ダンジョン中毒から抜け出したい【書籍化&コミカライズ決定】   作:1パチより4パチ派

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己の魔が差す

 真のDMCをプレイし始めて2日経過した。あれからルロはフェアリル、ゴレット達とDMCを遊び続けている。どうもハマったみたいだ。

 

「今日も行くのか?」

 

「うん。ダメ?」

 

「いや良いけどな。ハマり過ぎも良くねぇけど……ちゃんと夕飯には帰って来いよ」

 

「うん! 加藤、行こ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ飯食ってるから!」

 

「起きてくんのが遅ぇんだよ。昨日の夜何してたんだ」

 

「魔王と電話してたんだよ。ルロの調子どうだーって。やたらと細かく聞いてくるから説明すんのに骨折れたわ」

 

「若干親バカ入ってないか? ……そういやあっちはもう纏まりそうなのか?」

 

「いい感じらしいぞ。もう少しで終わるってさ。やっぱ魔王はカリスマ性あるんだな」

 

「マスターもカリスマに関しては負けていないと思います」

 

「え、ホント? 褒められて嫌な気はしないなぁ……」

 

「はい。世間から見たら前衛的な人達にとっては、マスターは光のような存在だと思います。蛾とか集まる感じの」

 

「要するに変人集めが得意って言ってるだけじゃねぇか! ここまで価値の無いカリスマ存在していいのか!?」

 

「異端者には異端者の英雄が必要だと思います」

 

「要らねぇぇぇ! 必要なのは常識的な英雄だろ! 何でろくでなしを祭り上げる必要あるんだ!」

 

「ご安心ください。私のように蛾では無く蝶が集まる事もありますから」

 

「おいまさかアタシの事蛾とか言うんじゃねぇだろうな」

 

「セラフィナ様はカマキリでは? メスの」

 

「んだとゴラァァァ!!!」

 

「朝から喧嘩すんなよ! はー……ロール、問題なさそうに見えるがちゃんとオピスに見て貰えよ。昼頃に来るって言ってるから」

 

「はい。ご迷惑おかけして申し訳ありません。セラフィナ様にもご心配おかけしました」

 

「……チッ。そう思ってんならさっさとそのポンコツ頭直しやがれバーカ」

 

 セラフィナが不貞腐れるように席を離れる。ルロが既に玄関で待ってるので急ぎながら皿を洗っているセラフィナの肩に軽く触れる。

 

「ロールの事、心配してくれたんだって? 昨日高木から聞いた、ありがとな」

 

「……早く帰ってこいよ」

 

「あいよ」

 

「加藤? まだかかる?」

 

「今行く今行く!」

 

「マスター、お気をつけて」

 

「おう、行ってくる」

 

 2日前、ロールが急に反応しなくなったと聞いた時は少し心配だったがいつもと同じ喧嘩と毒舌を吐けるくらいには元気そうだ。まぁ万が一何があっても困るのでオピスにメンテしてもらう事になったが。この様子なら問題無さそうだな。

 

「悪い、遅れた」

 

「ううん。早く行こ!」

 

「はいはい」

 

 ルロが俺の手を握って引っ張る。子供らしさが爆発しているルロを宥めながら、俺は今日もゴレットの鍛冶屋に足を運ぶ。

 

◇ ◇ ◇

 

 子供の頃、私は妖精の国で育った。私の母国の【ピクシーガーデン】は小さな国だ。妖精そのものが小さいので当たり前と言えば当たり前なのだが。周りも当然妖精だけ。特に不自由の無い子供時代を送れた。

 

『フェアリル、欲しがってたのよ』

 

『わぁ……! ありがとう!』

 

 当時私は妖精用にサイズ変更されたカードゲームに夢中になった。遊ぶ相手は居なかったけど、親に買ってもらったカードをいつも眺めていた。

 

『(私も自分のカードゲーム作りたいな……)』

 

 いつの間にかそう思うようになっていた。夢を叶えようと心に決めた私は自分の自由帳に妄想を書き連ねながら日々を過ごした。ピクシーガーデンにはカードゲーム会社なんて存在しなかったので、私の目標は人族の国に行くのが必須条件となった。だが、それには大きな壁があった。

 

『人族の国に? ……難しいね、それは』

 

『どうしてですか……?』

 

