また次の話から勝手ながらタイトルを変更させていただきます
"信じられる君のために、俺は仲間さえ支配する"
こちらのタイトルになります
今後ともよろしくお願いします
黒塗りの馬車を降りた青年――月城辰也は、天を衝くようにそびえ立つ学院の正門を、冷めた目で見上げていた。十五の春。三年前、血と絶望の中で故郷を捨てた少年は今、その瞳に一切の感傷を宿すことなく、ただ静かに、これから己が身を投じることになる戦場を見据えていた。
壮麗な彫刻が施された門、磨き上げられた城壁、そしてその奥に見える無数の尖塔。おとぎ話に出てくる王城そのもののような光景だが、彼の目には、これから三年間、己を閉じ込め、同胞と殺し合いを演じさせるための、巨大で美しい檻にしか映らなかった。
彼をここまで送り届けてきた影山は、門の前でただ一言、「三年間、ここで勝ち残り、卒業時に『国家代表』の座を手にしろ。さすれば、君は世界と戦う権利を得る。敗れれば、君はただの『いなかった者』になる。それだけだ」と言い残して去っていった。
ここからは、辰也一人の戦いだった。
門をくぐり、広大な中庭を通って大講堂へと向かう。道すがら、青年は自分と同じように、今年この檻に入ることを許された「候補者」たちの顔を観察した。誰もが、上質な制服に身を包み、その佇まいには、辺境の村で育った辰也とは明らかに違う、エリートとしての自信と誇りが満ち溢れていた。
やがて、壮麗な大講堂に全生徒が着席すると、厳粛な空気の中、一人の老人が演台に立った。
雪のように白い髭を蓄え、軍服のように仕立てられた式典用の礼服を隙なく着こなしている。その背筋は、老齢にもかかわらず鋼のように真っ直ぐだ。鷲を思わせる鋭い眼光が、講堂にいる全ての生徒一人一人の魂を射抜くかのように鋭く光る。
彼こそが、この《皇国霊術学院》の学院長、黒鉄 大巌(くろがね たいげん)。かつて「悲嘆の大戦」で武勲を鳴らし、皇国を勝利に導いた伝説の精霊使いの一人であった。
「新入生諸君、入学おめでとう」
マイクを通さない、しかし講堂の隅々まで響き渡る、腹の底から絞り出すような声だった。
「まず、心に刻め。ここは学び舎ではない。戦場だ。君たちの敵は、異国にいるのではない。今、君たちの隣に座っている、その同胞こそが、君たちを蹴落とし、代表の座を奪い合う、最初の敵となる」
その剥き出しの言葉に、楽観的な空気をまとっていた生徒たちの顔が引き締まる。
「我が校における評価は、ただ一つ。あらゆる戦闘訓練、筆記試験、特別課題における『成績』、そのみだ。成績は全て数値化され、諸君の首には常に順位という名の首輪がつけられることになる。そして、各学年の終わりには、下位の成績の者から順に、容赦なく切り捨てられる。彼らは『脱落者』として、二度とこの舞台に戻ることはない。忘れられるだけの存在となるのだ」
黒鉄学院長は、そこで一度言葉を切ると、講堂全体を威圧するように見渡した。
「そして、最初の課題だ。三日後に行われる新入生実力テストまでに、四人一組のチームを組め。チームの編成、そしてそのチームで出す結果は、君たちの最初の成績に大きく影響する。心せよ。この学院において、孤独は死を意味する。だが、無能な仲間は、死よりも重い足枷となるだろう。己の目で、仲間を見極め、時には非情に切り捨てる覚悟を持て。――以上だ」
嵐のような演説が終わり、黒鉄学院長が演台を降りると同時に、講堂は爆発したかのような喧騒に包まれた。式典の終了は、選抜レースの開始を告げる号砲だったのだ。
辰也は、そんな醜悪な人間模様が繰り広げられる舞台を、壁際に寄りかかり、冷ややかに、そして注意深く観察していた。
学院長の言葉は、彼の思考を確信へと導いていた。
(……なるほど。チーム戦が基本か。ならば、俺が頂点に立つための最短ルートは、強力なリーダーの駒になることではない。俺自身がリーダーとなり、最も効率的に勝利を重ねられるチームを作り上げることだ)
彼の視線が、講堂に渦巻くいくつかの大きな人だかりに向けられた。その渦の中心にいるのは、この選抜レースにおける、現時点での有力なプレイヤーたち。
ひときわ大きな人だかりの中心で、燃えるような赤髪の青年が、自分に媚びへつらおうとする生徒たちを、値踏みするように見下していた。
獅子堂 凱(ししどう がい)
「ほう、俺のチームに入りたいか。威勢だけはいいようだが、貴様は俺の背中を守るに足る力を持っているのか? 口先だけの弱者は、俺の視界に入るな。力で示せ」
代々皇家に仕える武門の名家の嫡男。彼の周りには、同じく武家出身の、己の力に絶対の自信を持つ生徒たちが集っていた。
辰也は、壁に寄りかかったまま、その光景を冷静に分析する。
