ダンジョン中毒から抜け出したい【書籍化&コミカライズ決定】 作:1パチより4パチ派
篠目を助けてから1週間、今日は普通に出勤日。いつもの様に弁当(セラフィナ作)を持ってセラフィナとロールの口喧嘩を聞き流しながら家を出る。特に変わらない、いつも通りの日常──。
『あれニュースの……』
『あの人あんな危ない人だったんだ……』
『怖い……頼む暴れないで……!』
『ママ〜! あそこにニュースで見た探索者が居るよ! 項垂れてるのはどうして?』
『例え強さを持っていても本当に欲しいものは零れ落ちていくのが人生なのよ。例えロクデナシでも死体蹴りはダメよ』
『分かった〜! クズを蹴る奴が1番クズだもんね!』
「……」
あの日、俺は全国デビューを果たした。結果としてニュースを見た人にドン引きされる日々が始まってしまった。おかしい、俺はただ仲間を助けようとしただけなのに。こんな世界は間違っている。今すぐに改変するべきだ。
「おやおや加藤さん。おはようございます」
「鶴岡、いつ世界を平等にする?」
「待ってましたよこの瞬間を。今すぐ準備を始めます。お待ち頂けますか?」
「すまんやっぱ無し。ノータイムで乗っかって来られたから逆に落ち着いた」
「何と。一旦引くべきでしたか。迂闊でした……無念」
本気で残念そうな鶴岡を放置して足を進めるがすぐに隣で着いてきた。
「俺バイトなんだよ。出勤の邪魔しないでくれ」
「いえ、一応報告をと」
「報告?」
「篠目さんです。一先ずウチで生活する事になりましたので」
「お前んとこで? 何で?」
「元々住んでいた部屋はとっくに引き払っていて、新しい部屋も借りれないとの事です。高木さんにも動いてもらいましたが大家の全てが完全拒否。どうも【自我中心】の一員なのがバレているみたいでブラックリストに入っている様です」
「……それで住む場所無いからお前んとこの教会に?」
「そうなりますね」
「終わった……」
膝から崩れ落ちる。最悪だ、とうとうここまで来たか。篠目がブラックリストに入っている以上、俺含め他メンバー全員入っているだろう。不動産以外の業界にも情報が回っている可能性は高い。つまり俺の世間評価は更に下がったと言う事だ。
「ここからどう捲れば良いんだ……!」
「やはりここは地道な活動から始めるのは如何でしょう。ボランティアとか募金とか炊き出しとか」
「全部お前の教団がやってる事じゃねぇか! ……いや、良いのか。それをやる事自体は良いのか……」
「ではこの入信書にサインを」
「やるにしてもお前のとこではやらねぇよ」
「いつまでその態度が取れますかね……ククク」
「黒幕ヅラしやがって。てかそんだけの為に来たのか? わざわざ出勤中の俺探して」
「いや? そもそも教会の前を通ってるのは加藤さんじゃありませんか」
「え? ……ホントだ……気付かなかった……」
ショックと絶望が多過ぎていつもと違う道を通っていたらしい。我ながらヤバいな。一旦落ち着いた方が良さそう。
「鶴岡よ。何をして──む、加藤。どうしたこんな朝早く」
「篠目……何だその格好」
「何だも何も、修道服を着ているだけじゃが。ほれ、置いてもらってる以上少しは働かねば申し訳無かろう?」
ヴェールは付けずに長い銀髪を靡かせながらその場で一回転する篠目。相変わらずビジュアルのレベルが高過ぎる。まぁ顔はセラフィナの方が良いけど。俺は。
「どうじゃ! 似合っとるか?」
「鶴岡」
「何です?」
「何着目?」
「3着目です」
「前任者達の主な死因は?」
「切腹による裂傷、血液による汚染です」
「だろうな。南無」
予想通り天に召された2着の修道服に祈りを捧げる。どうか成仏して欲しい。いやしなくていいな、篠目に取り憑いて良いぞ。
「じゃあ俺は行くからな。時間無い」
「あ、待て待て! 加藤! お主忘れとるな!?」
「あ? 何を?」
「ギアススクロール! 約束したじゃろ」
「……あぁ! そうじゃん! サインサイン!」
いつも持ち歩いてるギアススクロールを取り出す。ようやく、ようやく2人目だ! 嬉しさに体が震えてきた。
「最近全く進展が無かったからなぁ! いやぁこれで一歩前進だ!」
「評判は10歩ほど後進してませんか?」
「うるせぇ! 誰のせいだと思ってんだよ!」
「高木さんですね」
「高木じゃな」
「まぁ……そうねー?」
実際騙し討ちしやがった高木が1番悪いのはその通りなのでコイツらに当たっても仕方ないか。でもコイツらがサインしなきゃそもそも……いや辞めておこう。疲れる。
「……っと。ほれ、これで良いな? 今回は世話になったな」
「何言ってんだよ仲間なんだから当たり前だろ へへへ。解放の時は近いぜFoo!」
「鶴岡は近いと思うか?」
「最終回迎えても抜け出せて無いと思いますよ」
「縁起でも無い事言うんじゃねぇ!」
ギアススクロールをしまいながら不吉な言葉を振り払っていると、篠目からの視線を感じる。表情はやたらとアンニュイだ。似合わな過ぎて最早怖い。
「どうした」
「……のぉ、加藤。このギアススクロールが完成しても……居なくならんよな?」
「……」
「お主が居なくなったら……またみんなバラバラになる……前がそうじゃった。もう……大丈夫なんじゃろ? 言ったもんな? あの時、わっちを助ける時、わっちの居場所は──ここに、あると……」
まるで迷子の子供みたいな顔をする篠目に、俺はすぐに言葉を返さなかった。その代わりに、ゆっくりと篠目の頭に右手を伸ばして──。
グシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャ!
