被虐聖女は曇らせたい 作:霊山
「リンゴ……お嫌いでしたでしょうか?」
果物を手に持った女の子が寂しそうに微笑んでいる。
この世のものとは思えないほどに美しい少女だ。
腰まで伸びた真っ白な髪。思わずため息が漏れてしまいそうなほどに整った顔立ち。年の頃は10歳前後だろうか。私よりも一回り以上小さいその身体は、触れたら折れてしまいそうなほどに華奢だった。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)
……けれどそんな可憐な見た目の少女を前にした私は、今までに感じたことがないほど巨大な恐怖の感情に吞まれていた。
見覚えのない白い部屋で目覚めた私は、意識を失う直前の記憶を思い出してすぐさま自死しようとした。
魔力で限界まで身体能力を強化し、傍らに立て掛けられた私の剣を抜いて、自らの首筋に押し当てて――気付いたら腕を掴まれていた。
華奢な少女の細腕だ。すぐに振り払えると思った。
でも微動だにしなくて。力比べを諦めた私は、剣をもう片方の腕に持ち替えて少女の首に振るった。
――確実に斬った。そのはずなのに。視界に映るのは無傷の少女の姿。
振るった刃が通り抜けた端から再生していたのだ。まるで時間が巻き戻るかのように。
それを見た私は、無意識に追撃を行っていた。ただただ恐ろしかったから。
無心で剣を振り続け、やがて私の体力が限界を迎えても。少女は何事もなかったかのように立っているだけだった。
その小さな身体から噴き出た血で真っ赤になった世界の中心で、ただ静かに微笑んでいた。
そして真に恐ろしいのはここから。
思わず口をついて出てしまった誰何の問いに笑顔を浮かべた少女は、理解不能なほど神懸かった魔力操作で以て血液を回収、消滅させ、その小さくて可愛らしい口を開いて一言、
『驚かせてごめんなさい。一緒にリンゴを食べましょう?』
意味が分からなかった。分からないことが心底恐ろしかった。
私は施設という狭い世界だけで生きてきたから世間の常識は分からない。
でも、私たちはお母様に認められるために多くの知識を学んでいた。その中には世界の強者たちの情報もあったし、歴史上の偉人や神話の神様の伝承もあった。
それでも何一つ分からない。
再生能力も、埒外の神業も、散々斬りつけてきた相手を食事に誘うその精神も。何一つ。
――理解不能な存在を前にした矮小でちっぽけな存在の私は、無意識に、自分に理解できる範囲に少女という存在への理解を落とし込んだ。
それはある種の、防衛本能だったのかもしれない。
「………………死神さま」
「はい?」
私は、神と遭遇した。