魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第三十話

 

 

 

 大学の研究室を追い出された俺は、摩耶ちゃんを連れて二日ほどを街で過ごした。あまり人の多い場所に滞在する期間が長いと、襲撃を受けた時に被害が出る。だから、若い娘さんには酷だが、二晩ほどを空の下で過ごしてもらった。勿論、食事は十分にとっていたし、衛生面でも銭湯を利用して身綺麗にした。化粧がしたいと言えば、褒められた事ではないが、公衆トイレで済ませてもらった。

 

 そうして、約束の月曜日を迎えた。

 

 

◆◆◆

 

 

 魔術師が市街地で用いる使い魔の種類は酷く限定される。特に広域走査の場合、それなりの数の使い魔が街中を駆け回る事となるため、間違っても猛獣の類や蛇などを使うことはできない。

 

 セリーナはDMC本部より貸与された鼠の使い魔の大軍を用い、マティアスがゴーレムの調達に当たっている間の時間で標的を探していた。

 

 慣れない土地である事、そして標的が身を寄せる場所として想定した地点が尽くハズレであった事などが災いして、標的は中々見つからなかった。そして、約束の月曜日。襲撃の朝を迎えた。マティアスのモーター・ゴーレムに二人で乗り込み、街中を見て回る。

 

「居ました……歩道橋の上、見慣れない男も一緒ですね」

 

 そして、歌臼大学前で鷹峰空理に連れられた伊月摩耶の姿を発見したのが、その日の昼過ぎの事であった。

 

「ゴーレムを集めろ…………一気に仕掛けるぞ」

「ハッ!」

 

 こ気味の良い返事に、しかしセリーナの表情は晴れない。何故、ここまで発見が遅れたのか、その見慣れない男は、護衛にしても何処の誰なのか。敵は死に体、後は投げ出された腹を裂き、腸を引き摺り出すだけ。だと言うのに、何故だか、釈然としないモヤモヤに囚われている。

 

「クランツ卿……」

「なに……?」

 

 見慣れないと言いましたが、とマティアスが口ごもる。単純な見落としだった。それも態々報告するほどか迷う程度には、些細な話だ。

 

 しかし…………

 

「あの時は帽子を被っていなかったので印象が随分と違い、気付くのが遅れました…………標的の傍で護衛を務める男。以前都内の()()で顔を合わせた事があります。右腕と両脚に義肢をした、恐らくは手練れの魔術師。あまりにも良い義肢をしていたので記憶に残っています」

「……………………」

 

 無言で拳が飛んできて、運転席のマティアスの顎を強打した。何であれミスはミス。戦いを前に、敵のどんな些細な情報でも見逃せない。見落としてはいけないのだ。それは、彼の教育係として初めに教えた事だった。

 

「どう見えた?」

「立ち姿や筋肉の付き方から、恐らくは近接戦を得意とする魔術師かと」

 

 もう一度、拳が飛んでくる。先の一撃でジンジンと痛む顎に、容赦ない二撃目が炸裂する。

 

「この味噌っカスが、私が聞きたいのは、どの程度やれるかって話よ。そうね、二日前戦った女とどっちが強いか分かる?」

 

 涙目のマティアスは、何とか記憶を振り絞る。炎使いの女と、義肢の男。どちらも相応の風格を備えた魔術師だった。鋭い魔術師なら、相手の雰囲気だけで、どの程度の使い手か読み取れると言う。その点で言えば、マティアスは鈍い方だったが、間違いなく言える。

 

「炎使いの女ほどでは…………無いかと」

「お前でも分かるほど差があるとすれば、直接戦闘よりも情報戦を得意とするタイプかもしれない。私の使い魔がまるで役に立たなかった事にも、カラクリがあるのかもね」

 

 何にせよ、こうして喰らいついた以上は情報戦ではこちらの勝ちだ。獰猛に笑うセリーナ。ようやくモヤモヤの晴れた様子の彼女に、マティアスは顎を擦りながら頷いた。

 

