魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第十四話

 

 

 

「昨日、吸血があったのは事実らしいわ」

『では、あの魔導警察の女が追っていたのが標的ですか?』

「あれはダミー、魔力製ね」

『なら、アレは違うにせよ……あの近くで乗り換えがあったと見て間違いありませんね』

 

 路地裏を走りながら、携帯から聞こえてくる部下の声に耳を傾ける。来日してから一週間が経とうと言うのに、捜査は遅々として進まない。それどころか、今もこうして自分を魔導犯罪者として排除しようとする者による妨害を受けている。その事実に、セリーナは可憐な相貌を怒りに染める。

 

 魔力弾を後方にばら撒きながら全速力で駆け抜ける。追手の人数は把握できていないが、昨夜戦闘になった女と同等かそれ以上の魔力放出量の敵が最低でも一人追ってきている。流石に相手はしていられないと逃げの一手を打ったは良いが、セリーナは正面戦闘特化の脳筋魔術師。撤退戦においては一線級には二歩も三歩も後れを取る。だからこそ、こういう時のためにマティアスを連れてきたと言うのに、肝心のあの男は電話の向こう。この国のネットカフェという施設で情報収集中だった。

 

「チッ……!」

 

 前方に回り込んだ使い魔たちを見て大きく舌打ちを一つ。セリーナは人差し指を親指を立て、右手で銃の形を作る。その次の瞬間、路地裏に真っ赤な花が咲き誇る。追手の放った使い魔達は、何をされたのかも理解できぬまま、全身の血液という血液が沸騰し、そのまま破裂した。

 

 ピシャリと血だまりを踏むセリーナ、背後からの圧力が高まる。爆発的な魔力の上昇、急激に下がっていく路地裏の気温。相手は人間の筈だ。だが、この感覚は人間と言うよりは魔物に近く、しかしそれ以上に邪悪で受け入れがたい気配を湛えていた。理性は振り返っている暇は無いと叫ぶ。とにかく今は急いで路地裏から出なければならないと……

 

 だが。

 

「ッ……!」

 

 彼女は振り返った。本能が、背中を向けたままでは死ぬという直感が、その瞬間の彼女を救った。

 

「不可視の攻撃……!!」

 

 魔力を感じる。何かが迫っている。だが、それが何で、どこに着弾するのか彼女の眼には何も見えていない。いや、その攻撃はこの世にすら存在していない。ただ、当たった瞬間にだけ、この世に爪痕を残す悪魔の指先。これまで、DMCの特務騎士として経験した数多の戦闘とその知識が、即座に敵の正体を看破する。

 

「悪魔使いの黒魔術師か」

 

 高次元斬撃など、人間の業ではない。神官の家系が神の力を借りるなら、悪魔使いは契約でもって悪魔の力を行使する。黒魔術の中でも最も高等で、忌み嫌われ、恐れられる魔術。

 

 この攻撃もまた、そうだ。セリーナはコレを知っている。ただ避けるだけでは避けられない。人間は三次元に囚われて生きている。三次元上のありとあらゆる座標は、高次元のある一点と隣接している。

 

 故に、何をどうしようと、その攻撃を避ける事は叶わない。ならば、三次元の軛から逃れるより他はない。右手を掲げたセリーナに、地面の血が舞い、付き従う。次の瞬間には、彼女は右手にハルバートを持ち、その刃を自らの首に這わせていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「お客さん歌臼大かい?」

 

 友人の家からの帰り、タクシーの中でそんな質問に目をしばたかせた。伊月摩耶にとっては、あまりに理外の質問だったからだ。金がないが口癖の両親のもとで育った彼女にとって、歌臼大学に通うなんて事は夢にも思わぬ事だ。

 

「まさか、私立じゃないですか。そんなお金無いですよ」

 

 けれど、歌臼大学は面白い学校だ。あそこは事件に満ち満ちている。吸血事件に限らず、この土地そのものが厄介事を集める性質があるとかで、あそこに通う大学生は卒業するまでに必ず二度三度珍妙な事件に巻き込まれるのだと聞いたことがある。摩耶は、そんな自分の生活を想像し、少し面白そうだなと考えた。だが、昨夜の事を思い出し、すぐに否定した。事件なんて、巻き込まれないに越した事は無いのだ。

 

 そんな事を考えていたせいかもしれない。

 

「うわあああああ!!!」

 

 運転手の悲鳴、見ればタクシーのフロントガラスが真っ赤に染まっていた。慌てたようにブレーキを踏む運転手、それに応えて車体は軽くスピンしながらも急停車する。アスファルトを引っ掻くタイヤの鳴き声、つんのめった身体を引き留めたベルト、節々の痛みに摩耶は小さく息を吐く。何が起きたのか、理解が追いつかない。フロントガラスのそれは、どう見ても血液だった。路地裏から飛び出した、流動する血だまりのような何かが、滑るように前に躍り出るや次の瞬間にはこの惨状である。

 

「何!?」

 

 混乱の最中、前方の異常に目を向ける。それは、見慣れないものだが、確かにガラス全面に張り付いたドロドロの血だった。

 

 ──本当に?

