チャンバラヒーロー“ザンテツ” 作:きりきりまい
それは確かに“運命”だった。
現在の全人口の8割が有する、個性という異能を持ち合わせる事無く生まれた少年は、しかし両親のみならず二人の両親、所謂少年の祖父母含めた家族からの愛情を受けて育っていた。
事が起こるのは、7歳の頃。父方の実家にある大きな蔵の中での事。
『成程。お前さん、無個性か』
「……だれ?」
昼食を用意している母と祖母の邪魔にならない様に一人でウロウロしていた彼はふと少し開いた蔵を見つけた。
興味本位で中へと足を踏み入れた丈瑠は、そのまま導かれるように、誘われるようにして蔵の奥へと足を進めて、
ソレは、刀だった。鞘に入れられる事無く抜身の状態で刀掛けに刃を上に向けた状態で置かれた代物。
表面には埃を被っている様だったが、その一方で埃に覆われた刃には一切の曇りも錆も欠けも見受けられない。
興味の赴くままにその刀の柄へと触れた丈瑠の脳内に響いたのが、先の老人の様な声だった。
『儂か?儂は…………はて、何だったかのう』
「ぼけ?」
『ボケとらんわ!儂は!儂は…………ううむむ。何だったかのう?』
「知らない」
頭の中に響く老人の声。声だけだが首をかしげているような雰囲気を感じて、丈瑠もまた首を傾げた。
そのまま互いに「『むむむむ?』」と首をかしげていれば、不意に老人の声が途切れた。
『まあ、良いわ。儂が何者であるかなど、些事じゃて』
「さじ?」
『大した事ではない、という事よ。それよりも、
「ん?やまぶきたける」
『やまぶきたける……ふぅむ』
「?」
老人の声が、再び何かを考える様に沈黙する。同時に、何故だか自分の体に視線が向けられているような気がして、丈瑠は首を傾げた。
かといって、何が出来る訳でもない。暇潰しに、丈瑠は改めて刀へと視線を向けた。
刀に対する知識などはない。だが、母の手伝いをした経験から丈瑠は刃物の危険さというものを知っている。
故に下手に触る事はない。強いて挙げれば指先で刀身の腹を撫でる位か。
小さな指先が埃を拭って、線が引かれた。
『
「ん?」
『儂は、今からお前に酷な事を言う』
「こく……?」
『儂は、儂自身が何者であったかを思い出せん。じゃが、儂は
「……?」
『お前さんはこれから、ヒーローになる事を運命付けられる。儂を振るい、敵を討ち倒す。辛く、厳しい道だ。その道中で二度とは戻らない手傷を負うやもしれん。その命を散らすかもしれん――――その上で、儂はお前さんに求める。英雄としての道を』
「…………」
魅入られる、というのはこういう事なのだろうか。
丈瑠は、話の内容。その一割も理解できているかどうか怪しい。
だが、一つだけハッキリしている事もあった。
「ヒーローに、なれる……?」
それは、諦めていた夢だった。
“
そこからは、無意識だった。
光に寄せられる虫のように、少年の手は刀の柄へと伸びる。
『――――契りは、果たされた。これより、我が身は貴公の刃となり盾となる。その道阻む障害の全てを、一切合切斬り拓いてみせよう』
幼い手に収まった刀は、まるで自分の体の一部化のように重みを感じなかった。
これが、始まり。一人の少年は、
8年後
「――――よしっ」
靴ひもを固く結んで、山吹丈瑠は立ち上がった。
学ランに身を包み、必要な道具を詰め込んだリュックサックを背負い。今日彼は、
「丈瑠」
「母さん」
背後から声を掛けてくるのは、彼の母親。
大らかな笑みを常に湛え、家庭を明るく照らす彼女は山吹家の月の様な人だった。
「頑張ってね。でも、無理はしない事。良い?」
「ん。分かってる」
頷く息子に、母は笑みを浮かべて一段下がった土間のお陰で同じ高さとなった彼の頭を撫でた。
その内心は、決して肯定的なものばかりではない。
母親として、夢を追う息子を応援したい気持ちはある。しかし、それと同時に様々な危険へと自らいの一番に飛び込んでいかねばならないヒーローという職に就かせたくない気持ちもあった。
誰が好き好んで、自分の愛すべき我が子を危険な世界に放り込みたいだろうか。
それでも、彼女はその複雑な内心を飲み込んで息子の背を送り出した。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
