「綾小路くん」
彼女は一旦カトラリーを置いてワイングラスを揺らす。
「付き合いましょう」
「……は?」
堀北? 何の冗談だ?
「あなたの間抜けな顔ってかわいくて好きよ」
彼女の微笑みがこんなに暖かったことはこれまでなかった……って違う。
「いや待て意味がわからない」
人生で数度目となる予測不可能な行動に出くわし、久々のフリーズを味わう。
坂柳といい一之瀬といい堀北といい、高育の女子生徒はそういう傾向にある。
……男子もだな。高円寺といい龍園といい南雲といい、予想の斜め上を飛んでいく。
「そのままなのだけれど」
「オレがおかしいような口ぶりはやめろ」
首を傾げて無実を訴えてくる堀北。
「まさかあなた、自分より私のほうがおかしいと思っていないでしょうね?」
「この瞬間を切り取れば満場一致でお前のほうがおかしいが」
「長い目で見たら満場一致であなたのほうが断トツでおかしいわよ。試しに……そうね桔梗さんに聞いてみるのはどうかしら」
「櫛田の返答は分かりきっている。必要ない」
そもそも高育の生徒に聞いて勝てるはずがない。
「ポンコツな綾小路くん。恥ずかしくなってきたから早めに現実を受け入れてくれるかしら」
彼女は少しだけ頬を染めて、キレのない命令を下す。
「オレってポンコツなのか?」
「ポンコツでしょう? 頭はいいのに抜けすぎだもの。一之瀬さんに」
「聞かなくていい」
遮って否定する。
共通の知り合いなら全員賛同してくれるという自信が、彼女から見えた。
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「質問はたくさんあるが、まず1つ目」
「なにかしら」
「本気か? というか正気か?」
「後半は高校時代のあなたにそっくりそのままお返ししたいけれど」
反論したいが抑える。
「前半はそうねーー修学旅行のときに須藤くんが私に告白してくれたとき、あのときの彼くらい本気よ」
どうやら本気だったらしい。全く気がつかなかった……。
「2つ目。なぜ今この場でなんだ? 雰囲気とかムードとかなんかあっただろ」
「あなたがそれを気にしないからよ。それと私が緊張しないため」
「気にしなくはないんだがなぁ」
「軽井沢さんにどう告白されたのか聞いたの。それを知ったら一気にどうでもよくなってしまったわ」
「……そんなにムードなかったか?」
「いきなり部屋に呼び出して、“付き合うか?”がロマンチックとでも?」
改めて当時の記憶を蘇らせる。
“付き合うか?”
“……え?”
“オレとお前で付き合うかって聞いたんだ”
“……何の冗談よ!?”
ロマンチックさはカケラも感じないな。
「そうだな。軽井沢には悪いことをしたかもしれない」
「あなたに文句を言う資格なんてないのよ」
ふんと胸を張って言う彼女。
「最後に3つ目だが……」
オレは緊張と気恥ずかしさから言い淀んでしまう。
「どうしたの?」
「嫌ならスルーしてもらって構わないんだが……」
図らずとも初めての告白の前置きと同じセリフを吐く。
「な、なによ」
「オレのどんなところがーーいやいい。やっぱり聞かない」
耳を塞いで拒否する。
「そこまで聞いたらわかるわよ?」
堀北を成長させたのは失敗だったかと無益なことを考える。
「でも、嬉しいわ。私、もっと人間味のない冷酷な人だと思っていたもの」
それに気づいていてなぜこう__告白なんかするんだ?
「あなたは動揺するとかわいいわね。新たな発見だわ」
彼女は、初めてオレの笑顔を見たときのような、驚きと嬉しさが同居した__いや違う。
まるで成長を見守る聖母のような。
子のすべてを受け入れる本物の母親のようなーー。
「……よくわからないことを言うな」
ようやく、オレは、辿り着けたのか……?
