魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第八話

 

 

 

「あー終わったぁ……なんかおかしくない? 私たち巻き込まれただけなのに、なんでこんな遅くまで取り調べ受けなきゃなんないわけ?」

「まぁまぁ、警察も仕事なんだし仕方ないじゃん?」

 

 時刻は午後の十一時十分前、危穂の歓楽街から少し離れた住宅地とオフィス街の緩衝地帯にて、長い事情聴取の末に地下から這い出てきた数人の男女が歩いていた。空理、霧花を含む比嘉以外の合コンメンバー全員が一斉に解放され、しかし飲み会を続けるような空気でもなく、目的地も特に決まらないまま駅方面へ向かっている途中だ。長引いた聴取に文句を言うのは、佐々木美紀。それを宥めるのが霧花の友人である伊月摩耶である。

 

 女性陣は肝が据わっているのか、あまり動じた様子はない。それに対して、男性陣は友人の死を今更強く実感したのか、青白い顔で身を寄せ合っていた。山下、夜野の二人はそのまま別れ、駅に向かう。

 

「これはもう、解散の流れだね」

「当たり前でしょ? あんな事があった後でカラオケで歌えっての?」

「そうね、もう遅いのだし、あまりゆっくりしていたら終電に間に合わなくなるものね」

「いや、そういう意味じゃなくね?」

 

 残された女三人に空理一人、さてどうするかと話し合う。とはいえ、やはり摩耶の言った通り解散の流れだろう。

 

「ごめんなさい。二人とも、私はここらへんで失礼するわ」

「家に待たせてる子が居るから、悪いけど霧花さんは貰ってくよ」

「あっはい、お気をつけてー」

「チッ、合コン帰りにイケメン彼氏と一緒に愛の巣に帰るってか、クソピンチヒッターめ」

 

 それぞれの反応を返す女子大生二人に軽く頭を下げて、空理は霧花と一緒に事務所のある東方面へと去っていった。残された佐々木と摩耶も、寂しい我が身を嗤い合ってから、その場を離れた。

 

 

◆◆◆

 

 

 自分と、その後ろを歩く先輩の足音だけがやけに大きく聞こえる。車の遠い過ぎていく風音、雑多な笑いが巻き起こる街角、危穂の町は今日も元気に栄えていた。それが、青年……山下玄貴にはやけに遠く聞こえた。同じサークルの友人が死んだ。その事実が、彼の頭蓋の中を空虚に満たしていく。

 

 泣けば良いのだろうか? 怒れば良いのだろうか? それとも困惑し、恐れるべきなのだろうか?

 

 あまりに現実感のない現状に、彼の感情はどうにも形になりそうもなかった。ただ、華やかな街角に不相応な陰気なオーラを放つばかりである。その姿を背後から眺めていた夜野カルマは、長い長い沈黙の末に大きく溜息を吐いた。

 

「なんです?」

「いやァ? ……なんでも」

 

 どこかつっけんどんな白髪の男に、モジャモジャ頭の山下が胡乱な目を向ける。なぜ彼が怒っているのか、山下には理解できなかったからだ。夜野はどうしたものかと自分で自分の肩を揉む、原稿作業で凝りまくった肩は岩のように硬かった。

 

 今更のように疲労を実感し、空を見上げる。

 

 バタバタとやかましい羽音を立てて、カラスの群れが降りてくる。路地裏に転がってる酔っ払いの吐瀉物が目当てだろう。天高く昇った月と、地上の有り様に夜の深まりを感じ、帰りたい欲が強くなってくる。だが、と彼は後輩に目を向けた。唐突に態度を変え、街中で立ち止まり、どこか感傷的な雰囲気を醸す夜野に、山下はやはり胡乱な目を向けるしかない。だが、彼が思っている以上に、彼は思い詰めているのだろう。夜野は山下の立ち姿から、そんな事を思った。

 

「ゲーセン行くかぁ……」

「えぇ……俺帰りたいんスけど」

「行くぞ後輩」

「分かったっスよ先輩」

 

 我儘な先輩だと溜息を吐いて、山下は踵を返す。反対とは言わないが、ゲーセンは駅とは違う方向にある。少し、歩いて戻る必要がありそうだ。後ろを歩いていた夜野が、今度は前を歩く。その後ろについていく山下の背中は、少し前と比べれば、幾らか明るい雰囲気が滲むようだった。

 

