信じられる君のために、俺は仲間さえ支配する   作:雨風 時雨

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値踏みする視線

 子供たちの世界から弾き出された少年を、今度は大人たちの、より狡猾で粘着質な視線が絡め取り始めた。

 

 広場での一件以来、村の空気は奇妙に変化した。以前の熱狂的な賞賛は鳴りを潜め、代わりに人々は彼を遠巻きに観察し、ひそひそと囁き合うようになった。その視線には、もう純粋な好奇心や尊敬の色はない。まるで得体の知れない希少動物を品定めするかのような、ねっとりとした詮索の色が浮かんでいた。

 

 「あの坊主の魔法、結局のところ、何の役に立つのかねぇ」

 「防御と治癒だけじゃ、戦争が始まった時に兵隊様を守るくらいしかできんのじゃないか?」

 「それじゃあ、国に召し上げられても大した金にはならんぞ」

 

 彼らが興味を持っていたのは、月城辰也という一人の少年ではない。村にもたらされるであろう「利益」の源泉としての、「魔法使い」という資産価値。その力が、どれほどの金銭的、あるいは社会的な価値を持つのか。大人たちは、ただそれだけを査定していた。

 

 その変化は、最も安全な場所であるはずの家の中にまで、じわりじわりと侵食してきた。

 

 あれほど息子を「村の宝」と持ち上げていた両親の顔から、以前のような手放しの笑顔が消え、代わりに世間体を気にするような、どこか疲れた表情が浮かぶことが多くなった。食卓に並ぶご馳走は変わらない。だが、その豪華さが、まるで少年に課せられた期待の重さのように感じられ、鉛のように重く彼の胃にのしかかった。

 ある日の夕食後、父親が重々しく口を開いた。

 

 「……辰也」

 

 改まったその声色に、少年は顔を上げる。父親は、視線を合わせようとせず、テーブルの木目を見つめながら言った。

 

 「あまり人前で、その……魔法を使うのは控えた方がいいかもしれん」

 

 「……どうして?」

 

 少年の問いに、父親は言葉を濁した。

 

 「いや、その……お前の力がすごいのは、父さんも分かっている。だが、村の連中には、まだその価値がよく分からんのだ。下手に力を見せて、またこの前のように怖がられたり、悪く言われたりするのは、お前にとっても、我々にとっても良くないだろう」

 

 その言葉は、一見すると息子を案じているように聞こえた。だが、少年には分かってしまった。父親が本当に気にしているのは、自分のことではない。「村の連中の目」であり、「月城家の立場」なのだと。英雄の親として得られるはずだった名誉が、息子の「使えない魔法」のせいで揺らいでいる。その焦りが、言葉の端々から透けて見えた。

 

 「……母さんは、どう思う?」

 

 助けを求めるように母親に視線を送る。しかし、母は俯いたまま、ただ黙って繕い物をしているだけだった。肯定も、否定もしない。その沈黙は、父親の意見に同意している何よりの証拠だった。

 

 『辰也……』

 

 隣で、ルミナが心配そうに少年の服の裾をきゅっと掴んだ。

 

 温かかったはずの家は、少年とって、心の休まらない冷たい檻へと変わっていった。

 

 

 不信感が決定的なものとなったのは、秋の収穫を祝う祭りの夜だった。

 

 村の広場は、収穫の喜びと安堵に満ちた村人たちの熱気で溢れかえっていた。かがり火がぱちぱちと音を立てて燃え盛り、陽気な音楽が鳴り響く。誰もが酒を飲み、酌み交わし、笑い合っている。

 

 だが、その喧騒の中心に、少年の居場所はなかった。

 

 子供たちは、彼を避けるようにして別の場所で固まって遊んでいる。大人たちは、遠巻きに彼を見て何かを囁き合ってはいるが、誰も気さくに話しかけてはこない。彼は、祭りの光が作る濃い影の中に、ぽつんと一人取り残されていた。

 

 (俺がいるから、父さんも母さんも、みんなの輪に入れないんだ)

 少し離れた場所で、両親が他の村人たちとぎこちなく談笑しているのが見えた。彼らの笑顔は、どこか引きつっているように見えた。その原因が自分にあることは、火を見るより明らかだった。

 

 胸が、ちりりと痛む。

 

 少年は、その場にいるのがたまらなくなり、喧騒から逃れるように広場の隅、薄暗い場所へと移動した。

 

