バーテンダー ā Illumis   作:きっきっきー!

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2話目にしてカラスバさん不在です。それでいいのか。
字数や読みにくさなどについても随時感想募集しております。


ブルーブレイザーに導かれて

ミアレの夜は冷える。

特に、こんな雨上がりの夜は。

あのアングラな男との出会いから数日後。この日も仕事を終えたツキトジは、屋台を閉じる準備を進めていた。

グラスを磨き、使い終えたシェイカーや調理器具をしまい、酒を収納した棚にも施錠をする。もう夜も更けていて、気温もあって通行人はまるでいない。バトルゾーンもここから遠いし、もう今日は客も来ないだろう。あと残すのは天井から下げたカンテラの火を消すだけである。

前に出会った客から貰ったものだが、サンドブラストで描かれた月夜の絵が蝋燭の火に照らされて浮かび上がるこのカンテラはツキトジのお気に入りだった。

さて、その火も消してしまおう…と、ツキトジがカンテラの扉の鍵を外した時だった。

 

「ゼッ!」

 

石畳に軽やかな足音がする。何事かと目を向ければ、そこには一匹の黒い四つ足のポケモン。緑色のスカーフのような触覚が伸びたポケモンが、光るような目でツキトジを見つめていた。

 

「君は…?」

「…彼はジガルデ。秩序を保つものの名です」

 

暗がりから低く少し枯れた声と共に、長身の男が現れる。ジガルデと呼ぶポケモンを追いかけてきたらしいその男は、継ぎ接ぎだらけの服を纏っていた。

 

「私はF、ジガルデと共にいる者ですが…夜分遅く、営業中に失礼しました」

 

一見すれば、見窄らしい男だ。人を恐れるようにせっかくの長身を猫背に丸めていて、しかも身につけた服はどれも着古され、継ぎ接ぎの縫い目の荒さが見窄らしさに拍車をかけている。上着を何枚も着ているのも、気温に合わせた服がないからだろう。およそ華やかなミアレシティに似合わない浮浪者、というのが大まかな印象だ。

しかしFと名乗るこの男から、ツキトジは何か品格のようなものが見える気がした。

燻んだ色の右目に沈んだ苦悩、閉じられた左目から感じる半ば死者のような憂い。奥底に眠る意志の強さを感じさせる口元。それは決してパーツや表情だけでは作りきれない、高潔な生き方を知る人間の見せる顔に見えた。

 

「一杯、いかがですか?」

 

そう声をかけたのは、もう反射のようなものだった。訪れた者の止まり木となるのがバーテンダーだ。この仕事に持っている誇りが、何も考えなくてもツキトジにそうさせた。

 

「金を持っていなさそうな者に良いのですか?

それとも、私を哀れんでの施しですか?」

「施しはしませんよ。ただお会いした方が心を休める場所がバーであり、そこを守るのがバーテンダーの仕事ですから。

それに…」

「?」

「この天気もあって今日はお客様が少ないので、新メニューの練習をしたくて。お代の代わりに、良ければご感想を頂けませんか?」

「…………」

 

今言った言葉の中に嘘はない。それを彼も理解したのか、目を閉じて少し逡巡するような素振りを見せたのちに微かに頷いた。

 

「ではおかけください。アレルギー等があれば仰ってくださいね。…ジガルデ様は、モーモーミルクで宜しいですか?」

「ゼドッ」

 

スツールに腰を下ろしたFは、カウンターの上で肘をつくことなく背を伸ばし、両手の指を組んでじっと動かなくなる。そのバーに慣れたような佇まいにやはり教養や品の良さを感じながらも、ジガルデへ少し温めたモーモーミルクを出したツキトジは調理器具をテーブルに並べた。

 

「お客様は、バーには慣れていらっしゃいそうですね」

「…いえ。あまり覚えていることはありませんよ」

「……歴史に名を刻んだバーテンダーは過去に数いましたが、中でもプロフェッサーと呼ばれた偉大なるバーテンダーがイッシュにいました。

ゴールドラッシュに沸いた時代を生きた彼は数々のレシピを開発しており、かのマティーニも彼の考案とされています。

今回お作りするのも、そのバーテンダーが考案したレシピです」

 

