卯ノ花 八千流が去るより早くミケラはその場を後にする。
己の霊圧を抑え、ミニオンを各所にばら撒き撹乱しつつなるべく霊圧が薄くなる様にしていた地点の砂を掘り起こす。
ある程度距離を開けてはいたがどうにも私と卯ノ花の霊圧を受けて多少の憔悴は避けられなかったらしい。皆結界の中でくたびれた様に横たわっているがそれでも目に見えた外傷などはない。
そうして全員の無事を確認し終えたことでいよいよミケラの緊張の糸が途切れた。厳選し冷静と冷徹に努めていた人格の仮面が崩れ従来の在り方に立ち返ってゆく。
「……良かった。」
ミケラが言ったのかもしれないしチークが発した言葉だったかもしれない。
あるいはセンチネルかスピアが思わずこぼしたのかもしれないそれはともあれ全員の胸の内をありのままに示した物であった。
***
被害なく、犠牲なく事態が過ぎ去って暫くして、仲間たちから数歩離れた位置でスピアが何処か遠方を見ていた。
「どうしましたかスピア?」
「センチネル……いや今回俺って役に立たなかったなって。」
「あまり思い上がらない方がよろしい。あの状況下で一体ダレが何の役に立てたと言うのか。」
「……だよなぁ。」
センチネルの励ましともつかない言葉にスピアが深くため息をつく。
「ミケラ様は命は等価なんて言ってたらしいけどさ、今回の顛末を経験してそう思えるほど俺は身の程知らずじゃねえよ。」
「当然です。ミケラ様は何れ王になるお方。等価であるはずがない……その様な侮りがミケラ様自身であっても許されるはずがない。」
「俺は役に立つ様になるぜセンチネル……いざとなったらあの人の意思を無視してでもあの人を守れる様になる。ならないといけねえ。」
「……今回の一件がアナタの意識を変える一助になったのならば全くの不幸というわけでもなかったのでしょうね。」
「その辺の判断は結果が伴ってからにしてくれや。」
そう言って二体の虚は束の間笑い合った。
「失礼、君たちは黒い霊圧を知らないかな?」
ふと笑い合う誰のものでも無い声が割って入った。
「私はアレの主にお会いできればと思ってやってきたのだがね。」
災厄が過ぎ去れば新たに訪れる者がある。
そして彼の訪れが新たな日々の幕開けとなる。
***
その日やってきた虚は実に奇妙な姿をしていた。
全体的なシルエットは人型に相当するのだろう。しかしその全身は燻んだ金色の甲殻に覆われ背には丸みを帯びた鞘翅と半透明の後翅が備わっている。
四肢はやはり昆虫的な造形をしており指先は鉤爪のように鋭かった。
虚である事を示す仮面はヒトの骸骨を模った物には違いないがその眼窩に相当する箇所には大きなレンズが嵌め込まれ虫の複眼を想起させる。
敢えて言い表すのならばやはりコガネムシという事になるのだろう。
彼と対面するとレンズの奥でその目を細め、ほうと呟きその鉤爪で腕の甲殻を掻き毟り始める。
「名乗りなさい。そして何ができるのか申告を。」
「アウレウス・スカラ・ハイラットと申します。錬金術師でございますれば。」
センチネルに促され自己紹介するアウレウス。その返答にセンチネルが仮面の下で顔を顰めた。
「ミケラ様追い返しましょう。」
「また随分と判断が早いね?」
「錬金術師というのは総じて詐欺師か、でなければ狂人の集まりです。」
「真っ当な学者という区分が抜けてるね?」
「真っ当な錬金術師というモノが居たとは寡聞にして存じませんでした。」
どうにもセンチネルの不信感は相当に根深そうだ。
そばに控えるスピアの目も疑わしげなそれでありチークに至っては霊子で文字通りに壁を作って縮こまっている。
「仕方がない。少し試すけど構わないかなアウレウス?」
「試すに値するとおっしゃっていただけたなら幸いですとも。」
そう返事をするアウレウスはしかし私を見てはいない。
私の背後。私が収束させる霊子の渦とそれによって生まれる羽を見て更にガリガリと自らの甲殻を削っていた。