魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 第三十一話

 

 

 

 建物の外に居た学生は、図書館で調べ物をしていた地元の魔術師の避難誘導で第一体育館に集まっていた。人が集まるという事は、その中に標的が居る可能性が高いという事。必然とゴーレム達はその一箇所へ向けて集結し始めていた。

 

 十二月八日月曜日の午後十三時十一分。歌臼大学の危穂キャンパス構内にて、大規模な異常気象現象が発生。構内に侵入していた三百機余りのゴーレムが、突発的な旋風に巻き込まれ、その全てが空中へ舞い上がった。

 

 同時刻、同地点にて未登録の魔力波形・神性値を計測。都内を中心に一都三県に魔導災害警戒警報が発令された。

 

 同日、十三時十二分。歌臼大学の近辺にて、複数の証言が寄せられた。曰く「大学の方で凄い音がしたかと思ったら、大きく地面が揺れた」と。

 

 

◆◆◆

 

 

 一陣の風が吹き、無数の風の刃がセリーナとマティアスまでの道を切り開く。

 

「えっ………?」

 

 今の一瞬で二十機以上の手勢を失った事実に、理解が追い付かないと言った様子でマティアスは呆けた声を出す。それはまるで前触れもなく、まるで回避不能の災害のように理不尽で唐突で、意味不明の衝撃。

 

「来るわよ!!」

 

 上司の警告と、開いた道を猛然と突進してくる剣士の姿を見てようやく現実を受け入れた。だが、その時には既に遅く、疾風の如き敵の魔術師の、その大きく振りかぶった一撃は、最早回避不能の距離にまで迫っていた。

 

 一秒にも満たない一瞬の攻防、鷹峰空理の強襲は凄まじく、今まさに大学に甚大な被害をもたらすゴーレム・マイスターの首を取ったかに思われた。

 

 鳴り響いたのは硬質な金属音だった。刃と刃を打ち鳴らす音は、それが致命的な威力を孕んだものであると声高に主張するように空気を震わせていた。

 

 一瞬遅れて、軋む音をたててセリーナの振り上げた鮮血のハルバードがバラバラに砕け散った。襲撃者は天高く打ち上げられ、なおも上空から鋭い視線を二人の魔術師へ投げ掛けていた。

 

「アムスベルグ……」

「申し訳ありません。ワタシの不始末です」

 

 苛立たしげな上司の声に、マティアスはただただ謝意を伝える他になかった。その直後、大学の各地で突発的な旋風が巻き起こり、マティアスが投入したゴーレムの尽くが空を舞った。アレ等はもう使い物にならない。そう歯噛みするメディアスは、それでも努めて冷静な口調、声音で告げる。

 

「敵戦力の見積もりを上方修正してください」

 

 アレは、あの男は。どう見ても炎使いを遥かに上回る()()だった。

 

 天地を逆さまに、頭上の地上を真っ直ぐと睨み付ける空理。ふわりと野球帽が地面に落ちていき、その相貌が顕となる。間違いなく、それはマティアスが銭湯で出会った鋭い相貌の魔術師であった。

 

 都合が良い。空中に跳ね飛ばされた空理は、心中でそう呟いた。未だアホみたいに空を見上げて呆けているマティアス・アムスベルグ。迎撃直後で隙だらけのセリーナ・クランツ。この鷹峰空理の無防備な空中姿勢を叩ける者が居ない。

 

 初めからこの位置を目指して飛び上がっていてはこうはいかなかっただろう。コレは一種の幸運である。空理は元より、敵を倒すよりも先に地面から離れるべきだと考えていたからだ。

 

 青空が、一層青く色味を増した。その意味を理解したセリーナの顔が青褪める。

 

「逃げ……」

 

 震える唇がその言葉を言い切るより先に、大気が張り詰めた。発声はおろか、呼吸すら思うようにいかない現実にセリーナの焦りは最高潮に達していた。

 

 異様な気配が空理の体内を駆け巡る。術の行使に詠唱は要らなかった。既に祭神の力はその身に宿っている。まるで両手を広げるような自然さで、彼の背中から異形の翼が姿を表した。

 

 それは光の束のようにも、空間そのものに張り巡らされた薄緑色の血管のようにも見えた。

 

 ただ分かるのは、それが二人のプランボルグ国民が信じる神とは別の、異教の邪神が齎した奇跡である事だけだった。

 

