魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第十話

 

 

 

 時刻は零時を少し回った深夜。家に帰ってきた空理たちは、今日はもう遅いからと、摩耶をそのまま霧花の部屋に案内した。理沙は既に客間で床に着いており、空理は久しぶりに自分の部屋のベッドに身を預けた。風呂は明日の朝に入れば良い。今はもう、流石に疲れたのか、誰もが寝る事だけを考えていた。

 

 そして、どんなに就寝が遅れようと、朝早くに目が覚めるのがこの男、鷹峰空理である。他の誰もが起き上がらないなか、のっそりとベッドから抜け出すと、そのまま着替えて朝の鍛錬に向かう。

 

 その次に起き出したのは霧花だった。いつもの如く空理が居ない事を確認すると、欠伸を噛み殺しながら風呂場に向かい風呂を沸かし直す。その後、キッチンに向かい、軽い朝食の準備を始める。やがて、理沙が起きてきて、空理が帰ってきてシャワーを浴びると三人で食卓を囲む。

 

「霧花さん……摩耶ちゃんは」

 

 トーストを齧りながら、そう言えばと空理が声をあげる。昨夜、貧血で倒れて病院に搬送され、終電を逃した間抜けな友人の事を思い出し、霧花は頭を横に振った。

 

「気にしないで平気よ、あの娘……朝弱いから」

 

 寝坊のせいで出られなかった講義の事で、何度ノートを写させてくれと頭を下げられたか分からない。霧花からすれば、彼女がこうして朝の七時になっても起き上がってこない事に疑問は無かった。むしろ当然とすら思える。なんせ日曜の朝なのだから。

 

「そうか……」

 

 なら良いかと、空理もパンを飲み込んだ。一番早く食べ終わったのは空理だった。手を合わせ「ごちそうさま」と呟くと、そのまま席を離れて物置に向かう。そこから、古めかしい厚手のシートを持ってきて地面の上に広げた。

 

「それは……?」

「昔世話になってたハンター事務所に、独立祝いに押し付けられた魔道具(ガラクタ)。霧花さんは気にせず朝食べてて、終わるまでに準備済ますから」

 

 準備を済ます、何の? 空理の急な行動に首を傾げる。そんな霧花に「忘れたのか?」と呆れ声を返す空理。

 

「事件の事、話すって約束だっただろ」

 

 冬場特有の柔らかい暖色の朝日が部屋に差し込み、微かに部屋の温度が上がりだした。というのに、事件と言うその言葉に、緩み切っていた二人の空気に氷のような冷たさが滑り込む。血の気が引くというのは、こんなにも冷たさを感じる現象なんだと、霧花は心中で呟いた。一晩経って、すっかり危機感が抜けきっていた事実に、日常の恐ろしさを感じる。こうして過ごす限りは、今もこの街のどこかで、人の血を啜る何者かが蠢動しているという事実を忘れてしまいそうになるのだ。

 

「急がなくて良い、日曜はまだ始まったばかりなんだからな」

 

 そんな大人二人のやりとりを、理沙は興味無さそうに眺めていた。

 

 暫くして、理沙がトラオと遊びに階下に降りていく頃に、空理と霧花の二人が謎のシートの前に座り込んで向かい合っていた。

 

「ところで空理さん、これって……」

「まぁ、現代人ならホワイトボードで良いんだけど……昔の西洋魔術師はこういう小道具を使って弟子に講義をしていたんだよ」

 

 そう言って空理は赤い砂の入った瓶を取り出すと、きめ細かいビロードのように光沢を放つシートの上に垂らしていく。古びて茶色がかってはいるが、真っ白な布の上に散らばる鮮やかな赤に霧花は思わず息を呑んだ。空理は右手の人差し指と中指を揃えて、その先に魔力を込める。すると、それに惹かれるようにシートの上の砂がスルスルと引き寄せられていく。そうして、空理は手際よく十四個の丸をシートの上に描く。

 

「まず、この事件の被害者だ。昨夜の時点で歌臼大学近郊で十四の遺体が見つかっている」

 

