大して苦労することもなく最下級大虚を鏖殺した私はその骸を山と積み上げ無心で貪っていた。
というのもコイツら黒衣を剥ぐと普通にちょっとヒトっぽい構造をしているので食うのに思ったより抵抗感が湧いてくるのである。
とにかく意識したくないので心を虚無に近づけてひたすら貪る。
そうして貪るうちに体に変化が現れる。
……体というよりは自分の纏っている黒衣が変化しているのだろう、いつの間にかソレが硬い殻の様なものに変化しておりさらにはどんどんと縮み始めていたのだ。
全身を覆うそれが硬く縮むものだから当然中で自分自身の体も圧縮され始めるのでとても窮屈なのだがどういうわけか痛みのようなものはない。
既に殻に全身を圧縮され二回りから三回りほどは縮んだというのに身動きが取れないだけでどうにも危機感というものが湧いてこない……いや痛みがないのはともかく動けないのは結構な危機だな?
慌てて辺りを見回す。どういった身体構造になっているのかはわからないがとにかく頭だけは動かせるようで周囲警戒くらいは出来るようだ。
それが何の慰めになっているのかと言えば何にもなっていないのだが木陰からそれがズルズルと這い出してくるのだけは見てとることが出来た。
巨大な百足だ。大きな鋏を持った虫と髑髏を掛け合わせた様な仮面と胸部の孔からそれが虚…おそらくは中級大虚であると見て取れる。
相当に不味い。動けないのだから最悪の場合はそのまま奴に喰われるしか無い。
「やぁ、そこのキミ実に災難だったな。」
「おぉ、まさか話しかけてくるとは思わなかった。それで災難というのは?」
「見たままだろう?せっかく最下級から中級に進化できたというのに身動きすらままならない有様ではねぇ……いや本当にそんなことになっているのは初めて見るんだがどうなっているんだいそれ?」
何やらフランクに語りかけて来た百足はそのままズルズルと長い体を引きずりながら私の周りを観察する様に一周回ってからやがて積み上げられた食べ残しの最下級大虚に喰らい付く。
「ああ、やっぱりダメだギリアンでは薄くて仕方がない。」
「他人の食べ残しに勝手に喰らい付いて好き勝手いうじゃないか。」
「まあそう怒らないでくれたまえよ、ワタシとキミの仲ではないか。」
「まだ出会って数分の仲だろう図々しい。私には生前の記憶と言うものがほとんどないが、お前ほど図々しい奴というのはおそらく見たことがないのではないか?」
私の指摘にも怯まずカラカラと百足は笑った。
「キミは知らぬだろうが我々はこの上なく深い仲になるのだよ!」
「うーん、お断り願いたいが?」
「キミにとっては残念だがそうはいかない!我々は一蓮托生になるのさ、ワタシがキミを喰らって一つになることでねぇ!」
そういって百足が私に飛びかかりその鋏のような顎で胴回りの殻に噛み付く。
「文字通りに歯が立っていない様に見えるが大丈夫か?それでは私を食べる事など出来ようもなさそうに見えるが。」
「ぬう……これはなんたる強度の
だが百足もこの程度で諦めるほど聞き分けが良い性格はしていない様でその長大な体で私にグルグルと巻きつき始める。
「フフ…こう見えてワタシは頭を使って生き延びて来たクチでね……殻が硬いなら割って中身を頂くとしようではないか!」
幾重にも巻きついた百足が万力の様に全身を締め上げていくのを感じる。
直接噛み付かれた際には小揺るぎもしなかった殻からはミシミシと軋むような音が鳴り……しかしそれまでであった。
「ぐっ!?……ぬう!」
それでも百足が全身全霊を込めて締め上げようとすれば遂には彼の方が全身の関節から血を吹き出しながらギブアップしてしまう。
「力を込め過ぎて自壊したというわけか?」
「ば…馬鹿な…!?」
苦し紛れなのだろうか、巻きつき自体は続けたまま百足らしく備えたその無数の脚爪で私の殻を引っ掻いてはいるがコレも全く問題にはならない。
とはいえコチラとしても文字通り手も足もでないのでどうにもならない。
どうにもならないのだからここはもう手足以外のものを出すしかないだろう。
グリン!と頭部をほぼ180度回転させ背後から殻に齧り付いていた百足の顔を見据える。
「さて、一応聞いておこうか。お前の名は?」
「ワ、ワタシはセンチネル・セクト・スタンピードだ。なぜ突然ワタシの名を?」
「いや、言葉が通じるなら一応聞いておこうというだけのことだよ。では……さようならだ。」
そう言って鋏状の顎の狭間に意識を集中させると周囲空間を漂っていた霊子が甲高い音と共に収束し始める。
「ヒッ!?」
短く悲鳴をあげたセンチネルは即座に巻きつきを解除し飛退れば先程まで彼の頭が存在した空間を一条の光が通り過ぎた。
完全には躱しきれなかったのか仮面の頭頂部がややへこみそこから白い煙が立ち上っている。
「おっと当てられなかったか。そうなると困るね君は私に歯が立たず私は君に手も足も出ない……千日手と言うやつか?」
どうにかこの事態を動かせないかとしばらく考え込むがその間センチネルは何もしてはこなかった。
ただその長い体をまっすぐに伸ばしただコチラをまっすぐに見て動かずにいる。
どれだけ時間が経っただろうか?やがて私の体から異音が発せられる。
パキパキと何かにヒビが入る様な音に思っていたよりも殻にダメージを受けていたのかと焦るが体に痛みはない。むしろ体を締め付ける圧迫感からの解放を感じる程だ。
試しに特に解放されたと感じる背中に向けて体を捩れはズルリと中身が解放されるのを感じた。
なるほどつまり私は文字通りに蛹だったのだ。そしてたった今羽化することに成功したのだ。