 そこから少し離れたコンビニに一人の女性客が入店する。明るい茶髪に青いメッシュの軽そうな女だ。酒が回っているのか、少し頼りない足取りで、レジから見て奥の飲料品売り場に向かう。バイトをやめたせいで、今月は金欠だ。普段の彼女なら好物の乳酸菌飲料でも手に取るところだが、散々手が迷った挙句にジャスミン茶を人差し指と中指の間に引っ掛けた。

 

「あ"ぁ…………きっつ」

 

 どこか熱を持つ額を、冷え切った左手で抑える。マニキュアの硬い感触すら、今は億劫だ。早く家に帰りたい。そんな事を誰にも聞き取れないようなグズグズの活舌で呟く。

 

「ちょいちょい、お客さんそのお茶レジ通してないよ」

「あっ、そうだったぁ…………はい、これ」

 

 コンビニから出ようと言うところでレジの青年に呼び止められ、あらら、やっちゃったわねと軽く笑って踵を返す。テコテコと歩く彼女の酔っ払い仕草に、青年も苦笑いである。

 

「………………なんですかこれ」

「だから、はい」

 

 今レジの上には高級感のある革財布がテンと置かれていた。ピンク色の塗装された女性物の革財布、造りからしてハイブランドの品である事が窺える。

 

「なによぉ、お金ならあるってんのよ」

「だったら出してくださいよ、お金…………財布から」

「えぇ…………めんどくさいぃ」

 

 レジに左頬を付けて、そのひんやり加減を楽しみながら、潤んだ瞳で見上げてくる彼女。仕方ないなと、店員は財布を開く。免許を持っているのかと、些細な驚きと共に軽く眺める。名前は伊月摩耶、年齢的には大学生。目の前で溶けてるそれとは似ても似つかない真面目な顔の証明写真と目が合って、微妙な気分になるバイト。もう一度溜息を吐いて、中から効果を二枚ほど取り出し、レジに入れ、お釣りとレシートを財布の中に直接返す。

 

「ご来店ありがとうございました。こちらサービスのレジ袋です。お荷物落とさないように気を付けて帰ってくださいね」

「あいぃ……ご親切にどうも」

 

 さて、ここで察しの良い者なら気付くだろう。この伊月摩耶の惨状の違和感に。……………………この女いくら何でもこの短時間で酔いが回りすぎている。どう考えても、追加で酒を飲んだとしか思えない。

 

 なんて、考えているなら大いなる誤解である。店員に見送られ、コンビニから駅へ向かう摩耶、その身体は程なくして、脱力の果てに前のめりに倒れ伏す事となる。そして、街中で倒れ込む危ない女となった彼女のもとを通りかかったのが……

 

「んだぁ? 見た事ある顔が寝落ちしてんぞ」

「伊月さんですね」

 

 ゲーセンに向かう途中の夜野と山下である。

 

「こんなところで寝てたら危ないですよ、どうします? 先輩」

「んん…………そうだなァ? まぁ知らない仲じゃねえし、心配ねえだろ。起こせ山下」

 

 霧花と並べば霞むが、それでも彼女はうら若き、そして美しき乙女である。こんなところで寝転んでいては色々と危ない。そんな配慮のもと、山下が彼女のもとへと歩み寄り、肩をゆする。

 

 起きてください、酔っぱらって寝ると凍死しますよ? 狼にパックリ食べられちゃいますよ?

 

 そんな彼の言葉にも、摩耶は心配になるくらい反応を示さなかった。困ったという顔で夜野の方を見る山下。

 

「仕方ねえな、お前ちょっと近くのラブホにぶち込んで来い、あそこならセキュリティー問題ねえから」

「えぇ、俺がっスか?」

 

 なんて気まずいシチュエーションだろうか。まるで意識のない女性を襲う強姦魔か何かではないか。手を出さないと自分の下半身に誓ったところで、世間の目が気にならない訳もなく。嫌がる山下を、しょうがねえなと押しのけて夜野が摩耶の肩に手を伸ばす。

 

「…………ん?」

 

 そこで彼はようやく気付いた。この倒れ伏した人物の肌が異様に青白く、体温も酔っ払いのくせに温かさをまるで感じないという事実に。

 

「山下……救急車だ」

「……え?」

「早く呼べ! 百十九番だ!!」

 

 夜野の怒声によって、ようやく事態を飲み込めた山下が、大慌てで携帯を取り出す。その姿を後目に、夜野は摩耶の意識の有無や呼吸を確認していく。ほどなくして、その場に救急車が駆け付ける。呼吸こそしていたが、彼女には意識がなく。そのまま最寄りの病院へと運ばれていった。

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