来世は天使級美少女にしてとお願いしたら戦場の天使になった件 作:ケーニヒスチーハー
夏真っ盛りのお昼前、休日に合わせて出した外泊届けが受理された僕は少しの私物と着替えを旅行カバンに詰め込んで帰省の準備をしていた。
帰省と行っても隣の県だから電車で1、2時間揺られていれば帰れる距離だ。
ウキウキと久しぶりのシャバに胸を躍らせているとふと、つけっぱなしにしていたテレビの映像が目に入った。
多くの人で賑わう週末の銀座、少しキツめの顔立ちをした女性アナウンサーが通り沿いの混み具合を実況していた。
『3連休初日とだけあってここ、東京銀座も非常に混み合っており通りを歩く人々は肩を触れ合わせながらやっとの思いで各々の目的地に向かう状況です』
アナウンサーが話し終わるとカメラマンが中継カメラを左右にパンして人でごった返した通りを映していく。
その時だった。
何か大きな扉が開くかのようなけたたましい音がしたかと思うと群衆がある一点を見ながら指を指したりスマホを向け始めた。カメラマンとアナウンサーも一拍遅れて皆が注目している方向を向く。
『何かしらあれ』
『映画のセットか?』
『でもさっきまで何も無かったよな』
周りの群衆かスタッフの困惑した声がマイクに拾われる。
彼らの前にはフランスの凱旋門もかくやな巨大な構造物が現れていた。
「何、どうしたの」
「なんだ?放送事故でも起きた?」
テレビ側が意図していないアクシデントの雰囲気に部屋で休日を過ごしていた隊員たちもなんだなんだと画面の前に集まってくる。
刹那、門から何かが束になって飛び出したように見えた。
門から飛んできた無数の何かは放物線を描き降下を始めると、通りを行き交う人々に次々と突き刺さった。
『きゃああー!』
『痛い!イダイ!』
カメラに映る数百の投げ槍や矢の雨、身体から細い棒を生やして絶命する市民。やがてカメラマンも攻撃を受けたのか映像は横倒しになりブラックアウトする。
カメラが壊れても音声の機能は生きているようで人々の叫び声や怒号を僕たちの耳に届けてくる。
『マイク生きてますか!聞こえていたら皆さん銀座には絶対に来ないで!警察を…』
『中野アナ?大丈夫ですか!中野アナ!』
中継は完全に途切れ映像は混乱するスタジオに切り替わる。それもすぐ『しばらくお待ちください』のテロップが書かれた風景写真に変わりうんともすんとも言わなくなる。
平和な放送に突如として割り込んだスプラッタな映像に僕たちはしばし立ち尽くしていた。
「ほ、他の局!」
「うん!」
やがて頭の再起動に成功した隊員がテレビのリモコンをひったくり別のチャンネルに変えるとスタッフが慌ただしく新しい原稿をアナウンサーに手渡しニュース速報が始まるところであった。
『現在銀座付近にて大規模な暴動が発生している模様です。近隣にお住みの皆様は家屋に施錠し外出を控えてください』
『こちらは戦場のような騒ぎです!弓矢や刀剣のようなもので市民を攻撃してきて…うわぁっ来る!逃げろ』
「何…これ…?」
ついさっきまで多くの行楽客で賑わっていた場所が血まみれの戦場と化していた。時折雑踏警備の為にいた警官が発砲しているのか銃声も聞こえる。
何もわからないけど僕たちが行かないといけないとんでもないことが起こっている。本能的に察した僕は帰省のために纏めていた荷物を放り出して迷彩服に袖を通した。
「非常呼集ぅぅ!」
廊下から緊急事態を知らせる声が聞こえる。瞬く間に駐屯地は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。ある者は武器庫に走りまたある者は車両を動かしに向かう。
「全隊員は完全武装のうえ待機!」
上官からの下知が飛び僕たちはいつ出動が掛かっても良いよう態勢を整えていく。