 風が色を持つ。込められた魔力の膨大さ故か、はたまた濃密な神性が人の目にそう見せたのか、セリーナにもマティアスにも分からなかった。ただソレが、次の瞬間には勢いを増し、魔術師一人の呆れるほど矮小なその肉体を、こちらへ向けて吹き飛ばしてくるだろうことは容易に想像できた。

 

 マティアスが地面に手をつき、駆動する事すら考えない、壁のためだけの即席ゴーレムを作り出す。セリーナは不慣れな結界防壁を張り、対空防御の構え。血液潜航の魔術で彼女一人逃げるだけなら可能だったが、その場合マティアスを連れて行くことは叶わない。咄嗟の判断が彼女の足を地面に縛り付けた。

 

 だが、どちらにしろその抵抗は無意味に終わる。鷹峰空理の狙いは初めから唯一つ。防備を固めた魔術師二人などではなく、ただ眼前に広がる異界迷宮(うたうすだい)天板(じめん)だった。防壁の手前、石畳に覆われた広場の真ん中に、白群(びゃくぐん)の流星が突き刺さる。

 

 大学の地下には、秘匿された異界迷宮が存在する。その事実を知らぬDMCの二人は、何が起きたのか理解できなかった。轟音をあげて床が抜け、地面が大きく陥没していく。その大口の如き大穴は瞬く間に二人の侵入者を呑み込んで、異空間へ繋がるその腹の中に収めてしまった。後に残ったのは、歌臼大学第一講堂前の噴水広場の、見るも無残な惨状と、見る者を竦ませる真っ暗な大穴だけだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 右を見ても、左を見ても、そこには水平線しか無かった。どこまでも続く湿地、橙色の水草に、青空を映す水面。ここをよく知る魔術師は、冗談交じりにこの場所を炎の狐ダンジョンと呼んだ。歌臼大学の地下にある異界迷宮、そのド真ん中に、瓦礫の山ができていた。それが、崩れた天板から落ちてきたものである事は言うまでもなく、その下から這い出たマティアスは急いで瓦礫をどかしてセリーナの救助にあたる。

 

 その姿を上空から眺めながら、まるで航空機が発着場に降り立つようにゆったりと旋回している影があった。鷹峰空理である。

 

「あのガキ……」

 

 瓦礫の下から助け起こされたセリーナは、その姿を忌々しげに見上げていた。予想外の一方的な展開に、マティアスは肝を冷やす。上司の頭に血がのぼっていく音が聞こえる気がした。

 

「アムスベルグ! 時間を稼ぎなさい!」

「言うと思ってました! …………本当に無茶な事を言う」

 

 瓦礫を操り、即席の傀儡を得ると、マティアスは正面に降り立った魔術を苦い顔で睨んだ。あの一瞬に見えた翼はすでになく、そこには異様な気配を漂わせる剣士が一人。しかし、それがいつまた、先のような法外な一撃を見舞ってくるか分からない。瓦礫の巨人、三mは優に超える、頼りない己が(しもべ)を見上げた彼を、空理もまたジッと見定めるように見ていた。

 

 彼が銭湯で出会った怪しい外国人だとは、流石の空理も気付いている。やたらと義肢のデキに拘っていたのも、彼がゴーレム・マイスターだというのなら納得はいく。

 

 その背後にて、何やら魔法陣など描き始めているセリーナの姿。壁役の後ろで大技の準備、嘘のように単純な陣形、それだけ敵に余裕が無い事の表れだった。

 

「聞け!!」

 

 一秒にも満たない逡巡。意を決し、声を張り上げた空理の言葉を、風は(あやま)たず二人の魔術師へと届けた。敵の目的が足止めなら、乗ってくると踏んでの行動だった。

 

「………………なんでしょう?」

 

 乗ってきた。乗らない理由はない、時間を稼ぐのがマティアスの役目なら、普段聞く耳を持たない彼等DMCが交渉の席に立つ唯一のタイミングはここだった。

 

「少し待ってくれないか!」

「……それはワタシたちのセリフだと思いますが」

 

 ルーティーンのように血振るいをした空理はそのまま刀を鞘にしまう。この段になって武装を解除する彼の不可解な行動に面くらいながらも、マティアスはその次の言葉を黙して待った。

 

「伊月摩耶は今回の被害者の魂には指一つ触れちゃいない…………あの娘は吸血鬼ではない」

「その確かな証は?」

「………………」

 

