魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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蔵空村人狼事件 第四話

 

 

 

「食う?」

「不思議か? うちの魔術は強い奴を食えば食うほど強くなれるんだぜ?」

 

 それは成長途上の子供に限った話だったんじゃないのか? いや良い、変に突っ込んでもロクな返事が無さそうだ。俺は瞬時に頭を切り替え、別の疑問で誤魔化した。と言っても、コレもコレで重要な問いだった。

 

「いや、そうじゃなくて。魔物を食べるのに、生け捕りにする必要があるんですか?」

「ああ! そんな事か!」

 

 何でもない事を聞かれたというような反応だった。とはいえ、長くなるのだろう。地面に腰を落ち着け、木人に背を預けて、俺にも座れとジェスチャーしてきた。

 

「…………」

 

 それに応じて刀を鞘に納め、地面に座る。

 

「良いか? 死んだ奴の肉は、食えばなくなるだろ?」

「そりゃ、当然そうでしょうね」

「だけど生きた奴の肉は違う」

 

 …………………………なるほど。

 

「肉を削いだら、その分が再生するまで無理矢理にでも延命して、治療する。ゆっくり時間をかけてになるけどよ、こうすれば同じ魔物の肉を何千何万食と用意する事ができる。実際、うちの地下にはそういう魔物用の檻が幾つもあってな、俺たちはその中から好きな魔物の肉をいつでも食えたってわけだ」

 

 凄いだろ!? そう純粋に自慢する叔父に、俺は絶句するしかなかった。それから、俺は何とか彼の依頼を玉虫色の言葉で躱し、稽古もそこそこにその場から逃げ出した。縁が切れているとはいえ、ここが鷹峰家と交流があったような家なのだという事実を、嫌というほど思い知らされた。

 

 昨日の暖かい歓迎で、それを忘れかけていた自分がつくづく嫌になる。

 

 

◆◆◆

 

 

 遠城霧花の朝は早くも遅くもない。平均的な起床時間になると布団から出てきて、のそのそと鏡の前に向かう。粛々と身だしなみを整えていく中で、ふと彼女は鏡の中の自分に手を伸ばす。その頭頂部を爪の先で引っ搔いて、昨夜の事を思い出す。振り返れば、知らないうちに元の場所に移動している空理の布団があった。

 

 昨夜、全てを語った空理はその後、布団を持って部屋を出た。それが彼女には不満だった。そこまで露骨に避けることはないだろう。別に取って食ったりしないのに。

 

 ふと気になって彼の布団に近づいた霧花は、おずおずと敷布団に手を這わせた。

 

「冷たい」

 

 随分昔にここを出ていったらしい。この布団の冷たさが、そのまま彼の自分への冷たさを表しているようで、霧花には寂しく思えた。……そんなわけないと分かっているのに、どうしても胸にひっかかるのだ。

 

「出会って随分とたつのに、あの耳の事もずっと隠してた」

 

 それだけ自分が信用されていなかったという事だ。勿論、空理と霧花の関係を思えば当然の事だが、彼女にとっては割り切れない問題だった。

 

 それはそうと、自然と枕元に視線が吸い寄せられる。どうしようもなく昨夜の空理の姿を思い出す。どこか緊張したような、恥ずかしそうな表情、まるで生き物のようにひょこひょこ動く狼の耳……

 

「~~~~~~~~っ!!」

 

 思わず空理の枕に顔をうずめて、悶絶していた。ジタバタさせた脚が畳を叩き、乾いた音を部屋に響かせる。絶対に人様に見せられないような醜態だが、今の彼女にそれを気にするだけの余裕はなかった。そして……

 

「おっはよ~! お二人さ~ん、昨晩はっムフフ、お楽しみでし…………なにやってんの?」

「っ!?」

 

 こういう時に限って、誰かが部屋に入ってきたりするのだ。

 

「……なんでもないわ」

「ホントにぃ~?」

 

 ズカズカと部屋に入ってきた薬師涼子は、グルグルと霧花の周りを歩き、前から後ろから、彼女の様子を訝しげに観察する。何事もなかったかのように取り澄ました叔父の婚約者に、大したポーカーフェイスだと感心しながら視線を件の枕に落とす。

 

「その枕クウ兄の? あっ、ひょっとしてクウ兄の頭(くさ)い? 加齢臭する?」

「まだそんな年齢じゃないでしょう」

 

 それもそうかと呟いて、うーんと唸る涼子、彼女としては霧花の挙動不審がどうしても気になるようだったが。

 

