魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)   作:夏川ぼーしん

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歌臼大学連続吸血事件 最終話

 

 

 

 それから、セリーナ・クランツとマティアス・アムスベルクの二人は魔導警察によって暫し拘留され、形而上資産保全総局外務卿極東方面補佐の交渉によって僅か四日で釈放された。歌臼大学の被害は酷いものだった。死者が二名、警察署襲撃と合わせて、DMCは今回の事件への介入で三人の日本人を殺害した事になる。日本政府はこの件でブランボルグに抗議する声明を出し、ブランボルグが謝罪会見を開きDMCから遺族に対する補償として日本円にして数億の支払いを提示、政治上はこれで終わったものとされた。

 

 危穂警察署の施設への損害は大きく、築五十年で老朽化していた事もあり建て替えとなる事が決まり。それが終わるまでの短い期間を、危穂西の使われなくなった都営住宅にて警察業務が行われる事となった。歌臼大学は警察署に比べると設備への被害は小さく、一部立ち入り禁止エリアを設ける事となった以外には、大した障りもなく通常の大学運営へと戻っていった。

 

 俺は対魔連本部に招集され、霊翔環の使用について只管詰められ、どうやらあのアーティファクトを俺の所有として登録する運びとなるようだった。コレで、俺があの指輪を手にしても、捨てる事ができぬ事情がある事が本家の知るところとなったと考えて良い。

 

 本家の動き次第では、本格的にあの家と事を構えることを考えなければならない。厄介な事だ。

 

 そして十二月十三日、土曜日。

 

 千葉の新東京国際空港、通称成田空港の出発ロビーに二つの影があった。片方は低く、片方は高い。周囲の客はザワザワと二人を遠巻きに見るばかりで、この人だらけの空港のド真ん中にポッカリと穴ができていた。それもこれもDMCの人徳のなせる技だった。

 

「何しに来た? まだ文句言い足りないわけ?」

「見送りに来ただけだろ」

 

 卑屈そうに顎を引いた女にそう言うと気持ち悪いものを見る目で見られた。まぁ、俺達がそう言う間柄では無いのは確かだ。俺も彼女と同じ立場ならそう言う反応になっただろう。

 

「怪我はもう良いのか?」

「一応ね」

「傷口はもう塞がってますが……本格的な治療は本国に帰ってからになります」

「そうか」

 

 俺はスペアの右腕で後頭部を掻くと、怪我のことを謝った。セリーナだけでなくマティアスにも変な顔をされたが、一応は謝っておくべきだと思った。あの時の俺は、少し感情的になっていたと思う。自分でも自覚はなかったが、振り返ってみれば当時の俺は、万一相手が死んでも自業自得だと、手加減はそこそこに勝つことだけを考えていた気がする。

 

 悪い事とは思わない。敵同士で戦ったのだから、殺し合って謝るなどおかしな話だろう。

 

「謝る必要はない。私も…………謝るつもりは無いわ」

 

 謝るつもりは無いと言った後の、暫しの沈黙。気まずそうに顔を背ける彼女を見て、霧花さんの事を言っているのだと察した。

 

「いいや、謝る。そして、謝ってもらう」

「なにを…………」

「それで、今回の蟠りを、無かった事にしてもらえないか?」

 

 そう言って頭を下げる俺、気配で二人が困惑しているのが分かる。

 

「そんな……顔を上げ」

 

 てくれとマティアスが言いかけて、セリーナに静止された。頭を下げたままで見えないが、彼女が一歩、前に踏み出したのは見えた。彼女の腰は俺より低い。ばさりと、俺の視界に金色が映る。彼女の長い金髪が、簾のように顔を隠していた。ゆっくりと頭をあげると、それに合わせてセリーナも顔をあげた。その表情は鋭く、碧い目は真っ直ぐと俺を射抜いていた。

 

「それで、無かったことにして、何がしたいの?」

 

 その問いに、俺は暫し躊躇する。ここまで来て情けない話だが、彼等にこの言葉を投げかける事に、どこか不安を覚えてしょうがない。俺の判断は間違ってはいないだろうか? 何か、致命的な見落としは無いだろうか? それに、本当にコイツ等の事を許して良いのか? 病室、霧花さんの包帯だらけの顔が脳裏を過ぎる。許せるわけがない。

 

 それでも、と腹の底で声がする。コイツ等は人殺しで、周りの迷惑も気にしない乱暴者で、そのせいで多くの人が不幸になった。その事を思うたびに、胸の中に虫が居るかのような、ざわざわとした感覚がする。それでもと、意を決した俺は…………

