初めて告白されて始まった、彼女ーー
仕事が終わると通話を繋ぎ、特に中身のない会話に盛り上がる。
土日のどちらかは会ってどこかへ行く。
恋人としては普通の行動だが、軽井沢のときとは全く違った。
鈴音を見ているだけで楽しい。
空虚な思いは出てこない。
彼女を支配しようとしていないからか。
弱みを握っていないからか。
一旦オレが負けを認めたことで対等な関係を築こうとしているからか。
どれもこれも、正解であり間違いだ。
きっと鈴音だからだ。
自分でもよくわかっていないが、高校時代の彼女との会話もなんだかんだ弾んだ記憶がある。
相性がいい、のかもしれない。
「きっ、清隆くん、黙っちゃってどうしたの?」
未だに下の名前を自然に呼べない鈴音がオレを見上げる。
そっちから提案しておいて恥ずかしがるなよ、とは言わない。
今は久しぶりに高育を見てきた帰りである。
外周を回るだけでもそれなりの時間を要したので、あの頃を色々と思い出してしまった。
「“ささやかな幸せ”とやらを噛み締めていただけだ」
「とやらは付けなくてもいいんじゃないかしら」
「……そうだな。ところでーー」
からかおうと口を開いたとき、オレは久しく感じていなかった鋭い視線を感じた。
言うなればホワイトルーム5期生・八神拓也とすれ違ったとき以来だが……。
辺りを見渡す必要はなかった。すぐに相手を見つけてしまったからだ。
男だった。やさぐれていて、髪がボサボサの白衣の男。
どこだ、どこで見た……?
ーーNo401、今日は対人戦だ。
思い出した。あの部屋の研究者だ。
そうか。オレはまだ……抜け出せていないんだな。
監視されている。
まだ何も……終わっていない。
ようやく、ようやく、普通を手に入れられた、はずだったのに。
ホワイトルームは、唯一の成功作を手放してくれない。
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
彼女はしびれを切らし腹パンを加えようとする。
とても彼氏への所業とは思えない。……今更か。
「知り合いでもいたの? 顔色悪いけれど」
「……いや、見間違いだろう」
潰した。完全に潰した。
そのはずだった。
まさか潰れていなかったのだろうか。
あの男がまだ手を回しているのか。
もしまた息を吹き返すなら、不意打ちで壊滅させた今回のようには行かないだろう。
そのようなことがあれば、彼女を手放さなければならなくなるかもしれない。
……それは、嫌だな。
よし。可及的速やかに潰す。
「ちょっと痛いのだけれど?」
思わず握り締めていたらしく鈴音が抗議する。
「す、すまない」
腹パンしようとしていた彼女の暴走する手から自分の左手を離そうとして、はたと現実に返る。
力を緩めただけでそのまま歩き出す。
「えちょ!?」
「どうした?」
「そのすました顔は腹立つわね……」
ボソリと彼女が漏らした“恋人繋ぎ”という言葉は、聞かなかったことにした。
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夜、家に帰りひとりになったオレは、早速昼の男について考え出す。
まずはあの男の身元を洗い出そう。彼からボスたるあの男まで繋がる。
警察のデータベースにアクセス……は一度潰すときに使った以上、2度目は通じないと見るべきだ。
天沢あたりなら使えるが連絡先は知らない。七瀬経由も厳しいだろう。
こんなことになるなら
ならば裏の人間か。
だが調べるのに時間がかかる上、そういう手の人間との接触は危険。
オレひとりなら特に気にしないが、武道の心得はあっても素人な鈴音がいる以上避けるべき。
……思考がまとまらない。
昔のオレならもっと効率的に考えられたはずだ。
鈴音のことが思考のノイズになっているのか?
いや、違う。彼女がいるからこそ、失敗は許されないんだ。
オレは一度思考を切り、風呂の支度を始めた。
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2時間後。
未だにまとまりきらないが、とりあえず羅列しておく。
有力なのは彼女に警戒を促すということだ。
だがネックなのは相手だ。普通ならそれもありだが、ホワイトルームだとそうもいかない。
伝えた時点で彼女は彼らを敵に回す。
いや……オレと
ならいっそ、情報共有を図ってみるか?
触りだけなら話してみてもいいだろう……ってオレは何に言い訳しているんだ?