(……獅子堂凱。単純な猪武者、か。思考は読みやすいが、あの男を中心に形成される『剛』の力は、まともにぶつかれば厄介極まりない。彼の戦術は、おそらく圧倒的な火力による中央突破。小細工を嫌い、正々堂々とした戦いを好むだろうが、それは裏を返せば、こちらの仕掛ける罠や心理戦には脆いということだ。だが、その弱点を補って余りあるほどの突破力は、間違いなく脅威。現時点での排除すべき障害の一つ、か。正面から戦うのは得策ではない。戦うとすれば、彼のそのプライドそのものを利用し、内側から崩壊させるのが最適解だ)
その対極で、静かな、しかし強固な人の輪を形成しているのは、怜悧な美貌を持つ、クールな女傑だった。
霧島 怜(きりしま れい)
「あなた方が私に忠誠を誓うのは自由。でも、私が評価するのは結果だけ。私の立てる作戦に、あなた方はどれだけの『利益』をもたらせるのかしら? 言葉ではなく、実績で示してちょうだい」
彼女は、皇国でも指折りの大商会の令嬢であり、その財力と情報網を武器に、貴族に反発する平民出身の優秀な生徒たちを束ねている。
辰也は、その統率の取れた集団に、獅子堂とは質の違う危険性を感じていた。
(……霧島怜。獅子堂が『剛』なら、こちらは『知』か。合理主義を徹底し、利益で人を動かすタイプ。獅子堂よりも厄介だな。力で押すだけの相手なら、いくらでも対処法はある。だが、情報戦と謀略を駆使する相手は、気づいた時にはすでに詰んでいる、という状況を作り出しかねない。ただし、利益で繋がった関係は、より大きな利益を提示されれば、あるいは損失を被ると思えば、脆くも崩れ去る。彼女と戦う時は、その繋がりそのものを断ち切る必要がある)
そしてもう一人、そのどちらの輪にも属さず、しかし誰からも一目置かれる存在がいた。
天童 蓮(てんどう れん)
彼は、特定のグループを作るでもなく、講堂を飄々と歩き回り、面白そうな生徒を見つけては声をかけていた。
「へえ、君からは面白い音が聞こえるね。うまく鳴らせていない楽器みたいだ。……いいね、そういう不協和音、僕は嫌いじゃない。もし調律してほしくなったら、いつでも声をかけてよ。もっとぐちゃぐちゃにしてあげるからさ」
常に浮かべた人好きのする笑みとは裏腹に、彼の言葉は相手の心を弄ぶような響きを持っている。
辰也の脳が、初めて明確な「危険信号」を発していた。
(……最悪のタイプだ。獅子堂は勝利を、霧島は利益を求める。目的が明確な分、行動原理が読める。だが、こいつは違う。勝利にも利益にも興味がない。ただ、自らの『好奇心』を満たすためだけに行動している。目的が読めない以上、その行動は予測不能。平気で味方を裏切り、敵に手を貸すことも厭わないだろう。こいつだけは、可能な限り関わらない方がいい。敵に回せば泥沼に、味方に引き入れても、いつ背中から刺されるか分からない)
有力なプレイヤーたちの分析を終えた辰也は、次に自らが使うべき「駒」を探し始めた。
獅子堂や霧島のようなエリートと組む気は毛頭ない。彼らは、いずれ自分の支配を受け付けなくなるだろう。必要なのは、強力だが、同時に何らかの「弱み」を抱え、自分が完全に掌握できる駒。
その時、彼の目に、三人の「はぐれ者」が映った。
講堂の隅で、誰とも言葉を交わさず、周囲の全てを拒絶するかのように腕を組んで佇んでいる青年、速水彰吾。その鋭い視線は、馴れ合いに興じる他の生徒たちを「愚かだ」と断じているかのようだ。資料によれば、水の系統の精霊と契約済み。
(面白い。『矛』としての素質は十分だ)
彼らから少し離れた場所で、まるでこの世の全てが退屈だとでも言うように、大きな欠伸をしながら、全てを眺めている銀髪の少女、白濱奏。資料には、彼女の名前と「影の系統とされる精霊と契約済み」という事実以外、一切の情報が記載されていない謎多き存在。
(予測不能な『攪乱役』か。利用価値はある)
そして、ひときわ大きな声が、彼の分析を確信へと変えた。
小鳥遊大地が、獅子堂凱に取り入ろうとし、そして無様に一蹴される場面。
「悪いが、小鳥遊。お前のその『最強』の力は、いつ暴発するか分からない爆弾だろう? 俺たちは、仲間を後ろから撃つような奴と組む趣味はなくてな」
その残酷な一言に、大地の顔から笑顔が消える。虚勢の仮面が剥がれ落ち、その下に現れたのは、深い傷と、どうしようもない恐怖に歪んだ、一人の弱い少年の顔だった。
(膨大な魔力を秘めた、絶対防御の『壁』。これほど御しやすい駒はない)
『矛』、『壁』、そして予測不能な『攪乱役』。
どれも、まともなリーダーが見れば、真っ先に切り捨てるであろう問題児の契約者ばかり。
だが、辰也にとっては、それこそが理想の駒だった。
『辰也……あの子、泣きそうだよ』
彼の心にだけ、ルミナの心配そうな声が響いた。
(そうだ。だからこそ、利用価値がある)
青年は、壁から背を離し、傷心のまま講堂の隅でうずくまる、獲物の方へと歩き出した。
まずは、あの最も脆く、そして最も御しやすい『壁』を拾い上げ、偽りの希望を与えることから始めよう。