TS悪徳賞金稼ぎinミアレシティ 作:ブレーザー
ホテルZ、俺が根城にしているこの宿は、ミアレという大都会のど真ん中にありながら不思議なほど寂れている。駅から近くても表通りから見えにくい、その一点だけでこのホテルは充分にステルス性能を発揮しているのだ。大書きの看板も派手な広告もない。だが、それで成立している不思議さが、この場所のすごさでもある。
もっとも碌な看板も宣伝もなされていないので、当然と言ったら当然かもしれないがそれで成立しているのがこのホテルのすごいところだ。
あと、特筆すべきところといえば、いつも座っているあの脚長の老人の存在は妙だ。たぶんあの人間がこのホテルの秘密と関わっているんだろうと察することはできる。だが、名探偵とは程遠い俺には、その微妙な機微を読み解く術はない。
考えようによっては、それが都合がいいのだ。謎めいた管理人がいるからこそ、誰にも干渉されずに済むことが多い。もっとも、それが退職後の年金や資産が十分にあるという理由だけでホテルを赤字でも維持しているというあたりがオチだとは思っているが。
それから、ここには俺以外に三人ほど、従業員なのか常連なのか判別のつかない連中がいる。
一階ではたまに会議めいたものが開かれているので、昼間に出かけるときはそれっぽい所作や身なりを求められるのが煩わしい。唯一の救いは、デウロちゃん、黒髪で活発な彼女と顔を合わせる機会が増えたことだ。彼女は気さくに挨拶を返してくれるので、捻くれた感謝ポケモンにはぜひ見習ってほしいものだ。。
残りの二人、隙あらば勧誘しようとする男と、やたらと服を気にするファッションオタクには興味が湧かない。
『可哀想に。こんなのの近くにいたらどんな少女の心もどす黒く……』
シェイミの失礼な突っ込みを無視して、いつもの癖でPCを開く。向かう先はミアレシティの雑多な情報を集めた闇鍋。そう、掲示板だ。
ここは表のメディアが拾わない断片が溢れている。
とはいっても、掲示板に根付いた煽り合いの文化に精を出そうというわけではない。もちろん、それを全くしないといえば嘘になることはいうまでもない。人のことを悪夢だとか化け物だとか怪異のように扱っている連中には天誅を下してやらねばならない。こんな美少女がどうして鬼に見えるようなことがあるだろうか。
「うーん、目新しい情報はなさそうだな。気をつけておかなければならないのは……ミアレソシアルバトルクラブのトップ、ユカリって女か。読めないな……」
端末の光が室内を淡く照らす。スクロールする情報の断片には、噂と虚飾とが入り混じっている。だがそれでも、一貫して「異常」だと評価されているその人物像は、否応なしに目を引いた。
ミアレソシアルバトルクラブ。
ミアレシティ内のとある高級ホテルに拠点を構える、セレブたちの社交場にして闇のバトルの温床。メンバーは一流企業の御曹司、財閥令嬢、いわゆるセレブに属する若者たちだ。
会則も厳しく、よく統制されており、情報が漏れ出ることなど滅多にない。
それでも、その密閉された檻の中で、ユカリという名が異彩を放っているのは確かだった。彼女の動向だけは、まるで誰かが意図的に流しているかのように、断片的に浮上してくる。
「目的のために手段を選ばず、それを可能にする実行力と財力、権力、組織を持っている。それでいてお嬢様気質で、とんでもなくわがまま……」
口に出すと、静かな部屋に声が反響した。
すぐに、膝の上で丸くなっていたシェイミが顔を上げる。
『自己紹介を始めるとはどうしたんだい?』
「違う、厄介な女の話だ。」
『やっぱり自己紹介だ』
シェイミの緑の毛を撫でながら、「俺に組織は作れない」と呟いてため息をつく。