銅製のマグカップ2つに、レモンジュースとミツハニーの甘い蜜。メインの酒はガラル北部産のウイスキー。ヤカンで新鮮な湯を沸かし、冷めないうちにマグカップへ。ボウルに入れた蜜も湯を使って温めてから注ぐ。

そしてレモンジュースとウイスキーを適量注ぎ軽く混ぜた後、黒い耐熱手袋を嵌めた手でチャッカマンを取り出した。

 

「……?」

「本来バーとは酒を静かに楽しむ場所である、それが多くの人の認識です。しかし彼はある日、既存の概念を覆すような全く異次元のカクテルを生み出しました」

 

言うが早いかチャッカマンのトリガーを引き、ツキトジはマグカップの水面に火をつけた。

青い炎がすかさず灯り、銅製のマグカップがみるみるうちに高温になっていく。素手では火傷しかねないほどの熱を帯びたカップを手袋越しに握ると頭の高さへ持ち上げ、もう片方の手で残った空のカップを掴む。

 

「酒の銘柄や特徴が分からなくても、お酒に慣れていない人でも楽しめる、即ち『見て楽しむカクテル』。何かを表現するようなパフォーマンスを見せながらカクテルを作っていくこの行程は、現在『フレアバーテンディング』と呼ばれています」

 

火のついたそれを傾ければ、蜜が溶けてとろみが増した液体がトロリとしながら溢れていく。上下のカップの間に掛けられる、青い炎の橋。

音もなく下のマグカップへ飛び込んでいく青い炎が、カウンター越しにFの目を焼いていた。

 

「…フレア、ですか」

「とは言え何かが広がる姿や燃え上がるものを表すflareではなく、イッシュの方の言葉で自己表現を指すFlairですけどね」

 

そう注釈を加えながら、マグカップの上下を入れ替え何度も炎の柱を立てる。シェイカーやスプーンによるステアが使えない以上、こうしてスローイングを繰り返すことでこのカクテルは混ざって一つの味へ辿り着くのだ。

 

「かのバーテンダーは数々のレシピを作り上げプロフェッサーとまで呼ばれたものの、晩年は孤独な人生だったそうです。

しかし彼の遺したものはマティーニに始まり、こうして後世へ語り継がれ、遺されてきました」

 

七度のスローイングの果てに、炎が消えていく。しかし熱は確かに宿されたまま。

炎の残光をちらつかせながら柔らかい湯気を立てたホットカクテルを取手のついた耐熱性のグラスへ注ぐと、そっとカウンターへ置いた。

 

「かの者が遺した、新次元を切り開く青い炎。

フレアバーテンディングの祖、『ブルーブレイザー』です。熱いのでお気を付けください」

「炎は、赤よりも青い方が高温で燃えている。私自身にもう、そんな熱はないというのに」

「そうでしょうか?人は変わりゆくものですが、新しくなることはありませんから。一度青く燃え盛ることが出来たのなら、きっとその炎は灰に埋もれても見えないところにまだ残っていると、僕は思います」

「変わることはあっても、新しくなることはない…か。お若いのに、随分としっかりした方だ」

 

淡い黄色は、斜陽の色。その水面に揺らめいた炎が、灰色の瞳に光を灯す。そっと目を細めたFはグラスへ口をつけた後、少し微笑んでいた。

 

「素晴らしい腕だ」

「恐れ入ります」

 

一礼したツキトジを、器を空にしたジガルデが見ている。おかわりだろうかとボトルを取り出したツキトジが再びコンロに火をつけるのを尻目に、Fは少しずつ飲み進めていく。

 

「……君は、この街をどう思いますか?」

 

そう彼が言ったのは、ジガルデに出した器へ二杯目を注いだ後だった。燃え残った灰のような色の瞳が、真意を覆い隠しながらツキトジを見つめている。

 

「フレアという言葉を恐れない君は、恐らくこの地の人ではないのでしょう。そんな君にとって、このミアレシティはどんな街ですか」

「……まず、綺麗な街だと思います。プリズムタワーは工事中ですが、整備された街並みは見事です。花も木も、人もポケモンも、皆一様にこの場所で生きている。

仰る通り、僕は流れ者ですが…それでもこの街が好きですよ」

「そうですか。…ではこの街が、綺麗な場所ではないと言ったら?」

 

