魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話) 作:夏川ぼーしん
窓を叩く雨粒、獣の遠吠えを思わせる風の声。今日ばかりは海の監視という訳にもいかず、久瀬もリビングで寛いでいた。
「やっぱココはこのグルメ映画を見るべきっす、ひもじい今こそこの作品を最大限楽しむチャンスっす!」
「馬鹿野郎ぉ! てめぇ、久瀬ぇ……絵に描いた餅は食えないんだぞ、こんな時に飯食ってる映画見てどうする」
「じゃあジ〇リ系はどうすか!?」
「馬鹿野郎ぉ! 趣旨変わってねぇじゃねぇかぁ」
今シレっとジ〇リのことグルメ映画扱いしたなコイツ。俺たちは今、鏑矢高校魔術部同窓会の男子メンバーで集まって降って湧いた暇に映画でも見ようかと、見る映画のタイトルを相談しあっていた。
「もうここは無難に陰〇師にしようか」
「先輩、二人はともかく俺たちはもう何回見たか分かんないでしょそれ」
「うーん、魔術師の家あるあるだねぇ、子どもに陰〇師見せまくるの」
ウチは別に安倍晴明の家系や魔術とは関係ないんだけどな。なんでか良く分からないけど、魔術世界の子供たちはあの映画をよく見させられる。正直もう見たくない。
「じゃあよぉ、間をとってダ〇ジョン飯にしようぜ、なぜか全巻揃ってるし」
「映画じゃねえじゃねえか」
「間をとってってのも意味わからないしね」
「笹塚先輩、それがOKなら元のグルメ映画で良いじゃないすか」
議論は紛糾し、昼食の時間をもって、飯を食いながらグルメ映画を見るという結論に落ち着いた。たらふく食ってる主人公に嫉妬しながら食べた昼食は、多分一生忘れないと思う。雨脚は緩まる事無く、窓ガラスは依然として夥しい雨風にさらされていた。
◆◆◆
「いつまで続くんだろうなぁ……この生活」
「長くても、あと四日だ」
疲れ切った声の笹塚に、簡潔にそう答える。素っ気ないようにも思えるが、そう言うより他はない。なんせ、俺たちに得られる情報は限りなくゼロに近いのだ。海の様子を見て、なんとなく収まってきたな、そろそろ終わりそうだな、と当たりを付ける以外に終わりを予想する術がない。
そのもどかしさは、この三日間で嫌というほどに味わってきた。もうそろそろ終わりたい、帰りたいと思っているのは、何も笹塚だけではないのだ。
「美憂ちゃんが頑張ってくれてるんだ……病人の事も、飯の事も心配ない」
「でも、あの娘言ってたぜぇ? 誰かの許嫁さんがいきなり参加してきたせいで八人分の食料で九人分食わせなきゃならない、ただでさえギリギリ以下の食事を更に削らなきゃいけないって」
「…………それ本当か?」
手に取った本を棚に戻し、背後の親友に振り返る。あちらも手に取った本を机に置いて、こちらを見つめていた。笹塚の言う事が本当なら、それは相当深刻な話だ。あの穏やかな影島美憂らしからぬ愚痴は、彼女が追い詰められている事を如実に表しているように思えて……
ふと、昨日の顔色の悪い彼女の姿を思い出す。
「少しぃ……あの娘に負担をかけすぎなんじゃねぇかぁ?」
「……料理に関しては、今日部長や武曽が買って出たように、手伝うことも代わってあげる事もできるだろうが」
野木さんや、霧花さんの治療に関しては、どうしても最終的な判断を彼女に委ねるしかなくなる。一般的な医学知識しか持ちえない俺たちには、二人の変調があれば彼女に伝える程度の手伝いしかできないのだ。いや、それですら看護師でもなんでもない俺たちには過ぎた役目だ。二人の症状は重くはないが、決して油断できる状態でもない。半端な知識の素人に看病させて、手遅れになっては悔やんでも悔やみきれまい。
「いっそよぉ、稲崎家の人たちが助けに来てくれたりしねぇかなぁ?」
「難しいな、あのアクシデントさえなければ、俺たちはここで一年分の物資と共に悠々と生活しているはずだったんだ…………わざわざ助けにこようなんて考えになるとは考え難い」
「だよなぁ」
今はまだ、美憂ちゃんの負担を和らげる事はできても、無くすことはできない。
「本当、気が滅入るよなぁ……腹が減ってると、思考も悪い方にばっかり引っ張られるしよぉ」
「なあ笹塚」
「あん?」
だから、現実逃避というのか。
「どうにかして、この島を出られないか?」
「そんな事言われてもなぁ」
