夜の高専は、普段なら静寂に包まれている。
任務帰りの生徒たちは基本疲労を抱えて足早に部屋に戻って寝る。
だが今夜、その空気を明らかに乱す異音があり、高専の寮の一角にある俺の部屋は、いつになく騒がしかった。
「悟ー!コントローラどこだよ!」
「返せよ傑!!さっき俺が出したやつだろ!!」
「ちょっと、そこ踏まないで。ゲームキューブのケーブル繊細なんだから」
硝子がパッケージを片手に、ため息まじりに片付けてる。ごめんね?
消太は…というと。
部屋の隅で、ゲームキューブ本体とテレビの接続端子を無言でいじっていた。
「……こっちが入力切り替えか」
「お前、意外と慣れてるな!?」
「家にあったからな。親父がレースゲーム好きだった」
へぇ……なんかちょっと意外。
「五条、ディスク入れるよー」
硝子がパッケージを開ける。
そこには懐かしのタイトル。
『マリオカート ダブルダッシュ!!』
「やっぱゲームはこれに限る!完成度バカ高い神ゲー!」
「悟、うるさい」
「なんでだよ!?」
電源を入れると、独特の軽快なタイトル音が部屋に響く。
「じゃ、まずはチーム決めからだな」
と傑がコントローラをつまみながら言う。
「CPUは?」
「消すに決まってるだろ?お前ら相手にCPU入れたら可哀想だわ」
「……どっちがだ」
「俺ら側がだよ!」
硝子が画面を指差す。
「VSモードね。CPUなし、アイテム標準。コースは……手動にしとこっか」
「はーいどーもどーも家庭教師みたいな指示ありがとう硝子先生」
「五条、あんた本当に黙ってられないね?」
「今日一番刺さったからやめて」
そんなやり取りを横目に、消太がぽつりと言った。
「……で、組み合わせは?」
全員の視線が一斉に俺に向く。
なんでだよ!?なんで俺が司会みたいになってんの!?
「じゃあ!公平に!ジャンケンで決める!!」
全員、手を構える。
「最初はぐー!じゃんけんぽん!!」
——結果。
悟&消太チーム(悟運転・消太アイテム)
傑&硝子チーム(傑運転・硝子アイテム)
「俺と消太!?いや絶対強いだろこれ!」
「……運転は任せる」
「おうよ!」
傑は肩をすくめた。
「悟と組むよりはいいかな」
「はぁ!?どういう意味!?」
「深い意味はないよ?」
硝子はコントローラを握りながらくすくす笑っている。
「五条が暴走しなきゃ勝てるでしょ、夏油」
「俺暴走してないけど!?したことないけど!?ねぇ消太?」
「……したことあるだろ」
「裏切ったぁ!?!?」
準備は整った。
コントローラを握る手に汗がにじむ。
「よーし……最初のコースは……」
俺がカーソルを動かしながら、あえてゆっくり選ぶ。
「……キノコブリッジでいこうぜ」
橋の上を猛スピードで駆け抜ける、ダブルダッシュで一番事故るステージ。傑が好きなステージだったっけ?
傑が微笑む。
「いいステージ選択じゃないか」
「硝子、アイテム頼むよ?」
「はいはい」
消太は画面をじっと見つめたまま。
「……悟、最初のカーブ、膨らむなよ」
「任せろ。俺は天才だぞ?」
「その天才が一番信用できないって知ってる?」
硝子が真顔で言ってきた。心痛ぇ。
「じゃ、いくぞ!!」
スタートライトが点灯する。
3
2
1——
GO!!
