虚圏の黒蟻   作:LieND

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教育と躾け

チークは物覚えが非常に良かった。あるいは音楽に対する執着がそうさせるのかもしれない。

今彼女の周囲には霊子によっていくつかの『線』と『板』と『管』が造形され浮かんでいる。それを適宜振動させることで様々な音が生まれ和音として辺りに広がる。

見た目こそ簡素ではあるがコレらは歴とした楽器であった。

 

「うん、素晴らしいよチーク。君は漸く音楽を取り戻した。」

「あ、ありがとうごさいます!!王様のおかげですぅ!」

「うん、まだ王様じゃ無いからその呼び方はやめようね。」

 

素直にコレは褒め称えるべきだろう。なにしろ私は音楽に対してまるっきりの素人なのだから音のチューニングなんて作業はできるはずもない。

霊子の収束による造形術を教えてから先のことは全て彼女が独自にやり遂げたことなのだ。

ましてや彼女は耳を持たない。音が身体を伝い全身を震わせるその感覚を頼りに全てをやり遂げたのだ。

尤も私は讃えるべきとは思っていても驚くべきとは思っていない。なにしろ出会った時から彼女は耳がないことを感じさせないほど自然に会話を成立させていたのだ。音に対するセンスは恐らく虚圏どころか尸魂界や現世を含めても頂点に立つのではないだろうか?

もはや私の助けが必要とも思えないほどの成長を遂げた彼女だが私から離れる気はさらさら無いようだ。なにしろ私がうっすらと覚えている曲を鼻歌で歌っているとすぐに擦り寄ってきて「その曲は一体なんですか!?」

と質問攻めにして何度も歌わせて正確に採譜していくのだ。

大体がうろ覚えなのだから無茶させないでほしい。

 

そんなふうにチークと二人きりになることが多い一方でセンチネルは単独行動が増えていた。

彼は彼で私がチークに造形術を教え込むのを傍で見ていただけでほぼ完全に会得し独自に用途を検討して実戦に持ち込んだのだ。

その特徴としてはむやみやたらと大量の武器を同時に造形し自在に操るというものであり、そういった器用さの領域では私を遥かに超えていると思って良いだろう。

そうして戦力を遥かに増した彼は単独で虚圏を駆け回り中級大虚を半殺しにしては連れ帰ってきていた。要するに『食料調達』である。

虚なんて死んだら霧散する存在なので私たちの腹に収まるまでは生きていてもらわないと困るのだ。

そんな訳で今日も今日とてセンチネルが半殺しの中級大虚を連れ帰ってきたのだがいつもとやや様相が違う。

半殺しにされた獲物は普段なら糸で縛られて引きずられているのが常なのだが今回のそれは自らの足で立って歩いているように見えた。

……いや語弊があるな。アレは自ら立っているとは言い難い。

センチネルが上空に形成した霊子の塊から無数の糸が伸び全身に接続されあたかもマリオネットの如くその脱力した肉体を操り歩かせているのがわかる。

乱装天傀じゃ無いかアレ?記憶が正しければ滅却師の最高戦闘霊術とかなんとかだったはずだがそれを他人に行使しているのか?

 

「私は君の評価を上方修正することにしたよ。」

「お褒めにいただき恐悦至極に存じます。」

 

うん、君のバケモノぶりとしての評価なんだけどね。とは口に出さないでおく。

私は余計なことは言わないし彼も余計なことは聞かないよくできた関係だと思う。

 

「それで、いつもと扱い方が違うんじゃ無いかいソレ。」

「はい、当初は喰らうつもりでしたが存外に見どころがありましたので恐れながらミケラ様にお目通り頂きたいと思い連れ帰ってまいりました。」

 

乱装天傀の糸が切れ支えを失ったその虚がその場に崩れ落ちる。

うまく調整されたのかその姿勢は跪いているかのようだ。

 

「さあ自己紹介なさい。声帯は潰れていないはずですよ?」

「スピア・ヴェスパ・ピアッサだ……です。」

 

センチネルに睨まれて慌てて言い直したスピアの姿は蜂に似ている。

尤も半透明の羽は穴が開き鋭かったであろう針はポッキリと折れて無残なものだ。

 

「それで、彼は何ができそうなんだい?」

「私の剣を受け止めるほどの盾の形成が出来ましたのでミケラ様の御身を護る近衛に良いのでは無いかと思いまして。」

「あ、止めたのか?アレを?」

「ギリギリでしたが止めましたね。」

 