ツキトジの返す言葉に、すかさず二の矢を打ち込んでくるF。その目は相変わらず真意が読めないが、恐らくこれは酔っ払いの絡み酒とは違う。彼という男が、ツキトジという一人の人間へ今だからこそ本気で尋ねているのだろう。

 

「ミアレシティは、光と闇が強いまま混在する街です。確かに君の言ったように、ストリートは美しく、広場も整備されている。近頃は人とポケモンの共生する街としても注目されています。

…しかし同時に、この街は貧富の差が消せない。街灯の当たらない細い道、家と家の間の隙間から繋がる路地裏の日陰の世界。そこには家のない子供や、巣を追われ居場所を失ったポケモン達がいるのです。

この街が綺麗なだけの、プリズムタワーの光に照らされた街ではないとして。君はそれでも、この街が好きになれますか?」

「愛せますよ」

 

それを理解しているから、ツキトジも嘘はつかない。元よりバーテンダーでいる限り、嘘は絶対につかないと決めているが。本音を言うだけなら、沈黙は要らなかった。

 

「綺麗な街が好きなのはそうですが、僕はこの街が豊かで美しいから好きになったわけじゃない。…僕は、命がそこに生きていると感じられるものが好きなんです」

 

昔からそうだ。例えば、職人の手で作られた食器。道端で若者が歌うオリジナルの歌詞。ホテルのロビーに飾られた生花。ただ美しいだけのものより、誰かの温度を感じる何か。

美味しいものも、美しいものも、気持ちが良いものも確かに好きではある。しかしツキトジは目と肌で感じる美醜や快不快より、誰かの存在を感じられるものへ惹かれる人間だった。

かつて自分が惹かれたもの、この街へ見出した魅力。それらが記憶の引き出しから次々姿を見せていく中、めまぐるしい脳内に白い部屋の景色が一瞬浮かんだ気がした。

 

「美しいものは、確かに美しい。しかしただ美しくても、それだけでは心が埋まらない」

 

敵はいないが誰もいない、何もない、耳が痛くなるほどの孤独。空っぽの水槽の中のような世界を、ツキトジは知っているから。

 

「この街には、たくさんの命が生きている。それぞれが生き、時に出会っている。そして時々、こうして僕のもとへ憩いを求めて誰かがやって来る。

例えそれが綺麗なだけのものでも、幸せなだけのものでもないとしても。そうやって生きているこの街そのものに、僕は愛を覚えるのです」

「………」

 

それに、この街は。

 

——これ割と本気で言うてんねんけど。

アンタにはオレんとこで毎日酒作ってほしいねん

 

自分にあんなことを言った、あの人がいる。

過去にもないくらい弩級に眩しい命の光をぶつけてくる、腹を空かせたアーボックみたいな人が。

柄にもなく語ってしまったと気付いて少し顔が熱くなってきたツキトジを、Fは相変わらずな右目で眺めていた。

 

「誰かが生きる街だから愛せる、と。今そう語った君は、どちらかと言えば恋を知った人のような顔をしていましたがね」

「うぇっ」

「しかし、紛れもない本心なのでしょう。

…だとすれば、今夜君の店に巡り会ったのは正解だったのかもしれません」

 

形の良い口元に微かに浮かぶ、柔らかい笑み。それを隠すように、中身の減ったグラスをFは再び軽く傾けた。残り時間は、もう少ない。

 

「私…いえ、ジガルデは、秩序を守るものを探しています。驕らず、何にも染まらず、傾くことのない天秤を守れる者を。

人や景色でなく街を愛そうとしている君は、恐らく限りなく近い場所にいる。恐らくジガルデは、それを感じて今夜ここに向かったのでしょう」

 

そう語るFの足元に、いつのまにか再び器を空にしたジガルデが立っていた。小ぶりな顔に表情は伺えないが、何かを口に咥えている。視線を合わせるようにカウンターを出て膝をつけば、差し出した掌に落とされたのは丸い小石だった。……彼なりに支払った、モーモーミルク代なのだろうか。Fはメニューにない試作品に対する感想を代金としているが、ポケモンに感想は言えない。だからジガルデなりに、自分の支払える対価を用意したのだろう。別にポケモンに金を集るほど外道でもないのに、パートナーに似たのかとんだ潔癖なポケモンだ。