 

「協力して…………ほしいことがある」

 

 先までの躊躇いが嘘のように、真っすぐとそう告げていた。

 

「この国には()()()()()()。いずれ、俺の敵となる男だ」

 

 マティアスは驚愕に目を見開き、セリーナの目尻に殺気が宿る。

 

「なるほどね、それで…………()()()()()()ってわけ」

「どうだ……?」

「良いわ。どこのどいつか言ってくれれば、今すぐ殺しに行ってあげる」

「それはダメだ」

 

 胡乱なものを見る目に、俺は真っ向から目線を返す。決して、やましいところがある訳ではない。

 

「お前たちだけで何とかできる相手なら、俺が自分でやってるさ」

 

 霊翔環を使えば、あの家に俺に敵う人間はおそらく居ないだろう。問題は肝心のクソジジイの力が未知数な事にある。何千年、あの家に巣食っているかも分からない怪物だ。佐奈毘と同等とまでは言わずとも、匹敵する契約霊の一匹や二匹持っているかもしれない。俺一人に負けたコイツ等が二人だけで挑んで、なんとかなる相手とは到底思えなかった。

 

「俺はここで力を溜めつつ機を窺う。そちらは、この話を本国に持ち帰って、俺の連絡を待って欲しい」

 

 額を冷や汗が流れていく。言っていて分かる。そう頼んで頷いてくれる相手ではない。真っ当な道理が通じる相手であったなら、今回の事件がここまで拗れる事もなかったのだから。しかし…………

 

「分かったわ」

 

 俺の予想とは反し、彼女は素直に頷いた。だから俺は「良いのか?」なんて、余計な事をつい尋ねてしまった。吸血鬼とあらば、一も二もなく駆け付けて、周りの事情などお構いなしに大暴れ。それがお前たちでは無いのかと。

 

「鷹峰空理、お前には借りがある」

「借り……?」

 

 本気で何を言っているのか分からない。そんな俺の胸に、拳を押し付けた彼女は、寄りかかるようにして顔を伏せる。まるで、自分の弱い顔を誰にも見せたくないと言うかのように。

 

「お前のおかげで…………伊月摩耶を殺さずに済んだ」

「え?」

 

 殺したくなかったのか!?

 

 俺は意外過ぎる告白に思わず固まってしまった。そんな俺にセリーナは語って聞かせた。ひょんな事から、摩耶ちゃんと話す機会を得た事。そこで、この国の魔術師について、彼女に愚痴ってしまった事。そして、摩耶ちゃんは自分の周りの魔術師は皆良い人だと言った事。

 

「私はさ、自分の事、正義のために働く”良い魔術師”だと思ってるわけで」

「えぇ!?」

 

 何故だかマティアスが驚きの声をあげて、セリーナに睨まれている。だが、俺も同じ気持ちだ。正直に言って似合わない。正義に苛烈な側面がある事も知っているが、それにしたって認めがたいものだ。この国で、あれだけ大暴れした奴等にも正義があるなんて事。

 

「なんとなくさ、あの娘に、悪い魔術師だって思われたくないなって思っちゃったのよ。悪い?」

 

 良いんじゃないか? とは思っても口にはしなかった。なんとなく怒らせそうな気がしたから。

 

「それじゃ、これで貸し借り無しだ。よろしく頼む」

 

 そう言って差し出した手を、セリーナはガッシリと掴んだ。自らの行いが正しい事だと、心の底から信じているかのような、自信に満ちた手だった。

 

「その吸血鬼の事だけじゃない。困ったことがあったら、何でも相談しなさい、できる範囲で力になってあげるから」

 

 そんな口約束を残して、二人の魔術師は日本を去っていった。飛んでいく飛行機を見上げながら、俺はバスに乗って都内へと帰っていった。

 

 

◆◆◆

 

 

 セリーナとマティアスが本国へ帰っていった翌日、冬の夕日が早くも藍色に染まりつつある午後五時頃の事だった。

 

 俺のもとに一本の電話が掛かってきた。

 

 それから俺は、一も二もなく彼女のいる病院へと走った。襲撃から一週間、ようやく霧花さんの包帯が取れ、退院できるようになったとのことだった。

 

 コンコンコンとノックすると、中から澄んだ声で入室を許可する言葉が聞こえてくる。

 