「行くわよ!!」

「ハッ!!」

 

 

◆◆◆

 

 

 知り合いの大学講師で、彼と呼ぶのが良いか彼女と呼ぶのか良いか分からない准教授が居る。その頼みで、土日返上で魔術儀式の準備を手伝った 山下玄貴(やましたげんき)は、午前の講義を休んで研究室で仮眠をとっていた。その寝顔を見ながら、無理をさせてしまったと苦笑するのが、竹下利一。この部屋の主であった。

 

 ノックが二つ、それは空き室確認だと内心で悪態を吐きつつ入室の許可を出す。

 

「連絡が遅いんだよ」

 

 入ってくるや否や、当然のように悪態を吐く男。室内だと言うのに野球帽を目深に被った鷹峰空理である。

 

「なんでかな~急に解呪とは別の魔術儀式用の準備も押し付けられてさ~?」

「だから、自分でやるつもりだったって言っただろ。………………泊まり込みで」

 

 本日の客の登場に、静寂が流れていた研究室が途端に騒がしくなる。ここを追い出された事に、未だ恨み節な友人に「できるかボケ」と言い返す利一。物騒な連中に追いかけまわされていると言う伊月摩耶。この大学が危穂警察署のようになっても困るのだ、利一の一存で彼女を泊めて、万一があっても責任は取れないのだから当然の対応だ。とはいえ、この二日間の苦労を思えば、愚痴の一つも言いたくなる空理だった。

 

「んじゃ、早速解呪の儀式を始めようかね…………おいコラ山下、そろそろ起きろ」

 

 儀式には助手が必要だ。この不満たらたらな友人を使っても良いが、利一としてはいざという時のために、彼の手は空けておきたかった。もう十分仮眠は取っただろうと研究室の奥に布団を敷く教え子の下へと歩き出した利一。その歩みがピタリと止まった。

 

「…………お前たち、後を()けられただろ?」

 

 一瞬で目付きが鋭くなった利一に、空理も頷いた。ブラインドを上げて窓を開くと、空には物々しいドローンの群れが、地上には土くれでできた犬のような怪物が練り歩いていた。

 

「こういうのは、大学の外に居た二日のうちに済ませておいて欲しかったなぁ?」

「俺に言うな。俺はただ、街中を彷徨いてた使い魔共に霊を憑依させて、自然と巡回ルートに穴を開けさせてただけだぞ」

「バリバリ対策してんじゃねえか、ならここ来るまでやり通せよ」

「見りゃ分かるだろ。あのドローンに霊がどうのが通用すると思うか?」

 

 空理としても、摩耶からの話で、アレが出てくるのは想定済みだった。だが、それで対策が打てるかと言えば、それは別の話だった。

 

「運が悪いな、俺もお前も」

「勝手に首突っ込んでったお前と、アタシを一緒にするんじゃねえよ!」

 

 未だ文句が収まらない利一に摩耶を預け、空理は腰の刀を確認する。廊下に出て使い魔を放つ。背後の部屋からは、仮眠をとっていた学生を起こす利一の声が外まで届いていた。

 

 恐らく図書館にはそれなりの戦力が集まっている。空理の伝令がそこまで届くのに一分とかからないだろう。そして、伝令を受けた魔術師たちが表に出てくるまでも、一分か掛からないはずだ。

 

 表から学生たちの悲鳴が聞こえてくる。焦りは禁物とは言え、空理は眉を顰めて刀の柄を握る。

 

 護衛対象の守りを薄くして打って出る以上は雑魚にかかずらっている場合ではない。空理とてそれは理解していた。落ち着いて、索敵に出した使い魔の報告を待つ。そして、使い手を見つけ次第、その首を取る。大きく息を吐き、帽子を取る。冬場だと言うのに、帽子の下はじっとりと湿っていた。額に張り付く前髪を掻き上げた空理は、もう一度深く帽子を被り直す頃には、凪いだ心を取り戻していた。