閉じられた引き戸の向こうに去っていく影。その影を見る目には、僅かな雫が見えた気がした。
母に送り出され、丈瑠は寒空の下で目的地へと向かう。
今日は、雄英高校の入学試験。それも、倍率三百倍の狭き門を潜り抜けねばならないヒーロー科の試験。
全国各地からやって来る受験生たち。丈瑠もその一人だ。
電車を乗り継いで、辿り着く雄英の校門。多くの子供たちが、緊張したように、或いは自信あふれる様子で戦いの場へと足を向けている。
「ん?」
人の流れに沿って向かおうとする丈瑠は、ふと気づく。
多くの受験生の中で、一際緊張した様子の少年を見つけたのだ。
緑色のもじゃもじゃ頭にそばかすの目立つ線の細い少年だ。ただ、その表情は緊張のし過ぎで奥歯を鳴らして顔は真っ青。
何かやらかす。そう感じ取って、丈瑠は微妙にポジショニングを整える。
案の定、彼は何も無い所で足を縺れさせ転びそうになってしまう。
咄嗟に支えようと手を伸ばした丈瑠だったが、その腕が支える前に少年の体はまるで重力から切り離されたようにふわりと浮かび上がっていた。
ピタリと足を止めて、丈瑠は腕を引く。
転ばなかったのなら気にする必要はない。丈瑠はさっさと受験会場へと歩を進めるのだった。
@
雄英高校ヒーロー科の入試試験は二段階に分けられる。
一つは、筆記。偏差値79というちょっと頭おかしいレベルを突破する必要がある。
ただ、実の所筆記自体を突破する生徒は珍しくない。というか受験生の半数以上はほぼ確実に突破できている事だろう。
問題は、もう一つの試験。
実技試験。
ヒーローは、荒事の職業だ。どうしても矢面に立つ関係上、その能力の一つに戦闘力を求められる。
勿論、相手次第の者も居る。対人特化の個性持ちなどは特にそうだろう。
『はい、スタートー』
気の抜ける合図と共に、黒いジャージに身を包んだ丈瑠は人混みの中から飛び出した。
後ろから視線を感じるが、気にした様子もなく彼は目の前に現れた数字の書かれたロボット群へと躍りかかる。
今年度のヒーロー科の実技試験は、三種類のロボットを破壊する事に因る得点稼ぎ。
1~3の得点が割り振られたロボットたち。そして、もう一種類のお邪魔ロボット。
「ブッコロス!」
「ブッツブス!」
「ブットバス!」
「……ヒーローを養成する学校で、この言葉遣いはどうなんだ?」
首を傾げながら、丈瑠が構えるのは左手。
指を揃えた張り手を弓を引くように腕を引き絞り、跳躍。ロボットの顔面へと勢いよく叩きつけた。
「
「ブッコ――――!?」
一応、受験生の力量で破壊できる程度の強度に留められたロボットの顔面は勢いよく陥没し、更に頭部を胴体へと埋め込んで沈黙。
そこから始まるのは、一方的な蹂躙劇だ。
山吹丈瑠の五体は、武器化と呼んで差し支えないレベルで鍛え上げられている。特に左腕は見た目は人のモノだが、振るわれれば棍棒の様な破壊力を有していた。
とはいえ、丈瑠の一人勝ちとはならない。
受験生たちも無能ではない。寧ろ、常日頃から制限されている個性の使用を許可されているのだ。嬉々として戦える者はロボットへと襲い掛かる。
「あっ…………」
受験生の一人だろう、ばら撒かれた火炎弾の一つがビルの壁面へと着弾。砕けた瓦礫がその下に居た受験生を襲う。
不幸な事に、火炎弾を放った受験生は自分の振り撒いた被害に気付いていなかった。オマケに、瓦礫に襲われた受験生の方も戦闘は不得手で咄嗟に動けない。
「鞘当」
そこに黒い影が、インターセプト。振り抜かれた左腕が瓦礫を粉砕して弾き飛ばして、受験生を救う。
「大丈夫だろうか?」
「ッ!あ、ありがとう………」
「気にするな。それと手が空いているのなら、あちらで怪我をした受験生の手当てを頼めないだろうか。そちらに救急キットを置いてある。使ってくれ」
「え、あ、りょ、了解!」
「頼んだ」
駆け去っていく背中を見送って、助けられた受験生は言われた方へと向かった。
筆記試験は兎も角、荒事となった実技試験ではどうあがいても合格できないと悟ってしまったからだ。