 DMCは、確信をもって伊月摩耶を標的と定めた訳ではない。ただ、疑わしきは抹殺、それが彼等の基本原理である以上は、DMCを引き下がらせるには確たる証拠を示さねばならない。

 

「まさか、あなたの霊媒としての力がそう言っているなどと言いませんよね? それはあくまでアナタ個人の感覚、主観に過ぎません」

「気付いていたのか…………」

 

 自らが霊媒師であるなど、マティアスに教えた覚えはない。空理は少し驚いたように言葉を詰まらせた。

 

「神官の才とは得てしてそう言うものだと聞いています」

「その通り、俺は霊媒だ。だから、この事件に関わったその瞬間から、彼女の潔白を知っていた。だが、証拠はそれじゃない」

 

 確かにある。そう断言する空理に、マティアスは迂闊にも背後を振り返る。準備を進めつつも、セリーナは真剣な表情で空理の言葉を聞いていた。彼女は、彼の言葉を聞く価値のあるものだと判断したようだ。

 

「見せる準備もある…………剣を交えるのは、それを見てからでも遅くはないんじゃないか?」

 

 本格的な戦闘の前にまずは交渉。この国の魔術師にはそう言ったマナーでもあるのかとセリーナは溜息を吐く。

 

「どうします? クランツ卿」

「取り合う価値があると思うか? 奴の言いなりになって私たちに何の得がある? 私達が第一に考えるべきは、万に一つも、本物の吸血鬼を取り逃さない事だ」

「無用な戦いなら…………回避すべきかと」

 

 有り得ない。それは有り得ない言葉だった。

 

「お前はいつから、それが判断できるほど偉くなったんだ? ぶっ殺すわよ」

「はっ、失礼しました」

 

 無用かどうかなど、末端の戦闘員が一々考える事ではない。少なくとも、DMCにおいてはそうだった。改めてそれを確認する上司に、マティアスは小さく頷いて歩き出す。ゆっくりと、空理へと向かって。二人の会話は、当然空理の耳にも届いていた。佐奈毘の力は大気を支配する、聴覚に関しては常人の比ではなく、今の状態の空理にはこの空間の全ての音を聞き分ける事も可能だった。そんな事をすれば、人間の些末な脳など瞬く間にパンクするだろうが。

 

「話はついたか?」

「えぇ…………」

 

 すっと刀を抜く空理、マティアスが血を流して倒れたのは、それから二秒後の事だった。即席ゴーレムの全てが微塵切りにされ、マティアス本人も、肩口から大きく袈裟切りにされ、役目は果たしたと言わんばかりの笑みで倒れ伏す。空理のおかげで、本来なら到底不可能な足止めは為った。湿地の水面に大きな波紋が走る。光り輝く魔方陣は、異界迷宮の特殊な魔力を吸い上げて大きく大きく拡がっていく。

 

 それは、ここがよりあちらに近いからこそ開きうる扉。遠城家の地下の封印と同じ、魔の潜む領域とこちらを繋ぐ(ひず)み。この世界の魔物には二種類あると誰かが言った。澱んだ魔力が生み出す、自然発生的な魔物。そして信仰を失い、堕した神々。しかし、そのどちらとも違い、しかし後者によく似た性質の脅威がこの世には存在した。

 

 それは恐怖という名の”ある種の信仰”を得て、神、あるいは神獣、妖精、精霊などから()()と呼ばれる怪物へ転じたもの。それは信仰が生んだ癌。あちら側に潜み、契約によってこちらに現れ、そして、時に神をも凌駕する力を発揮する。

 

 異界迷宮に、二頭の狼の遠吠えが轟いた。現れたのは、漆黒の毛並みの巨狼、真っすぐと空理を見据える黄金の瞳はまるで月のように、見るものを凍えさせる魔力を纏っていた。

 

『人の子よ』

 

『望みを言うが良い』

 

『力を貸そう』

 

『その代償は安くは無いがな』

 

 交互に響く声、それは音としては獣の呻き声でしかなかったが、脳はその意味を自然と解した。二頭の悪魔を背に、セリーナは宣誓する。

 

「私の望みは一つ………………………………私のために()()()()()

 

 その直後、二つの血袋は、その全身の血液と言う血液を撒き散らして爆散した。敵方に立った部下と、それからその隣の剣士を睨んだ血液使いは、その血臭(けっしゅう)の中でニタリと笑った。

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