 

「お代は確かに頂きました」

「……金の代わりに感想を、とは言われましたが。申し訳ないのですが、本当に私は酒のことが分からないのです」

 

ジガルデから対価を受け取ったツキトジに、Fが少し申し訳なさそうな顔で被りを振った。

 

「代わりと言ってはなんですが、こちらをお渡しします。いつか必ず、必要になる時が来るでしょうから」

 

そう言った彼がポケットから取り出したのは、ジガルデのものと似た丸い石。しかし、その輝きは大きく異なる。

中に宿した二重螺旋。虹を閉じ込めたような色彩。トレーナーの端くれである以上ツキトジも知っている。一定以上の実力やポケモンとの絆を示す証の一つ、キーストーンだ。

 

「受け取れませんよ、こんな貴重なもの…!」

「偶然手に入ったのですが、私には不要なものです。可能性を持つ君が持っていた方が良い。

それに酒のことが分からないのも本当です。…受け取って頂けないなら、私は無銭飲食になってしまう」

 

キーストーンの希少性は理解している。それを持つことの意味も。だからそうそう首を縦に振れないのに、Fもまた引き下がらない。

受け取れません、渡さないわけには。そんなやりとりを数回繰り返した後、これ以上客の顔に泥を塗れないと思ったツキトジが泣く泣く折れる形で決着がついた。Fから渡されたキーストーンが、ツキトジの手の上で輝く。

 

「もう、返せって言われても返せませんからね」

「構いません。言っているでしょう、必要になると」

「せやろか…」

 

信じきれない顔はするが、放り出したり再度Fに押し付けたりはしない。そんなツキトジに軽く頷き、Fはスツールから腰を上げた。

猫背でいても背の高さは誤魔化せない。文字通り地面の花でも見下ろすように視線を落とした右目が、ツキトジをじっと見ている。燃え残り積もった灰の色の瞳。飲み干された青い炎がその奥底に宿ったようだと、目を合わせながらツキトジは何となく思った。

 

「キーストーンとメガストーン。そして人とポケモンを繋ぐ糸があれば、メガシンカが起こせます。

私が提供するのは、あくまで可能性を形にする為の鍵。どんな可能性を現実にするのか、そして何を為すのか、その答えは君自身に委ねられている」

「………」

「ジガルデが見初めた、可能性の萌芽。

その素質を、どうか見失わないでくださいね。

…カクテル、ご馳走様でした」

 

そう言い残すと、踵を返してゆっくりと歩き出すF。ジガルデもまた一声鳴くと歩き出し、一人と一匹の足音が暗がりに溶け遠のいていく。残されたのは屋台の光の下、立ち尽くすツキトジ一人。掌に残る丸い虹に似た色の光が、今の出来事が夢なんかではないと告げていた。

 

「…何やったんや、今の人……」

 

最初から最後までペースを握られっぱなしだった時間に、フォッコにつままれたような気分になる。

ジガルデ。秩序。可能性。どれもツキトジには縁のない言葉だった。だが彼等は、そんな自分に何かを託そうとしている。それは分かる。だから彼等の魂の憩いを守る者として知りたい、理解しなければと思わずにはいられない。彼が自分に一体何を求めているのか。この鍵と共に何を託そうとしているのか。

キーストーンをカンテラの光に透かしてみれば、何色でもない色の輝きが顔に影を落とす。その煌めきを、そういえばカラスバの胸元にも見たような気がすると、今になって思い出した。

メガシンカはポケモンとの絆がなければ起こせない。これと同じ鍵を持つカラスバには、それがあると言うのだろうか。或いは、Fが求めるものを知っているのだろうか。

彼に会えば、何か分かるのだろうか。

…なら、会いたい。

会って、知りたい。

答えを教えてほしい。

ここにいない彼との共通点を得て少しだけ温度を持った胸が、彼のことをみるみる思い出しては音を立てた。まるでツキトジにも、あの青い炎が燃え移っていたかのように。

Fからもらったメガストーン…どうやって身に着けよう?

  • ブローチ、バッジ
  • ペンダント
  • リング(仕事時は外す)
  • その他(感想でご記入ください)
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