魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第二十九話

 

 

 

「あぁ、その件だ。耳が早いな……は? いや、普段から掃除くらいしておけよ、だからこういう時に困る事に…………は? オイ!…………チッ、切れた」

 

 通話終了の四字を簡素に告げる携帯の画面、ツーツーという電子音に溜息を吐く。危穂を東西に分断する房川(ふさがわ)に渡された幾つかの端のうち、うちの事務所から一番近い橋の上での事だ。

 

()()さんとか言う…………専門家の方ですか?」

「部屋が散らかってるから適当に時間を潰してきてくれときた。状況は分かってる筈なのに、何を考えているのか…………ハァ」

 

 もう既に、DMCは伊月摩耶を捕捉している。何故、昨夜の攻防で霧花さんを倒していながら、摩耶ちゃんを見逃したのかは分からないが。昨夜来れたものが、今日来れない道理など無い。消耗が回復したら、すぐにでもやってくると考えて動くべき局面だ。

 

「いっそ、こちらから仕掛けるか?」

 

 襲撃を気にしながらあちらこちらに逃げるよりかは、敵の拠点に乗り込んで好き勝手暴れる方が良い気がしてきた。

 

 左手の中指、久し振りの()()()の存在を確かめながら、そんな事を呟いた。

 

 

◆◆◆

 

 

 今の東京は、悪さをしようと言う人間からすれば地獄のような環境だった。先日、同時多発的な中高生による施設襲撃が発生。横浜にある遠城家本邸をはじめ、都内に四ヶ所、千葉、埼玉、神奈川に三ヶ所にて魔導警察や警視庁の特殊部隊との本格的な魔術戦が発生。

 

 更には都内で発生した吸血事件に介入しようとしたDMCの構成員によって、危穂警察署が襲撃を受けた。警察も魔導警察も、この短期間で起きた複数の事案に神経質になっており、少し町中を歩くだけで何人もの私服警官とすれ違う厳戒態勢が敷かれていた。

 

 東京都港区虎ノ門。高層ビルの立ち並ぶ日本最大のオフィス街にして、国際的なビジネス拠点の一つ。官公庁や大使館も多く、その一角にはブランボルグの役人もよく利用する高級ホテルがあった。四十階建ての高層建築に、四百を超える客室、ラグジュアリー層向けの部屋ともなれば一泊十万を優に超える。まるで世界が違ったかのような豪奢なロビーに二人の外国人の姿があった。

 

 一人は背が高く、一人は背が低い。共に白い肌の北欧系で、身を瞠るほどの優れた容姿をしていたが、誰も彼等の方を見ようとはしなかった。皆、彼等の容姿を見た瞬間に、ある組織の名が脳裏を過ぎった。今このホテルには、形而上資産保全総局の、外務卿極東方面補佐と呼ばれている人物が滞在していた。極東におけるDMC外交部門の実質的責任者である。

 

 カツン、カツン、と松葉杖が硬い大理石の床を叩く音が響く。むすりとした顔のセリーナ・クランツが受付へ向かうのを、誰もが視線を逸らしつつも耳をそばだてて聞いていた。嵐が過ぎ去るのを待つようにジッと気配を消す彼等は、ともすれば本人よりも、彼女の折れた脚を忌々しく思っていたかもしれない。

 

 受付を済ませ、二人がエレベーターホールへ消えるまでの二分間。奇妙な緊張感が纏わりつくような空気となって、客たちを包んでいた。その中に、ただ一人。

 

 消えていく二人の魔術師の背中を、ジッと見詰める者の姿があった。ウネウネとした長い髪を首元で纏めた、アンダーリムの眼鏡をした男。今時分、彼が会ってきた人物に、今東京を騒がせている二大勢力の片割れが接触するという事は、考えられる展開は二通り。

 

 さて、どちらが自分にとって特になるのか。この場合考えるべきは、不都合な結果が出た時の事であろう。蛇のような目を細めた村雨織部は、思案するように眼鏡をツイと持ち上げた。

