5月1日。
オレ達は入学してから2度目のポイント支給日を迎えていた。
今日もいつも通りホームルームを告げる始業のチャイムから始まったわけだが、そこに現れた茶柱はいつになくご機嫌だ。
「これよりホームルームを始めるが、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるのなら今のうちに聞いておくといい」
明るい声色で問いを投げかけてきたが、その問いの意味するところを理解しているオレ達にとっては時間の無駄でしかない。
だからそれに反応する声も当然ない。
入学初日、茶柱の説明を聞いて「毎月10万もらえる」と勘違いしたクラスのままだったら、今は阿鼻叫喚の地獄絵図だっただろう。
だがオレ達は違う。
春麗のおかげで早々にこの学校の仕組みを理解し、対策を講じてきた。
だから今さら質問することなど何もない。
「よろしい。では早速本題に入ろう」
それにも関わらず茶柱はご機嫌なままだ。
オレ達にクラスと数字が大きく書かれた用紙を自慢気に見せつけてきた。
Aクラス:940
Bクラス:740
Cクラス:490
Dクラス:880
この数字が意味するところにも大体察しが付くが、一応みんな茶柱の説明に耳を傾けている。
その様子を見てアイツはさらにご満悦だ。
そのままオレ達に詳細な説明を始めた。
まずはポイントについて。
各クラスの横に書かれている数字がCP――クラスポイントと呼ばれるもの。
これは日々の授業態度や行事、その他突発的なイベントの結果次第で増減する。
そしてそのCPを100倍したものが毎月生徒に支給される。
ちなみに生徒が所持しているポイントをPP――プライベートポイントと呼び、このPPが直接増減するイベントも存在するらしい。
先月のオレ達の評価は880CP。すでに今月分として支給されているPPが、CPを100倍した8万8千だ。
授業態度は早々に改善されたが、元々が不良品なオレ達に完璧を求めることはできない。
いくら真面目に取り組んでも授業中に睡魔に襲われることもある。
オレ達はオレ達なりに頑張ったが、レベル的にはまあこんなもんなんだろうな。
おかげでAクラスに負けていて特別いいようにも感じないが、Dクラスにとっては割とすごい事でもあるらしい。
「これでお前らは今日から晴れてBクラスだ。おめでとう」
別に褒められて嬉しくないわけではないが、いつもの茶柱らしからぬ態度に多くの生徒は困惑ぎみだ。
なにしろ普段のアイツは感情を表に出さない冷徹な教師だからな。
それが今日に限っては、まるで別人のように上機嫌だ。
よほど嬉しかったんだろう。不良品と呼ばれるDクラスが、初月でBクラスに昇格したのだから。
ただ発表はそれだけではなく、実は1週間前にひっそりと行われていた小テストの結果も発表された。
こちらの結果はまあ酷かった。
本来の試験であれば赤点になってた生徒が7人もいたらしい。
そもそも不良品が集められたクラスに学力を期待されても困るが、実力至上主義をうたうこの学校で言い訳は通用しない。
今回の小テストは評価に影響を及ぼすものじゃなかったが、今後の定期試験で赤点を取れば有無を言わさず退学。
そして退学者を出したクラスはペナルティとしてCPを減らされるらしい。
なんとも過激な処分内容だ。
赤点取っただけで退学とはな。
オレと春麗はこのことも知っていたが、他の生徒はかなり驚いている。
教室内がざわめく中、茶柱は最後にオレ達に忠告をした。
「中間テストまで後3週間ある。じっくりと熟考し退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している」
そうカッコよく締めくくったつもりなんだろうが、アイツの顔は喜びを隠せていない。
本来なら愛想のいい教師が理想であるのだろうが、どうにもオレは慣れないな。
だが他の生徒には好評だったようだ。
退出する茶柱を見届けると、みんなから次々と称賛の声が上がった。