部屋が、一瞬で叫び声と笑い声に包まれた。
マリオ&ルイージの赤青カートが弾けるようにスタート。
中量級らしい素直な加速で、車道へ滑り込む。
「悟、最初の車線は真ん中を維持しろ」
「わかってる!ここはスピード勝負だろ!!」
後方、ピーチ&デイジーの淡いピンクのカートが追ってくる。
ハートの専用アイテムを持つ彼女らは防御特化。
硝子が運転、傑がアイテム役だ。
「硝子、右寄って。悟が膨らんでくる」
「了解。……って顔でわかるのやめて」
2台のカートが、走る車列の隙間を縫って進む。
トラックのタイヤ風が頬を切るようだ。
前方のアイテムボックスを割ると──
手元に“ファイアボール”
マリオ&ルイージの専用アイテムだ。
「来たぁ!!兄弟火球ッ!!!」
「悟、車線ど真ん中で撃つな。危ない」
俺は聞いてない。
全く聞いてない。
「そぉぉれぇぇぇぇ!!!!!」
赤い火球が高速で連射され、車の横腹へバシバシ当たる。
爆発しない分、連射でゴリ押せる。
後ろで傑が言った。
「硝子、さすがにこれは避けられない」
「じゃあ──ハート、いくよ」
デイジー&ピーチの専用アイテム、ハートが周囲を回る。
弾丸のように飛んできたファイアを吸収し、弾く。
「うわっ!?チートかよ!!」
「防御こそ正義」
硝子がすんとした顔で言った。
そして。
「悟、前にトラック」
「トラック多すぎんだよここ!!」
車線を変えようとした瞬間、
硝子のカートが横からスッと寄ってきた。
傑が肩越しに手を上げる。
「悟、ちょっと通るよ」
──ぶつかる気だ!!
「消太!!ぶち当てろ!!!」
「嫌だ。無駄に吹っ飛ぶだけだ」
「正論!!!」
重量級じゃない俺らは体当たりで勝てない。
仕方なく車線を譲った瞬間、ピーチカートが前に出る。
後ろからイヤな音。
ポン……ポン……
ハートを纏ったピーチのカートの後部に、バナナが三つ浮いた。
「傑……嫌がらせする気満々だなぁお前……!」
「ゲームは勝つより精神攻撃が大事だからね」
「お前それ術式でも同じこと言うだろ!!」
バナナがこちらの進路にポトポト落とされていく。
「悟、踏むなよ」
「踏むなよって言うな!余計踏む!!」
右へ。
左へ。
揺れる車の隙間をスレスレで避ける。
アイテムボックス。
消太が引いたのは──
ルイージの“ファイアボール”
こちらも専用アイテム。
「火力上げるぞ悟」
「いけぇぇぇぇ!!!」
緑の火球が半透明のハートに直撃し、ついにそれを割った。
「割れた!!硝子!!」
「防御切れた、夏油…」
「わかってる。避けるよ」
でも次の瞬間。
傑の視線が鋭く動く。
「硝子、車線変えるな」
「なんで?」
「悟が膨らんでくる」
ぎゅん!!!
カートが車の間から飛び出し、まるで斜めに滑るように追い越していく。
「五条、危なすぎる」
「俺にハンドル握らせる高専が悪い!!」
「高専は関係ないよね?」
その直後、対向車線からトラックが迫る。
「悟、避けろ!!」
「無理!!」
消太が冷静に肩を叩いた。
「交代」
キャラチェンジ。
運転:悟 → 消太へ。
マリオ&ルイージがくるっと入れ替わり、
カートの軌道が途端に安定した。
「お前……うますぎだろ……」
「父親とやってたと言ったはずだが」
「父親めっちゃうまいんだな……!」
消太は軽やかにハンドルを切り、
トラックの隙間をゆったり走るように抜いていく。
再びアイテムボックス。
悟の手元に落ちたのは──
スター。
「勝ったわぁぁぁぁぁ!!!!」
「悟、いつ使う?」
「今!!!!」
スター発動。
星の軌跡が尾を引き、カートが衝撃波のように走る。
車を弾き飛ばし、路面を滑らせ、すべてを置き去りに。
ピーチ&デイジーのカートに並ぶ。
傑の声が聞こえた。
「硝子、無理。これは止められない」
「……あいつ、スター持つと人格変わるよね」
「だよね」
スター終了。
そして、ゴールラインはすぐそこ。
消太がわずかにハンドルを切り、
車列の“最短ライン”を選ぶ。
ゴォォォォォォール!!!!
沈黙。
……からの。
「っしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「悪くない」
消太が微笑む。
後ろでゴールした傑が肩を回しながら言う。
「悟、スター持つと性格のクオリティ下がるよ」
「うるせぇ!!勝てば官軍なんだよ!!!」
硝子が笑いながら言う。
「まぁ……楽しかったからいっか」
部屋に笑い声が響いた。
今夜の高専。
ただのゲームなのに、本気で命かけて走ってた。
そして、この夜。
消太は初めて「仲間と遊ぶ」という空気に、ほんの少しだけ心を緩めた。
ダブルダッシュよくわかんない…内容とか違ってたらごめんなさい!