——身体が沈んでいる。
深い川底にいるみたいな、静かでぬるい暗闇。
どこか遠くで人の声がしている。名前を呼ばれた気がした。けど、その声すらも水に吸われていくようにぼやけて、俺はもう一度眠りに沈んだ——。
……いや、寝るな。
次に意識が浮上したとき、俺はひどい乾きと、同時に全身にまとわりつく痛みに顔をしかめた。
「っ……!!」
目を開けた瞬間、白い天井が視界いっぱいに広がる。
医療用の白って、こんなに威圧感あったか?
鼓動が早い。喉はカラカラ。
そして——痛い。全身、痛い。痛いところ探したら逆に“痛くないところがない”くらいのレベルで痛い。
「……これで硝子は“入院までは行かない軽傷”って言ってたんだよな……?」
苦笑すら出る。
あの言葉の“軽”とは何だったのか。
たぶん硝子の辞書は一般人のとは別次元にある。
……本当にこれ軽傷か?いや、軽傷“より少し重症寄り”って硝子が言ってたけど、言葉の範囲おかしくないか?辞書どころじゃないだろ。軽傷ってもっと軽いだろ普通。
寝返りをうつと、カーテンの向こうから声がした。
「……はぁ?またサボりかよ、あのクズ……」
ん????
聞こえた単語に思考が止まる。
「夏油もだ…あいつも大概クズ。五条と夏油…二人まとめてクズ……」
え?クズ?
……硝子? 硝子だよな声。起きたら悟が声真似してただけってことはないよな?
俺の知ってる硝子って、こんな“クズ”を連打するタイプだったか?連打するのはゲームキューブのコントローラーだけでいいと思う。
悟の声真似だと信じながらカーテンを開けた。
「お、おはよう……?」
…硝子がいた。
腕組みして、地球の理不尽にキレてる顔していた。…地球の理不尽ってなんだよ。
でも俺を見て、ぱっと顔を柔らかくする。ただし、無感情の顔で。
「あ、起きた。三日寝てたよ。おはよ」
「……三日?」
「うん、三日。ほぼ丸々」
いろいろ置いてきぼりだが、とりあえず疑問は一つに絞られた。
「なぁ硝子……今、“悟”と“傑”をクズって……」
「言ったよ?どっちもクズだし」
即答だった。清々しいほど迷いがない。
「いや、なんで?」
「決定打があったから」
「どんな?」
硝子は指を一本立て、怒りゲージMAXの顔で言った。
「五条のやつ、私が頼んだ書類……“読む前になくした”って言った」
……………………
なんて?
読む前に……なくした?
書類を?
お前、呪術師界トップの脳みそどこに忘れてきた。
「あと夏油。あいつ五条の肩持って、“どうせ書き直せばいいだろ”って私の前で言った」
……………………
それは。
うん。
クズだわ。
硝子は感情の抜けた顔でにっこりした。
いや許した笑顔じゃない。そもそも笑顔とも言えるのだろうか…?
“確信した者の笑顔”だ。
「な?クズだろ?二人合わせてクズコンビ」
「そんなに怒ってたのか……」
硝子は「当然でしょ」と鼻を鳴らす。
怒ってるというより、完全に悟と傑に対して“見限りモード”に入ってる。
怒ると長いのは知ってるが、これは……長いぞ。
「まぁ怒るのは分かるけど……俺が寝てる間に世界変わりすぎじゃない?」
「慣れて。今日からはクズ観察期間だから」
「やめてやれよ……」
すると硝子、急に真顔になって俺にペットボトルを差し出した。
「はい、これ。水分とって。三日寝てたんだから」
「あ……助かる」
怒りは怒りとして、こういうところ必ず気遣うのが硝子のいいところだと思う。
「さて、相澤。起きたなら仕事あるぞ。任務、指名入り」
「悟?」
「五条は……今日から十日連続任務。さすがの最強でも過労で死ぬんじゃない?」
言いながら、硝子はペシっとカルテを閉じた。
「だから今回は“夏油”を呼んでおいた」
その瞬間、部屋の外から気だるげな声。
「やあ消太。起きたなら早めに出ようか」
やってきたのは当の“クズ認定”された男、夏油傑。
本人は気付いていないのか、俺にいつも通り手を振る。
「……傑」
「どうしたんだい?もしかしてまだ痛む?」
そこに硝子がスッと肩越しに顔を出す。
「あ、夏油。来たなら言っとくけど、お前クズな。今日は気をつけて」
「いきなりすぎない!?」
傑が素で後ずさる。
俺も思わず吹き出す。
「硝子、ストレートすぎる……」
「事実だろ?クズはクズだよ」
「ちょっとはオブラートってものを……!!」
「クズに包むオブラートなんてないけど?」
言い切りやがった。
傑が俺に手助けを乞うような目を向けてくるけど、俺も寝起きで処理しきれない。
「……まぁ、あー……うん……頑張れ傑」
「消太!?君もかい!?」
硝子は腕を組んだままため息をつく。
「とりあえず、任務行く前に一応言っとく。相澤、怪我悪化する前に行ってこい」
まあこの怪我だしそりゃそうなるか。俺もできれば怪我は避けたいしな。
「行ってらー。
夏油。お前はクズでも、戦闘力は認めてるから働いてこい」
「評価の仕方おかしくない……!?」
ぐうの音も出ない様子で頭を抱える傑。
俺は俺で硝子の変化に頭が追いつかず。
でも、こんなバランスの中で、任務には行かなくちゃいけない。
だから俺は深呼吸して立ち上がった。
「……行くか、傑」
「……行こう。今日は私が泣きながら働く日らしいね」
そんな冗談に対して硝子は最後にひと言。
「相澤、無理しないで。夏油はクズでも頼れるから」
「硝子?可哀想だよ傑が…」
こうして俺と“クズ認定その2”夏油傑の任務は、こうして華々しく幕を開けたのだった。
実際クズ呼ばわりって最初からそうだったのか?一年目からクズって言われてたんかな?いや違うっしょ。と言うことにさせてください。つまりここからクズ呼ばわりが始まるのさ。ちなみに相澤はクズ呼ばわりはされません。ちなみに治りきってなかったのは反転術式の練度の問題です。