同時に、自分と同じような状況のほか受験生を何のためらいもなく助ける黒ジャージに、ああいう人間がヒーローになるのだろう、と改めて思わされた。
山吹丈瑠は、人助けを一切躊躇う事はない。例え、目の前に破壊できるロボットが居ても、少し離れた危険な受験生が居ればそちらを助けに行く。
時間は、刻一刻と過ぎていく。
「……何だ?」
ロボットを張り倒した丈瑠は、地響きを感じて顔を上げた。他の受験生たちも同じように揺れに首をかしげて音の出所であろう方向へと顔を上げる。
そして、ソレは現れた。
「デッカ…………」
誰かの呟きは、その場の誰しもの総意だった。
外装は、これまでの受験生が破壊してきたロボットと似たようなものだ。
問題は、その大きさ。
試験会場は雄英高校が用意した演習場であり、ビル街だがその中身は空っぽ。しかし、中身が空っぽであってもビルそのものは本物と何ら変わらない。
その見上げるほどに巨大なビルと同程度の大きさのロボットが、キャタピラを鳴らして迫ってきていた。
「嘘だろ、オイ!」
「アレがお邪魔ロボット!?お邪魔ってレベルじゃないでしょ!?」
「ちょ、押さないでよ!」
我先にと逃げ出す受験生たち。
当然だ。ビルほどの大きさのロボットとなれば、プロのヒーローであろうとも個性次第にはなるが太刀打ちできない。
それが試験用にある程度強度を落としたものであろうとも、そもそもの大きさが脅威だ。
迫りくるロボットを見やり、丈瑠は周囲を見渡して頭を掻く。
「…………ッ!」
そして、弾かれたようにロボットへと向けて駆け出した。
彼が見つけたもの。ロボットの動きで壊れた瓦礫に足を取られた少女の姿があった。
最早考える暇すらも惜しい。体を前に倒して加速しながら、丈瑠は左手を前へと向ける。
「抜刀――――」
その呟きと共に熊手を象った左手の掌より現れる、刀の柄。
黒い柄紐が巻かれたソレを握り、丈瑠は跳んだ。
「――――
独特な金属音と共に凄まじい斬撃がロボットを襲う。コレによって、下半身と上半身のパーツが分かたれた。
だが、終わりではない。すぐさま、丈瑠は左手より抜き放った刀の柄を両手で握るとまるで豆腐でも切り分ける様にして瞬く間にその場で解体していった。
最後に、ビルの壁面を足場にして空へと跳躍。大上段に刀を構えて、狙うのは空中に残ったロボットの巨大な頭部。
「斬鉄一閃」
真っ二つ。刀は一切の抵抗を許さぬとばかりに、綺麗サッパリ切り裂いてみせた。
着地し、刀を肩に担ぐようにして丈瑠は小走りで目を見開いた少女の元へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ん……」
「足を挟まれたか。動くなよ」
刀を握る丈瑠の右腕がブレて、瓦礫が細かなブロックとなって崩れる。
そのまま傍らに刀を突き立ててから、彼は瓦礫に乗られていた少女の足の傍へと膝をついた。
「少し触るぞ」
「ん」
「…………骨は折れていないな。ただ、捻挫にはなっているか」
赤くなった足を確認し、丈瑠はジャージのポケットへと手を突っ込んだ。取り出したのは、持ち運んでいた包帯。
少女の足に着いた砂埃などをジャージの袖で拭ってから、彼は慣れた手つきで包帯を巻いて足首を固定。
「コレで良し」
「ん……」
「とはいえ、直ぐには歩けないだろう。試験時間も、もう終わりか」
呟いた丈瑠は、傍らに突き立てた刀を手に取ると徐にその切っ先を自身の左手の平へと向けた。
そして、何のためらいもなく突き刺すではないか。まさかの光景に、少女も目を見開いた。
だが、血は一滴も流れることはない。よくよく見れば、皮膚に突き立つであろう切っ先は、まるで掌に飲み込まれるようにして取り込まれているではないか。
そのまま、刀は掌へと収められ柄もすべて呑まれて消えた。
中々にショッキングな光景だったが、当人は気にした様子もない。
「とりあえず、運ぼう。背負うか、抱えるか」
「ん……」
「背負うか?よし、分かった」
丈瑠が背負向けてしゃがみ込む。その背中へと少女は上体を起こして捻挫した右足を庇いながら、その背へと負いかぶさった。
瞬間、少年の背には発育の暴力が襲い掛かるのだが、当人は顔色の一つも変わらない。
かくして、入学試験は幕を下ろす。
時計の針は、進む。