『……私達妖精は極端な話、人族にも魔族にも嫌われているからかな』

 

 進路指導の先生が言う通り、妖精は人族にも魔族にも壁を作られている。これは過去に妖精が何かしたと言う訳じゃない。【何もしなかった】からだ。

 

『人族と魔族の戦争時、この世界にいる様々な種族はどちらに着くかスタンスをはっきりさせた。現に今の人族と魔族を分類しているのは戦争時にどちらに味方したかで決まっているんだ。精霊族が居るだろう? あの種族は見た目で言えば魔族に非常に近いが、分類は人族だ。理由は人族と共に戦ったから。そんな中、私達妖精は……どちらにも味方しなかった。中立と言えば聞こえは良いが、実際は関わりたく無いとひたすらに引き篭もったんだ。勿論それが間違いだったとは私は思わない。だが……戦争が終わって平和になってからノコノコと表に出てきた所で、まともに相手してくれると思うか?』

 

『……ずっと引き篭もってた分際で何を今更って事ですか?』

 

『戦争が終わったばかりの頃が一番酷かったらしい。誰だろうと私達妖精の話は聞いて貰えない。羽虫扱いさ……。仕方ない事だがね、人族や魔族も余裕が無かった時代だ』

 

『……』

 

『安心してくれ。過去は過去だ。今の時代、表立って排斥される事は無いさ。……だが、寿命の長い人族の国はダメだ。当時の事を知っている者も居る。まだ終戦から500年程度しか経っていないからね……行くなら人間の国だ。治安が比較的マシな日本なら、まだ大丈夫かもしれない』

 

『! なら、日本に行きます!』

 

『分かった、出来る限り助力しよう。……私は君を応援しているからね』

 

 先生の助力もあって何とか私は日本のカードゲームなどを扱っている会社に入社する事が出来た。だが、それは私にとって苦難の道の始まりだった。

 

『フェアリルさん、遅いよ。先方に迷惑かかってるから』

 

『す、すいません! すぐに……』

 

 人間の国の会社である以上、割り振られるタスクも当然人間の社員と同じものを振られる。だが妖精は人間よりシンプル肉体スペックが劣っている為、1つの仕事をこなすのに倍以上の時間がかかった。設備も多少は妖精用の物にして貰えたが、全部では無い。私は同期で1番仕事が出来なかった。……私が無能だっただけかもしれないけど。

 

『フェアリルさん……どう?』

 

『うーん、ダメかな……。本人は頑張ってるみたいだけど』

 

『そっかー。でも会社としては雇うしかないみたいだよ? これでクビにしたら国際的に不味いかもしれない〜だって』

 

『まぁ難癖付けられても困るもんね。……でも釈然としないなぁ』

 

『同じ給料だもんね。楽な仕事ばかりやってるし……やんなっちゃう』

 

『まぁ妖精だしね。そんなもんでしょ、あの種族って』 

 

『……』

 

 殆どお情けで雇ってもらっている状態。当然そんな状態で、マトモなプロジェクトに携われる訳も無く。私は俗に言うお荷物社員と言う奴になってしまった。

 

『じゃあ今日はこれお願いね』

 

『はい……』

 

『まぁ……今日中に終われば良いから』

 

 上司からは詰められる事は無かったが、周りの目がひたすらに痛かった。誰も私に期待しないし、誰も私に話しかけない。会社で孤立していた私は毎日死んだような目で与えられた仕事を必死にこなすしか無かった。

 

『(こんな事がしたかった訳じゃ、無いんだけどな……)』

 

 奇跡が来るのを待つしか無くなってから数年。突然、ダンジョン運営の本部から仕事の話が舞い込んできた。

 

『え、私が!?』

 

『今どうしても他の人が空いてないんだ。めちゃくちゃ強引に仕事入れ込まれてね……相手が相手で断れなくて。フェアリルさん、確かカードゲーム作りたくて入ったよね? 何か案とか……』

 

『あ、ありますあります! 私にやらせてください!!!』

 

『ええ!? だ、大丈夫かな……』

 

 奇跡が訪れた。納期は死ぬほど厳しいが、それでもようやく夢を叶える時が来た。何が何でもこの仕事は私が完遂してみせる。そう誓った。

 

