信じられる君のために、俺は仲間さえ支配する   作:雨風 時雨

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選抜の檻、駒の査定 4

 月城辰也が、速水彰吾という二本目の『矛』を手に入れ、振り返った時。少し離れた場所で待機していた小鳥遊大地が、目を輝かせながら駆け寄ってきた。

 

 「すっげえ! 辰也、マジですげえよ! あの速水彰吾を仲間にするなんて! あいつ、誰とも組まない一匹狼で有名だったんだぜ?」

 

 その無邪気な賞賛に、隣に並んだ彰吾は、あからさまに不快な表情で舌打ちをした。

 

 「……勘違いするな。俺はこいつに下ったわけじゃない。こいつの指揮が、俺を勝利に導けるかどうか、見極めてやるだけだ。それと、馴れ馴れしく話しかけるな、鬱陶しい」

 

 「んだとぉ!? なんだよ、その言い方!」

 

 「事実を言ったまでだ。貴様のような精神的に不安定な『壁』が、俺の足を引っ張らないことを祈るだけだな」

 今にも掴みかからんばかりの二人。だが、その間に立つ辰也は、まるで意にも介さない様子で、冷たく言い放った。

 

 「私語は慎め。仲間内の不和は、チームの寿命を縮めるだけだ。不満があるなら、結果で示せ。それ以外の手段での自己主張は、俺のチームでは認めん」

 

 その有無を言わせぬ声に、大地と彰吾は、互いに睨み合ったまま、しぶしぶ口を噤んだ。

 

 「よし、辰也! これで三人だな! あと一人はどうするんだ?」

 

 気持ちを切り替えた大地が、期待に満ちた目で尋ねる。

 その問いに、辰也は答えず、ただ視線だけで、講堂のもう一方の端を示した。

 

 そこには、銀髪の少女が一人、まるで自分たちとは違う世界の住人であるかのように、窓の外を流れる雲をぼんやりと眺めていた。

 

 白濱奏。

 彰吾が、訝しげに呟く。

 

 「……あいつか。白濱奏……」

 

 彼女の名前は、別の意味で有名だった。

 

 影山から渡された資料によれば、彼女は光属性と並び、極めて希少とされる闇属性の精霊と契約済み。それだけで、彼女は学院に入学した時点でトップクラスの価値を持つ存在だった。

 さらに、有力な派閥のリーダーたちが彼女を欲しがる理由は、それだけではない。入学前の事前調査で、彼女が関わったとされるいくつかの非公式な模擬戦について、奇妙な「噂」が流れていたのだ。

 ――彼女の相手は、誰もが戦う前に戦意を喪失した。

 ――彼女は、相手の心の最も暗い部分を覗き込み、悪夢を見せる。

 戦いの記録は一切残っておらず、目撃者たちは皆、何かを恐れるように口を閉ざす。その未知数な能力と、底知れない不気味さ故に、獅子堂も霧島も、彼女の勧誘には成功していなかった。

 

 「何を考えているのか、全く読めん。あんな女、チームに入れるのは危険すぎる」

 彰吾の分析は的確だった。

 だが、辰也にとって、その「危険性」こそが、彼女を駒として手に入れたい最大の理由だった。

 あの女は、大地への「救い」や、彰吾への「利益」では動かない。ならば、彼女が求めるもの――「退屈を紛らわす、最高の娯楽」を、提示してやるまでだ。

 

 

 

 白濱奏は、辰也が近づいてくる気配に気づいていた。だが、彼女は振り返ることなく、ガラス窓に映る辰也の姿を見ながら、楽しげに言った。

 

 「あら、ようやく私の番かしら? ずいぶん待たせたわね、演出家さん」

 

 「見ていたのか」

 

 「ええ、もちろん。とても面白い舞台だったわ。傷ついた子犬を拾い上げ、牙を剥く狂犬を手懐けるところ、一部始終ね。見事な手腕だったわ」

 

 その言葉には、棘があった。だが、それ以上に、純粋な好奇心の色が浮かんでいる。

 

 「それで、私という得体の知れない気紛れな猫は、どう手懐けるのかしら? 私には、あの犬たちのような分かりやすい弱みはないつもりだけれど」

 

 彼女は、ゆっくりと振り返った。そのアメジストのような紫色の瞳が、まるで値踏みするように、辰也の魂の奥底まで覗き込もうとしてくる。

 

 影山の下で叩き込まれたポーカーフェイスも、人心掌握術も、この女の前では意味をなさないかもしれない。辰也は、初めて、自分とは質の違う、異質な知性と対峙していることを感じていた。

 

 「手懐けるつもりはない」

 

 辰也は、静かに答えた。この女には、小手先の交渉術は通用しない。

 

 「あんたは、この退屈な選抜ゲームに、刺激を求めている。違うか?」

 

 「正解。でも、残念ながら、今のところ凡庸な役者と、陳腐な脚本しか見当たらないわ。獅子堂君の勧善懲悪ごっこも、霧島さんの現実的な経済ドラマも、結末が見え透いていて退屈で仕方がない」

 