防弾チョッキと鉄帽を被り小銃と弾薬を受け取ってグラウンドに集合する。
僕も含めて皆緊張した顔つきだ。もしかしたら自衛隊ができて初めての実戦になるかもしれない。これからは何が起きるのか誰にもわからない。それがすごく怖かった。
「でも行かなくちゃ」
助けを待ってる人がいるならどんな場所にだって向かうのが僕たちなんだから。
緊急事態であるため訓示も必要最低限で切り上げられた。
まず渦中の銀座の状況を確認するためオートバイと車両で先行偵察を行うとのことに決まった。
僕は偵察隊に衛生員として加わり先輩たちと銀座中心地に向かうことになった。
膝が震えてきたけどこれは武者震いだと思いこむことにして高機動車に乗り込む。
「出動!」
僕と先輩の衛生科隊員が乗る高機動車を2台の軽装甲機動車が前後に挟むようにして出発する。
駐屯地から現地までの道のりは逃げ延びてきた人々と野次馬根性を発揮して銀座へ向かおうとする人々でごった返していた。
「車両通ります!道を開けてください!」
先頭車の銃座から身を乗り出した隊員が声を張り上げ僕たちの車列は人と車の隙間を縫いながら進んでいく。
歩くよりは速いぐらいのゆっくりとしたスピードで銀座の中心地に近づくにつれ避難民の密度は減っていった。
代わりに、
「先輩、あれ」
「くそったれ!」
破壊された車や建物と明らかに何者かに悪意をもって害された状態で放置された市民の遺体が見受けられるようになった。
中には第一報を受け駆けつけてきたであろう警官や救急隊員の姿もあり僕は胃から何かがせり上がってくる感覚を覚えた。災害派遣で痛ましい姿のそれを見た経験のある先輩も顔色が悪い。
「降車、戦闘に備えろ!」
「車両を盾にして進むぞ」
「はい」
後部ドアから飛び降りた僕は高機動車の防弾板がある部位に身体を寄せて銃をいつでも使える状態にしておく。
下車した隊員たちは手分けして一目で絶命していると分かる遺体を除き比較的損壊が少ない市民の息を確かめる。
「だめだ…」
しかしそのいずれも真夏であるにもかかわらず凍ったように冷たく、生理的反応を示さない。
「この人たちはどうしますか?」
「我々の任務は偵察だ。心苦しいが収容は後続の隊に任せよう」
隊長が苦虫を噛み潰した顔で市民の遺体の残置を告げる。僕たちはさらに前進しここで何が起こっているのか突き止める使命がある。仕方ない、許してくださいと心の中で唱えつつ手を合わせた。
そんな中、視界の端に動くものを感じた。目を凝らして何が揺れたのか注視する。
腕だ。
瓦礫の影から人の腕がゆらゆらと力なく振られている。反射的に僕は叫び地面を蹴った。
「要救助者発見!」
「何だと!」
散乱する瓦礫を踏み越えその手の元へ向かうとそこには背中に大きな傷を負ってうつ伏せで倒れているサラリーマン風の男性の姿があった。
「大丈夫ですか!」
「ぁ…ぅ…」
「呼びかけに反応あり!生きてる!」
男性が確かに発したうめき声が僕にやらなければならないことを再確認させる。
背嚢からコンバットガーゼ(止血剤を染み込ませた長いガーゼ)、生理食塩水の輸液パック、その他包帯類を取り出しハサミで男性の背広を切る。
訓練で体に叩き込んだ手順で容体を診ていく。そうこうしてる間に先輩の看護官が駆けつけてきた。
「容体は!」
「意識ありますが朦朧としています!緊急性のある傷は背中の切創、大体30cmくらいで出血してます」
「バイタル測る止血頼む」
「はい!」
傷口にコンバットガーゼを詰め止血剤と体組織への刺激で止血を促す。斜めに斬られた傷は見た目より深くガーゼも1セットでは足りなかった。包帯でガーゼが傷口からずれないように固定する。
「袈裟懸けに斬られてる。背骨に損傷があるかも」