『え? 探索者やモンスターを題材に? まぁ何とかなる……よね? え、資料これだけ!? もっとあるでしょ!? し、調べるしか無いか……。探索者を活躍させる感じ!? ば、バランスどうしよう……うわ何だこのヤバそうな探索者チーム……怖……コイツらも入れなきゃダメなの?』

 

 過酷な毎日に必死で食いついた。途中で確認して欲しくても忙しいからと流される以上、自分で進めるしかない。ルールを整備してテキストを書いてバランス調整して……寝る暇なんて殆ど無かった。

 

『で、できた……やったぁぁぁ!!! 完成した! 私が、私が作ったカードゲームが!』

 

 苦節3年弱。馬鹿みたいに残業して休日出勤して、何とか1人で作り上げる事が出来た。勿論、イラストは外注だったが……凄く良い物が出来た自信がある。ルールブックこそ1000ページを超えてしまったが、あらゆる裁定をキチンと書いた完璧な物だ。ジャッジが居なくても充分機能するように。

 

『よ、よし! 早速確認してもらうわ! 納期ギリ間に合って良かった……』

 

 依頼先に『完成したので確認お願いします』とメールをして、後は待つだけ。緊張の糸が切れた私は涙が溢れて止まらなかった。やり遂げれたんだ。

 

『……え? 【仕様変更】……?』

 

 返信が返ってくるまでは。ルールが長過ぎるや分かりづらい。更にはそもそもゲーム性なんて求めておらず、あくまで宣伝用の物と言う事を書かれたメールが届いた時には達成感なんてものは消え失せていた。

 

【長過ぎて話にならない! 私が書いたルールに変更して! 遊び方なんてメンコで良いのよ! 余計な事しないで! つまらないわよこれ!】

 

『つまら……ない……』

 

 私は勿論引き下がる訳にはいかなかった。説得しようと何度もメールを送るが、途中から帰ってこなくなった。その後上司から本来の契約金より多く払われたとか何とか言っていたが最早どうでも良かった。

 

『ああ……あんなに頑張ったのに……』

 

 発売されたDMCは絵がそれっぽいだけのメンコに成り下がってしまった。雑に地面に叩きつけられるカードを思うと悲しくて仕方なかった。

 

『……ふざけるな』

 

 ろくに確認しなかった癖に。完成してからちゃぶ台返ししやがって。確かにダンジョン運営は社会的にも力を持った所。でもだからと言って好き勝手言い訳じゃない……私の作品を勝手に弄くり回して良い権利なんて、存在しない! 依頼主が絶対という社会の決まりを投げ捨ててでも、私は己の怒りに蓋をする事を放棄した。

 

『こ、こうなったら……復讐よ!!!』

 

 乗り込んでぶん殴ってやる。ボコボコにしてやる。社会的地位なんか知るか。私の全力でしばき回す。その為には力が必要だ。そう思って、強い魔力を持った子供を見かけたから騙して良い感じに貰おうと……。

 

「ねぇフェアリル。これってどうすれば良いの?」

 

「……え、あ、あぁ。それはね──」

 

 それが何がどうなったらこの状況に行き着くんだろうか。騙そうとした子供に私の作ったカードゲームを教える。それも連日。見つかった時は完全に終わったと思っていたのに……。

 

「だぁぁぁぁぁ!!! また負けたぁ! 何故だ、どうして勝てない!?」

 

「ふっ……残念だったな。俺はもうこのゲームを理解し切った! お前如きのプレイングで俺に勝とうなんて100年早いぞ! 加藤だけに!」

 

「しょうもなギャグ言うような奴に負けるなんてぇぇぇ! 俺は! 弱い!」

 

「ちなみにプレイングミスの数は10回だったぞ! 戦友に勝つならまずそこから直すべきだ!」

 

「無理だ! 手癖でついつい出しちまう! 俺このゲーム向いてねぇ!」

 

 他にも熱中して遊びまくる大人が3人もいる。特にゴブリンの彼のハマり具合は凄い。目に凄い隈が出来るほどやり込んでいる。制作者冥利に尽きると言う物だ。

 

「……ありがとうね……」

 

「? どうしたの?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

 ちゃんと遊んでくれる人が居る。これがどれだけ救いになるか。しかも楽しんでくれているならもう求めるものなんて何も無い。わたしが作った物は無駄にならなかったんだ。

 

「私とやる?」

 