まったく、こいつは時々言葉の刃が鋭すぎる。本当に感謝が主食なのだろうか。けれど、少し緊張していた心がほぐれるのも事実だった。
ユカリの外見についての記述を眺める。
エキゾチックな肌と淡紫色の髪、琥珀の瞳。その独特の組み合わせは確かに魅惑的だ。
だが、それ以上に不気味だったのは、彼女が自らの世界を「完璧に支配」しているという事実だ。
お気に入りの女を捕まえてメイド服を着せ、気まぐれに嬲るという噂。その一文を読んだ瞬間、胸の奥が微かにざわついた。
好奇か嫌悪か、自分でも判断がつかない。だが、そんな感情に足を取られるほど、俺はまだ甘くない。
「……ともかく、関わらないのが一番だな」
軽く頭を振って思考を戻す。問題はユカリだけではない。彼女の手下たちもまた、厄介だ。
情報によれば、ユカリはミアレシティに数多くの裏ルートを持ち、最新のホログラム技術を密かに入手しているらしい。
ミアレソシアルバトルクラブの会員を監視員として配置し、ホログラムの網でターゲットを包み込み、境界をねじ曲げて「監禁」する。
そこから先は、ただの見せしめだ。逃げ場のない檻の中で、対戦相手を徹底的に叩き潰す。「バトル」という名の、洗練された暴力。それがユカリという人物についての噂だった。
「怖いねぇ……」
ぼそりと呟く。あんな化け物に目をつけられているとは、考えたくもない。
俺はPCを閉じ、深く息を吐いた。 ディスプレイの余熱が指先に残る。
今は立ち止まっている時間はない。ユカリの影がこの街のどこまで伸びているのか、確かめるのは後だ。
「よしシェイミ、メガカケラの交換に行くぞ!」
シェイミが小さく鳴いて、俺の持つボールに飛び込んだ。
日も暮れかけたこの時間、空の端が茜から群青へと変わりつつある。夜になる前に、もう一つ用事をこなしておきたいところだ。
それに、俺の出没地域が南のバトルゾーンに偏っていることが最近出回っている。
情報収集能力を考えれば、ホテルZ近くのバトルゾーンはマークされていると考えるべきだろう。少しは北側のエリアでも動いておかないと、行動パターンを読まれて狙われる。
メガカケラを交換してくれるクエーサー社の交換所、そこからほど近い区画が、今夜のバトルゾーンとして布告されていた。ということで、交換のついでに遠征というわけだ。もちろん慣れた街区でないことにはリスクもあるが、そろそろ活動範囲を広げる必要があるだろう。
いつも通りにホテルから裏路地へと抜け出す。部屋の照明を落とし、窓枠の落ちる音が背中から遠ざかっていく。
「よっと」
この街に長くいると、こういう動作もすべて癖になる。誰かの視線を避けながら、人通りの少ないルートを選び、 塗装の剥げた非常階段を下り、雑居ビルの裏から冷えた空気の中に出る。
建物の隙間から裏通りに出た瞬間、吹き抜ける風が頬を撫でた。 薄暗い裏通りの看板がぼんやりと光り、昼の残り香のような喧騒が、遠くからかすかに響いてくる。
いつも通りのイカれた街、ミアレだ。
慣れた道を通って、表通りへと向かう。 この時間帯の表通りは、まるで別世界のように整然としている。
一見すれば平和で美しい光景。だが、それがこの街の「仮初の姿」であることを、俺はよく知っている。この裏の影の深さこそが、ミアレシティという都市の本質だ。
距離が距離だけに、歩くわけにもいかない。俺は路地裏から出てすぐのタクシースポットに立ち、いとも簡単にミアレタクシーを捕まえた。車が少ないのでタクシーが快適な移動手段なところはミアレの良いところだろう。
「クエーサー社本社まで」
後部座席のドアが静かに閉まり、合成皮革のシートが身体を吸い込むように包み込む。無口なドライバーが静かにタクシーを走らせ、タクシーは市街地の光の流れを縫うように走り出す。
