被虐聖女は曇らせたい 作:霊山
少女――アリスには親友がいた。地獄の施設で共に育った、無二の親友だ。
子供たちはお母様に認められるため、必死に勉学に励み、剣術を学び、魔力操作を鍛え、魔物を狩り、そして――仲間たちを殺した。
その中でもアリスとその親友の二人は突出した成績を残していた。
陽気で楽観的なアリスと、寡黙で内向的なその親友。対照的な性格の二人ではあれど、不思議なほどに息は合っており、互いに支え合って生き抜いた。
そうして積み上がった屍が数え切れなくなった頃。施設に残っているのは、アリスと親友の二人のみとなった。そのどちらかは廃棄され、残った方が晴れて『英雄の繭』となる。
アリスとその親友は、ある約束をしていた。大事な、大事な約束だ。
そして、とうとうやって来た剪定の日。その約束が果たされることは無かった。他ならぬ彼女――アリスの手によって破られたために。
♢ ♢ ♢
目の前に女の子が居る。この世のものとは思えないほどに美しい少女だ。
私より一回り以上小さいその少女は、精一杯背伸びして私の手を包み込み、静かにこちらを見つめている。
その後ろには、息を呑むほどに美しい花畑。あぁ、そういえば花畑なんて初めて見るな、と。ぼんやりとした頭で考えていた。
『――どうか私の、初めてのお友達になってはくださいませんか?』
そう目の前の少女に言われた時、私は、初めて少女――ホタルという一人の人間を直視した気がした。
神様のように完璧で、理解不能な存在だと思っていた。
けれど本当は、私よりも幼い人間味に溢れた少女でしかなくて。
私を揶揄って浮かべた悪戯っぽい微笑み。
教会の騎士をぶっ飛ばしたと笑ったときの嗜虐的な眼差し。
友達がいないんです、と告白する迫真の表情。
そのどれもが眩しく映り、等身大の少女の姿が見えた。
「なんで……わたし、なんですか?」
乾いた喉から絞り出したのは疑問の言葉。
「わたしには……なにもありません。過去も、未来も」
過去の私は無邪気な少女の仮面を被っていた。
今でも思い出す。心に潜む不安を隠して唯一の友達と夢を語り合った夜のことを。
――世界の端には氷の大陸があるんだって!いつか一緒に探検しようよ!そして制覇するの!そうしたら二人一緒に英雄になれるよ!!
出来るなんて思っていなかった。それでも夢を騙った。ずっと一緒に居たかったから。
虚飾に塗れた私を捨てて残ったものは、夢も希望もない抜け殻の私。
「……マリアさんに聞きました。神さまは、現代に蘇った英雄だって」
聖女様と敬われるこの少女は、数年前に突如としてこの国に現れて、今に至るまでひたすらに人々を救っているのだと。
回復魔法だけにとどまらず圧倒的な武技をも併せ持ち、魔物に襲われている人々を颯爽と救っては、賊すらも慈愛の心を持って改心させる。
――その姿は、まさに神話に語られる聖女様の姿そのもの。
「わたしは……そんなあなたが妬ましい。憎いとすら思っています」
嘘だ。そんなこと思っていない。私は、英雄になんてなりたくない。なりたくなかった。
でも、思うのだ。私に少女みたいな力があれば。強い心があれば、皆を救えたのだろうかと。お母様を下し、世界で一番大事な友達と何時までも一緒に居られたのではないか、と。
血に塗れた殺人の剣しか持たない分際で、そんな夢を……見てしまった。
「わたしは……わたしの両手は、血に塗れています。神さまも分かっていますよね?……わたしが、普通じゃないって」
そうだ。私は誰よりも罪深い罪人だ。
だから、少女に抱き着かれた時に感じた温かい体温も、一緒に食べた美味しいリンゴも、初めて見た花畑より美しいその笑顔も、すべて……私なんかが貰っていいものじゃない。
「……わたしには、友達がいました。……誰よりも大事な友達です」
脳裏に木霊している。友達と交わした大事な約束が。私の、罪の証が。
――ねぇねぇ!誰が英雄になれると思う?!
――さぁ……キミか私のどっちかじゃない?
――ならさ、約束しようよ!もし私たちが残ったらその時は……
――全力で戦う、だろ?
――!!……うんっ!!!
「……その友達と交わした大事な約束を、わたしは破りました。二人で積み上げてきた努力も、信頼も、すべて……踏みにじったんです」
だから。だからだからだからっ――
「そんなわたしに……あなたと友達になる資格なんてッ!」
――だから、そんなに優しい瞳で私を見ないで……
そのまま数秒。……あるいは数十秒か。
互いの息遣いだけが支配する寂静《じゃくじょう》の空間で、風に吹かれた花弁が舞っている。
少しして、痛いほどの沈黙を包み込むような、優しい声が響いた。
「別にいいですよ」
「……え?」
顔を上げる。いつの間に近づいていたのか、目の前に少女の美しい薄紫の瞳があった。
「別に何度私のことを裏切ってもいいです」
そう言い切る少女の瞳は、どこかで見た事があるような気がした。
「その度に私は貴女を赦しますし、たとえ逃げてもどこまでだって追いかけます」
何故だろうか。言っている事は無茶苦茶なのに、こんなにも心が惹かれるのは。
「……貴女のお友達もきっと、同じことを言うのではありませんか?」
「――――――」
あぁ
そうか
なんで忘れていたんだろう
この瞳は……
――ねぇ、そこのあなた!
――…………
――綺麗な銀髪のあなたよ!!
――……なんだ?
――今からあなたは私のライバルだから!!
――はぁ……?
――私はアリス!あなたも名乗りなさい!!
――…………私は
あの日。初めて会った彼女に見た光。それは、何があろうとも絶対に折れることのない――
――ナディアだ
――うんっ!!よろしく、ナディア!!
英雄の瞳だった。