被虐聖女は曇らせたい 作:霊山
「………………死神さま」
「はい?」
意味が分からない。どういうこと?なぜ死神?
え……?もしかして僕の背後に死神でもいたりするの?
……しかし死神。死神か。
死神といえば鎌だよね。デスサイズ。どんな斬られ心地なんだろうか?胸がドキドキしてきた。頬もちょっと熱いな。
――よし振り向いてみよう。ほれ振り向くぞ。一、二の、三!
「……」
……何もいないじゃないか。
「死神さま……?」
「……もしかして、私のことでしょうか?」
僕の問いに対し、少女はこくこくと頷いた。
いやなんで?
こんな可愛いちんちくりんの幼女が死神に見えるの?本気?
大丈夫かなこの子。
……あぁ、いや。大丈夫じゃないのか。ずいぶん酷い扱いをされてたみたいだし、頭のネジが数本弾け飛んでても不思議じゃない。
むしろよく今まで正気だったな。えらいえらい。その屈強な精神を曇らせる日が今から楽しみで仕方ないよ。
「……リンゴ、食べますか?」
「はい。……美味しくいただいてください」
もう突っ込まんぞ僕は。
「美味しい……」
「そうですね。私もこんなに美味しいリンゴは初めていただきました」
もきゅもきゅとリンゴを頬張る僕と少女。
果物の味を楽しめるほどに落ち着いてきたようでなによりである。
「さて、食事中に失礼ではありますが、まずは自己紹介を。私の名前はホタルといいます。貴女のお名前をお聞きしても?」
「私は……アリス、です」
ようやく名前が判明。曇らせ被検者一号改めアリス。
亜麻色の髪を肩下まで伸ばした、すこし気の強そうな顔立ちの美少女である。
実際、施設では皆をまとめるリーダー的立ち位置で、周りに笑顔を振り撒く元気っ子だったようだ。
……まぁどうやらそれは虚栄で、中身は気弱な方だったみたいだけど。
「あの……死神さま」
「はいなんでしょう?」
呼び名は変わらないようである。せっかく名乗り合ったのに。
別にいいんだけどね?呼び方なんてなんでも。特に拘りはないし。
なんならビッチだっていい。後でこっそりぶちのめすけど。
「ここは、どこなのでしょうか?もしかして……」
「あの世ではないですよ」
「え……」
「あの世ではないです」
なんでそんなびっくりしたような顔をするんだ。どう見ても感じても現世だよ、ここは。
「なら一体……」
「エドルス学術都市ですよ。魔境で行き倒れていた貴女を偶然発見した私が救助し、治療を施しました」
ここで聖女スマイルを一匙。
この場所は安全なんだよ、と溢れ出る光のオーラで示してあげる。
「きゅうじょ……私を?」
「そうです」
「……死神さまが、ですか?」
「……はい。そうですよ」
そこまで疑わなくても。
別に死神だって人助けくらいするだろう。
いや死神じゃなくて聖女様なんだけどね?
「……」
「……」
……固まっちゃった。
誰かー!僕に!僕に正しい友達の作り方を教えてくれーーー!!
♢ ♢ ♢
僕は寝た。
別に自棄になったわけではない。
人肌で温めよう作戦である。
僕も気分が落ち込んだ時にはよくウデちゃんに頼んで温めてもらうのだ。
こう、『グチャッ』と。いや、『ブチュリ』かな?
別にどちらでもいいか。
決して、アリスが起きるまで長いこと待っていたから眠かった、というわけではない。
経験に裏打ちされた、れっきとした策である。
でも不思議だね。アリスに抱き着いた僕は、気付いたら眠っていましたとさ。
「おはようございます、聖女様」
目覚めた僕に挨拶が飛んでくる。妙に生温かい目をしたシスターさんからだ。
……?誰?
寝惚けた頭から記憶を掘り起こす。あー、そういえば居たな。アリスの魔力にあてられて気絶していたシスターが一人。
元気なようで何より。
ちなみに彼女もしっかりと僕の血でべっとりになっていたはずである。
勿体ない。起きていれば聖女様の聖水生絞りを堪能出来たのに。
「おはようございます。アリス……ここで眠っていた少女はどうしていますか?」
「彼女なら今は水浴び中でございます。聖女様に仕えるんだ、と気合いを入れておりましたよ」
「……???」
なんで?
僕が寝ている間に一体何があったのだろうか。
「とても素直で聡い良い子ですね。少しの説明で自分の状況を理解し、自らに出来ることを見つけたようでした」
「はぁ……」
誰の話をしているのだろうか?アリスの魔力が怖すぎて頭おかしくなっちゃったのかね?
起き抜けに自害しようとしては、それが叶わないと見るや否や僕で血祭りを開催するような子がアリスなんだが。
あと思い込みが激しい。
「流石聖女様が目をかけていらっしゃる少女でございます」
合ってた。僕が興味ある少女とか一人しかいないじゃん。
悲しいね。友人が一人も存在しないせいで、誰でも分かる単純な引き算が僕をぶん殴ってきてるよ。
「聖女様のことをよく知りたいとも言っていましたので、是非仲良くしてくださると私も嬉しく思います」
「仲良く、なれるでしょうか?」
「はい、きっと」
なんだこの人聖母様か?一切の曇りなき笑顔が眩しいよ。
僕はもう貴女が聖女でいいと思います。
あ、そうだ。名前を聞いておかなければ。貴女には是非僕の人間学の師匠になって頂きたい。
「ありがとうございます。少しだけ自信が湧いてきたような気がします。えっと……シスターさんのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい。
やっぱ聖母様じゃん。