「まぁ、見なかった事にしてあげましょうか! それよりクウ兄は? 朝餉の仕度ができたから女中さんの代わりに呼びに来たんだけど」

「さあ? どうせ朝のトレーニングから帰ってきてないだけでしょう。今頃はきっとシャワーでも浴びてるんだわ」

「そう言えばあの人そっち側だったなぁ……じゃあ良いや、霧花ちゃんだけでもおいで」

「そうね、じゃあ少し待っていてもらえるかしら? 今着替えてしまうから」

 

 頷く霧花に、笑って頷き返した涼子は、やたらと元気に部屋から出ていった。まだ出会ってそう経たない間柄だが、それが彼女なのだと霧花にも分かり始めていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 村の中心に鎮座する黒漆塗りの社殿、そこは全国から集めた神性を保管する共同神殿、蔵空神社だった。

 

「封鎖…………」

 

 呆然と呟く霧花さん。そうなるのも分かる。俺も同じ気持ちだ。村の調査の手始めにと、この村の中枢を見にやってきたのに、これじゃ調べようがない。張り巡らされた結界の前には、ここが封鎖されている事のみを伝える立て看板が設置されており。見るからにトラブルの匂いをプンプンとさせているが、俺達にはその事情を知る術がなかった。こんな事だったら、今朝爺さんと話した時に聞いておくんだった。

 

「はぁ……まぁ良いさ。ここ絡みで問題が起きていることを村側も気づいてるってのが分かっただけ、収穫があったって事にしよう」

「この後はどうするの?」

 

 腰に差した刀の柄頭を撫で、感触を確かめながら歩き始める。いつまでもここに居たって仕方がない。神社の奥には人の気配を感じるが、俺たちが行っても詳しく話してくれるとは思えなかった。俺たちはあくまで連続魔物襲撃事件を解決しに来たのだから、現場でも見てくれば良いと誤魔化されるのが関の山だろう。

 

「二人で村の中を見て回ろう。今朝のうちに使い魔を放っておいたから、監視としてはそれで十分なんだが、一応自分たちの目でも確認していこう」

「そう…………それは良いのだけれど」

 

 そこで不自然に言葉を切る彼女に、思わず歩みを止める。振り返って見れば、どこか困惑が見て取れる表情で遠城霧花は押し黙っていた。

 

「……霧花さん?」

「アナタの事だから、二手に分かれて効率よく回ろうと言うのだと思っていたわ」

「あぁ…………なるほど」

 

 彼女の言うとおりだ。普段の俺ならそうした。その方が断然効率的だし、一人当たりの仕事量も少なく済む。だが…………

 

「悪い、今日は一緒に居て欲しい」

「…………え?」

 

 今回の仕事は危険だ。最悪想定される敵が敵なんだ、単独行動は命取りになる。だからこそ、できるだけ二人で動くべきだし、いざ戦闘になった時も連携して対処できる距離にいた方がいい。

 

 ……それに、いざという時は霊翔環に頼りたいしな。なんて、霧花さんに言ったら怒られそうだが。

 

「い、一緒に居たいって、それはどういう……」

「どうって、そりゃ」

 

 一人だと危ないし、そう続けようとした俺を無視して、何かが脇を通り抜ける。というか、霧花さんが何故か走って逃げだしていた。思わず呆然と見送った。だって意味が分からないだろう? ついさっき二人で行動しようと話し合っていたばかりなのだから。

 

「ちょ、ちょっと!? どこ行くんだよ! 次は事件現場だぞ! 分かってんのか、オーイ!!」

 

 たまらず走って彼女を追いかける。時刻は午前の九時を少し過ぎた頃、俺達は蔵空村人狼事件の本格調査を開始した。

 

 

◆◆◆

 

 

・第二の被害者、紅津(くつ)川の橋脚の下に住み着いていた老人、事件現場は彼のねぐら。

 

・第三の被害者、村役場の受付事務、事件現場は浮気相手との密会の帰り道。

 

・第四の被害者、二世帯同居の一般家庭、家族全員が事件現場である自宅にて惨殺されていた。

 

・第五の被害者、外食の帰りに車ごとズタズタに引き裂かれた若い夫婦。

 

・第六の被害者、一人暮らしの高校生、自宅で恋人と電話中に襲撃され惨殺。

 