「うん! やろう?」

 

「加藤よ、もうやらないのか?」

 

「暫く休憩するわ。精神回復しないとな」

 

「どうせバニーセラフィナのカード眺めるだけだろ」

 

「これめっちゃ効くからな、マジマジ」

 

「それはお前だけだと思うのだが……」

 

 ルロと対戦する為にカードを並べる。沢山の人に遊んでもらう事は出来なかった。もうDMCはメンコとして世間に受け止められてしまっただろう。

 

「(でも、これで良かったのよ。この人達に知って貰えて、遊んで貰えて。十分じゃない)」

 

 これ以上求めるのはきっと我儘なんだろう。怒りはある。やり返したいという気持ちも残っている。でもだからと言って私が仕掛ければ私が悪くなる。……騙そうと近づいたのに許してくれたこの娘の優しさを裏切る事に、なるしね。

 

「(どの道、魔力貰えなくて進化なんて出来ないしね。早く忘れちゃいましょう)」

 

 嫌な事は忘れるに限る。働くようになって覚えた真理だ。どうもルロは預かっている子供らしく、加藤はそれの護衛らしい。身分は教えてないが、対応的に身分のある立場なんだろう。……いや、単に子供に甘いだけな気もするが。

 

「(私の作った物で楽しんでくれてるなら、それで満足しないとね)」

 

 復讐なんて何も生まない。よく言われる話だ。結局の所、やられた側は我慢しなければならない。私が我慢して、現状に満足出来ればそれで話は済むんだ。

 

「(だから……お願いだから……頭から離れて……)」

 

 変に育ってしまった復讐心に蓋をする。軽く扱われた怒りを閉じ込める。鍵をして、2度と開かないように。

 

「おいフェアリル。大丈夫か」

 

「え? ……あ、ごめんなさい。私のターンね」

 

「体調悪いなら無理しない方がいいと思うが」

 

「うん。休も?」

 

「あー違うの。職場になんて言おうか悩んでたのよ。無断欠勤かましてるし」

 

「無断欠勤マジかよ。……高木に根回ししてもらうか」

 

「いや、それは私の問題だし……」

 

「んな事言ったってこのままだとお前会社の立場悪くなるだろ。俺会社入った事ないから妄想になるけど、窓際族になったら嫌だろ?」

 

「…………まぁ、そうね」

 

 とっくの昔に窓際族なんだけどと言いそうになったが、変に真面目になって言っているこの男を見て水を差すのもあれなので黙っておく。数日前まであれだけ私にキレて敵対心バリバリだったのに、この変わりようだ。

 

「(【自我中心】……日本の探索者の中でもトップクラスの強さと圧倒的なイカれ具合を持った悪名高い集団。そのリーダー……加藤)」

 

 ダンジョン運営から貰った資料にそう書いてあった。一般人への知名度は殆ど無いが、同じ探索者や運営。軍や警察からはめちゃくちゃ警戒されているらしい。てっきり会った瞬間ボコボコにされると思っていたんだけど……普通の青年に見える。性格は……そんなに悪くは無いのかもしれない。なんか気遣ってくれるし。

 

「加藤」

 

「ん? 何だ?」

 

「アンタって、もしかしてちょっといい奴?」

 

「ちょっとなの? 俺ちょっとしか良くないの?」

 

「加藤はいい人間だよ」

 

「頭は悪いぞ」

 

「口も悪いな! マトモな敬語は王妃様にしか使ったところを見たことない!」

 

「喧嘩売ってんのか? お? お???」

 

「柄も悪いも追加ね」

 

「これトラップだろふざけんな! 何やっても詰みじゃねぇか!」

 

「ふふふ……冗談よ」

 

 それから夕方頃まで遊び続けて解散の時間になった。

 

「じゃあまた明日ね!」

 

「ルロ、明日もか? 流石にやり過ぎな気がするが……」

 

「戦友よ、今更だが店に立たなくて良いのか?」

 

「どうせ客なんて来ねぇよ! 心配ねぇ!」

 

「まさかここまでハマるとは……流石ホビー好き」

 

「分かったわ、また明日来るわよ」

 

 そう言って自分が取っているホテルに帰る。今日も楽しかった。まるで子供の頃に戻ったみたいな気分だ。

 

「明日は……そうだ。追加ルール教えてあげましょ」

 

