魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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蔵空村人狼事件編
蔵空村人狼事件 第一話


 

 

 

 東京都危穂(あぶほ)の駅前から歩いて十五分。大学近くの雑居ビルの三階────そこが俺の城だ。退魔連ハンター協会所属の鷹峰ハンター事務所。大手とは比べるべくもない零細事務所だったが、曰くつき物件のために賃料は安く、霊媒師である俺にとっては最高の居場所……だった。

 

「ざぁこ♡ ざぁこ♡ ゲームよわぁ♡」

 

 大人を舐め腐ったようなセリフで目を覚ます。もうすっかり秋で、早朝の空は少し薄暗い。というか……

 

「トラオ……お前ちょっと早起き過ぎだぞ、そんなとこ飼い主に似なくて良いんだぞ?」

「ざぁこ♡」

 

 ベッドから起き上がった俺は、衝立をズラして事務所に出る。ノビをすると、身体の節々からポキポキと小気味の良い音が聞こえてくる。少し布団が硬いのかもしれない。依然として静まり返った事務所にざぁこざぁこと人を侮辱する言葉が響いている。俺はトボトボとデスク脇の鳥籠に近寄り、カバーを外した。

 

「恥ずかしくないのぉ?」

「恥ずかしいよトラオ、いい加減それやめてくれないか」

「ざぁこ♡」

 

 黄色の羽毛のセキセイインコ、名をトラオと言う。溜息を一つ吐き、頭上を見上げる。天井の更に向こう、四階の俺の部屋で、今頃寝息を立てているだろう彼女の、初日のドン引きした顔を思い出して更に深く溜息を吐く。

 

「お前のそれ、色々誤解を招くんだからな? 俺にそういう趣味があるみたいじゃないか」

 

 俺はもう一度トラオに文句を言って、ジャージのまま洗面所に向かう。顔を洗ったら、日課のランニング、公園で素振り、形稽古を終えたら、また家に向かってランニング。俺の日常は変わらない。そういう事にしておいてほしい。

 

 

◆◆◆

 

 

 危穂町の秋は、正直に言うと死ぬほど臭い。メインストリートの歩道を黄色に染め上げるイチョウは、見た目だけなら非常に美しく、こうして鼻をつまんで見上げる分には最高と言えなくもない。

 

「あぁ、銀杏くせぇ」

 

 部活の早朝練習だろうか? 若い男がすれ違いざまにそうボヤく。その言葉に心底同意しながら、俺は走って事務所のある歓楽街の方へ向かった。帰ったらちょうど良い時間だ。シャワーの前に事務所に寄って、トラオや他の使い魔共に餌をやろう。その後は……

 

 なんて、呑気に今日の予定を考えていた俺は、雑居ビルのエレベーターが三階に着いたところで、それらの予定を一旦白紙にした。何故なら……

 

「だからアンタ誰なのよ!」

「はぁ…………何度言えば分かってくれるのかしら」

 

 二人の女が事務所の前で言い合っている。片方は霧花さんだ。ひと月前から一緒に暮らし始めた、俺の婚約者。で、もう片方が…………うん?

 

「涼子ちゃん……?」

 

 染めたわけでもなく銀色の頭髪、赤いメンズのファー付きコートに、デニムのホットパンツ。最近は肌寒くなってきたというのに、惜しげもなく生足を晒す彼女は、俺の母方の叔母、薬師涼子(やくしりょうこ)だった。

 

「あっクウ兄! 聞いてよ! なんか変な女が」

「変な女……? 私が? 私は遠城霧花、遠城って言えば普通は分かると思うのだけど」

「あぁ、霧花さん。無理だよ、そういうの分かんない(とこ)の娘だから」

 

 取り敢えず、俺は火花を散らす二人の間に割って入って、事務所の中に誘導する。お互いに自己紹介が必要なようだし、涼子ちゃんがここに居る理由も聞かなければならないからな。

 

  鳥たちに餌をやり、俺も私服に着替えた。事務所の応接間に向かい、ソファに座る。後は暖かいコーヒーがあれば完璧というところに、湯気を立てた黒い飲み物が差し出される。

 

「……ココア」

「甘いの好きなの」

 

 霧花さんにしては可愛い物言いだが、何故だろうギャップに萌えを感じたりしないのは?