・第七の被害者、里管理委員会の警備員(ガードナー)、非番のため偉須(いす)湖に夜釣りに行っていたところを惨殺されていた。一応、魔物による連続襲撃事件が解決していないため、武装して出かけていたそうだが、全く抵抗できずに一方的に殺されている。

 

 大急ぎでこれらの現場を回って、流石に疲れた俺達は、昼食のために村の中心部からほど近い喫茶店に入っていた。

 

「おまちどう、照り焼きチキンと鯖の煮つけね」

 

 白いタオルを海賊巻きにした店主が二つの盆を持ってやってきた。照り焼きチキンが俺、鯖の煮つけが霧花さんの注文だ。この店は値段の割にガッツリ系で、俺も霧花さんも思わず感嘆の声をあげるほどだった。というか、東京住みからしたら考えられない値段設定。凄いな、コレだけで軽くこの村に住みたくなってしまう自分が居る。

 

「………………」

「いただきます」

 

 千切りキャベツと一緒に照り焼きチキンを口に運ぶ。うん、チキンが大切りで美味しい。

 

「美味しいね」

「そうね」

 

 今日の霧花さんはどうにもぎこちない。妙に言葉少なだし、俺と目を合わせないようにしている。ひょっとして、一緒に居たいって言葉を誤解しているんじゃないだろうか? 彼女の様子を見ていると、どうもそういう気がしてならない。

 

 だとしたら誤解を解かなければならない。とは思うのだが…………

 

 だからと言って、俺の方から「アレはそういう意味じゃなくて」などと言い出して、実は違ったら、俺が自意識過剰みたいじゃないか。それは流石に恥ずかしい。

 

「現場を回ってみて、どうかな? 霧花さんは何か気付いた事は」

「…………そうね」

 

 俺の質問に箸を置き、少し考えこむ霧花さん。とはいえ、仕事に支障はない。意見を求めれば、こうして話してくれるし、そこは流石と言わざるを得ない。問題は、このままだと霧花さんの方が疲れてしまいそうだというところだ。とはいえ、これは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。少なくとも、俺にそこら辺を上手くやるだけの異性とのコミュニケーション能力はない。悲しい事に無いのだ。

 

「現場からは、魔物特有の気配が無かったように思うわ」

「俺もそう思うよ。アレは魔物の仕業というには、臭いがなさすぎる」

 

 敵は人間か動物か、神性か。あるいは気配を消すのに長けた厄介な魔物が居るというのもあり得る。なんにしろ、村に入った時の予想どうり、ただの魔物退治とはいかなさそうだ。

 

「アナタの方は?」

「え?」

「何か気付いた事は無いの?」

 

 勿論、気付いた事だらけだ。聞かれたなら、話すべきだろう。俺も箸を置いて、居住まいを正す。

 

「霧花さんの様子が変だったから」

「へ、変じゃないわよ」

「変だったよ、声をかけるだけで妙にビクビクするし。それで、そのせいでその場では言えなかったんだけどな…………」

 

 全ての現場に共通して言える事だが、一つ明確に薬師斗真一家殺害事件と違うところがあった。それは、現場に被害者の霊が居た事だ。そして、その口から敵の様々な特徴を聞くことができた。敵は二足歩行の銀色の狼、瞬間移動の如きスピードと、自動車を豆腐のように容易く切り刻む両腕の爪を持っている。確かに中々強そうだが、問題はそこではなく、その情報は隠されていなかったという事だった。

 

 薬師斗真一家の現場は、霊的な痕跡が一切残っていなかった。考えられるのは、薬師家の人間が村の上層部に掛け合って、村内部の霊媒師が動いたという線だ。その目的が捜査の妨害なら、二回目以降の現場に手が入っていない理由の説明が付かない。

 

 考えられるのは二パターンだ。薬師斗真一家の件は、今回の事件とは無関係。その殺された理由を隠すために、魔物襲撃事件に見せかけた。というのが一つ。

 

 もう一つは、薬師斗真が他の被害者には知り得ない何かを知っていたという線だ。他の被害者が語った情報の他に、薬師斗真だけが知っていて、そして薬師家にとってバレてはいけない秘密がある。それを隠すために死人の口をふさいだのだしたら、筋は通る。

 

 前者にしても後者にしても、どうにもきな臭い。

 

 そんなような事を一通り話す頃には、俺の盆にも彼女の盆にも料理は残っていなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 私は動揺していたのだろうか? 昼下がりの蔵空村、人通りの少ない道を、空理の後を歩きながら霧花はそう心の中で呟いた。鷹峰空理は、婚約者を前にして「一緒に居たくない」「結婚したくない」そういう感情を隠さない男だった。言うまでもなく、好きな男にそんな態度をとられて良い気分のする女は居ない。

