ようこそ格闘女王のいる教室へ   作:デュラ様

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第44話

 

 

 

 

 

 2年生の冬。

 

 混合合宿が終わったころから、俺――南雲雅の評判は少しずつ、だが確実に軋み始めていた。

 

 理由は何故だか分からない。

 

 確かに混合合宿では多少卑怯な手を使って堀北先輩と遊びはしたが、あんなもんで俺の名声に傷がつくか?

 

 別に今までだって2年をまとめるために強引な手を使ってきたのに今更だろ。

 

 そう考えるが、実際に評判が悪くなってるんだから修正は必要らしい。

 

 だがその後に行われた選抜種目試験でも無様な姿をさらした俺に修正する時間が与えられることはなかった。

 

 

 

「南雲会長は龍園や坂柳といった問題児たちの制御どころか、実力者としての地位すら揺らいでいるのではないか?」

 

 

 

 生徒会室で聞くことになった執行部メンバーのざわめき。

 

 それは今まで俺が築き上げてきた鉄壁の実力至上主義の城壁に、最初に開いた小さな亀裂だった。

 

 以前の俺ならこの程度の戯言は一瞬で捻り潰し、発言者を粛清してやっただろうな。

 

 だが混合合宿以降の度重なる誤算の連続。

 

 俺の実力をもってしても、全てを完璧にコントロールしきれないという事実が俺への信頼を削り取っていた。

 

 副生徒会長の桐山は、静かに、だが鋭く俺を見つめている。

 

 アイツの冷たい視線が、俺の焦燥感を煽った。

 

 

 

(認められるか。認められるわけがない。俺こそがこの学校の頂点に立つべき人間だ)

 

 

 

 俺の心の中のプライドが、悲鳴を上げていく。

 

 この程度のトラブルで動揺するなんてどうかしてる。

 

 今まで勝利しか味わったことがない人生だったから案外打たれ強くはないのかもな。

 

 そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、さらに追い打ちをかけるような決定的な出来事が起こる。

 

 出来事というのは、つい先日俺が裏で処理した龍園との傷害事件の審議についてだ。

 

 俺はポイントと権力を駆使して事件そのものを無かったことにし、正式な契約を交わして被害者と加害者の双方に口止めをしたはずだった。

 

 だがその際の審議の音声データが、突然、学内限定の匿名掲示板にアップロードされたらしい。

 

 

 

《【告発】生徒会長・南雲雅の「揉み消し」実態。これも実力主義か?》

 

 

 

 スレッドは瞬く間に炎上し、数時間後には全学年の生徒に知れ渡った。

 

 音声には自分の保身のために事件を揉み消そうとする俺の、傲慢でみっともない声がはっきりと残されている。

 

 傷害事件の審議が行われていたことは既に周知の事実だから誤魔化しが効かなかった。

 

 おかげで学校は大騒ぎだ。

 

 どこのどいつがやったのか知らねえが舐めた真似をしてくれる。

 

 審議を録音していたなんて俺は聞いてねえ。

 

 桐山はそんな事一言も口に出さなかったから、じゃあ龍園の野郎の仕業か?

 

 確かにアイツならやりかねないが、それを確認する暇さえ与えてくれないらしい。

 

 炎上騒ぎの対応に追われて、俺への風当たりも強くなる一方。

 

 今日もこれから生徒会室で対策会議が開かれる予定だ。

 

 

 

「南雲会長。傷害事件の揉み消しは生徒会長という役職にふさわしいものだったと言い切れますか?」

 

 

 

 そんな会議の前に生徒会室前の廊下で声をかけてきた生徒がいた。

 

 コイツは1年Cクラスの一之瀬帆波。

 

 俺が生徒会に手引きしてやった恩義も忘れて、たびたび意見してくる可愛げのない女だ。

 

 見た目だけなら100点満点をくれてやってもいいが、それ以外はまったくダメダメ。

 

 Cクラスの分際でよく俺に意見出来るな。

 

 たいした実力もないくせに堀北先輩みたいな理想を掲げやがって反吐が出る。

 

 

 

「一之瀬。事件を揉み消したのは校内の混乱を防ぐための最善の措置だ。表に出れば双方の生徒の人生に傷がつく。それを俺の実力によって防いだだけなんだよ」

 

 

 

 だから適当に言いくるめてやろうと思ったが、一之瀬ははただ首を横に振った。

 

 

 

「そうでしょうか。会長が守ろうとしたのは生徒の平穏ではなく、ご自身の完璧な生徒会長という立場だったように私には見えます」

 