 その丸の中には一から十四までの数字が順番にはめ込まれており、それが空理の言う十四の被害者を指しているのだと察する事ができる。

 

「いずれも歌臼大学の関係者である事が捜査で分かっている…………問題は」

 

 問題は、とそこまで進めて口ごもる空理。問題はある。明確に。しかし、それをどう説明すれば分かりやすいのか、彼はそのまま口元を覆って考え込んでしまう。

 

「問題は、コイツ等全員に歌臼大学の関係者であるという事以外に共通点が無いという事だ」

 

 そして、渋々とそんな事を言う。それだけなら、見えてない共通点があるのだろうと、流す事はできる。だが、問題の本質は共通点が無いところではないのだ。

 

「勿論、大学三年生、大学四年生、同じサークル、同じゼミ、同じバイト先、この十四人のうち何人かには、そんな共通点を持つグループが存在する。だけど、全員に共通するものというのが、殆どないんだ」

 

 あるとすれば、それはもうこのあたりに生活圏を置いている事と、歌臼大学の関係者である事ぐらいだろうか。

 

「だから、特定の条件の人間を選んでとか、自分と関りのある人物に絞っての犯行とは言い難い」

「無差別という事?」

 

 まだ朝の半分寝たような頭で、しかし霧花の質問は鋭く核心を突いていた。無差別殺人なのか?

 

「違う」

 

 答えは否だ。強く彼女の言葉を否定した空理は、しかしニッと笑って「だけど、良い質問だ」と続けた。

 

「無差別ではない。完全な無差別というには、この被害者たちには共通点が多すぎる」

「ちょっと待って、共通点は無いんじゃなかったの?」

「全員に共通する点がない。とは言ったな、だが個々の被害者を見ていけば共通点はむしろ多いと言える」

 

 空理は指を動かして、一と二と書かれた丸をピックアップする。

 

「一人目の被害者と二人目の被害者には非常に多くの共通点があった。共に男性で、同い年で、同じゼミに通っていた。そして、それは三人目も性別こそ違うが、同じ大学三年生で同じゼミだった」

 

 一と二のグループに三の丸を加え、更に四の丸を近くに配置する。

 

「四人目の被害者はゼミは違うが、二人目と三人目と同じバイト先で働く、同じ大学三年生の男だ」

 

 そして五人目は一から三人目と同じゼミで、四人目と同じバイトをしている男だった。

 

「こんな風に、個々に追っていくと、被害者と被害者の間には必ず何かしらの接点がある事が分かる」

 

 空理は一から十三まで、順番にそうやって被害者同士の接点をあげつらい、それに沿って丸と丸を線で繋いでいった。六人目、七人目と続け、シートの上には無数の線が蜘蛛の巣のように張り巡らされていく。しかし、線が増えるほど混乱するどころか、逆に構造が浮き彫りになっていく。接続が突出して多い核が三つあるのが一目で分かる。

 

 五人目と、九人目と、十四人目。こうして並べてしまえば、構造は拍子抜けするほど単純だった。この三人と、この三人と接点のある人物が順番に死んでいっているのが分かる。まるで死神のように、取り憑いた者の周囲の人間を刈り取っていき、その末に宿主をも手にかける。そうして、三人の人間を渡り歩いた死神は、宿主を含めた十四という死体を積み重ねたのだ。

 

「魔術の世界では俗にヴァンパイアロード──吸血鬼の(みち)と呼ばれる現象だ」

 

 吸血鬼は魂の分与によって綻んでしまった自らの魂を満たすために、周囲の人間を搾り殺していく。そして、魂の食いすぎで限界を迎えた肉体は、吸血鬼によって廃棄され、まるで吸血被害者のような姿で発見される。特定の人物の周囲で立て続けに被害が起き、それが止むと、また別の人物の周囲で……

 

 それを繰り替えすのが吸血鬼の習性であり、必然吸血鬼の居る街ではこのような規則性をもった連続変死事件が発生しがちとなる。DMCがこの街にやってきたのも、この変死事件の規則性ゆえだろう。