 奏は、くすくすと喉を鳴らして笑った。

 

 「あなたという、得体の知れない演出家が、どんな物語を見せてくれるのか。それに興味がないと言えば、嘘になるけれど」

 

 彼女の紫色の瞳が、すう、と細められた。

 

 「あなた、とても面白い『色』をしているわね」

 

 「……色?」

 

 「ええ。あなたの魂の色。人の心ってね、私には色や音みたいに感じられるの。ほとんどの生徒は、名誉欲の赤、嫉妬の緑、恐怖の青、そんな単色で塗りつぶされていて、とても分かりやすい。でも、あなたは違う」

 彼女は、まるで美しい宝石を鑑賞するかのように、恍惚とした表情で続けた。

 

 「心の奥底にね、まるで夜明け前の星のように、純粋で、切実で、どうしようもなく美しい『光』が見える。でも、その光を守るために、あなたは、全てを塗り潰すような、どこまでも深く、昏い『闇』を、その身に纏っている。光と闇が、混じり合うことなく、1つの体に同居している。とても歪で、不快で……そして、どうしようもなく、私の心を惹きつけてやまないわ」

 

 彼女の言葉は、比喩や文学的表現ではなかった。彼女は、本当に、人の感情や本質を、「色」や「音」として知覚しているのだ。

 

 辰也の心の奥底に秘めた、ルミナを守るという唯一つの純粋な願い。そして、そのために全てを駒として利用するという、冷徹な決意。その二律背反の矛盾を、彼女は、出会った瞬間に見抜いていた。

 

 (……危険だ)

 

 辰也の脳が、天童蓮と対峙した時とは、また質の違う警鐘を鳴らす。天童蓮は予測不能な外部リスク。だが、白濱奏は、自らの内面を暴き、計画の根幹を揺るがしかねない、内部リスクだ。

 だが、同時に、辰也の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。

 面白い。これほど面白い駒は、他にない。この女の、その異常なまでの知覚能力さえも、俺の戦術に組み込めれば。

 

 「あんたのその目で、俺がこの学院という舞台で何を成すのか、見届けたいとは思わないか?」

 

 辰也は、彼女のゲームに乗る形で、言葉を続けた。

 

 「俺の戦いは、おそらく学院の誰がやるよりも、刺激的で、予測不能で、そして残酷なものになるだろう。あんたがそれを特等席で鑑賞したいというのなら、ついてくればいい」

 

 「鑑賞、ねえ」

 

 奏は、楽しそうに自分の指先を見つめた。

 

 「確かに、あなたの舞台は面白そう。でも、観客でいるだけでは退屈よ。最高の舞台を見せられたら、私も舞台に上がりたくなるかもしれないわ。例えば……そうね、あなたが必死で築き上げた駒の信頼関係を、内側からぐちゃぐちゃに壊してみたくなったり」

 

 彼女は、悪戯っぽく笑い、先ほど辰也が手駒に加えた二人の方へ視線を送った。

 

 「あの忠実そうな犬くんの心を、絶望の『色』で染め上げたら、どんな悲鳴を上げるかしら? あの孤高を気取ってる狂犬くんのプライドを、粉々に砕いてあげたら、どんな綺麗な『音』がするのかしら? ねえ、試してみてもいい?」

 

 挑発的な言葉。彼女は、辰也の支配を受け入れるつもりなど毛頭ない。むしろ、彼の計画が精緻であればあるほど、それを台無しにすることを、最高の娯楽と考えている節さえある。

 

 だが、辰也は、その挑戦を、不遜な笑みで受け止めた。

 

 「構わん。やれるものなら、やってみろ」

 

 その即答に、今度は奏の方が、少し驚いたように目を見開いた。

 

 「俺の築くシステムは、お前が思うほど脆くはない。それに、そのアドリブさえも、俺の脚本の一部にしてやるだけだ。お前のような予測不能な道化(ジョーカー)がいてこそ、この舞台はより面白くなる。お前のその『目』も、戦場では最高の索敵能力になるだろうからな」

 

 辰也は、一歩前に出て、彼女の瞳を真正面から見据えた。

 

 「俺はお前に、最高の舞台と、最高の絶望を用意してやることを約束しよう。その代わり、あんたは、俺のチームの『目』になれ。契約だ」

 

 その言葉に、奏は、しばらく黙って辰也の顔を見つめていたが、やがて、堪えきれないといった様子で、声を上げて笑った。

 

 「……最高だわ。ええ、最高よ、月城辰也君。あなたのその傲慢さ、気に入ったわ」

 

 彼女は、すっと辰也に手を差し出した。

 

 「いいわ、あなたのチームに入ってあげる。この退屈な三年間を、最高の悲喜劇に変えてくれることを期待しているわね、私の演出家さん」

 

 その手は、冷たく、そしてどこまでも滑らかだった。

 こうして、最も危険で、最も予測不能な『攪乱役』が、辰也のチームに加わった。

 それは、支配者と駒の関係ではない。舞台を操る演出家と、その脚本をいつか乗っ取ろうと企む、主演女優との、歪な共犯関係の始まりだった。

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