 

 

 へえ、言うようになったじゃねえか。

 

 まあどうでもいいさ。

 

 今はお前の相手なんてしてる場合じゃないんでな。

 

 音声がアップロードされたスレッドも消して終わりだ。

 

 俺への不信は簡単には静まらねえだろうが、それも時間が解決してくれるだろ。

 

 不本意だがそれまでは大人しくしてるしかないな。

 

 まったく面倒なことをしてくれる。

 

 坂柳に龍園。

 

 お前らは絶対に潰してやるから首を洗って待っとけよ。

 

 一之瀬を適当にあしらって生徒会室に入ると、そこには凍り付いた空気が充満していた。

 

 生徒会メンバー全員が席に着いているが、誰も口を開かない。

 

 コイツらの視線は非難の色を帯びたまま俺に集中している。

 

 特に副会長である桐山の視線がうっとおしいな。

 

 アイツは何も言わないが、その沈黙こそが雄弁だった。

 

 本当に邪魔な男だ。

 

 俺は敢えて視線を無視するかのように平然とした態度を取り、自分の席に座って早速会議を始めようとする。

 

 だが…

 

 

 

「さて、今日の会議について俺から話がある――」

 

「お待ちください、南雲会長」

 

 

 

 狙っていたかのように話を断たれる。

 

 俺の言葉を遮ったのは坂柳だ。

 

 俺と堀北先輩の勝負を邪魔しやがったクソガキ。

 

 どうやらここでも邪魔をしてくれるらしい。

 

 

 

「今回の音声流出の件、生徒会長としてどのように責任を取られるおつもりですか?」

 

 

 

 責任だと?

 

 ハッ、笑わせるな。

 

 俺をさらに追い詰める気なのかもしれないが、もう鎮静化させるメドは立ってんだよ。

 

 

 

「これは些細なトラブルでしかない。スレッドを削除し、関係者に厳重注意すれば済むことだろ」

 

「些細なトラブルとは酷い言い様ですね。これはそんな簡単な問題ではありませんよ」

 

 

 

 だが坂柳は杖を床に打ち付けて音を鳴らし、強硬な態度をとってきた。

 

 その勢いに他のメンバーもざわめき始める。

 

 

 

「会長の実力とは裏で不正を揉み消すことなのですか? それが全校生徒に知れ渡った今、生徒会の信頼は地に落ちています。あなたは生徒会の権威を汚したことにまだ気づいておられないようですね」

 

 

 

 権威ねえ…

 

 コイツがこんなまともな事を言うとも思わなかったが、それ以上に権威という言葉が俺の胸に突き刺さった。

 

 俺が欲しかったのは堀北先輩の築いた権威ではなく、俺の実力によって全てを支配する絶対的な力だったはずだ。

 

 だが、現実はどうだ?

 

 今や俺の実力は傲慢な不正の代名詞となり、皆の目の前でその輝きを失っている。

 

 俺は一瞬、大声を上げて坂柳を黙らせようとした。

 

 今までそうしてきたように、自分に危険が迫る場面では恐怖と威圧で支配しようと。

 

 だが喉まで出かかった怒声は、奇妙なことにか細い震えに変わってしまった。

 

 

 

(何だ、この感覚は……)

 

 

 

 心臓がドクドクと不規則に脈打ち、手のひらに嫌な汗が滲む。

 

 坂柳や他の執行部メンバーの視線が、まるで鋭い針のように俺の皮膚を突き破り、精神を蝕んでくるようだ。

 

 

 

「……黙れ」

 

 

 

 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

 

 こんなことは今まで一度も経験したことがない。

 

 自分の精神状態に異常をきたしてるのは明白だが、対処の仕方も分からない。

 

 

 

「南雲」

 

 

 

 そんな精神的に不安定な状態で、横から静かに声がした。

 

 桐山だ。

 

 

 

「この件は時間をかけて生徒会全体で対処する必要があるだろう。お前が単独で事を荒立てても今は火に油を注ぐだけだ」

 

 

 

 あからさまな忠告。

 

 それは「お前一人ではもう手に負えない」という宣告だった。

 

 だが何故だ?

 

 なんでそんな話になる。

 

 時間をかけて生徒会全体で対処する必要なんてどこにもないだろ。

 

 スレッドを消して、投稿した奴を特定して退学させて、それだけでこの話は終わりなはずだ。

 

 だから不自然な発言をする桐山の態度が、俺の心の奥底に眠っていた不安を呼び起こした。

 

 

 

(桐山……もしかしてお前もこれまでの流れに関与していたのか?)