「ぎょわぁぁぁ!」
梳かしたであろう髪をぐっちゃぐちゃにしてやった。喚く篠目を見ていると世間からの評価低下による精神ダメージが回復していくのを感じる。何だったら両手で2倍ぐちゃってやる。出来上がったのはさっきまでの綺麗な髪では無いスーパーモチャモチャ大戦勃発中な髪だった。
「何をするぅ!」
「だって……なぁ?」
「……ハハハッ! そうですね。確かに今のは妥当です」
「何処が!? わっち完全に無実じゃろ!」
「うるせぇガキ。お前やっぱガキだわ。ホントガキ」
「だからもうすぐ二十歳と言っておろう!?」
「あーガキガキガキガキガキガキガキ」
「ちょっ!? 待て! 逃げるな! 理不尽過ぎるじゃろぉぉぉ!?」
「ハッハッハッハ!」
「鶴岡笑うなぁ! 何じゃ! わっち虐めて楽しいか!」
鶴岡に怒りが向いた辺りで足早にその場を去る。今日は何だか良い日な気がする。1日頑張ろう。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございますドラツさん。急に頼んですいません……」
「いえ、どの道倉庫の肥やしでしたので……。誰も使わないまま廃棄する予定だったので、貰ってくれるのなら助かります」
仕事が終わって、昨日頼んだ物を受け取る。万年筆の様な太めのペンと、赤いアンプル数本。
「このペンにアンプルを差し込んで先端に力を入れれば中の血液が出てきますので。暴発する事はまず無いと思いますがお気を付けて」
「何から何まで……け、血液の方、準備するの大変じゃなかったです……?」
「特には。私の血ですし」
「え!? 嘘!? そんな!」
「嘘です。普通に吸血鬼に血を売っている業者に頼みました」
「…………」
「……すいません。ジョークセンスが無かったようです」
ドラツさんって苦労人のイメージが強いけど、この人もこの人で性格に難ありかもしれない。高木さんの秘書だもんね、普通の人じゃ無理だよね。
「気まずいので話を変えますが、魔法陣なんて私も初めて知りました」
「え、えぇ。そうですよね、私も海岡さんから初めて聞いたので……。凄いですよね、誰でも魔法が使えるなんて」
「出力はお察しですが、使えると使えないでは雲泥の差ですからね」
「この手帳に書いてる通りに描けば良いので、私でも出来そうで……」
「『血が出るペンとかありませんか?』と聞かれた時は赤ペン先生でも始めるのかと思いました」
「何で寄りにもよって赤ペン先生!? せめてダイイングメッセージとかに行きません!?」
この前の事件が終わった後、海岡さんに彼が仕事で見聞きした魔法関連の事がビッシリと書かれた手帳を渡された。
『ほら、やるよ』
『えぇ!? ど、どうして……。仕事で使うものじゃ……』
『それに関しては写しがあるから問題ない。単にアンタがまた魔法陣に頼らざるを得ない時が来るかもしれないからな。あの連中とこれからも関わるんだろ? なら手札はあって困る事は無い。要らないならゴミ箱にでも入れといてくれ』
『そんな事しませんよ! ……ありがとうございます!』
『おう。……しっかし篠夜が女になるとはなぁ。人生まだまだ面白いな。ハハハッ!』
折角貰ったのだから、使えるようになっておきたい。そう思ってドラツさんに相談した所、『それっぽい物があった様な気がする』と言われて今日に至っている。
「確か日本に来ていた魔族の探索者が引退すると言う事で全部寄付してくださった物です。恐らくその時に一緒に入っていた物でしょうね。ご丁寧に空のアンプルまでありましたので」
「やっぱり昔は少し使われていたんですね」
「普及しても良い気がしますが……まぁ1/10の出力じゃ、他で良いとなるのは分かります」
「でもちょっと……その……ワクワクしてる自分が居るんですよね。私、魔法なんて全く使えないので……」
子供の頃、学校で魔法が使える子が居たらそれだけで尊敬の的だった。私も漠然と良いなぁと羨ましい気持ちがあったな。成長するにつれてそう言うのは無くなったと思ってたけど……。
「これで私も魔法使い! なんちゃって……えへへ」