 

 だから、一緒に居たいと言われて、舞い上がってしまったのかもしれない。それと同時に、普段向けられない好意に、どうすれば良いのか分からなくなってしまっていたのだ。彼女は冷静に、先ほどまでの自分をそう分析していた。

 

 霧花の足取りは明らかに重かった。前を歩く空理にも、それが伝わるほど肩が落ちている。空理が食事をしながら、自分が舞い上がっていた間にずっと考えていた事を明かした時の、彼女の気分は最悪だった。あれだけ事件の事を考えていた男の脇で、自分は何をしていた? 勿論、仕事を疎かにしたつもりはなかった。冷静に現場を分析できていたし、空理の推理についていけるだけの能はあった。それでも、動揺していたし、舞い上がっていたし、気を遣わせていたのだと思うと、情けなくて死にたくなった。

 

 気が付けば、前を歩いていた空理が立ち止まっていた。場所は蔵空村唯一の学校、小中高とがまとめられた、国立第七魔術秘匿学校の前だった。フェンス越しにグラウンドを眺める空理から、霧花は目が離せなかった。

 

 空理の視線の先には、部活だろうか? サッカーをしている高校生達が居た。空理の目は、その中の眉の短い、無表情な少年の姿ばかりを追っていた。

 

「弟さん?」

「あぁ……」

 

 鷹峰来翔(らいと)、空理がこの仕事を受ける動機になった、十一歳年下の弟だ。

 

「声を掛けなくて良いの?」

「本当は、こうやって見ているのも良くないんだ」

 

 そう言って空理は弟から視線を切ると、帽子を深く被り直して歩きだす。

 

「十年前、アイツはまだ六歳で…………生贄にするには丁度良い年齢だった」

 

 ”生贄”、躊躇しながら口にした空理の言葉に、霧花は息を呑んだ。遠城家においては、彼女の知る範囲でそのようなものは無かった。いずれ家を出る娘に、わざわざ教えなかったというだけだが、それでも彼女からすれば衝撃的なワードだ。鷹峰家が代々奉る旧い神、佐奈毘との契約には巫女としての役割を担う本家の子供が必要だった。つまりは、空理の弟、鷹峰来翔である。

 

「俺はさ、俺のためにアイツが死ぬのがどうしても耐えられなくて、……それで霊翔環をタイムカプセルに入れたんだ」

「じゃあ彼が親元を離れてここで暮らしてるのも」

「うん、俺が逃がして、ここに連れてきた」

 

 鷹峰来翔は、今も鷹峰本家から狙われている。たとえ彼が十六歳になり、継承の儀式の生贄に使えなくなっていたとしても、鷹峰空理が一度肩入れした存在であるというだけで、人質としての価値がある。

 

「今も、俺に取り憑いている本家の監視がアイツと俺の接触を今か今かと待っている。言葉を交わしたり、身体的な接触があれば、瞬く間にその場所が本家に知れる」

「じゃあ……アナタがどれだけ彼を守るために命を懸けても、彼には会えないのね」

「あっちも会いたくはないだろ……俺のせいで人生滅茶苦茶だ」

 

 霧花は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。会いたくない? 何故そう決めつけるのか、きっと彼は兄に会いたいはずだ。自分を助けてくれた人に、お礼を言って、なかなか会えない事に文句を言って、事情を教えてくれない兄に怒って、笑って……

 

 私だったらそう思う筈だ。霧花はそう心の中で呟いた。

 

「俺はきっと、アイツに恨まれてる」

「っ……そんな事ない!」

 

 突然の霧花の大声に、空理は驚き、足を止めて振り返る。なんだか、今日は彼女に振り返ってばかりだな。なんて益体もない事を考える空理の前で、霧花は両の拳を握り締め、静かに震えていた。怒りか、悲しみか、空理には彼女の感情は分からなかった。

 

「そんな筈ないでしょ……馬鹿じゃないの」

 

 自分なんかより、よほど空理に思われている少年を思う。

 

「アナタは、自分が誰かを助けたいばかりで、助けられた側の気持ちなんてこれっぽっちも分かってないのよ」

 

 そう言って、霧花は来た道を戻っていく。空理はそんな彼女を、何も言わずに見送る事しかできなかった。

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