 部屋の中は暗く、暮れなずむ街の景色が窓から部屋を照らしている。微かな逆光で、ベッドの上で体を起こす彼女の姿がよく見えない。

 

 彼女と会うのは久し振りで、なんて話しかけたものが困ってしまう。挙句、黙って右手をあげた俺に、部屋の奥から笑ったような気配が届く。俺は自嘲の笑みを浮かべて「こんばんは」なんて、当たり障りのない挨拶で茶を濁した。

 

「どうぞと言った筈だけれど」

 

 いつまでも入り口に立って動かない俺に、彼女の涼やかな声が問う。思わず、その言葉に目を伏せた。

 

 部屋に入れば逆光は逸れて、きっと彼女の顔が見えるようになる。俺には、それが怖かった。

 

 不器用に息を吐き、地面を見たまま歩き出す。このぎこちなさを彼女に悟らせたくはなかったが、きっと無理なのだろうな。深く、病室の奥、霧花さんのベッドから見て左奥の角まで歩く。その角から、部屋の南の窓を眺めるフリをした。

 

 静止は数秒だった。ここまで来てしまえば、後戻りはできない。腹を括るまでに、数秒でさえ長いくらいだ。俺はそっと帽子を外して振り返った。

 

「怪我の具合は?」

「……見ての通りよ」

 

 見ての通り。俺は、彼女のその言葉に促されて、ようやく真正面から彼女を見た。もう包帯は無く、連絡によれば明日にでも退院できるという彼女。病院衣の胸元から覗く鎖骨、そこから首、そして左頬にかけて、まるで茨のような形の火傷痕が残っていた。遠城家の魔術師にはしばしば見られるもので、男に多く、女では滅多に見た事が無い。

 

「首や顔とか、皮膚の薄い部位は、特に痕が残りやすいの…………だから遠城の娘は、幼い頃からあまり無茶をしないようにと言いつけられて育つのだけど」

 

 そっと自らの頬を手で隠した彼女は、どこか卑屈そうに目を伏せた。普段の彼女からは考えられない姿だった。こうして俺の前でその傷を晒して、彼女がどういった感情を抱いたのか、それは俺には分からない。ただ一つ言える事は、このままいけば、俺と彼女の婚約は解消されるだろうという事だ。そして、傷一つない、彼女とは別の遠城家の娘が嫁にやってくる。それをきっと、彼女は実家で責められるのだろう。その表情を見て、そう思った。

 

「まずは、お疲れ様。まだ言えてなかったね、君のおかげで罪のない一人の市民が命を拾った。ありがとう」

 

 俺は見舞い客用のパイプ椅子に腰かけて、まずはと頭を下げた。事件解決のためには、いずれは烏丸の書庫を訪ねる必要があっただろう。とはいえ、あのタイミングで事務所を空けたのは俺のミスだ。その尻拭いを霧花さんに強いた形になった。その事も謝らなければならない。

 

「頭を上げて」

 

 そう言われて、俺は何とも言えない面持ちで彼女を見上げた。その両手は、今は膝の上、真っ直ぐと俺を見下ろす凛とした相貌に、俺は背筋を伸ばさずにはおられなかった。一挙手一投足に迷いの拭えない俺のモタモタした動きに、彼女は重く溜息を吐いて……それから花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

「摩耶は無事ね?」

 

 それに頷けば、霧花さんはホッと胸を撫で下ろした。それから居住まいを正し頭を下げた。

 

「私の友人のことで世話をかけました。あの娘を守ってくれて、本当に、心から感謝を」

「…………ああ」

 

 それから、お互いを顔を上げて向かい合う。お互いの健闘に、尽くすべき言葉は尽くした。

 

「明日の退院のことだけど」

「遠城の家から迎えが来ることになってるわ」

 

 遮るようなその言葉に、俺は押し黙る。それはつまり、俺の家には帰らないと言う意味だ。

 

「この後はどうするんだ?」

 

 その問いに、霧花さんは力なく首を横に振る。彼女にも分からないのだろう。ただ分かるのは、婚姻の駒として使えなくなった娘が、魔術の家で幸せになることは難しいという事だった。

 

 それを俺は、つい先日思い知らされたばかりだった。

 

「そうか……」

 

 それから、話す事の無くなった俺達は、この数か月間の事を語り合った。初めて彼女が家に来た時の事、インコのトラオが覚えた言葉の偏りに死ぬほどドン引きされたり、洗濯物を部屋干ししたがる彼女と本気で喧嘩したり、俺が寝所を階下の事務所に移したり、一緒に依頼を解決したり、海や山や、隠れ里に出かけた。デートにも行ったな。そんな些細な事を、惜しむように……