オレを負かすことのできる相手としてお前を選んだ。
その判断は、間違ってなどいなかったのだ。
生まれて初めてだった。
もうオレはーーお前には勝てないかもしれない。
「綾小路くん?」
人はこの願いを悲願だと呼ぶのかもしれない。
卒業までの3年では足りなかったが、オレがホワイトルームを解体している間にもお前は諦めず成長を続けてくれていた。
「長かったな……」
ホワイトルームの偽の天才は、これで終わりだ。
刑務所にいる父親にも彼女を会わせたかったな。
自分の存在価値を真っ向から否定することだが、父親は不思議と怒鳴らない気がした。
「……何を言っているの?」
あの施設を出て早10年。
これまででいちばん、夜空が綺麗だと思った。
「堀北、本当にありがとう」
憑かれたものがサッパリ消えていくような気がした。
そして鼻の奥がツーンとする感覚……これが嬉し涙って奴なのか。
さすが堀北。オレからいちばん感情を引き出してくれるのはお前だな。
「……急にどうしたのよ?」
普段なら殴って直してあげると言いかねない。だが今の彼女はおっかない女じゃなかった。
「ひとことで言えば、今オレはお前に救われたんだ」
「省略しすぎよ」
「……そうだな」
Aクラスで卒業したお前が、どこの大学に進学しどこの企業に就職したか知らない。
履歴書では高卒で、しかもこの年まで定職に就かなかったオレでは見合わないことはわかる。
だが、お前となら、普通の人生とやらを過ごせるかもしれない。
いちばんの目標であった感情の習得はどうやら達成できるみたいだしな。
「あなた、そんな顔もできるのね」
「ああ。お前のおかげだ」
「いつになく素直じゃない」
「誤魔化しても仕方ないだろう」
嘆息すると、そうねと彼女は同意した。
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「私、言い切れることがあるの」
「なんだ?」
「高校時代に知り合ったすべての人の中で、私がいちばんあなたを理解しているってことよ」
その根拠には興味が湧くな。
「坂柳よりもか?」
「あら、彼女は違うクラスなのよ? 私に勝てるはずがないでしょう」
それはそうだな。
「天沢よりも?」
アイツについて詳しくは知らないだろうが、少なくともオレと似た匂いは嗅ぎつけているはずだ。
「もちろんよ。彼女は過去のあなたに囚われているもの。まだ知っていた頃のあなたにね」
高校入学時と比べて変われた、そう堀北は言ってくれた。
「軽井沢より?」
「互角でいい勝負をするでしょうけれど……近くで見すぎていた彼女さんより客観的に観察できていた自信はあるわ」
「そうだな、Aクラスとして卒業させたリーダーが観察力で勝てるわけがない」
「それに私はあなた直々に手塩をかけて育ててもらったんだもの。一之瀬さんにも負けないわ」
「一之瀬のことも気にかけていたが、元々のスペックも鑑みればお前が筆頭だろうな」
「これで公認のいちばんの理解者ね」
「そうだなオレ公認だ」
「嬉しいわ、綾小路くん」
高校時代と違って素直に感情を伝えてくる彼女は、元々の美少女さも相まって魅力的だと言わざるを得ない。
「堀北、返事なんだがいいだろうか」
「えっ!? 今するの? もっと考えてもいいのよ?」
慌てて手を振る彼女。同時に短く切り揃えられた髪も揺れる。
オレは続けた。
「いや今を逃したら日和ってしまう」
「日和るって……まさか」
彼女はワイングラスのふちを拭っていた手を口元に持っていき、目を見開いた。
「オレでよければ、よろしく頼む」
しかし彼女は__堀北は受け止めきれなかったみたいだ。
数瞬、押し黙る。
「ほ、本気?」
「ここで冗談を言うほど、不真面目でも不誠実でもないつもりだが?」
「そこは疑っていないのだけれど。でもまるで夢のようで」
信じられない、そう噛み締めるように彼女は呟いた。
なんとも締まらない様子を呈した彼女だったが、こほんと咳払いをする。
「そうね……でもありがとう、綾小路くん。言い忘れたから言っておくわね」
ーー大好きよ。
初めてハーメルン様に投稿するので不備があるかもしれない。
ここ好きや感想、あと高評価?
よくわかんないけど好きだなって思ったらいろいろやって作者に教えてください。