虚圏の黒蟻   作:LieND

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傾向と対策

状況は恐ろしく面倒だった。

中級大虚の使用に耐えうる楽器を複数製造しそれを納める木箱すら製造できるだけの木材を産出した樹木となればそれなりの巨木……それなりに手入れをされるかあるいは特別視されていてもおかしくはない物だ。それをどこぞの虚に切り倒されて奪われたとなれば面子は丸潰れだろう。

現状で尸魂界の技術がどの程度のものかはわからないがもし霊圧から対象の虚を特定できる様な手段があったならば、そうでなくてももし強奪の瞬間を向こう側に目撃されていたならばまず目を付けられているに違いないだろう。

 

「ワタシは反対ですよ。彼」

「あっ彼女です。」

「どうでもよろしい!……彼女を身内として取り込むのは現状リスクの方が高い。」

 

……案外図太いな彼女。

しかしセンチネルが言う通りリスクは高い。だがそれ以上の価値を彼女に感じているのも確かであった。

 

「センチネル、彼女自身が言ってくれた様にこの虚圏には音楽がない。」

「ふむ?」

「つまるところ彼女は無いモノを作れる人材だ、お前もその価値がわからないで宰相を名乗るほど蒙昧では無いだろう?」

「しかし必需とは言えません。」

「いや、必需だよ。娯楽は絶対に必要だ……なにしろ退屈は精神を壊すからね。何処ぞには退屈を凌ぐ為に群れを率いて方々に戦争を仕掛けて回る虚もいるという話だ。」

 

そう、虚圏の無味乾燥な環境は容易くそこに住まうモノ達の精神を蝕んでいく。それを凌ごうとして虚の本能である同族喰らいも相まって血で血を洗う闘争が起こるのだ。

平穏を得たいならばあらゆる娯楽が必要だった。

 

「さて、そろそろ君の名を聞かせてくれないかな?」

「えっと……チーク・カーラ・シーダです。」

「ではチーク?私は君のことが是非とも欲しい。けれども今のままでは君を受け入れることができそうも無い……君はどうすればいいと思う?」

「えっ?」

 

問いかけてやるとチークは頭を抱えてウンウンと唸り出す。

その様をセンチネルは胡乱げにみつめていた。

 

「彼女に考えさせるのですか?」

「大まかにはね、必要があればこちらで修正するけどまず自分で問題とその解決を考えさせるべきだよ。」

 

そうして彼女は私たちに見つめられながらしばらく唸り続けていたがしばらくすると姿勢を正してこちらを見つめ返してきた。

 

「考えはまとまったかな?」

「えっと……まず虚圏から出ません。」

「うん、それから?」

「虚圏でも極力裏方に徹して大人しくします。その間貴方様の為の歌を作り続けます。」

「うん、いいね。それから私から依頼があったらその通りに動いてくれるかな?」

「はい!」

「うん、約束できるね?」

「はい!」

「それは『音楽』に誓えるかい?」

 

一瞬チークが目を見開き言葉に詰まる。だが逡巡は本当にその一瞬だけであった。

 

「誓えます!だから私に『音楽』をさせてください!」

 

***

 

「それで、裏方で大人しくするだけで問題が解決するとお思いですか?」

「信じられないかい?」

「俄には。」

「それなりに理屈があるのさ……いくら尸魂界に面子があってもそれだけで動けるほど彼らの立ち位置は自由では無い。」

「と言いますと?」

「彼らは生と死の運行を司るバランサーだ、好き勝手に動けば容易く世界が崩れる。だから大きな動きにはそれなりに理屈と計画が必要だ。」

「大事に育てた樹木が持ち去られただけでは足りないと?」

「普通の虚が相手ならそれで動けたかもしれないけどね。ただチークは中級大虚だ。」

「ふむ?」

「知っての通り大虚は共食いの結果幾重にも折重なった虚の成れの果てだ。死神がコレを討伐すると言うことはそれを構成する魂魄が一気に尸魂界へと流れ込むことを意味している。」

「ああ、迂闊にさわれば天秤が一気に傾きかねないと。」

「まあ一体だけならばリカバリーも効くのだろうが……そこで彼女には裏に引いてもらう。」

「そうなれば彼女を討伐する為にまずワタシ達を倒さねばならず結果さらに余計に魂魄の流動が起きると。」

「そうやって尸魂界の動きを牽制しながら仲間を集めてしまえばそれこそ軽々しく手を出せない大虚の一団の完成というわけだ。」

「しかし、大虚の団体というモノそれ自体を危険視することもありうるのでは?」

「それにしても放置するリスクと討伐するリスクの天秤を計らざるを得ないさ。それでもし我々が現世や尸魂界に対して害を為さない大人しい集団であったならばだ。」

「討伐するリスクの方が高くなる。なるほど理解できました……となれば早急により多くの同胞を集めなくてはいけませんね?」

「だがチークのおかげでその辺も展望が持てるぞ?つまり音楽に限らず楽しいことを売りにしていこうじゃ無いか!差し当たって文筆家なんかも連れてきたいしチークにゲーム盤を作らせてもいいかもしれない。」

 

しかしセンチネルはそれでも疑わしそうにチークを見ている。

 

「最終的に、チーク自身のことが信じられないかい?」

「ええ、まあ。尸魂界から資材を強奪する様な考えなしを信用するのは難しいのでは?」

「ひえっ!?」

「ふむ、道理だな?チーク、ちょっと横を向いてもらってもいいかな?」

「はひぃ!」

 

チークが素直に横を向く。

当然彼女の側頭部がよく見える様になり、そこには大きな孔がぽっかりとその空虚な様を晒していた。

 

「コレは。」

「彼女が失くした中心(こころ)だ。正確には耳だな……チーク、君は音が聴こえてないな?」

 

びくりとチークが肩を震わせる。

 

「はい……音は聞こえないですけど音が体を震わせるのでそれで感じ取ることはできます。」

「虚によっては失われた中心はその形態に如実に現れる。彼女は虚に成るに当たって音楽こそを失ったのさ……だからこそ音楽を求めずにいられない。執着せずにはいられない。」

「ふむ……」

「だから私は『音楽』に誓わせた。彼女の執着は音楽を裏切ることを許さない。音楽を失うことを許容できない。だから、私が彼女の音楽を支援する限り命懸けで誓いを守るのさ。」

 

説明を聞き終えてセンチネルがため息を吐く。

 

「どうやらワタシも彼女もとんでも無く恐ろしい王に捕まってしまった様だ。」

「逃げてみるか?」

「今更ですな。」

 

─ワタシの生きる意味は既に貴方を王にすることなのですから。

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