魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第十三話

 

 

 

 秋の高い空が茜色に染まると、にわかに風に冷気が混じり、森の木の葉がさざ波を立てて泣き出した。それは、何気ない金曜日の夕方の事だった。訳も分からず、山の社へと連れてこられた俺は、そこで母と伊月さんを中心に、数十人の子どもが集められているのを見た。皆、いずれも清められた体に、白い装束を身に纏い、まるで生贄の儀式だと思ったのを覚えている。

 

「父上……?」

 

 厳めしい顔で俺の手を握る父、彼の眼差しは真っ直ぐに儀式の中心である母へと注がれている。これが何なのか、何故俺がここに連れてこられたのか、分からないながらも……何か大変な事が起きようとしているという実感に肩が震えた。

 

「では、烏丸の子──宣康(のりやす)がつかまつる」

 

 大昔の、映画に出てくるような陰陽師の格好をした伊月の父親が、平然とした顔で儀式の音頭を取る。鬱蒼とした木々に囲まれた広場は、陽が下がると共に薄暗さに支配され始め、祭壇の四方を囲む篝火の不気味な揺らめきだけがこの場所を照らしていた。

 

「と、父様……? そこに居るの?」

 

 俺はその中心で静かに座っている母と、父親の声に助けを求める伊月さんを見て、この儀式を止めなきゃいけないと思った。なのに……

 

「っ!」

 

 身体が動かない。まるで全身を縛り上げられたように、何かが俺を締め付ける痛みに小さく息を吐く。

 

「随分と張り切っておるな空理」

 

 気が付けば、背後からしわがれた祖父の声が降り注いでくる。この家で最も力を持つ魔術師が、せせら笑うように俺の頭を撫でた。クツクツと喉を鳴らす声に、下瞼がヒクつく。この頃から、俺はこの人の事が心の底から嫌いだったのだ。

 

「烏丸の娘は気に入ったか……? 確かに、アレは魔術師としては未熟だが、子どもなりに……良いものを持っている。ヌシは意外と胸派なのかのぅ」

 

 空気が変わる。肌に突き刺さるような魔力の高まりから、儀式が進行している事を感じる。何の儀式かは分からないが、嫌な予感がする。いや、伊月さんの反応を見れば一目瞭然だ。彼女は今、酷い事をされようとしている。恐らくは、病身の母のために。

 

「いや、いやだあ……放して! やだ、やだやだやだ、助けて母様……! 父様……! 助けてぇいやぁあああ!!」

 

 黒装束の男たちが祭壇に上がり、嫌がる伊月さんの顎を掴むと、強引に荒い縄を噛ませる。それでも、ウーウーと唸る彼女の口の端に縄のささくれが喰い込み、血を流す。真っ赤な篝火の中心で、暴れる彼女の影が歪に揺れる。一斉に、控えていた鷹峰の魔術師達が古語で詠唱を始める。それはまるで読経のように滔々と、そして何故か不気味な雰囲気を漂わせていた。

 

 祭壇に刻まれた魔方陣が青白い光を放ち、囃すような大太鼓の音に、身を捩る伊月さんの身体が徐々に流されていく。まるで、踊っているように………………気が付けば彼女以外にも座らされた子供たちが呻き声を上げ始める。一人、また一人と苦しみに身悶え、そして倒れていく。

 

「い、伊月姉ちゃん……?」

 

 急に様子の変わった彼女に、俺自身も何か、末恐ろしいものを感じていた。大好きだったお姉さんが、まるで別の何かに変わってしまったかのような違和感に襲われる。

 

「空理、お前の母親の肉体が何故脆いか、ヌシは知るまい。あれは体の幾らかは神のものゆえな、高野豆腐のようなものよ……ふふ、そう聞くと美味そうじゃがな。人として在らねばならぬところが、人として在らぬゆえ、人として足らぬと言ったところか」

 

 老人は、興奮した様子で今何が起きているのかを語る。だが、俺にはその意味が理解できない。座学を真面目に受けてなかったからと当時は思ったが、そんな事は無い。当時の俺に、コレを理解できる筈などない…………自らの母のルーツを知らない俺には理解できる筈などなかったのだ。

 

「魂の収奪などとは言わぬ、ただ(なかみ)が足りれば良いのよ、(なかみ)が足りればの」

 