 

 

 

 混合合宿は分からないが、その後の出来事は俺の足を引っ張るものばかりだった。

 

 しかも全て意図的に仕組まれてた可能性が高い。

 

 コイツは俺と同学年で入学時にはAクラスだったやつだが、俺に引きずり降ろされてBクラスに転落したクラスのリーダーでもある。

 

 だから反旗を翻そうとしてもなにもおかしくないな。

 

 そんな桐山に強引に主導権を握られようとしている。

 

 俺は会議中、ほとんど何も発言できなかった。

 

 かつての俺ならどんな反論も詭弁も論破して、自分の正当性を無理やりにでも押し通しただろう。

 

 だが今は過度なストレスが原因なのか知らないが、理解不能な精神状態のせいで頭が真っ白だ。

 

 次から次へと飛んでくる非難の声、疑惑の視線が、俺の思考力を奪っていく。

 

 会議が終わり、生徒会室を出たときには、夕日が差し込む廊下がやけに薄暗く感じた。

 

 誰もいない廊下を歩きながら、俺は自分の胸に手を当ててみる。

 

 心臓がうるさいほど脈打っているな。

 

 まだ異常事態は収まらないか…

 

 これまでの学園生活は完璧なはずだった。

 

 堀北先輩を越え、この学校の頂点に立ち、全ての生徒を俺の実力至上主義の元に支配する。

 

 その筋書きは揺るぎないものだったはず。

 

 なのに今はこのザマだ。 

 

 混合合宿での誤算。

 

 選抜試験での不覚。

 

 そして、この裏切りとも言える音声流出。

 

 ははっ…笑えるな。

 

 まるで見えない何者かに砂の城を崩されているようだ。

 

 

 

(まさか堀北先輩の策略か? ……いや、あの人にこんな芸当はできねえ)

 

 

 

 脳裏に浮かぶのは、坂柳、龍園、桐山、それに橘先輩も怪しいな。

 

 一番怪しいのは坂柳だが、うまく頭が回らない。

 

 だが全身に悪寒が走った。

 

 背中に冷たい汗が伝う。

 

 もし、もしもこの一連の出来事が全て誰かの計算の上で起こっているとしたら?

 

 俺は堀北先輩でも、坂柳でも、ましてや龍園でもない、得体の知れない存在に踊らされているとでも言うのか?

 

 俺の築いた実力至上主義は誰かの掌の上で遊ばされていた、滑稽なピエロの芸だったのか?

 

 校舎の窓に映る自分の顔を見る。

 

 そこにいたのは威厳に満ちた絶対的な生徒会長ではなく、目の下にうっすらとクマを作り、表情が引き攣った追い詰められた一人の生徒だった。

 

 

 

「ふざけ、るな……」

 

 

 

 声が震える。

 

 喉の奥が張り付いたように渇いている。

 

 今まで全ての勝利は、俺の絶対的な実力によってもたらされたものだ。

 

 それを今更、誰かに否定されるなんてあってたまるか。

 

 俺は立ち止まらない。

 

 そうだ。

 

 まずは目の前の火を消さなきゃならねえ。

 

 スレッドを消し、生徒会のやつらに再び忠誠を誓わせる。

 

 そして首謀者を見つけ出し、徹底的に叩き潰す。

 

 龍園か、坂柳か、それとも――

 

【挿絵表示】

 

 ほんの一瞬だが、脳裏でふっと見覚えのある無表情な顔が笑ったような気がした。

 

 

 

(クソッ、クソッ、クソッ……!)

 

 

 

 握りしめた拳の爪が、掌に食い込む。

 

 痛い。

 

 だがその痛みだけが、今、俺が確かに存在し、まだ支配者でいられる唯一の証のような気がした。

 

 冷たい風が窓ガラスを叩く音だけが、俺の荒い呼吸と心の中の軋みを嘲笑うように響いている。

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 数日後、掲示板の炎上事件はなんとか鎮火させたが、生徒会緊急会議の招集がかけられることになった。

 

 その会議の目的は、皮肉にも俺自身が設けた規定に基づいて決定されたらしい。

 

 

 

「万一任期中不適格だと判断された人材がいれば、会議にて多数決を行い、それをもって除名とする」

 

 

 

 これは堀北先輩の築いた盤石の生徒会を、より俺の意向に沿うよう絶対的な実力を担保するために設けた規定だ。

 

