抹消術師   作:がす

8 / 8
お待たせしました…!


庵歌姫という先輩(被害者)

ことは数日前に遡る。

 

「……歌姫先輩?」

 

その名前を口にした瞬間、空気が一瞬、妙な形で歪んだ。

悟は露骨に顔を逸らし、傑は何かを思い出したように遠い目をし、硝子は小さく息を吐いた。

 

三者三様だが、共通しているのは――嫌な予感だ。

 

「知らないなら、知らないままでいた方がいい」

硝子が淡々と言う。

 

「人生、知らなくていいこともあるから」

 

「いや、そこまで言われると逆に気になるんだが…?」

 

「気にした時点で負けだよ相澤」

悟が肩をすくめる。

 

「歌姫はさ、簡単に言うと――」

 

「被害者」

硝子が被せた。

 

「ちょっと!?」

 

「……語弊がありすぎないかい、硝子?」

傑が苦笑しながらフォローを入れるが、硝子は視線を動かそうともせず、事実のみを淡々と積み上げていく。

 

俺は、一連のやり取りを傍観しながら、改めて隣に座る悟を見た。

「お前ら、本当に裏で何をしたんだ?術式を使わずに人をそこまで追い詰める方法があるなら、参考までに聞いておきたいんだが?」

 

「心外だなぁ! 私はいつだって、後輩として『普通』にコミュニケーションを取ろうとしてただけだよ?」

 

「その『普通』のコミュニケーションが特級汚物級なんだよお前ら…

特に悟は。自覚ないのか…?終わってんな?」

 

「消太、さっきから普通にひどくない?」

この時点で、すでに嫌な予感は確信に変わっていた。関われば、間違いなく疲弊する。

だが、おそらくもう逃げられない。

 

 

そして進級祝いの当日…

任務帰りで体の節々が痛む中、指定された居酒屋の暖簾を潜ろうとして、俺は思わず足を止めた。

 

(……騒がしいな?)

 

遠くからでも分かる。防音対策がされているはずの建物から、壁を突き抜けてくるような圧力。これは祝いの席の盛り上がりではない。

 

特級や一級案件の現場に足を踏み入れる直前のような、ヒリついた気配だ。 意を決して重い扉を開けた瞬間、鼓膜を直接突き刺すような音が炸裂した。

 

扉を開けた瞬間、耳を刺すような声が飛び込んできた。

「だから!! 私は!! 悪くないって言ってるでしょ!!!」

 

鋭く、張りつめた声。

感情が限界まで研ぎ澄まされている。

合掌。心の中で、まだ名前しか知らない先輩に最大限の同情を捧げる。ご愁傷様です…。

 

「あ、いたいた」

悟が呑気に手を振る。

 

「歌姫、お疲れーって言えば?」

 

「その呼び方やめなさい!!!」

怒声と同時に、空気が震えた。

 

――なるほど。

これが、歌姫先輩か。

 

長い黒髪に、苛立ちを隠そうともしない目。

こちらを一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。

 

「……誰?」

 

「転校生です」

硝子が簡潔に答える。

 

「あ、どうも。相澤消太です」

 

「ふーん……」

歌姫先輩は一瞬だけ俺を観察し、すぐ悟へと向き直った。先輩の瞳の奥に憐憫の情が見えた気がしたのは気のせいだろうか。

 

「で? あんたたち、反省は?」

 

「え、なにを?」

 

「そこからか!!」

 

怒鳴り声と同時に、机が叩かれる。

硝子が俺の袖を引いた。

 

「相澤、立ち位置そこ」

 

「?」

 

「五条から三歩以上離れると被害が減る」

忠告としては十分すぎるほどだった。

 

宴会は、開始して十分も経たずに完全に崩壊した。

悟が余計な一言を言い、

傑がそれを笑顔で補強し、

歌姫先輩がキレる。

 

「なんであんたたちは!! 人の神経を逆撫でする才能だけは無駄に一級なの!?」

 

「才能って言われると照れるな。おい傑、今の褒め言葉だよな?」

「ああ、最高の賛辞じゃないかな。歌姫先輩なりの」

 

「黙れクソガキ!!!」

 

拳が悟の頭に落ちる。

無下限があるせいであたらない。抹消しとけば良かったな。

 

「今の攻撃、危なかったなー。警察呼ぶ?」

 

「ノーカン!! 今のはノーカンよ!!」

 