 

「俺はコーヒーの方が良いな」

「そうね、いれてきたら?」

 

 飄々とした顔で自分の分のココアを呑む霧花さんに、俺はそれ以上何も言えずにココアを啜る。うん、普通に美味しい。

 

「じゃあ改めて、久しぶり涼子ちゃん、今日はまた何で東京に?」

「そんなの依頼に決まってるでしょ? 今、ウチの村が大変な事になってるの…………ってそんな事より!」

「本当にそんな事か? 大変な事が起きてるんじゃないのか? おい、なぁおい」

 

 ピッと人差し指を霧花さんに突きつける涼子ちゃん、霧花さんはそれに無表情ながら、ムッとした雰囲気で応える。彼女としては、いきなり現れた涼子ちゃんに相応の警戒感や不快感があるようだった。

 

 というか、この時間の来客は割と非常識な部類に入る。彼女が怒るのも分かるが……それだけ緊急の要件かもしれないので俺は戦々恐々と言ったところである。村が大変なことになってるらしいし。

 

「誰よその女」

 

 誰でも良いだろとは流石に言えなかった。久しぶりに会った甥っ子に見知らぬ女の影となれば、まぁ、気になるよなそこは。

 

「紹介が遅れたね」

「いつも紹介が遅れるわねアナタ」

 

 ちょっと黙っててくれ。頼むから。

 

「俺の婚約者(フィアンセ)の遠城霧花さんだ。霧花さん、この娘は俺の母方の叔母で薬師涼子ちゃん」

 

「叔母?」

「フィアンセェ?」

 

 怪訝な表情の霧花さん、何故か口をへの字にしている涼子ちゃん。

 

「どういう事? クウ兄大人になったら結婚してくれるって言ってたじゃん!?」

「いつの話だ! ていうか、叔母と甥は結婚できねえよ!!」

 

 ギャンギャン騒ぐ年下の叔母にドンと机を叩いて応戦する。お互い本気で言い合っている訳ではない。まぁ、これも一種のコミュニケーションという事だろう。ついには半泣きで掴みかかってくるクソガキ相手に四苦八苦していると、誰かに服の裾がちょいちょい引かれる感覚がする。

 

「ねぇ、この人何歳なの?」

「あぁ? なんだって!?」

 

 霧花さんが何か言っているのは分かるが、如何せん目の前の涼子ちゃんがうるさすぎて聞こえない。俺がそう彼女に伝えた瞬間、腰の入った右ストレートが涼子ちゃんの顔面に入った。事務所は瞬く間に静寂に包まれ……

 

「ざぁこ♡ ざぁこ♡」

 

 トラオの人を嘲る声だけが虚しく響いた。

 

「こほん……この騒がしいお客様はいったい何歳なのかと聞いているのよ空理さん、アナタの叔母さんというには若すぎるようだけど」

「あ、あぁ…………そりゃ霧花さんと同い年だからな。でも言った通り、この娘は俺の母親の妹で」

「じゃあ、本当に血縁上の叔母という事なのね」

 

 俺の母親が何歳だったのか、正直覚えていない。なんせ、俺が七歳の時に病気で田舎に引っ込んだきり、死んだ事すら大人になってから知らされたぐらいの関係だ。その彼女と涼子ちゃんの間には、多分だが二十歳以上の年の差がある。別に不思議な事でもない。一般ではどうか知らないが、魔術の世界ではよくある事だ。

 

「俺は長男だけど、下には十何人と弟や妹が居てさ、一番下の子と何歳年の差があるかなんて俺にも分かんないくらいだし」

「うちは……そんな事はないけど兄弟は多かったわ。そう、魔術師の家ってそうなのね」

「霧花さんみたいに嫁に出したり、男だったら養子に出したり……あとは()()()()()()使()()()()、子供の使い道は多いから、そういう家が多いんだそうな」

