──僥倖であった。
最下級から中級への昇格を果たした直後というのは強くなったにもかかわらず弱くなったとも言えるタイミングである。
最下級が大まかに巨大なヒト型の姿であるのに対して中級のそれは多種多様な生物を模した物になるからだ。その身体構造の差異に適応する前のタイミングというのはどうしても幾許の隙というものを孕む。
ましてや目の前で昇格を果たしたソレの象る姿は虫の蛹に似た物だったのだからソレ以前だ。
自ら纏った硬い殻に拘束されて動くことすらままならない哀れな獲物。
……その筈であったのにどうしてこうなったのだろう。
黒檀の如き甲殻はワタシの牙を通さず、継ぎ目のないその身体を締め上げたところで先にワタシの身体の継ぎ目が裂ける。
それならば
ワタシの頭を掠めて放たれたその閃光のなんと禍々しく神々しい事だろうか、
やがてその蛹はついに羽化へと至る。現れるのはさらに艶を増した黒い甲殻にその身を覆われた巨大な蟻。
その三対の脚の内で後脚に相当する一対は蟻よりも寧ろ飛蝗にも似て大型に発達しており、その背には周囲の霊子を際限なく収束し続ける青白く光る一対の羽根がはためいている。
感じる霊圧は相も変わらず中級大虚のそれのままだが果たして最下級から蛹を挟んで中級へ至る大虚が今まで存在したであろうか?
蛹とは生命がより完成された姿へ至るための中間の姿であるとワタシは考えている。ならば目の前のそれは中級大虚であってもこれまでの中級大虚とは完成度というものが違う存在なのではないだろうか?
その姿を見てワタシは無意識に平伏していた。
ワタシはきっと中級大虚で終わる存在だ。だがアレは違う、中級大虚を超えてその先の最上級へと至る。
アレは王になる。あの方を王へと至らせねばならない。
そんな思いが胸のうちに湧き上がり気付けば口を開いていた。
「我が身の不敬をお詫び致します高貴なる方よ、重ねて無礼を承知でお聞かせ頂きたい……アナタ様のその御名を。」
それはしばらく考え込むようにして首を傾げて、やがて何かを思いついたようにして口を開いた。
「ミケラ・フォルミカ。私はそう名乗ることにしよう。」
「ミケラ様……良い、良い名であります。」
──僥倖であった。
多くの虚が自ら存在する意味さえ定義できない中で、ワタシは確かにそれを定義することができたのだから。