 クククと堪えきれないとばかりにくぐもった笑い声をこぼす祖父。まるで、自らの残忍さを楽しむような物言いに、俺は歯噛みするしかなかった。アレは影を奪う儀式だ。当時の俺はそれを直感的に理解していた。陽の当たる部分が人の表面だとすれば、影とはその裏面、いや内面だ。何を思い、何を考え、どう感じるのか、精神、あるいは魂。彼女は、自らの精神を操作する事で、影を自在に操るのだと言った。それはつまり、影を奪われれば、彼女の精神もまた奪われるという事を意味する。

 

 まるで永遠に感じられる時間だった。現実にはきっと三分もないだろう時間、とっくに子供達は一人残らず倒れ伏し、伊月さんと母を残すだけとなっていた。伊月さんは目や鼻や耳、顔中の穴という穴から血を垂れ流していた。喉奥から込み上げた血で窒息しないように荒縄を外されると、大きな血の塊を吐き出した。

 

「死にたくない……死にたく………………しにた……しに…………たすけ……くう…………りさま……」

 

 そんな惨劇を前に、母はまるで廃人のように無反応で正座のまま微動だにしない。明らかに様子がおかしい、母はあんな人ではない。きっと、薬か何かで意識が朦朧としているのだろう。だと言うのに、その能面のような面貌に、一筋の涙が流れた。

 

「花乃が泣いている……?」

 

 その光景に父が初めて口を開く。まるで妻を想う夫のような、白々しい声だった。けれど、そんな父に俺は何も言う事ができなかった。いや、父にだけではない。まるで、口がただの筒になったような気分だ。体の奥底にあるはずの言葉と言う言葉が、日照り続きの小川のように枯れ果てていた。

 

 あそこで座っているのは誰だったか、あそこで倒れて死んでいるのは誰だったか……?

 

 ゲシュタルト崩壊に近い。まるで、同じ文字を認識し続けた脳が、疲労でその字を字として認識できなくなるように。俺の脳は、最早何も認識できないほどに疲弊しきっていた。

 

 やがて儀式は終わり、撤収作業が始まる。父は母を連れて屋敷に戻り、死体は専属の回収班が、乗り付けたトラックの荷台に放り込んでいく。最も悲惨に、血をまき散らして死んでいる女の回収は最後になるようで、俺は脇からぼうっと、転がる女の死体を眺めていた。

 

「烏丸の娘には、可哀そうな事をしたな?」

 

 俺の隣に、干からびた龍のように細長い老人が立つ。それが祖父であったことは、辛うじて頭が認識してくれた。それが、この惨状の元凶である事も。

 

「なに、烏丸から犠牲が出る事は仕方のない事だ。しかし、あのように素質のない娘が何故選ばれたのかのぅ、ワシにも不思議で仕方ないわい」

 

 そんな事を言って、龍は立ち去った。残った俺は、最後の最後、トラックに向かって放り投げられる烏丸伊月(からすまいつき)だったものを見送ってから、山を降りた。

 

 

◆◆◆

 

 

 気が付けば俺は、自分の記憶を整理するように、そんな昔話を理沙に語っていた。まだまだ子供な彼女には、少しショッキングな内容だったかもしれないが、回り出した舌は不自然なぐらい止まらなかった。

 

「マジヤバいんだけど、お前んち倫理観ゴミじゃん」

 

 ひょっとしたら、彼女がこうもあっけらかんとした相槌ばかり打つせいかもしれない。

 

「お前て、せめて空理さんだろ」

 

 倫理観がゴミであるという点に反論は無い。思い返すに酷い話であった。

 

「はぁ…………」

 

 大きく溜息を吐く。頭の中に反響するのは、祖父の忌々しいしわがれ声である。

 

「素質に欠ける伊月さんが選ばれた理由……か」

 

 全く白々しいにも程がある。ソファの肘掛けに身を預け、握りこぶしに左のこめかみを置く。適度な痛みが、俺の思考をクリアにする。明白だ。彼女が死ななければならなかった理由など、当時の俺にすら理解できた事だ。あの男が分からない等と言う事は有り得ない。

 

 ────俺の目の前で烏丸伊月を殺す理由など一つしかない。

 

 俺が彼女の事を()()()()()()()()()()からだ。鷹峰の当主には不要な感情を抱き、分不相応な……烏丸のような弱小の分家から嫁を取るなどと宣った。俺の不徳だ。

 

 たかが子供の口約束で、馬鹿な話だと思うだろう。実際コレは馬鹿な話だ。あの家の考え方も、やり方だって認めちゃいない。頭では理解している。だけど、俺はアレ以来、誰かを恋愛対象として見る事は無くなった。

 

 まあ、それで困るほどモテてた事なんて無いんだけどな。自分で言うのもアレだが、悲しくなってくるな。

 