俺は今日この日、笹塚と顔を会わせるたびにこんな質問を繰り返す事となる。だが、その結論はどれも同じだ。不可能とは言わないが、その方法を俺たちは知らない。なんかできそうだけど、やり方は分からない。将棋の終盤の局面を見た時の「なんか詰んでそうだけど、どう詰ますかは分からない」というあの感覚に近い。
「待て、同玉はだめだ」
「あ、本当っすね……角打ちで王手飛車、あぶな~~」
「鷹峰君、助言はほどほどで頼むよ」
ところ変わって夕食後のリビング、将棋盤を挟む久瀬とメガネ先輩、その対局における久瀬のアドバイス役に選ばれたのが俺だった。
「先輩に手加減は不要だと思いますが?」
「でも、僕と君が戦ってる訳じゃないんだ」
「まぁ、それもそうか……」
なんて話している間にも、久瀬は悪手を指して、タダで銀を取られていた。コイツ中々のヘボだな。
「それにしても、強いですよね……沖田先輩」
「うちは代々子供のころから教わるからね」
「鷹峰先輩知らないんすか? 沖田家がまだ武家だった頃のあるご当主が大の将棋好きで、家を武家と術家に分けるという話になった時に、後継者二人に将棋で対局させて、勝った方を武家の当主にしたという話があるんすよ」
「そう、だから僕の家の初代様は、その時に負けたのが悔しくて悔しくて、子供には絶対将棋をやらせろって家訓を作っちゃったんだ」
となると、江戸の頃からずっと、先輩の家の魔術師は魔術の鍛錬とはなんの関係もない将棋に、その貴重な時間を費やしてきた訳か。なんて、沖田家に流れる意味のない拘りの歴史に思いを馳せていると、メガネ先輩の打った桂馬が王手をかけた。多分だが、これで詰みだ。
「魔術の家の、そういう感じ……嫌ですよね」
なんの気なしに呟いた言葉は、俺の想像した以上にリビングに響き渡り。思わぬ静寂を招いた。二人の指し手は止まり。
「…………それに同意できるほど、家を捨てた覚えはないよ」
心なしか砂のような噛み心地の声で先輩がそう言った。怒っている……訳ではないと思う。彼は滅多に怒らないが、怒るときはもっと分かりやすく怒るタイプだ。
「良いかい鷹峰君、魔術の家というのは多かれ少なかれ、古く、そして非合理なものだ。そしてそれは、だからと言って悪いというものでもない、合理の先にあるのは科学であって、魔術じゃないからだ」
「先輩、それは古い魔術師の戯言だ」
俺の脳裏に浮かんだのは、今も書斎で何やら知識を収集している友人の顔だった。
「魔術も科学も同じ、現象の理解と応用、合理は魔術の敵じゃない、むしろ味方だ。これから先、どうあっても魔術における非合理は合理に駆逐される……古い魔術の家がそれを認めないのは、現代の魔術師に今までの研鑽を瞬く間に追い抜かれていくことが認められないからだ」
「その暴言は見過ごせない。僕だから殺し合いにならないだけで、他でそんな事を言えば」
「暴言? 現代かぶれの戯言と笑い飛ばせないのは、それが図星だからじゃないんですか?」
信じられない。ここまで頭にきている自分自身にも勿論驚いたが、それ以上に魔術界がここまで愚昧だった事に驚いた。先輩は、きっと部長のボディーガードとして、魔術界の色々な場所で、色々な魔術師を見てきたはずだ。その上で今の態度だ、物言いだ。本当に信じられない。きっと先輩の言った事が、あの世界では正しいとされているんだろう。
知らなかった……そんな事。
「……合理の先にあるのは科学であって魔術じゃない? アンタ、それ笹塚の前で言えるのか? 科学かぶれの魔術工学なんて魔術じゃないって。アンタ等がそんなんだから、アイツの研究にスポンサーが付かないんだよ」
魔術師以外の家の出身の、やたらと騒がれている天才魔術工学技師、それが笹塚朗だ。そりゃ、メガネ先輩の言ったとおりの認識なら、癇に障る存在だろう。そんな事のために、そんな下らない事のために…………
俺は思うままに言葉をまき散らし、それに対する先輩の返事も聞かないまま、リビングから立ち去った。
◆◆◆
九頭竜島サバイバル生活四日目。
とっくに雨は止んでおり、気持ちの良い朝がやってきた。なんか、空腹も極まり逆に元気になってきた俺は、早朝から鍛錬に励む武曽を眺めながら、準備運動をしていた。勿論、アホみたいに激しい運動をするつもりはない。ただ少し、久しぶりにジョギングでもどうかと思っただけだ。
「おはよう」
別荘から出てきて、そう声をかけてきたのは、病身の筈の霧花さんだった。
「もう起き上がっていいんですか?」
「いつまでも寝てられないわよ」
「…………」
確かに、彼女の振る舞いは病人とは思えないほど堂々としたものだった。だが、魔術師なら見た瞬間に分かる。彼女の症状は全く改善していない。