 

 摩耶は、自分でも不思議なほど、その結論に確信が持てなかった。何か、どこか違和感がある。波紋だ。完全に停車し、後は地面に向かって流れていくだけの血の塊が、何故だか円形に波打っている。その次の瞬間、フロントガラスに放射状のヒビが入る。血液の鏡面から魔法のように現れた何者かが、遠慮もなく左足で踏みしめたせいだ。

 

「タクシー! 死にたくないなら、今すぐ車を出せ!」

 

 切羽詰まった声でそう叫ぶのは、金髪をツインテールにした、年頃は中学生ぐらいに見える少女だった。赤いバッシュ、デニムのホットパンツ、どこかボーイッシュな着こなしの彼女は、どう見ても堅気の人間ではなかった。

 

「魔術師か!?」

「早く!」

 

 運転手の確認にも急かすだけ、彼女に従うべきかどうか、咄嗟には判断しかねる。だが、緊迫した状況の中で、運転手は叫ぶ。

 

「そこを退いてくれ…………ワイパーが動かない」

 

 走り出す車の上、ルーフまで上がり背後を睨むセリーナ。その視線の先、遠ざかる路地裏の出口に何者かが立っていた。厚手の雨具のような黒い上下、深く被ったフードの縁にキラリと光るアンダーリムの輝き。

 

「ムラサメ………………オリベ」

 

 顔は見えない。だが、彼女はそれが因縁浅からぬ陰険メガネのレンズの光だと、半ば確信していた。

 

 

◆◆◆

 

 

 携帯が震える。そこは、危穂の駅から東に少し遠ざかったところにある、小さな公園だった。脇に止めたタクシーは、フロントの破損の他にも、その車体が見るも無残な斑模様の血濡れ鼠、その光景を前に大きな溜息を吐く運転手。それを横目に、摩耶は電話を取る。

 

「はい、あっ霧花? うん、どうしたの? うん、私は平気だよ? ちょっとトラブったけど」

 

 何やら泡を食った様子の友人に、摩耶は少し戸惑い気味に今の状況を伝える。

 

「いやいや、平気だって。明日から大学だし、同居人が心配するから…………危ないからってそんな、暫く泊めるなんて新婚さんお邪魔しちゃ、え? まだ結婚してない、細かい事は……はいはい、分かった分かった。また明日、大学でね」

 

 引き止める声を無視して通話を切る。何を言っているのか概ね理解できなかったが、摩耶には摩耶の生活がある。何を言われようと、今日のうちに家に帰り、同居人に一晩家を空けたことを弁明しなければならないのだ。

 

「友達……?」

 

 そんな彼女を見て、ベンチに深く腰掛けて、片膝に片足を乗せたセリーナが呟くように問うた。彼女に話しかけられるなんて思わなかった摩耶は、少しの間目をしばたかせて、それから誇らしげに笑った。

 

「そう、君とおんなじ魔術師で、とっても良い娘なの」

 

 この国の魔術師か、とセリーナは口の中で呟いた。彼女が知るそれは、あまり行儀の良い連中ではなかった。

 

「この国の魔術師は酷い。力のために、規範を失っている」

 

 言ってから気付く。そんな言葉を口にして何になる。目の前のなんでもない市民が気分を害するだけ、しなくても良い発言だった。少し疲れているのかもしれない。自らの額に手を当てて、セリーナはそんな事を思った。

 

「……なにか、あったの?」

「えっ?」

 

 だが、予想に反し、かけられた声はどこかセリーナを案じるような優しいものだった。

 

「そういう表情してたから」

「今度は……私が疑問に思ってそうな顔でもしてた?」

 

 フッと鼻で笑い、摩耶は「まぁね」と頷いた。

 

「思わず笑っちゃってんじゃない。正直な奴……でもそうね、あったわよ嫌な事」

 

 七年前だったか八年前だったか、セリーナの故郷、北欧はブランボルグにて開かれた国際的なオークションイベントの記憶が蘇る。そこに訪れた陰険な日本の魔術師と、魔術師向けのオークションの出品リストに紛れ込んだ吸血鬼の遺産。そこまで思い出して、彼女はそっと肩を竦めた。そんな事をこんなド素人に話しても、疲れるだけで理解なんて得られる訳がない。

 

「だったら悔しいなぁ」

「なに? 急に」

 

 急に悔しがり始める摩耶を、セリーナは怪訝な目で見上げる。まるで意味が分からない。言っている言葉の意味が分からない訳ではない、彼女の言葉は今も専用の使い魔がセリーナの母国語に翻訳している。だが、文脈が読めない。

 

「なにが悔しいのかまったく分かんない」

 

 風が吹き、セリーナの金色の前髪が揺れる。冬の空気が肌を刺し、吐いた息を手で囲って頬を温める。その一連の動作が終わるまでの間を、摩耶は目を閉じて眉間に皴を寄せて悩んでいた。

 

「だってさ、私の知ってる魔術師はさ……良い人なんだもん。霧花も…………きっと鷹峰さんも」

 

 ごめん、とセリーナは静かに謝罪した。

 

「アンタの友達を馬鹿にする言葉だった」

 

 何をやっているのか。北欧の魔術師は内心で自らを責めた。迂闊な言動もそうだが、こんなところで一般人を相手に日本の魔術師観を語る事の不毛さに嫌気がさしたのだ。いつから自分はそんな暇な人間になったのか。自嘲気味に笑みをこぼし、そのままベンチを立つ。

 

「良い友達が居るみたいで羨ましいわ…………私はそろそろ行くけど、ケガはない?」

「あ、はい。平気です……」

 

 良かった。そう言って笑ったセリーナに、摩耶も笑い返す。奇妙な縁で話す事になったが、お互いにもう会う事は無いだろうと半ば直感していた。その直感が、すぐに覆される事になるとも知らずに。

 

「運転手……! 助かったわ。車の修理費はDMCに請求すると良いと会社に伝えて」

 

 颯爽と公園から去っていく異国の少女の背中を、摩耶は珍しいものを見たという顔で見送った。それから、摩耶は家に帰り、同居人である大学の先輩に事情を説明し、その日を終えた。そして、その翌日からDMCに狙われる危険があるとして、向かいのアパートに見張りの刑事が常駐するようになった。

 

 空理の下に、宿主候補の診察結果が届いたのはその更に翌日。十二月の二日の事だった。

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