「何にせよ、コレで俺が取り乱した理由について、納得してくれたな?」

「なんだ、思ったよりくだらない。あの摩耶って人、なんも悪くないじゃん」

「…………」

 

 はは、確かにその通りだ。俺はあの光景を思い出す。あの瞬間、玄関から見上げた伊月摩耶の姿は、初めて出会った時の烏丸伊月にそっくりだった。けれど、それは俺が勝手に重ねてしまっただけの事だ。彼女には悪い事をしてしまったかもしれない。

 

「そうだな、次会う機会があったら謝っておくよ」

 

 理沙はそんな俺の言葉をどうでも良さそうに聞いてから、事務所のテレビの前へとポジションを変えると、そのまま流れるようにゲームを起動した。あまりにドライな反応に、こちらも乾いた笑みが零れるが、案外その方が助かるのかもしれない、などと思った。

 

 それからすぐ、腹の鳴る音で、俺はようやく時間を思い出した。そう言えば昼前だったなと呟くと、事務所の隅のロッカーへ向かう。学校の教室に置いてあるような金属製のソレは、いざという時のための糧食が蓄えられており、四階に上がりたくない時にはしばしばお世話になる。

 

「理沙、カップラーメン何味が良い?」

「ごはん食べたーい」

「ラーメンって言ってんだろうが……」

 

 しょうがないと、お湯を入れて十五分で食える非常用おこわパックを手に取る。「まだ~?」とゴネる理沙の目の前でカップヌードルを啜り、彼女が15分という長い時間をかけて完成を待ったインスタントおこわを完食するのを見届けると、俺は意を決して上の階へ上がる。まだ、そこに摩耶ちゃんが居るなら、さっきの事をどう謝るか、なんて頭を悩ませながら。

 

 

◆◆◆

 

 

 透明な扉に手をかけたまま、女は沈痛な面持ちで立っていた。中からほの聞こえる空理の言葉に、彼女は何か思い悩むように眉間にしわを寄せる。扉越しに見えるのは、衝立の向こうで机の上に座る理沙だけで、その正面に座っているだろう事務所の主の姿は見えなかった。

 

 聞いてはいけない話を聞いてしまった。と彼女は瞬間的に思った。けれど同時に、それを自分ではなく中学生に吐露する婚約者に、何となく腹が立った。何でもない事のように受け流す理沙の言葉、その態度を見て、粗雑に扱われる事に安心した顔をしていそうな空理の顔を想像する。

 

 彼女────霧花にとって、それはどうしようもなく胸をざわつかせるものだった。

 

 九年前の雨の日のパーゴラ、血塗れの不審者。初めて出会う婚約者は、あの頃の霧花の憧れそのものだった。胸に渦巻く想念に”失望”と名付けかけて、彼女は慌てて首を振る。あの日の憧れの向こう側、鷹峰空理の抱えていた現実。知らなかった部分があった。それは事実だ。しかし、それで彼女の知っていた事、憧れた事が嘘になる訳ではない。

 

 今聞いたことは、忘れよう。そう決めて彼女は踵を返す。何でもなかったかのように、部屋で彼を出迎える。それが、古傷の開いた婚約者へ、自分がしてあげられる唯一の事だと考えたからだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 部屋に戻ると「お帰りなさい」と平然とした声がリビングから飛んでくる。明らかに様子のおかしかっただろう俺が帰ってきて、第一声がそれで良いのか? なんて思いはしたが、どうせ彼女と言い争っても惨めに負けるだけなので黙って部屋に入る。

 

「…………摩耶ちゃんは?」

「もう帰ったわ。誰かさんが訳分からない事を言って部屋を開けている間にね」

「それは悪かったよ。それで、彼女は大丈夫そう?」

 

 彼女を心配する俺を、霧花さんは椅子に座ったままそっと()め上げてから。

 

「大丈夫よ。死んだりはしないわ」

 

 なんて大げさな事を言って、妙にはぐらかされた気分になった。まぁ、彼女は宿主の候補からは外れているのだし、大丈夫か……なんて納得しかけて。

 

「あ…………」

 

 俺は重大な見落としに気が付いた。

 

「俺は違うって知ってるけど、DMCはまだあの娘の事を疑ってるんじゃ」

「あ…………」

 

 霧花さんも、言われて今初めて気づいたという顔で目を瞠ると。

 

「待って待って待って、慌てないで! 大丈夫、多分まだ大丈夫だから!」

 

 取り乱して胸倉を掴んでくる彼女を何とか宥めて、摩耶ちゃんに電話をかけたのはそれから十分ほど後の事だった。

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