裏道で小刻みに進行方向を変えながら車は進み、 怪しいいかにもな看板を掲げた、ヤのつく筋の事務所や、用途不明の倉庫街を通り抜けた。
「……あっという間だ」
タクシーが減速し、視界の正面に巨大な建造物がそびえ立つ。 クエーサー社。カロス最大の先進企業にして、この街のもう一つの支配者。
もっとも、俺にはそっちに用はない。ミアレシティには満足しているので、感謝しかない相手だ。なにより、このメガカケラの交換所は俺にとってこれほどありがたいところもない。街で駆け回ってカケラを収集するだけで、メガストーンに交換してくれるのだ。
交換所はクエーサー社の本社ビルの一角、一般向けのサポートセンターの横にある小さな個室だ。中には総合受付で交換していくものもいるようだが、目立つのが嫌な俺としてはあり得ない選択だ。
部屋は簡素だが、妙に落ち着く空間だった。
俺は手元のデバイスを操作して、収集したメガカケラを預ける。
「メガカケラ、合計で240個確認。交換対象を選択してください。」
無機質な女性の音声が、無人の部屋に静かに響いた。俺は一覧の中から一つを選んだ。
「こちら、ルカリオナイトです。」
声と同時に機会から微かな電子音とともに、金属製のケースがせり上がってきた。
その中に収められていたのはカラフルなエネルギーが脈動するように揺らめく石。
手のひらに乗せると石の内部を青白い光が走り抜け、まるで呼吸しているかのように輝いた。
「……相変わらず、すげぇな」
圧倒的な美しさと生命的な輝き。新しいメガストーンを見るたびに何か特別なものを感じられる。
これこそがポケモンとトレーナー、双方の潜在力を引き出す共鳴装置にして、この街の裏バトルを動かす原動力でもあるのかもしれない。
交換所から出た俺は、人気のない裏通りに入り込む。夜風が冷たく、微かな太陽の最後の輝きが石畳に滲んでいる。
「シェイミ、ちょっと見ておいてくれ!」
『君さあ……』
そう言ってからボールから出てきたシェイミが、短く鳴いて頷く。
立ち止まり、周囲を確認。特に怪しい人影はないことを確認して人の視線が万一にもないだろう倉庫裏の隙間に隠れる。
普段のズボン姿から、夜のバトル用、今日は白とピンクを基調にした女児服へと着替える。フリルの多いスカートに短いケープ、肩にかかるリボンと、動きやすさを兼ねたブーツ。
「……はぁ、だんだん趣味みたいになってきたな」
バトルゾーンで目をつけられている以上、俺にとって多少のイメージチェンジは必要な範囲内だ。 それを理解しているはずなのに、最近はデザインにこだわりすぎている自覚がある。
「最近、単純に服が増えすぎたかもな。」
最近は多少稼げてることもあって、服のバリエーションが増えすぎた気がする。言い訳が立つとついつい買ってしまうのを何とかする必要があるだろう。とはいっても、俺に似合ってしまう服がミアレシティに多すぎるのが問題だろう。あって買わないのはそれはそれで決断することになる。
軽く息をついて、 鞄の奥から黒い小型ケースを取り出す。 その中には、先ほど交換したばかりのメガストーン、ルカリオナイトが収められていた。
俺はケースを開き、石を掌に乗せる。 淡い光が指先を染め、 空気の粒子がわずかにざわめいた。
「ルカリオ」
呼びかけに応じて、ボールからルカリオが静かに現れる。暗がりの中でも、その瞳は鋭く、闘志を抑え込んだ青の光を宿していた。
「お前の分だ。……頼んだぞ」
石を渡すと、ルカリオは無言でそれを受け取り、 拳を軽く握りしめる。その瞬間、青白いオーラがルカリオの周囲を一周した。満足しているようで何よりだ。
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長いので戦闘を次回に回していったん切りました。