「なんか今日の佐枝ちゃん可愛かったな」
「おう、いつもあんな感じでいたらいいのにな」
真っ先に反応したのは池と山内。
お前ら佐枝ちゃん呼びなのか。度胸だけは認めるぞ。
「お前らとか言ってるのに顔ニッコニコだし、超可愛いんだけど」
「ねえ。アレもギャップ萌えってやつ?」
続くように佐藤と松下。
ギャップ萌え……なるほど、そういう概念があるのか。
「もしかして僕たちがいい成績を収め続けたら、彼女もあんな感じでいてくれるのかな?」
「ええ~! なにそれ! もしそうだったらヤバイんだけど」
最後に冗談半分で言った平田とそれを馬鹿にする軽井沢だったが、オレ達はその言葉でふと気づいてしまった。
教室内に一瞬の沈黙が訪れる。
そして――
「「「「「ちょっと見てみたいかも」」」」」
クラス全員の声が、見事にハモった。
いや、正確には全員ではない。
高円寺は我関せずと髪を弄っていたし、春麗は呆れたような顔をしている。もちろんオレはいつも通りの無表情だ。
だがそれ以外の生徒は、男女問わず同じことを考えていたらしい。
茶柱佐枝の笑顔をもっと見たい。
それがこのクラスの総意となった瞬間だった。
◆ ◇ ◆
この日オレ達はDクラスからBクラスへと昇格したわけだが、ここで一つ問題が発生した。
クラスが変動するたびに呼び方を変えるのが面倒くさいのだ。
今はBクラスだが、このままいけばAクラスになる可能性もある。逆に転落してCクラスやDクラスに戻る可能性だってある。
そのたびに「元Aクラスの元Bクラスの元Cクラス」なんて呼び方をするのは馬鹿げている。
そこでオレ達は、クラス名を固定することにした。
問題はその名前だ。
平田が「みんなで決めよう」と提案し、様々な案が出された。
「チームD」「頭文字D」「Dの意志」……どれも微妙だ。
そんな中、春麗がボソッと呟いた。
「【クラス茶柱】でいいんじゃない?」
「「「「「それだ!!」」」」」
満場一致だった。
高円寺すらも「悪くないネーミングセンスだ」と親指を立てている。
問題は、クラス名を変更するには学校に申請が必要で、しかも20万PPという莫大な費用がかかることだった。
春麗は一瞬躊躇したが、オレが賭博で稼いだ臨時収入を使うことを提案した。
こんなことにポイントを使うのは馬鹿げているかもしれない。
だが、クラスの士気を高めるためなら安い投資だ。
それに――正直、茶柱の反応が見てみたかった。
「行くわよ、綾小路君」
「ああ」
行動力の鬼である女王が、爆速で職員室へと向かう。
オレもその後を追った。
職員室に到着し、春麗が申請書を提出する。
新しいクラス名の欄には、堂々と【クラス茶柱】と書かれていた。
それを見た茶柱の反応は――
「……お前ら、何を考えている」
プルプルと怒りに震えていた。
さっきまでの上機嫌はどこへやら。眉間に深い皺が刻まれ、こめかみには青筋が浮かんでいる。
だが申請は正式な手続きを踏んでいる。拒否する権限は茶柱にはない。
「正式な申請ですので、よろしくお願いします」
春麗は涼しい顔でそう言い放った。
さすが女王。度胸が違う。
茶柱は無言のまま申請書を受理し、震える手でハンコを押した。
その横で、たまたま居合わせた星之宮が腹を抱えて笑っていたのは余談だ。
「クラス茶柱だって……っぷ、あーはっはっは! 佐枝ちゃん、良かったじゃない! 生徒にこんなに慕われて!」
「黙れ……!」
歯を食いしばる茶柱と、それを見て笑う星之宮。
オレと春麗は、その貴重な光景を目に焼き付けながら職員室を後にした。
こうして、【クラス茶柱】が正式に誕生した。
茶柱佐枝の笑顔を見るために、オレ達は今後も精進していくことになる。
……なんだか目標がおかしな方向にずれている気もするが、まあいいだろう。
モチベーションは何であれ、結果を出せばいいのだから。
―1年5/1時点CP―
Aクラス:940
クラス茶柱:880
Cクラス:740
Dクラス:490