「脈拍と呼吸は安定してるが弱いな。体温も低い。土方、保温シートでこの人包んでくれ。点滴の管理は俺が」
「わかりました。しっかりしてくださいね。必ず助けますから」
「あ…ぁ」
慎重に素早く身体を動かして男性の身体にアルミブランケットを被せる。
「運ぶぞ」
「ありがとう、お願いします」
手空きの隊員が数名、車両から折りたたみ担架を持ってきてくれた。とりあえず血は止まったから一刻も早く病院で治療させないと。
担架で高機動車に運ばれた男性を見送り僕は展開していた医療品をしまって背嚢を背負い直した。
その時、巨大か影が道を横切った。影の主を確認しようと咄嗟に僕は上を見る。
「ドラ…ゴン?」
現実にはいるはずのないファンタジー映画に出てくるような背中に人を乗せた翼竜が上空を旋回していた。
やがてドラゴンは狙いを定めたのか大昔の爆撃機もかくやなスピードと角度で急降下を始めた。
「敵襲!」
LAVのガンナーが叫びながら銃座に据え付けられたミニミ軽機関銃を連射する。
他の隊員も実戦経験こそ無いものの日頃の訓練の賜物か警告に素早く反応し銃を構えて射撃を開始する。
しかし高速で移動する飛行物体に小銃の命中精度なんてたかが知れている。多くは空を切り命中した弾丸もドラゴンの鱗に弾かれた。
ドラゴンに騎乗している騎士が手に持っていた長槍を投擲する。
ドラゴンの降下スピードに落下エネルギーが上乗せされた槍は一直線に先頭に位置していた軽装甲機動車に突き刺さった。
「おわ!」
金属製の槍は運転席の防弾ガラスをいとも簡単に貫きドライバーの腕を掠める。
また、ドラゴンが引き起こした際に発生した凄まじい風は周囲に展開していた僕たちを堪らず転倒させた。
「うわっ⁈」
なかでも後始末のために隊列からやや離れていた僕はその爆風とも言える圧力をモロに受け吹き飛ばされた。通り沿いの店の窓を突き破りダイナミック入店する形になった僕はゴロゴロと店内を転がり痛みに呻く。
さらに悪いことは続くもので風圧によって基部から外れた看板や剥がれた壁面が落ちてきて店の出入り口や窓を塞いでしまった。
「土方!無事か!」
「はい!なんとか」
瓦礫の向こうまで駆けつけてくれた先輩に答える。身体は動く。少しガラス片で切ってしまったけど怪我のうちにも入らないかすり傷だ。
「すぐ出してやるぞ!待ってろ」
何人かの隊員が力を合わせる声が聞こえるが瓦礫はびくともしない。
「重機が無いと無理か」
「小さな瓦礫をどけて人が通れるだけの穴開けるぞ」
災害派遣の経験を活かしてすぐに打開策を講じる。だが今の銀座は災害派遣とは違った。
「敵歩兵接近!500はいる!」
「上空敵機さらに来ます!」
周囲を警戒していた隊員が敵の出現を告げる。救助中という最悪のタイミングの交戦に隊長が指示を飛ばした。
「……くそっ…後退する!車両を転回させろ!」
「な?!ちょっと待ってくれ俺の部下が向こうにいるんだぞ」
「堪えろ。制空権を失っている。有効な対抗手段がない今の状態でこれ以上ここに留まることは出来ない。ましてや重傷の要救助者をこれ以上危険に晒せない」
隊長の言葉に先輩は何も言えなくなる。どっちが最適解かは誰の目にも明らかだ。
「先輩!僕は大丈夫ですから後退してください!」
「…土方…すまん!必ず戻るからな!」
瓦礫の向こうから足音が遠ざかっていく。代わりに何語かわからない地響きのような雄叫びとそれに応射する89式小銃の発砲音が聞こえてきた。僕は改めて周囲を見回す。懐中電灯に照らされた店内は血飛沫の跡と事切れた市民が倒れていた。
「ッ」
地獄のような光景に思わずえづいてしまった。込み上げてきた物を堪え僕は店の裏口を探した。
敵はもうすぐそばまで来ている。とにかく離れなければ。
小銃を握りなおし僕はこの地獄を生き抜くべく足を踏み出した。