センチネルの剣は剣の形をしているだけでその本質は質量爆弾による爆撃に近い。

重く濃密に凝縮された剣状の霊子塊を雨霰と降り注がせれば有象無象は大抵なす術なくボロ雑巾になるのだ。

尤もセンチネルの戦術としてはコレは初歩でありさらに何段階かのその先があるというから恐ろしいものだ。

 

「なるほど、どうせなら彼にもしっかり術を教えてあげたほうがいいかもね。」

 

 

***

 

 

センチネルと名乗る虚に連れられて対面させられたそれは控えめにいって桁の違うバケモノだった。

そもそもセンチネルがバケモノなのだからその主人もバケモノだということだろう。

漆黒の仮面は見つめていると深淵を覗き込んでいるような不安感を覚えるしその背に備えた二対(・・)の羽はセンチネルが操っていた物が比較にならないほどの膨大な霊子の塊だ。

そしてその霊子の塊が霧散しないように捕らえ続ける霊圧もまた桁違いであり……平伏する他俺に選択肢などなかった。

 

「楽にしたまえよ。そんなふうに緊張していたら覚えられるものも覚えられない。」

 

そんなバケモノと俺は今2人きりで教えを受けようとしている。

 

「……良いんですか俺なんかに手の内を見せるような真似をして?」

「うん?それは教えたらそのまま叛逆するかもって話かな?」

「いや、俺にそんな気はないですけど用心の話としてですね?」

「その辺のリスクを考えるのはセンチネルの仕事で私は君に何かを教えるメリットの方を考えるのが仕事だ。そのセンチネルが何も言わないから私は好きにする。君もコレから学ぶことを好きに活かせばいい。」

「信頼なさっているんですね。」

 

なんともおおらかと言えばいいのか。反応に困っているとミケラ様と呼ばれていたそれは更に続ける。

 

「センチネルとは約束をしているんだ。彼が私を後悔させたら彼を喰ってしまってもいいってね!」

 

カラカラと笑う姿を見てやはりコレはバケモノだと認識を深くする。

となると俺も失望させるようなことがあれば喰われてしまうのかもしれない。緊張するなとは言われたがいよいよ俺に退路などないということを自覚せざるを得なかった。

 

教わった術の骨子は存外に単純であった。霊子を集めて霊圧で固めるその単純な術が思いの外難しい。

自分の体内の霊子であればそれは自分の支配下にあり比較的好きに操れる。体外の霊子も呼吸するようにして体内に取り込めば同様だ。

だが体外の霊子を体外に置いたまま操るというのが大変なのだ。

まだ誰のものでもないそれに強引に自分のものであるとラベルを貼り付けて支配する様な作業。

加えて練習中にミケラ様がそのラベルを上書きしてしまうのだ。

掻き集めて固めようとした側からミケラ様に奪われる!それも常に!

 

「ほらほら頑張って。私のそばでできる様になったらもう並大抵のことじゃ失敗しなくなるから。」

 

そういって横から奪った霊子を固めて何かを造形するミケラ様。それは青白く発光する小さな蟻だった。

中級大虚と比較するから小さく見えるだけで実際のところそのサイズはネズミ程度はあるだろう。蟻にしては大きい。

それが生きているかの様に動いているのだから驚きを禁じ得ない。

 

「えっ?はっ?」

「面白いだろう?私はコレをミニオンと名付けることにした。」

「みにおん。」

「私の霊圧で覆って私の霊圧で動かしているからな。放つ霊圧も当然私のものというわけでちょっとした撹乱に使えるわけだ。目で見るより霊圧知覚で戦況を判断する様な達人にはよく刺さると思うんだよ。」

 

結局ミニオンなる術の方の理論は俺には理解不能であると判断した。

リアルタイムで霊圧を操作し続けて生きた虫の動きを再現するとか真っ当な頭でできるものではない。

それをミケラ様は何匹も作っては辺りに放つのだからたまったものではない。

ミケラ様自身は作ったらあとは放置で動くなどと宣っていたがそんなわけはないのだ。その様な認識がまかり通るのならばそれはもう無意識下で制御ができているという事だ。

 

ミケラ様に絶対に逆らわない。

そう固く誓うには十分なインパクトを持った光景であった。

 

 

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