被虐聖女は曇らせたい 作:霊山
エドルス学術都市。隣接した魔境から齎される豊富な魔物資源によって多くの富と知識が集まる、世界有数の大都市である。……というのは有名なお話だけれど、まさかその魔境のど真ん中に怪しげな組織の非人道的な施設があったとはねぇ。
いやほんと世も末って感じ。
そんな驚愕の事実を図らずも知ってしまった僕は、エドルス聖教会の医務室で呑気にリンゴをパクついていた。
「……聖女様、そろそろお休みになられては」
僕の傍に控えていたシスターさんが、恐る恐るといった具合に聖女様なる人物に話しかける。
聖女様。なんと甘美な響きだろうか。
その称号で敬われる人物は、さぞ高潔で美しい女性なのだろう。是非とも情緒をぐちゃぐちゃにして差し上げて至高の曇り顔を拝んでみたいものだ。
「いえ、これは未だ至らぬ身である私が為さねばならないことなのです」
舌足らずな鈴を転がしたような声が医務室に響く。さすがは聖女様。よく分からないけれど高尚な言葉を使うものだ。
しかし素晴らしいのは声だけではない。
そのご尊顔は視界に映ろうものなら誰もが二度見してしまうほどの美貌を誇り、それでいて幼さを感じさせる丸っこいシルエットは思わずぶん殴りたくなるくらいの庇護欲を誘うだろう。
絹のように流れる白髪はこの世のどんなものよりも手触りが良さそうで、好事家に売っぱらえば一房1,000万は下るまいと思わせる輝きを放っている。
そんなこの世の至極とも言うべき聖女様は一体、誰でしょう。
そう。僕です。
クソがよぉ。なんで僕なんだよ。美少女ってのは外から見るから良いんだよ。誰か変わってくれ。チェンジだ。
「……んぅ」
下らない思考で暇を潰していた僕の耳に、少女の呻き声が届いた。
僕の拾い物がようやく目を覚ましたらしい。
「おはようございます。気分はいかがですか?」
無駄に綺麗な言葉遣い。正直僕のキャラに全くもって合っていない。
けれども聖女様には聖女様っぽい言動というものがあるからね。さすがに慇懃無礼な素の口調で話すわけにはいかないさ。
「私は……」
きょろきょろと辺りを見回し、自らの体を確認するする少女。どうやら混乱しているご様子。
そりゃそうだ。普通に考えてあの状況から助かるわけないからね。
そう吞気に考えていた時だ。
急に目に光が戻ったかと思うと、傍らに立て掛けられた剣を手に取って自らの首を斬ろうとし始めたではないか。
「早計はいけませんよ」
こうなるだろうなと思っていた僕は素早く反応し、自らの首を切断せんとする少女の腕を掴む。
「……ッ!離して!!」
「ここには貴方を傷付ける者は誰もいません。どうか落ち着いてはいただけませんか?」
「離せッ!!!」
うーん。凄い暴れ具合。
腕を振り払えないことを悟った彼女は、僕を殺すことに方針転換したらしい。
魔境の魔物を数え切れないほど斬殺した彼女の剣技。
その殺意と憎悪に塗れた斬撃を、僕は抵抗することなく全て受け入れた。
それから数分。肉を切り裂き血が飛び散る悲惨な音楽がようやく止んだ。
夥しい量の血液で彩られた医務室は、肩で息をする少女と服以外は無傷に見える僕だけが佇む異様な空間となっていた。
「……ご満足いただけましたか?」
「ばけもの……」
彼女の言葉は何も間違っていない。斬撃の嵐を全て受け止めてピンピンしている存在を人間とは言わない。つまり僕は人間を辞めているのだ。
――なんてったってこの身体には魔神の腕であるウデちゃん(愛称)が宿っているからね。マブダチさ。
「あなたは、なんなの?」
絞り出すような少女の問いに、僕は聖女スマイルを返す。
自分の状況よりも僕への興味が勝ったみたいだ。良い傾向だね。
けれどその質問に答えるよりも前にこの部屋の惨状をどうにかしようか。
「ひっ……!」
散らばった僕の血液に含まれる魔力を操作し、一ヶ所に集める。
部屋中から血がみるみるうちに回収され、瞬く間に球状の血袋の完成。出来上がったそれは拡張領域に放り込んでおく。放っておけばそのうちウデちゃんが食べてくれるだろう。聖女様の貴重な聖水。餌付けである。
「驚かせてしまい申し訳ありません。お腹などは空いていませんか?リンゴを用意しておきました。まずは落ち着いて一緒に食べましょう?」
「えっ……」
「安心してください。血液は付着していませんよ?掛からないよう調整しましたから」
「ひっ……!!」
うーん。なんか凄い怯えられている。何故だろうか?
まぁいいや。とりあえずリンゴを一緒に食べようじゃないか。誰かと仲良くなるための第一歩。同じ釜の飯を食べよう作戦である。
さて、僕が彼女と仲良くなりたいのには勿論理由がある。それはズバリ『至高の絶望の育成』だ。
僕は生来の被虐趣味者でね。それも極度の。そしてそれは剣と魔力と筋肉の異世界で空っぽの幼女の体に乗り移っても変わらなかった。男とは違う苦痛を味わえると喜んだものさ。……流石に申し訳ないから未通だけど。
新しいこの体には才能があった。魔法の才能だ。僕は素晴らしいそれを利用して人々の苦痛と負の感情を収集していたんだけど……飽きた。似たような痛みばかりだったのだ。
なので思考を変えた。
――味に飽きたのなら自分好みの味を作りだせばいいじゃないか、と。
そんなわけで彼女には曇らせ被験者第一号として僕との仲を深めてもらう必要があるのだ。
……ちなみに僕に友人は存在しない。前世と今世含めて。
ウデちゃんは例外である。人間じゃないからね。
いやでも前世は10代前半で死んだからノーカンだろう。僕は友達を作れる。……そのはずだ。