 

 やがて「そろそろ面会時間終わるから」なんて事をどちらかが言って、俺は席を立った。

 

「それじゃ…………()()

 

 扉の前でそう言う俺に、彼女は。

 

「えぇ、()()()()()

 

 と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタンと、引き戸がゴムを叩く音をたてて閉まった。部屋の外、扉の前で俺は立ち止まった。歩き出そうにも、歩き出しては、ここを去ってはいけない気がして。

 

 何故か頭に浮かぶのは紗実(ささね)の……妹の……顔だった。さめざめと泣く、親戚連中の慰み者にされ、三人も子供を産まされ、そして奪われた女の顔が脳裏を離れない。

 

 なにを馬鹿な事をと自分を嗤った。霧花さんだって、覚悟して戦ってああなったのだ。その結果を、今更俺がどうこう言うなんて彼女への侮辱でしかない。それでも俺は…………彼女をあんな目に遭わすくらいなら……と、そう思うのだ。

 

 ガラリと引き戸が入室を報せる。出ていったばかりでまた戻ってきた俺を、霧花さんは心底驚いたという顔で出迎えた。

 

「何を……」

 

 困惑する彼女の座るベッドの傍まで、黙って歩み寄る。俺のように上背のある男がこの勢いで詰め寄れば、流石の霧花さんでも恐怖を覚えたか身を竦ませる。今の俺には、そんな彼女を気に掛ける余裕も無かった。心臓が早打つのが分かる。訳もなく視界の端が滲んだ。

 

「霧花さん…………」

 

 ベッドの端に腰かけた俺は彼女へと手を伸ばす。俺の唯一残った生身の左手が、咄嗟に身を引いた彼女の左肩を掴んで乱暴に引き寄せる。突然の狼藉に、彼女の呼吸が乱れるのが胸元から伝わってくる。腕の中で、彼女の肩が震えるのが、弱々しく胸板を押されるのが分かった。

 

「俺と、結婚してくれませんか?」

 

 一際大きく彼女の肩が跳ねる。驚きに見上げるその顔が、そのままキスできてしまいそうなほど、未だかつてないほど近くにあった。そのまま数秒見つめ合って、そうなってしまうのかと俺が腹を決めかけた頃、彼女は全身の力を抜いて俺に身を預けた。見上げた顔は伏せ、そのまま俺の鼓動を聞くかのように、右の耳を胸板へと押し当てる。

 

「アナタからのプロポーズが、こんなに嬉しくないなんて思いもしなかった」

「悪かったね」

 

 きっと、俺の心臓がみっともなくのたうち回っているのが彼女には聞こえているだろう。努めて冷静に答えようとしても、意味はないというのに、俺は声の震えを隠したくてしょうがなかった。

 

「私は哀れまれたくて、あなたと結婚したかったんじゃない」

「なら、愛してるでもなんでも嘯いてやる。このまま霧花さんを遠城家に返したくは無い」

 

 くしゃりと俺の上着を握る霧花さん。胸ぐらをつかみあげる寸前のようにも、縋り付いて泣きだす寸前のようにも思える。その激情の手を、俺はそっと上から握った。この時ほど、生身の右腕が無いことを恨んだ事は無い。

 

 それでも精一杯、優しくその手を取った。

 

「どうか、俺と一緒になって欲しい」

 

 沈黙は長くは続かなかったが、俺にとっては数秒さえ長いくらいだった。

 

不束(ふつつか)ですが」

 

 俺からは彼女の表情は見えないし、そう告げる声はどこか呆れているようだったが…………胸に感じる彼女の重みは、ただただ安らかだった。

 

 不意に彼女が笑ったような気配がして、俺も笑った。二〇二五年十二月十三日土曜日。俺こと鷹峰空理と、彼女こと遠城霧花は、結婚の約束をした。

 

 

 歌臼大学連続吸血事件 ─完─




 大変長らくお付き合いいただきました。今回のお話はここで区切りとなります。三十話以上にもわたる『歌臼大学連続吸血事件編』ですが、お楽しみいただけたなら幸いと存じます。これまでの継読、誠にありがとうございました。

 タイトルは未定ですが次章は『刀鍛冶』編です。『鏑矢高校魔術部同窓会編』に登場した封禍緋簾という六本の刀にまつわる物語が明かされる予定ですので、乞うご期待という事でよろしくお願いいたします。

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