 

「(彼女の警察署襲撃を受けて、こちらも計画を早めたけど、そのせいで遠城邸を筆頭に、幾つかの地点での襲撃は失敗に終わってしまった。こうなった以上は、こちらへの捜査を攪乱するためにも、もっと暴れてもらった方が都合が良いのだけどね…………)」

 

 DMCが去った後、警察の目が集中する事を想定して、今のうちに動くか、あるいは…………引き留めを図るか。それに合わせて、鷹峰空理への依頼の扱いも変える必要はあるだろう。DMCは既に騒ぎを起こしてしまった。依頼は失敗として手を引かせる事も選択肢のうちだ。彼が事を収めてしまうと、DMCを日本に引き留めても、やはり捜査の攪乱とはいかないからだ。

 

 とはいえ…………

 

「昨日の結末がああでは、あの空理クンも引き下がらないだろうねぇ」

 

 困ったヨ。と、面白そうに呟いた織部は、そっと、ホテルから逃げるように出ていった。今の彼には知る由も無いが、その心配は半分は杞憂であった。

 

「セリーナ・クランツ…………何故、標的を見逃した?」

 

 豪奢な内装、ホテルの中でも最高級の一室に長期滞在しているその男は、目元のシワも気にならないほど、ギロリと鋭い視線を投げてくる。その前で片膝をつき、騎士の礼を取るセリーナは、その視線を真っ向から受けて冷や汗を流していた。

 

「お言葉ですが、件の吸血鬼の疑いがある女には呪詛をかけましてございます。何もせずとも…………」

「それは肉体の話であろう? まさか、魂にまで侵食するほどの呪術を用いながら、首を跳ねる手間を惜しんだとは言うまい?」

「それは……」

 

 思わず口ごもる。確かに、極東方面補佐の言う通り、セリーナが伊月摩耶にかけた呪詛は肉体に根付くものであり、魂を呪うほどのものではなかった。それは、吸血鬼が相手なら、まるで意味のない行為である。セリーナが、それで十分だと判断したという事は即ち、殺すほどの呪いをかけておきながら、内心では標的は吸血鬼ではないと考えていたという事になる。それは認めがたい矛盾だ。

 

「申し開きがないなら、今すぐにでも出向いて、吸血鬼を狩ってこい! そのためのお前だという事を忘れたか!!」

 

 時代錯誤の騎士服を身に着けた老齢の男は、顔を真っ赤にしてセリーナを怒鳴りつけていた。外務卿極東方面補佐の役職を持つものの、現場上がりの騎士である彼は、DMCの誰よりもセリーナに目をかけている人物であり、彼女の叙爵にも関わったセリーナの後ろ盾となる人物の一人だった。だからこそ、彼は何よりもセリーナの怠慢を許さない。かつては彼も今のセリーナと似たような立場にあり、そして数々の非情な任務に携わってきた。

 

 形だけ取り繕い、正義に疑問を持ちながら、なんの矜持もなく手を汚すだけ。やるにも、やらないにも、半端だけは許されない。その程度の覚悟で、この仕事に関わるべきではない。彼が常々セリーナに言い聞かせている言葉だった。

 

「それができぬと言うのなら、組織を去る事だな」

「極東方面補佐、クランツ卿は怪我をされています。今すぐ出る事は」

「ならば、ワシの連れている治癒術師を使い、回復次第事を起こせ。いつになる?」

 

 セリーナを庇うマティアスへの問いに、彼は少し考え…………

 

「クランツ卿の治療であれば、一日で終わるでしょう。問題はワタシのゴーレムです。再調達には時間がかかるので、三日ほど頂けますか?」

「二日で終わらせろ。良いな?」

 

 その確認への返事は、二つ揃った良い声での了承と決まっていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 歌臼大は当然のように土日は休講で、俺達が裏門の守衛さんにお辞儀をしてから構内に入る頃には、めっきり人通りが無くなっていた。竹本利一。呪詛を受けた伊月摩耶を救うため俺が頼ったのは、数日前にも会ったあのズボラな文化人類学者だった。