 まさかその規定が自分自身を切り捨てる刃になる日が来るとは、当時の俺は夢にも思っていなかった。

 

 俺は自らの議長権を一旦剥奪され、会議の進行役は副会長の桐山に任せられている。

 

 

 

「それでは、生徒会長・南雲雅の『生徒会長としての不適格性』について今より採決を行う」

 

 

 

 桐山の声は生徒会室の張り詰めた空気を切り裂くように響いた。

 

 

 

「南雲雅が生徒会長に不適格だと思う者は手を挙げろ」

  

 

 

 俺は今まで意のままに操っていたメンバーたちの顔を見つめた。

 

 コイツらは俺の力に従っていただけで、俺の理想に心酔していたわけじゃない。

 

 特に最近入ってきた1年生どもは職務には忠実だが、一之瀬や坂柳みたいに生意気な奴も多い。

 

 ここでも俺自身が設けた生徒会役員を常に入れ替えるという規定が仇になってしまう。

 

 反旗を翻すように坂柳が真っ先に手を挙げる。

 

 次に一之瀬。

 

 それにつられるように一人、また一人。

 

 その手の動き一つ一つが、俺の築き上げた権威の土台を崩していく。

 

 そして無情にも結果が告げられる。

 

 

 

「……以上をもって、賛成票は過半数に達した」

 

 

 

 桐山は淡々と、まるで天気予報でも告げるかのように言った。

 

 コイツはもともと俺の敵だ。

 

 たぶん心の中じゃ笑いが止まらねえんだろうよ。

 

 

 

「よって生徒会長・南雲雅は、生徒会規定に基づき生徒会長の職を解かれる。もちろん生徒会からも除名だ」

 

 

 

 ふざけやがって…だが甘いな。

 

 そんな簡単にこのポジションを譲ってやるほど俺は往生際が良くねえんだ。

 

 

 

「待て!」

 

 

 

 俺は椅子を蹴って立ち上がった。

 

 今まで誰にも見せたことのない、焦燥と恐怖に歪んだ表情を晒しながら。

 

 

 

「ふざけるな!この採決は無効だ!俺は…俺は誰よりもこの学校の実力主義を体現してきた人間だぞ!たかがあんな些細な…たかがネットの戯言で俺の功績が全て水の泡になるのか!」

 

 

 

 俺の声は震えていた。

 

 生徒会長という仮面は既に剥がれ落ち、そこにはただ権力を失うことへの恐れを抱くだけの無様な俺がいる。

 

 だが、認めるわけにはいかない。

 

 堀北先輩からようやく奪い取った椅子なんだ。

 

 そう簡単に諦めてたまるか。

 

 とにかく考えられる言い訳はなんでも使ってやる。

 

 

 

「あの傷害事件の揉み消しだって…あれはそうだ!あれは将来的な学校への貢献を見越した投資だ!生徒の心理的な安定を買ったと思えば、俺の行動は生徒会長としてなにもおかしくない!」

 

 

 

 言い訳は支離滅裂になり、言葉が上滑りしていくのが自分でも分かる。

 

 だが俺は止まれない。

 

 勢いに任せてクラスメイトでもある生徒会のメンバー1人1人を指差した。

 

 

 

「お前たちだって俺の力に守られてきただろ!俺がいなきゃAクラスの地位はいつ崩されてもおかしくない!俺がいなければ、誰がお前たちを、お前たちのクラスを守ってやれるんだ!」

 

 

 

 視界の端に一之瀬の顔が映った。

 

 アイツは俯いている。

 

 俺のみっともないまでの醜態をこれ以上見たくないというように。

 

 桐山はそんな俺を冷たい目で見据えたまま一言も発しない。

 

 アイツの表情は「もう遅い」と語っている。

 

 

 

「南雲会長」

 

 

 

 桐山が俺の叫びを遮るように、静かに、だがはっきりと口を開いた。

 

 

 

「決定は規定に基づいて、多数決によってなされた。覆ることはない」

 

 

 

 桐山は俺のブレザーに飾られた、生徒会長の象徴である重厚な金属製のバッジを指し示した。

 

 

 

「……どうかそれを置いて速やかに退室してください。前会長」

 

 

 

 俺の言い訳は誰の心にも届かず、ただ空虚な生徒会室に響き渡るだけ。

 

 俺は全身の力が抜け落ちたように、崩れるようにバッジを置く。

 

 その瞬間、俺の絶対的な世界は音を立てて終焉を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

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