「良いじゃないですか、加奈子さんなら誰かに迷惑をかけるなんて事はありませんし。……ただ、その血液アンプルは良い値段するので、そこは覚悟した方が良いかもしれませんね」
「……これで幾らですか?」
「約5万円です。保存が完璧で劣化しない分、高くなってます。最初は私からのプレゼントと言うことで」
「だ、大事に使いますぅ……」
最初はノートとかに試し書きして練習しようそうしよう。お金持ちでは無いし、貯金もしたいし……。
「魔力の乗った液体って言ってましたけど、血以外じゃダメなんですかね……?」
「水などに魔力を込めて維持するのは中々……。それに魔法陣自体放棄された技術ですので……研究が続いていればその辺も解決出来たかもしれませんが」
「そうなんですね。じゃあ仕方ないか……」
ダメかぁ。魔力って難しい。やっぱりアイテム以外で魔力を物に篭め続けるのは無理なんだろうなぁ。人の血とかなら実質的に体の一部だから出来るのかな。もしくは垂れ流し?
「……ん?」
魔力?
【自分は以前ダンジョンに入り浸ってたんですけど……そのせいか、体がもうダンジョン内の魔力が多く漂ってる環境が通常だと認識してるみたいなんですよ】
魔力……。
【名前のまま。この世界から存在を消す魔法。でも魔力で出来てる存在にしか効果が出ない。人や魔族に撃っても気絶で終わるよ】
魔……力……。
【その篠目って人を取り込んだ魔法は【対象と自分を魔力に一度変換して混ぜる】なんだと思う。2つのアイスを溶かして、それを混ぜて、また凍らせて固めるみたいな……】
【悪いが痛みのせいでこれ以上の集中は無理だ。アンタが魔力を込めて使えよ】
【魔力】
【魔力】
【魔 力】
「加奈子さん? どうかなさいました?」
「あ……いえ……その……」
黙り込んだせいで変な心配をかけてしまった。謝ろう。そう思ったけど、口から出た言葉は別の物だった。
「【魔力】って……何なんでしょうか」
「……はい?」
「魔法に使えて、アイテムになって、でも多過ぎると人族に有害で、世界に満ちていて……でも、何なのか分からないんです」
「酸素とかなら説明付くじゃないですか。元素と言うものがあってとか。それが他と組み合わさると他の何かに変わったり。でも【魔力】はそうじゃない。ずっと昔から……科学なんて発展してない頃から存在してるのに、何なのか……分からない」
「ドラツさん。【魔力】って……何なんでしょうか? それを使って発動出来る魔法は? 魔力が集まって出来たアイテムって?」
「……それ……は……」
そこから先の返答は無かった。私程度が疑問に思う事なのに、今の今まで【魔力】が何なのかなんてのは、聞いた事がない。多分、誰も分からなかったから。当たり前のように存在して、生活に根付いていて、無くてはならない物。アイテムと言う形になって、争いを生んだ物……。
「(私達は一体……何を隣に置いて、使っているんだろう……)」
とても良い天気だったのに、私の心は晴れなかった。今まで気にならなかったのに気になってしまったのが最後。私はこの、正体不明の隣人が少し怖くなった。
◇ ◇ ◇
暗い暗い闇の中。外部から身を隠すのにうってつけな場所を1人の吸血鬼が歩く。道中誰かと会う訳でもなく、そのまま最奥へと辿り着く。そこには白い髪に白い肌、今にも消えてしまいそうな儚さを感じつつも、確かな知性を漂わせる女が1人佇んでいる。
「戻りました」
「……遅かったな。何かあったか?」
「少々警戒され始めているようで、まだ追手は付いてませんが念の為迂回してきました」
「そうか……。なら良い。それで、今回はどうだった?」
「はい、かなりの数を集める事が出来ました。皆、貴方様のお力を借りたくて仕方がない様です」
「今はダメだ。前に貸してやった奴がダメだったからな、ちゃんと相手は吟味したい」
「承知しました。御心のままに」
「ああ……じゃあ一つずつ【返せ】」
「はい」
吸血鬼が手に入れてきたアイテムを取り出す。ランクAの煌びやかな剣は白い女に手渡された。女はそれを徐に抱き抱える。すると剣は溶けるように女の体に飲み込まれていった。剣を跡形もなく飲み込んだ女は感慨深いように、こう呟いた。
「【お か え り】」