被虐聖女は曇らせたい   作:霊山

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第6話 罪と友達

 少女――アリスには親友がいた。地獄の施設で共に育った、無二の親友だ。

 

 ()()()が支配するその施設では、お母様の言葉は絶対。物心ついた時から施設にいた子供達にとっては、それが当たり前だった。

 

 子供たちはお母様に認められるため、必死に勉学に励み、剣術を学び、魔力操作を鍛え、魔物を狩り、そして――仲間たちを殺した。

 

 その中でもアリスとその親友の二人は突出した成績を残していた。

 陽気で楽観的なアリスと、寡黙で内向的なその親友。対照的な性格の二人ではあれど、不思議なほどに息は合っており、互いに支え合って生き抜いた。

 

 そうして積み上がった屍が数え切れなくなった頃。施設に残っているのは、アリスと親友の二人のみとなった。そのどちらかは廃棄され、残った方が晴れて『英雄の繭』となる。

 

 アリスとその親友は、ある約束をしていた。大事な、大事な約束だ。

 

 そして、とうとうやって来た剪定の日。その約束が果たされることは無かった。他ならぬ彼女――アリスの手によって破られたために。

 

 

 ♢  ♢  ♢

 

 

 目の前に女の子が居る。この世のものとは思えないほどに美しい少女だ。

 私より一回り以上小さいその少女は、精一杯背伸びして私の手を包み込み、静かにこちらを見つめている。

 

 その後ろには、息を呑むほどに美しい花畑。あぁ、そういえば花畑なんて初めて見るな、と。ぼんやりとした頭で考えていた。

 

『――どうか私の、初めてのお友達になってはくださいませんか?』

 

 そう目の前の少女に言われた時、私は、初めて少女――ホタルという一人の人間を直視した気がした。

 

 神様のように完璧で、理解不能な存在だと思っていた。

 けれど本当は、私よりも幼い人間味に溢れた少女でしかなくて。

 

 私を揶揄って浮かべた悪戯っぽい微笑み。

 教会の騎士をぶっ飛ばしたと笑ったときの嗜虐的な眼差し。

 友達がいないんです、と告白する迫真の表情。

 

 そのどれもが眩しく映り、等身大の少女の姿が見えた。

 

「なんで……わたし、なんですか?」

 

 乾いた喉から絞り出したのは疑問の言葉。

 

「わたしには……なにもありません。過去も、未来も」

 

 過去の私は無邪気な少女の仮面を被っていた。

 今でも思い出す。心に潜む不安を隠して唯一の友達と夢を語り合った夜のことを。

 

 ――世界の端には氷の大陸があるんだって!いつか一緒に探検しようよ!そして制覇するの!そうしたら二人一緒に英雄になれるよ!!

 

 出来るなんて思っていなかった。それでも夢を騙った。ずっと一緒に居たかったから。

 

 虚飾に塗れた私を捨てて残ったものは、夢も希望もない抜け殻の私。

 

「……マリアさんに聞きました。神さまは、現代に蘇った英雄だって」

 

 聖女様と敬われるこの少女は、数年前に突如としてこの国に現れて、今に至るまでひたすらに人々を救っているのだと。

 回復魔法だけにとどまらず圧倒的な武技をも併せ持ち、魔物に襲われている人々を颯爽と救っては、賊すらも慈愛の心を持って改心させる。

 

 ――その姿は、まさに神話に語られる聖女様の姿そのもの。

 

「わたしは……そんなあなたが妬ましい。憎いとすら思っています」

 

 嘘だ。そんなこと思っていない。私は、英雄になんてなりたくない。なりたくなかった。

 

 でも、思うのだ。私に少女みたいな力があれば。強い心があれば、皆を救えたのだろうかと。お母様を下し、世界で一番大事な友達と何時までも一緒に居られたのではないか、と。

 

 血に塗れた殺人の剣しか持たない分際で、そんな夢を……見てしまった。

 

「わたしは……わたしの両手は、血に塗れています。神さまも分かっていますよね?……わたしが、普通じゃないって」

 

 そうだ。私は誰よりも罪深い罪人だ。

 

 だから、少女に抱き着かれた時に感じた温かい体温も、一緒に食べた美味しいリンゴも、初めて見た花畑より美しいその笑顔も、すべて……私なんかが貰っていいものじゃない。

 

「……わたしには、友達がいました。……誰よりも大事な友達です」

 

 脳裏に木霊している。友達と交わした大事な約束が。私の、罪の証が。

 

 ――ねぇねぇ!誰が英雄になれると思う?!

 

 ――さぁ……キミか私のどっちかじゃない?

 

 ――ならさ、約束しようよ!もし私たちが残ったらその時は……

 

 ――全力で戦う、だろ?

 

 ――!!……うんっ!!!

 

「……その友達と交わした大事な約束を、わたしは破りました。二人で積み上げてきた努力も、信頼も、すべて……踏みにじったんです」

 

 だから。だからだからだからっ――

 

「そんなわたしに……あなたと友達になる資格なんてッ!」

 

 ――だから、そんなに優しい瞳で私を見ないで……

 

 

 そのまま数秒。……あるいは数十秒か。

 互いの息遣いだけが支配する寂静《じゃくじょう》の空間で、風に吹かれた花弁が舞っている。

 

 少しして、痛いほどの沈黙を包み込むような、優しい声が響いた。

 

「別にいいですよ」

「……え?」

 

 顔を上げる。いつの間に近づいていたのか、目の前に少女の美しい薄紫の瞳があった。

 

「別に何度私のことを裏切ってもいいです」

 

 そう言い切る少女の瞳は、どこかで見た事があるような気がした。

 

「その度に私は貴女を赦しますし、たとえ逃げてもどこまでだって追いかけます」

 

 何故だろうか。言っている事は無茶苦茶なのに、こんなにも心が惹かれるのは。

 

「……貴女のお友達もきっと、同じことを言うのではありませんか?」

「――――――」

 

 

 

 あぁ

 

 そうか

 

 なんで忘れていたんだろう

 

 この瞳は……

 

 

 ――ねぇ、そこのあなた!

 

 ――…………

 

 ――綺麗な銀髪のあなたよ!!

 

 ――……なんだ?

 

 ――今からあなたは私のライバルだから!!

 

 ――はぁ……?

 

 ――私はアリス!あなたも名乗りなさい!!

 

 ――…………私は

 

 

 あの日。初めて会った彼女に見た光。それは、何があろうとも絶対に折れることのない――

 

 

 ――ナディアだ

 

 ――うんっ!!よろしく、ナディア!!

 

 

 英雄の瞳だった。

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