「ちゃんと美憂ちゃんと相談したのか?」
「えぇ、今日から皆と一緒に働けるわ」
「なるほど」
これは一度、彼女に話を聞く必要がありそうだ。俺はそのまま、彼女と軽いジョギングをしながら、これまでのサバイバル生活の事を話した。今日を含めるとあと四日、俺たちはここで生き延びなければならない。だというのに、食料の供給は途絶え、食事量の関係でメンバーの体力は落ちていく一方だ。十分ほどゆったりと走り、最後に全力疾走して別荘に戻る。
驚いたことに霧花さんの体力はかなり回復しているようで、最後の駆けっこでは普通に負けてしまった。
「な、なんでそんなに元気なんだ病人のクセに」
「そんな事より」
膝に手をつく俺を見向きもせず、彼女は空の彼方を指さした。薄紅色の空に、悠々と羽ばたく透明の翼、正体不明の飛行物。
「…………鳥?」
そう呟く霧花さん。彼女の言う通り、それは鳥にとても似ていた。
「宿れ、鷹の眼。汝は天空の視座を持つものなり」
短い詠唱で遠視の魔術を発動する。鷹の眼を憑依させる事で俺の眼球は通常の十倍以上の距離を見通す事ができるようになる。
「いや、違う」
その目で見れば、その正体もすぐに分かった。アレは鳥ではなく、機械だ。羽ばたく飛行機の模型だ。確かオーニソプターというのだったか? レオナルド・ダ・ヴィンチの設計図に端を発し、数々の技術者が夢見て、そして敗れた機械。今はもっぱら、ああいう風に自力飛行する玩具として扱われる存在である。
しかし、よくできた玩具だ。あれほどの高度まで飛ぶなんて、まるで本物の鳥だ。俺はその姿を思わず目で追っていた。動力は魔力だろうか? まさかゴム動力であそこまで飛ぶこともあるまい。
俺は霧花さんに、見たままの事を説明しながら、その行く末を眺めていた。そして、機械の鳥は俺に見守られながらも羽ばたき続け、やがて別荘のバルコニーに向かって飛んで行った。そこで待つ二つの人影、おそらく彼らがあのオーニソプターを作ったのだろう。
俺は急いで帰った。その二人の正体が誰か、鷹の眼が教えてくれた。だからこそ、駆け付けずにはいられなかったのだ。
「笹塚……
いつも久瀬が海を監視するのに使っている二階のバルコニー、オーニソプターが着地したその場所に居たのは俺の親友と、昨夜口論の末喧嘩別れのようになってしまっていたメガネ先輩だった。
「鷹峰ぇコレだよ! オーニソプター! コイツを巨大化させれば一人だけなら本州に送れるぞぉ!!」
興奮した様子の笹塚が俺の肩を掴んでそう言った。メガネ先輩もどこか高揚したような表情で頷いている。彼等が言う事が本当なら、それは閉塞した現状を打開する希望そのものだ。それは良い、だけど……
「なんで沖田先輩が……」
何とかして島から出られないかという相談事は俺と笹塚の間でだけ行われていたもので、彼はその事を知らない筈だった。
「君に勘違いされたままなのは嫌だからね」
「…………?」
「こうでもしないと、君と気まずいままになっちゃいそうだったから」
だから、沖田先輩はあの後、笹塚に相談しに行ったのだそう。俺と喧嘩したこと、その時の言葉が自分の本意ではないことを俺に伝えたいこと。その結果、沖田先輩は笹塚を手伝い、徹夜でそのオーニソプターを完成させたのだ。
「あんな事を言ったけど、僕だって、君の言うような憤りを感じてこなかった訳じゃないんだ」
そう言って、先輩はいつもの、見慣れた困り笑いで頬を搔いた。
「僕がどこの家に仕えているのかを考えれば当然の事だろ? 稲崎家は元々犬一匹も殺せない弱小の雷使いだった。それが魔術による電子機器の制御・ハッキング技術の確立によって、電子機器の台頭と共に近代になって大きく躍進した。科学かぶれの成り上がりもの、伝統も格式もない成金一族…………そんな言葉を何度となく浴びせられる部長を、僕は間近で見てきたんだ」
だから、そんな奴らと一緒だと思われるのは我慢ならなかった。部長を庇うために、自らが逮捕されることも辞さなかった男の独白に、俺は何も言う事ができなかった。ただ、深く深く、頭を下げるだけだった。
◆◆◆
俺達三人と、後から合流した霧花さんは、二階の笹塚の部屋に集まってオーニソプターに関して話し合う事になった。主に、問題点の整理と、今後の展望を明らかにするために。
「この試作壱号はスペック的には十分、だけど本州に向かって飛行させるには、まだ三つの問題点を残している。分かるかい?」