「何がノーカンなんだよ。物理法則に謝ってから言えよ」

 

硝子はその喧騒をBGMに、冷めた枝豆を淡々と口に運んでいる。

「……相変わらずだね」

 

「……毎回、こうなのか?」

 

「毎回。むしろ今日は大人しい方」

 

いつの間にか俺の隣に移動していた傑が、声を潜めて告げた。

「慣れた方がいいよ、消太。二年生になったら、きっとこういう『理不尽』の単位が、これまでの数倍に増えるから」

 

「……その予言、全くもって慰めになってないんだが」 「だろうね。でも、これが私たちの日常だよ」

 

硝子はその様子を眺めながら、静かに酒を飲んでいる。

 

 

それでも――不思議と嫌じゃなかった。

怒鳴り声も、騒音も、どこか人の温度があった。

 

 

最終的に、悟と傑は歌姫先輩に追い出され、

硝子は「お疲れさまでーす」と軽く手を振り、

俺はなぜか歌姫先輩に呼び止められた。

 

「……あんた」

 

「はい」

 

「大変ね」

唐突だった。彼女の瞳には、先ほどまでの激情は消え、深い、深い同情の色が浮かんでいた。

「この三人と一緒にいるなら」

 

「……そうですね」

歌姫先輩は一瞬、困ったように笑う。

「でも、その顔なら大丈夫か」

「?」

 

「逃げない顔してる」

俺は少し考えてから答えた。

「……もう、慣れました」

 

その言葉に、歌姫先輩は一瞬だけ目を丸くし、

それから静かに息を吐いた。

「そっか。じゃあ、あんたももうこっち側ね」

あんまり嬉しくはない…むしろ不名誉とも言えるそれが、妙にしっくりきた。

 

こうして、進級祝いは終わった。

正直、騒がしくて、理不尽で、面倒で、疲れる。

 

それでも――

この場所で、この三人と過ごす時間は、確実に俺の中に根を張っていた。

 

高専二年目。

もうそろそろだ。

 

この先、もっと酷い任務も、もっと壊れる瞬間も待っているだろう。

それでも俺は、この場所を離れるつもりはなかった。

 

……悪くない。

そう思ってしまった自分を、もう否定する気はなかった。




やばい…久しぶりなのに文字数が少ないような…
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

禪院の王庫(作者:ナムルパス)(原作:呪術廻戦)

禪院家に生まれた少年・禪院総司。▼幼くして異質な術式《王葬庫》を宿し、家中から“例外”として扱われる存在。▼同じく出来損ないとして虐げられる双子の少女のうち、▼総司が選んだのは、すべてを差し出す覚悟を持った真依だった。▼「俺の物になれ。▼その代わり、俺の所有物は誰にも壊させない」▼救済ではない。▼傲慢な王による、“所有”から始まる救いの物語。


総合評価:1242/評価:7.44/連載:23話/更新日時:2026年02月02日(月) 23:24 小説情報

禪院の逸脱者(作者:シン2001)(原作:呪術廻戦)

もしも御三家秘伝「落下の情」を極限まで鍛えたものが現れたら


総合評価:1165/評価:8.06/連載:4話/更新日時:2026年02月13日(金) 19:06 小説情報

原作を鑑賞しようとする室町時代の術師 vs 原作に干渉させてこようとする世界(作者:祝いの王)(原作:呪術廻戦)

室町時代の術師オリ主が原作時間軸に無理やり転生して原作を鑑賞しようとする話。▼なお原作キャラとはたくさんエンカウントするし、無自覚に干渉してしまう模様。


総合評価:1109/評価:7.44/連載:4話/更新日時:2026年05月04日(月) 00:56 小説情報

もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら(作者:暇人)(原作:呪術廻戦)

最近モジュロやアニメで呪術廻戦熱が高まってきたので、▼出番が少ない歌姫先生と、加茂家に焦点を当てたいな▼という考えから見切り発車で書き始めました。


総合評価:989/評価:8.44/連載:23話/更新日時:2026年04月29日(水) 14:30 小説情報

術式【適応】(作者:雨曝し)(原作:呪術廻戦)

▼ 禪院家に魔虚羅と同じ術式持ちが生まれる話。▼タグは随時追加


総合評価:1038/評価:7.06/連載:7話/更新日時:2026年04月09日(木) 13:14 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>