 「よぉ、辰也君。一人かい?」

 

 不意に、背後から酒臭い息と共に、馴れ馴れしい声がかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは、村一番の地主である、赤ら顔の太った男だった。その目は、酔いと、そして隠しようのない下品な好奇心で濁っている。

 

 「君のその魔法、本当に大したものだよ。この目で見た時は、腰を抜かすかと思ったぜ」

 

 地主はそう言って、がははと下卑た笑い声を上げた。だが、その言葉に賞賛の色合いは微塵も感じられない。

 

 「だがなあ、辰也君。正直に言ってやろう。君のその力、金にはならんぞ」

 

 その直接的で、無遠慮な言葉が、少年の心をナイフのように抉った。

 

 「戦争で役に立つのはな、敵を薙ぎ払う派手な炎の魔法か、城壁をぶち抜く土の魔法だ。怪我を治したり、壁を作ったりするだけの力じゃあ、兵隊の後ろにくっついて回るくらいしか使い道がない。そんなもんに、国が大金を出してくれると思うか?」

 

 地主は、少年の肩を乱暴に掴む。

 

 「まあ、がっかりするな。もし国がお前を買い叩くようなら、俺がこの村で面倒を見てやってもいい。畑の作物の成長を早めるとか、そういう地味なことに使えば、少しは小銭稼ぎにはなるかもしれんからな。がははは!」

 

 侮辱だった。ルミナの、あの優しくて、誰かを守るための力が、「小銭稼ぎ」とまで言われたのだ。

 

 少年の全身から、血の気が引いていくのが分かった。怒りで、目の前が真っ赤に染まる。何か言い返そうと唇を開きかけた、その時だった。

 ふと、彼の視線の先に、父親の姿が映った。

 

 父親は、少し離れた場所で他の村人たちと酒を酌み交わしながら、明らかにこちらを見ていた。地主が息子に絡んでいることに、気づいているのだ。

 

 (父さん……!)

 

 助けてくれる。少年は、そう信じた。父親なら、こんな理不尽な侮辱から、自分を守ってくれるはずだ。

 

 だが、その最後の期待は、最も残酷な形で裏切られた。

 

 父親は、少年と一瞬だけ視線を合わせると、気まずそうにふいと顔を逸らし、そして何事もなかったかのように、隣にいた村人と笑い声を上げてみせたのだ。

 

 助けに来るどころか、見て見ぬふりをした。村の有力者である地主の機嫌を損ねることを恐れて、侮辱されている息子を、見捨てたのだ。

 

 ――守ってくれない。

 

 その瞬間、少年の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

 

 家族という、最後の心の砦が、目の前で跡形もなく崩壊した。

 

 もう、この世界に信じられる人間など一人もいない。父も、母も、村の連中も、誰も彼も、自分を都合のいい「資産」としてしか見ていない。価値がなくなれば、平気で見捨てる。それが、人間の本性なのだ。

 

 少年は、地主の腕を振り払うと、何も言わずにその場を走り去った。

 

 「お、おい、どこへ行くんだ!」

 

 背後で誰かの声がしたが、もうどうでもよかった。

 

 彼は、祭りの喧騒、偽りの笑顔、値踏みする視線、その全てに背を向けて、光のない森の闇へと、ただひたすらに走った。

 

 息が切れ、木の根に躓いて倒れ込む。湿った土の匂いが、彼の絶望を慰めるように鼻をついた。もう、涙さえ出なかった。心にぽっかりと穴が空き、そこから冷たい風が吹き抜けていくようだった。

 

 『……辰也』

 

 背後から、か細い声がした。振り返ると、そこには姿を現したルミナが、泣きそうな顔で立っていた。祭りの喧騒の中から、彼を追いかけてきてくれたのだ。

 

 やはり、お前だけだ。

 

 どんな時も、俺の隣にいてくれるのは。

 

 この夜、少年の心に、1つの冷徹な決意が宿った。

 

 それは、他人を信じることを完全にやめ、世界そのものを敵と見なすという、孤独で歪んだ決意だった。

 

 この腐った世界で、ルミナと自分だけが生き残るために。そのためならば、どんな手段も厭わない。誰を利用しようと、誰を切り捨てようと、一切躊躇しない。

 

 少年は、自らの心を殺すことを、静かに誓った。

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