 

「……どこへ行く気だ」

 

 その底冷えするような声に、研究室の扉を開けてそっと出ていこうとしていた女が足を止める。普段のどこか気遣わしげな温和な声音とは似ても似つかぬ空理の様子に、知らず摩耶の頬が引き攣った。

 

「どうせ、また敵に投降しようと言うんだろうね君は」

 

 この二日間、彼女は幾度となく空理にそう進言していた。空理の手を煩わせるまでもない、自分が死ねば全てが丸く収まる。霧花の手前、そうとまでは言わなかったが、彼女はいつも「いざとなったら自分を見捨てろ」と言ってきかないのである。そのいざが今だ。敵は大学だろうと、そこの学生を大勢巻き込もうとお構いなしに攻めてきた。自分一人のために、これ以上犠牲を出す訳にはいかない。

 

「このままだと、歌臼大の人たちに迷惑がかかります」

「あぁ…………本当に迷惑な奴等だ」

 

 だから、そのために為すべきを為すのが、鷹峰空理のこの事件における役割だった。決して、敵を前に摩耶を差し出す事ではない。

 

「安心して見ていると良い。霧花さんの分まで、俺が君を守るさ」

 

 そう言って、摩耶の肩を叩く空理。その顔を見上げて、摩耶は小さく息を呑んだ。自分を守ると宣言する彼の顔に、いつかの友人の姿が重なった。二人は、顔も性格もまるで違うけれど、不思議と摩耶には雰囲気が似ているように思えた。

 

「いつだったか、霧花から聞いたことがあります。自分には憧れている人が居ると」

「…………?」

 

 いきなり何の話だと首を傾げる空理を、彼女はキッと睨み付ける。

 

「その人みたいになりたいと…………今分かりました。あの娘が、命がけで戦った理由」

「それは」

 

 命を懸ける理由。その話はもうした筈だ。そう言いかける彼の胸を、摩耶が叩いた。その弱々しい拳に、彼は困惑しきってしまう。それにも構わず、摩耶は、静かな…………しかし強い声で訴える。

 

「負けたら、一生恨みます」

 

 もし負けたら、その程度の男が大切な友人の人生を狂わせたのだという事になる。それだけは許せないと。自分のせいで誰かが巻き込まれる事以上に、許せないと彼女は思ってしまったのだ。

 

「絶対に、勝ってきてください」

 

 神妙な顔で頷いた男は、それ以上は何も言い残す事無く、摩耶に背を向けて歩き出す。それは、瞬く間に駆け足となり、やがて風だけを残し、廊下の窓から外へと飛び去って行った。

 

 

◆◆◆

 

 

 その日の歌臼大学は、珍しく大した事件もなく昼までの平穏な時を過ごした。学業に身を投じる学生たちは、今日も生き生きと構内を闊歩し、妖しげなサークルが今日も拉致まがいの勧誘事件を引き起こす。研究棟では疲れ目の学生や学者が睡眠も忘れて研究に没頭し、それなりに美味いと評判の学食では、大食いを誇るバカ者たちが大食い競争だのとちょっとしたお祭り騒ぎを演じていた。

 

 そんな日常が突如として崩壊した。乗り込んできた無数のゴーレム、人型、犬型、ドローン型、他にも様々。それらは無遠慮に構内を嗅ぎまわり、備品や施設を破壊するだけにとどまらず、邪魔をする者は死んでも構わぬとばかりに魔術で排除しにかかる。何事だと飛び出した警備会社の人間が、瞬く間に蜂の巣になると、その次の瞬間には大学は混乱に包まれる。

 

 その中を一人の男が駆けていた。左手に持った刀の鞘から、今にもその刃を抜き放たんと、機械の腕が柄に手をかける。

 

「宿れ」

 

 短く、そう呟く声がこの世に響いたのは。今年の八月以来、実に三か月と十八日ぶりの事だった。

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