トーク画面を開きオレは通話ボタンを見つめる。
時間が遅かったので迷っていると、彼女のほうからかかってきた。
そして、条件反射的に緑のアイコンをスワイプしてしまう。
「あなた、さては待機していたわね?」
「してないが?」
待機していたのはそっちのほうだ。
「まぁいいわ。昼間、あなたが急に立ち止まったとき、やっぱり気になるのよ。知り合いって誰だったの?」
「恋人繋ぎの直前のか?」
「そっそうよ」
それで記憶を上書きしようとしたが、時間が経ち効果が切れてしまったらしい。
「表情も声も険しくなっていたような気もするし」
「気のせいだろう。いつもこんな顔だしこんな声だ」
「また険しくなったわ。誤魔化すのはやめなさい、みっともないわよ」
声はコントロールしているはずだが、彼女は自信があるようでつっついてくる。
これが第六感だろうか。
「すぐに信じられるような話ではないのは事実だからな。正直迷っている」
「信じるわよ? 私もだけれど、あなた冗談苦手だもの」
「……そうか」
確かに冗談はあまりわかっていない。
「じゃあ疑わずに聞いてくれるか……?」
「もちろんよ」
無駄なことは省いた彼女の返答は、ただ静かに、だが確実に、聞かせてほしいという想いを伝えてきた。
「……オレは天才養成所みたいなところで生まれて、中学を卒業する年になるまでずっとそこにいたんだ」
自らの出自と今日再会した男について、事実だけを淡々と話す。
「だからオレはこの脅威を排除する。お前に脅威が及ぶ前に、そして確実に」
ホワイトルームという無謀で非人道的な施設が存在していたこと、オレが高校を卒業してからそこを潰していたこと、彼女は受け入れられただろうか。
「教えてくれてありがとう。清隆くん、あなたが今話したことを全て信じるわ。
と言ってもあなたが信じられないことは想像できるから理論的に説明してあげる」
予想斜め上の切り返しを図った彼女は続ける。
「嘘を吐く内容としては適さないもの。私が信用に値するか確かめるという目的だとしても、もっと信じやすい話を選ぶはず。
だから私はホワイトルームの存在も、あなたがそこで大変優秀だったことも、それが理由でそこを潰してその残党に狙われていることも信じるわ」
怒涛の説得に、オレは目を見開き呑まれかける。
「……既に想定されていたとしたら?」
「あまりにも遠回りすぎる。あなたはもっと合理的な人間よ」
どうやら、オレのいちばんの理解者だという彼女の自負は、的外れでもなんでもなくむしろ事実かもしれない。
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「……全ての謎が解けたもの」
彼女はすっきりして言う。
「あなたはチグハグすぎるの。
頭はキレて身体能力は抜群にいい。性格は冷徹冷酷、そしてあり得ないくらいの合理主義者。
なのに友達を求めて、世間知らずで常識がない。自分の能力を隠すのが下手かと思いきや、いつの間にか私を隠れ蓑にしていた」
的を射た分析にオレは感嘆させられた。
「だから私はあなたを知りたいと思った」
「進んでいるか?」
「いいえ、混乱しているわ。私が告白したその日からあなたはどこか違うもの」
「そうだな。オレも自分の変化についていけていないところがある」
機械人間だったオレが、他人を念頭に行動を決定する日が来るとは思わなかった。
彼女は間を置いて、また語り始める。
「……でも、確実に言えることが1つだけあるわ」
「何だ?」
「“あなた”が排除するんじゃない。“私たち”の間違いね」
オレは息を飲んだ。
彼女に限って危険性を軽く見ているということはない。
それでも彼女は、オレの後始末に付き合うと宣言したのだ。
「明日また会いましょう。あなたがもう1人ではないこと、それを証明するわ。1年生の頃のように足を引っ張ることはない」
「それはもちろん、分かっているがーー」
「もしその施設が復活したら2人で潰せば楽勝よ。私を誰だと思っているの?
……私たちは、あの
反論の言葉は完全に封じられた。もう止めるのは野暮なのだろう。
ああ、分かった。
お前はやはりーーいいパートナーになれる。
「よろしく頼む」
「ええ、もちろんよ。あなたをおかしくした施設なんて跡形もなく消し飛ばしてやるわ」
「……それは、どうだろうな」
オレが元々おかしかったという可能性もあるんだよな。
「どういう意味よ?」
「先天的にこうだった可能性も無視できないってことだ」
「……否定しないけれど、その悪辣な性格を開花させたのは間違いなくホワイトルームでしょう」
彼女は、なーにがホワイトよ、ブラックの間違いじゃないのと愚痴っぽく呟いて少し笑った。
読んでくれてありがとう!
ホワイトルーム解体シーンは作者の知能が足りなくて書けません。
すみません……
その代わり次の最終話で原作キャラ大放出するから許して。