 

 と、そこで霧花さんが微妙な顔をした。

 

「私そんな産まなきゃいけないのかしら……」

 

 腰をひねり、ソファの上から背後の窓を見る。ブラインドの向こうに覗く秋空は、気持ちの良いぐらいに真っ青だった。…………こんな時間にする話じゃなかったな。

 

「嫌になった?」

「今の話を聞いて嫌にならない女の子が居るなら、会って話してみたいくらいね」

 

 そりゃそうだ。分かる分かるその気持ち。俺は「ん」と彼女へ向かって手を差し出した。

 

「この手は何?」

「霊翔環を渡してくれたら、今すぐそんな目に遭わないようにしてあげるよ霧花さん」

「ダメよ」

 

 断ったついでに冷たい目で見降ろしてくる霧花さん。なんでダメなんだ……

 

 なんというか律儀な人だ。他人の家の事をとやかく言えないが、遠城家だってそんなに義理立てするような家とは思えない。現にこの政略結婚に俺たちは利用されてるわけで、遠城家も所詮は古臭い魔術師の家なのだ。まぁ、この話はこれくらいにしおくべきだろう。霧花さんと喧嘩しても良い事はない。それに、涼子ちゃんの話も気になる。

 

 

◆◆◆

 

 

「じゃあ、改めて話を聞こう。今日は何のご相談に?」

「はい……私の住んでいる村、蔵空(くらあき)村って言うんですけど」

 

 話は簡単だった。彼女の村で暴れている魔物を駆除して欲しいというもの。この手の依頼は一旦は行政が預かり、退魔連経由でハンター協会から所属ハンターに仕事が行くパターンが多い。今回そうでないのは場所が特殊だからだろう。

 

「蔵空村で対処できないって、どんなバケモノだよ」

「それが分からないの! いつも夜が明けると村人が死んでて、まるで人狼ゲームの人狼みたい」

 

 正体不明か……面倒な依頼だ。調査から始めるとなると、それなりに費用も時間もかかる。だが、俺にはこれを受けなければならない理由があった。

 

「その口振りからするに、被害は一般人にも広がってるんだな?」

「うん、そうなの……むしろ魔術とは関係のない人たちの方が」

「そうか……」

 

 だとしたらマズいな、確か()()()は一人暮らしだった筈だ。そう思案する俺に、涼子ちゃんはすぐに何かを察して笑顔を作る。

 

「安心してクウ兄、ライト君は無事だから」

「だけど、これからも無事って保証はない。違うか?」

 

 その問いには、彼女も困ったような顔で頷いた。まぁ、そう言う事だろう。協会に頼めよと言いたいが、俺で何とかできるなら、蔵空村としては助かるのも分かる。なんせ日本有数の隠れ里だからな。

 

「入村許可証は出るんだよな」

「分かってるよ。何人分必要?」

「俺とこの霧花さんの分で二人だ」

「おけおけ」

 

 とんとん拍子で話が進む。流石に依頼には先約があるから、今日すぐにという訳にはいかない。早くても明後日からになるだろう。俺はその事を涼子ちゃんに伝えて……

 

「ちょっと待って」

 

 そこで霧花さんから待ったが掛かる。彼女は頭を押さえて、考えが追いついていない事をアピールしながら、少しの間沈黙を挟み、おずおずと疑問を口にしていく。

 

「色々とついていけないのだけど、一つだけ良いかしら?」

「………………はい、どうぞ?」

 

 涼子ちゃんが、少し困惑気味に先を促すと、霧花さんは少し屈んでソファに座る俺たちと目線を合わせてこう言った。

 

「ライト君って誰? その人が危ないから、空理さんは断れないの?」

 

 その言葉に事務所は一瞬の静寂に包まれた。俺と涼子ちゃんはお互いに見つめ合い、一瞬の後に「あ~~」と声を揃えた。確かに、この場の全員が知っている前提だったが、彼女はアイツの存在を知らない筈である。

 

「鷹峰来翔(らいと)、十年前に親元を離れて蔵空村にお世話になってる俺の弟です」

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