先輩の問いに、俺も霧花さんも首を横に振るだけだ。勿論、それは答えが返ってくると思っての質問ではなく、これからの論点を明確にするための前振りだ。彼は三つ指を立てて、一つずつ説明していく。
「一つ、人を運ぶ前提の運用ではサイズが足りないため、この試作機からおよそ百倍ほどの大きさまで、機体をスケールアップしないといけないわけだけど、そうなった場合現状の構造・材質では自重に耐えられない」
「今のところぉ、第一候補は武曽が持ってくる竹だなぁ……だがコレも多分ダメだ。強度が足りねぇ」
「だからって、もっと剛性靭性に富んだ金属パーツもダメだね、そっちは重すぎる」
一つ指を折る。
「二つ、それだけの長距離を飛行させるに足る動力源が存在しない。試作二号の動力源は市販の魔水晶だけど、出力も持続性も全然足りない」
もう一つ指を折る。
「そして三つ、長距離の飛行にはアクシデントが付き物。突風や魔物との遭遇、ただ動力に突き動かされるままに飛ぶだけの飛行機では対処できない問題が多数想定される。だから、機体を制御するCPUが必要なんだ」
「稲崎家の電脳魔を使うアイデアはあるけどなぁ、オーニソプターの有機的な構造とは相性がよくねぇ可能性がある。かなり気合を入れてチューニングしねぇと動きがモッサリすると思った方が良いな」
以上が、この計画が抱えているクリアしなければならない課題だ。一晩でここまで計画が形になるなんて驚きだ。その時に自分が居合わせなかった事が恨めしくなるくらいには、彼らの成果は素晴らしかった。
「だが、鷹峰ぇ……三つ目の課題は、お前さえうんと言ってくれればよぉ、今すぐクリアする事ができなくもないんだぜ?」
「え?」
「だからこそ
霊翔環、霊媒の大家、鷹峰家の所有する神話級のアーティファクト。鷹峰家の歴代当主達は、その銀の指輪を用いて神たる霊鳥と契約し、その力を行使したという。十年前、次期当主としての責任と共に、俺がタイムカプセルに封印した後継者の証。それが、自作飛行機のパーツの一部か、実に魔術工学らしいやり方だ。面白い。
「なるほど、じゃあそういう事だから霧花さん霊翔環返して」
「ダメ」
にべもなく断られた。霧花さん、沖田先輩、笹塚の順に顔を見ていく。彼女があまりに容赦なく断ってくるから、二人もまるで状況が理解できないという顔で固まってしまっていた。
「霊翔環」
「ダメよ」
「…………そこをなんとk」
「許可できないわ」
もう一度、今度は助けてくれという思いを込めて笹塚と先輩の二人を見る。沖田先輩はいつもの困り笑い、笹塚に関しては「お前が何とかしろ」って感じの眼で睨んでくる。
「空理さん、そこに座りなさい」
「もう座ってます」
「神獣と契約をするって言ったのよね? 今」
「はい……」
同じ地面に座り込んでいるはずの彼女に、随分と上から見下ろされているような気がする。それだけのプレッシャーが彼女にはあった。
「本当にそんな事ができると思っているの? 責任から逃げ、家から逃げ、この十年間、この指輪に向き合う事すらなかった男に?」
「それは…………」
確かに、家を離れた俺が気軽に扱えるほど、簡単な儀式ではない。
「私は、あなたの家の秘伝には詳しくないわ。だけど、神獣を扱う儀式で失敗するという事が、ただの失敗で済まないという事ぐらいは知ってる」
「……もしも失敗したら、この島に居る人間が一人でも生き残ってたら、運が良い方かもしれないな」
「だったら、私が反対する理由も分かるでしょ?」
彼女が言っている事は、概ね正しいと思った。確かに、今の俺がひょひょいと神獣と契約できるほど、魔術というのは甘くない。
「ハァ…………」
溜息を一つ吐く。彼女の言い分が、何から何まで正しいとまでは言わない。反論の余地が無いでもない。だけど、今はそれをする時ではないと思った。まだまだ、命を懸けるほど、状況が切迫している訳ではないのだから。
「という事だから。悪いな……無理みたいだ」
そう謝る俺に、二人は軽く気にしてないと流してくれた。とりあえず昨夜は一睡もしていないらしい二人を寝かせるために、ひとまずは解散という事に相成った。俺はこの時の決断をすぐに後悔する事となる。
翌日の夕方、沈痛な面持ちの美憂ちゃんによって、野木さんの死が宣告された。原因は感染症の悪化、適切な治療を受けていれば、もしくは十分な食事が取れていれば、あるいは……
助けを呼びに行けていたら、死なずに済んだ命だった。