 

「けれど、アナタは霊を見た。魂が残っている以上は、犯人は吸血鬼ではない……という事ね?」

「そういう事になるな」

 

 吸血鬼が糧とするのは魂だ。魂を奪われた肉体は、まるで全身の血を抜かれたようなミイラになってしまうらしいが、今回の場合は本当に全身の血を抜かれていると考えるのが自然だろう。

 

「つまり、今回の犯人は吸血鬼ではない吸血生物…………蚊やダニに類する食性を持つ魔物だ」

 

 それも、人間に寄生し、その周囲の人物を標的に血を集めるタイプだ。この世に吸血鬼の犯行に見せかけて得をする殺人者など居ない。ならば、どうしても吸血鬼と似た捕食行動を取らざるを得ない、生まれつきそういう生態の魔物が相手と考えるべきだろう。そう続ける空理の言に、霧花は確かにと頷いた。

 

「五人目、九人目、そして霧花さんたちと会っていた比嘉という男が十四人目、彼等をキャリアーとして魔物が標的を順に吸い殺しているとすれば……コイツは既に別の人間に住処を変えている筈だ」

 

 恐らくはあの場に居合わせた合コンメンバーのうちの誰かに、である。最初は貧血で倒れた摩耶を疑った空理だったが、昨夜確認した血液検査の結果から、何かに寄生された時に発生する各種数値の変動が確認されなかった。とすれば、候補は四人。空理は順に指を滑らせ、候補者の名前をシートに書き連ねていく。

 

山下玄貴(やましたげんき)夜野(やの)カルマ、佐々木美紀(ささきみき)……そして遠城霧花(えんじょうきりか)

「私も……なのね」

「リスクがないとは言えない」

 

 警察としても、寄生型の魔物の線には思い当っていたようだから、そう遠くないうちに霧花さんにも検査するよう言ってくる筈だ。そんな空理の言葉に、彼女はそっと不安そうに頷いた。

 

「オッサンの依頼は、十四人目を探し出し、引っ越しのタイミングを捕えて、魔物を始末する事だった」

 

 しかし、それは失敗してしまった。十四人目の被害者は気が付けば干からびて、魔物は既に姿を消していた。残ったのはキャリアの疑いを持たれた四人の男女、魔物を探すという点で言えば、もう王手がかかった状態だ。空理に残った仕事はない。しかし、そう語る空理の表情は、依然として険しいままだった。

 

 今もこの街には異国の吸血鬼狩り、DMCが潜伏している。彼等が悠長に警察病院での検査の結果を待ってくれるとも思えない。たった四人の人間を殺せば片が付くのなら、きっとそうしてしまうのではないだろうか? そんな内心の不安に、空理は眉間に深い皴を刻む事しかできなかった。

 

「おはよ~」

 

 そんな、妙に緊迫した空気を、なまくらな声が切り裂いた。間延びして、寝起きゆえかどこか掠れた声の女に、空理と霧花の視線が集まる。少しサイズの合ってない、ダボついた薄紫のパジャマは霧花から借りたものだ。昨夜の貧血はどこへやら、朝っぱらから血色の良い顔でリビングに入ってきたのは、二人目の客人──伊月摩耶であった。

 

「摩耶……もう早くないわ、昼前よ」

「何言ってんの十時ちょいでしょ? 日曜なんだからこれぐらい寝なきゃ」

 

 それに昨日は体調が悪くて、朝起きても疲れがとれなかったからと、摩耶が小さく続ける。そんな彼女を自堕落と小言を言うのも憚られ、霧花は困ったような顔で朝食のテーブルを手で指し示す。

 

「朝、食べるでしょう? 温め直した方が良い?」

「いいよぅ、今のままで十分美味しそうだし」

 

 摩耶の雰囲気にあてられてか、それまでの空気は嘘のように弛緩し、霧花はそっとシートの前から立ち上がる。真面目な話はここまでとするべきだ。何故なら今日は、日曜日なのだから。

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