 

「入るぞ」

「入ってから言うなよ」

 

 うるせえよ、何時間待たせたと思ってる。そんな悪態を吐く俺を、女のような姿をした男が苦笑で出迎えた。今日は随分とめかして込んでいる。初対面の人間が居る時はいつもこうだ。コイツのお洒落のせいで余計に外で待たされたと思うと、更に腹が立つ。

 

 ドカドカと綺麗に掃除された研究室に乗り込み、摩耶ちゃんはその後をおっかなびっくり付いてくる。

 

「利一、こちら伊月摩耶。今回の依頼主だ」

「ど、どうも伊月摩耶です。本日はよろしくお願いします」

 

 俺の紹介に利一は鷹揚に頷く。その姿を見て、摩耶ちゃんが小さく「綺麗……」と呟くのが見えた。アイツは狙い通り、抜群の第一印象を得たらしい。確かに、彼女はそうと知らなければ、綺麗な美魔女が如き姿をしているが…………普段のズボラな姿を知っているだけに詐欺師を見るような目になってしまう俺が居た。

 

「摩耶ちゃん、こちらが今回君の治療をする解呪の専門家で、この大学の文化人類学准教授の竹本利一」

「よろしく」

 

 そして、俺の紹介を聞いて、摩耶ちゃんの表情が変わった。なんとも言えない困惑の滲む眉尻の下がり具合に利一が吹き出した。

 

「肉体的には、男だ」

「あっ、なるほど! 分かりました!」

「本気で女に見えた? ありがとね」

 

 さて、一通りの挨拶を済ませた俺達は研究室の奥のデスクに摩耶ちゃんを座らせ、早速検査を始めた。竹本利一は魔術師ではないが、様々な道具を用いて、魔術師が物や人に仕掛けた魔術を、発動前発動後に問わず解除する事ができる。俗に解呪師と呼ばれる人間だ。

 

「随分と西洋かぶれの呪術じゃないの、ふんふんなるほど…………」

 

 診断は、ただ解呪師の目によってのみ行われた。他の者がどうかは知らないが、竹本利一の場合は、目の前にある術式を看破するのに何の道具も必要としなかった。

 

「チッ…………乱暴者め」

 

 舌打ちを一つ、忌々し気に呟いた利一は、そのまま摩耶に外で待っているように告げた。彼女に聞かせても、不安にさせるだけで意味が無いと判断したのだろう。その反応を見れば、診断の結果が思わしくない事ぐらいは当然察しがついた。

 

 部屋を出ていく彼女の不安そうな顔に、俺は努めて冷静な顔で頷いてやった。その後ろで、利一が研究室の窓を開けていた。ここに呪物が持ち込まれた後は、換気をすると決めていると、前に聞いたことがある。吹き込んできた風に飛ばされないよう、幾つかの書類に重しを置いてから、改めて摩耶ちゃんが部屋を出た事を確認する。座れと手で示す利一に頷いて、俺は来客用のソファに腰かけた。

 

「端的に言うと、あの娘には確かに強力な呪詛が流し込まれていた。けど、それが呪術としては成立していない」

「不完全な呪いって事か?」

「なんの切っ掛けでスイッチが入るか分からない爆弾ってところかなぁ…………なんにせよ、成立していないものを解除する事は難しい。あえてだとしたら相当な技量ね、宙ぶらりんになった呪詛も奇跡的なバランスで害はない形を保ってる」

「…………じゃあ、下手に触れないじゃないか」

「まぁ任せな。アタシが何とかしてやるよ」

 

 そう頼もしく笑う年上の友人に、俺は黙って頭を下げた。

 

「っじゃ、来週の月曜にまた来な」

「ん……?」

「いや、準備に()()ぐらいかかるから、今日のところは帰んなよ」

 

 …………なるほど。

 

「悪い、ここに泊まり込む気満々だった」

「帰れ!!!」

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