえだろうが、マヌケ。
もちろん学校に訴えるに決まってんだろ。
1学期は石崎にやらせたが、今回は俺自身が傷害事件の被害者として訴えを起こしてやった。
「2年の殿河に殴られた。ついでに生徒会長の南雲に口止めするよう強要された。アイツの行為は生徒会長という地位を利用した権力の濫用だ。違うか坂上?」
「違わないな。では理事長に報告しますが、高遠先生もそれでいいですか?」
「……仕方ない。だが公平性をきすために報告は3年の小野寺先生に任せる。どうやら1年Dクラスがうちのクラスに挑発をしたのが事の発端らしいからな」
俺は保健室で治療を受けながら、2年Aクラス担任の高遠と俺の担任の坂上の前で冷静に、それでいて決定的な被害者として証言した。
俺の顔面には痣が出来て、口元も少し切れている。
1発とはいえ受け身も取らずに思いっきりぶん殴られたからな。
だが、挑発なんて関係ねえ。
誰が見ても暴行の被害者が俺なのは明白だ。
このケガはつくり物じゃねえからな。
そしてこの事件は揉み消されることなく理事長に伝わり、審判を生徒会に一任されて学校中に波紋を広げたらしい。
ハッ、分かっちゃいたがいつも通りの馬鹿な対応だ。
この学校は警察を知らねえのか?
面白過ぎるだろ。
下級生への暴行事件。
生徒会長による証拠隠滅。
いくら俺たちが元凶だったとしても、これが真実ならアイツらは痛い目を見るだろうな。
だが理事長に話は通ったが、思ったよりも事態は複雑だった。
加害者が生徒会長であり、何より学年末に控えた最終特別試験が目前に迫っていたからだ。
後日、生徒会役員と事件の関係者が理事長室に集まり、その中で南雲が理事長にとある提案をした。
「理事長先生。この事件の審議が試験と被ってしまっては、2年Aクラスと1年Dクラス、ひいては学校全体に大きな影響が出ます。それは最終特別試験の結果を左右しかねません」
そして南雲の提案を聞いたのは坂柳の父親じゃなく、月城常成という理事長代理の男だ。
坂柳の父親は穏やかな男だったが、コイツは腹に一物抱えてそうな見た目をしてやがる。
いつの間にか理事長が交代してたらしいが、とにかくその月城が南雲の意見を聞き入れて最終的な決定を下した。
「分かりました。暴行事件の審議は最終特別試験の終了後に延期しましょう。ただし審議は副生徒会長の桐山君が主導するように」
この決定に南雲は安堵しながらも俺を睨みつけてる。
理事長室を出てからもずっと同じ調子だ。
おいおい、俺を睨むのはお門違いだぜ。
示談なんて口約束を信じる方が悪いに決まってんだろ。
しかも俺は審議がいつ行われようが構わねえ。
こんなものはただの暇つぶしだ。
「待てよ龍園。お前、このまま逃げられると思ってるのか?」
「逃げるだと? クク、生徒会長さんよぉ、俺がお前から逃げる必要なんてどこにもねえな」
「ハッ、お前は馬鹿だな。証拠もないのに被害者ぶっても生徒会は俺たちに罰を与えない。むしろこんな訴えを2回も起こしてるお前らが痛い目を見るだけだろ」
南雲の言葉に俺は口の端を吊り上げて笑った。
どこまでもおめでたい野郎だなお前は。
俺の狙いは生徒会に審議を開かせることだ。
多少の罰なら甘んじて受け入れてやる。
まあ恐らくそんな事にもならねえだろう。
だからせいぜい今のうちに吠えてろよ。
直にそんな元気もなくなるだろうからな。
◆ ◇ ◆
一方その頃、審判が試験後に延期されたことを聞いた朝比奈なずなは、南雲のクラスメイトとして事態の推移を冷静に見つめていた。
彼女にとって南雲は近しい存在でありながらも、同時に彼の独裁的なやり方には疑問を感じていたからだ。
南雲が堀北学との勝負に固執し、そのために周りが見えなくなっていることも気がかりだった。
「ごめんね雅、でもちょっと調子に乗り過ぎかな」
朝比奈は自分のスマホのギャラリーを開き、暴行時の瞬間がしっかりと写し出された画像をメールに添付する。
彼女はその画像を約束通り可愛い後輩に差し出そうとしていた。
送信ボタンを押した後、窓の外を眺めながら独り言を小さく呟く。
「これを機に1年生もちゃんと警戒してくれるといいんだけどね……それじゃあお手柔らかにね、春麗ちゃん」
送信完了の通知が画面に表示される。
その瞬間、この学校を支配する勢力図が大きく変わろうとしていた。