 前から考えていた新しい遊び方。新弾とか出す時に公開しようかと思っていたのがある。これなら複数人で遊べるしちょうど良いかもしれない。

 

「ふんふふふ〜ん……ん?」

 

 機嫌良く飛んでホテル近くまで来たが、何故か凄い魔力の気配を感じた。それはあの子……ルロの物に凄く似ていて。

 

『すいませんドラツェルバさん。ありがとうございます』

 

『いえいえ、この程度の事であれば』

 

 人間と竜人族の女性が親しそうに話している。人間の方が持っている綺麗な球、そこからとんでもない魔力を感じる。

 

『しかし……加奈子さんも大変ですね。善意とは言えこのような物を渡されてしまうとは』

 

『あはは……私は感じ取れないんですけど、この魔宝珠って言う球。ルロ様の魔力が迸ってるみたいで……流石に剥き出しのまま置いておくのまずいかなぁって』

 

『そうですね、何かトラブルの原因になるかもしれません。かと言って捨てる訳にもいきませんし……ですがご安心ください。このケースの中に入れれば外に魔力が漏れる事はありませんので』

 

『ありがとうございます! 使う予定も無いし本当に困ってたんですよー……』

 

 笑いながら話す2人。顔は見えない。見る気もない。私の視線を独占するのは──あの宝玉だけ。

 

【あれがあれば、復讐できる】

 

 ダメだ、辞めようって決めたじゃないか。やったらどうせ私が悪くなる。逆恨みと言えば逆恨みなんだ。我慢しないと。

 

【じゃあ蓋し続ける? この感情に】

 

 しないといけない。とっくに大人なんだから。

 

【ならアイツ(ダンジョン運営会長)の一人勝ちね。それで良いのよね?】

 

 やめてよ。明日もあの子と会うんだし。彼らと会うんだし。また明日って言われたんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

【踏み躙られても何も言い返せないしやり返せない。負け犬の羽虫ね、私って】

 

 誰も言っていない。そんな事は言っていない。なのに頭から離れない。だって、私は──。

 

「羽虫じゃ、ない」

 

 負け犬でも、無いのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

「セラフィナ、今日ご飯何?」

 

「ビーフシチューだぞ」

 

「また手掛かる物を……無理して作る必要ないんだぞ?」

 

「別に無理なんぞしてねぇよ」

 

「ロールは……戻ってないのか」

 

「オピスが数日預からせてくれってよ。ちゃんと調べてぇとか何とか」

 

「ロール調子悪いの?」

 

「念の為だから気にすんな。大丈夫だろ」

 

 会話も問題なかったし、杞憂だと思う。まぁオピスが見てくれるっていうなら心配も要らないだろう。テーブルの上、軽く拭いているとポケットから振動が伝わる。

 

「おっと、電話だ」

 

「誰からだ?」

 

「加奈子さん。どうしたんだろ、こんな時間に」

 

 既に時間は19時を回っている。今週の加奈子さんのシフトは定時だった筈。バイト関連では無さそうだが。

 

「もしもし、加奈子さん?」

 

『か、加藤さん! すいません突然! 今大丈夫ですか!?』

 

「……落ち着いて下さい。何があったんです?」

 

 声色から焦りを感じる。何やら緊急の事らしい。少しだけ落ち着いた加奈子さんは、悲鳴に近い声でこう言った。

 

『ルロ様から貰った魔宝珠が……盗まれちゃったんです! 運んでたら突然……初めて見たのであれですけど、多分妖精の人だったと思うんですが……ど、どうしましょう!』

 

「──!!! 今どこですか!?」

 

『職場近くのコンビニです。さっきここで取られちゃって……』

 

「向かいます! そこで待ってて下さい!」

 

 急いで装備を身に付ける。物が物だ。放置は出来ない。何よりこの辺で妖精なんて、俺は1人しか心当たりが無かった。

 

「セラフィナ! 装備整えて付いてこい!」

 

「……分かった。姫さんどうする」

 

「連れていく! 1人にする訳にはいかねぇ!」

 

「加藤、何があったの?」

 

「移動しながら教える! 悪いが準備してくれ!」

 

 大急ぎで鎧を着て愛剣を手に取る。外に出て2人を待っていると夜の帳が下りてくる。長い夜が始まった。

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